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44 スキー帰りのサプライズ


12月29日。スキー最終日。

今日はお昼まで滑って、お土産を買いながら帰る予定。



みんなに「景色がいいから」と誘われて、きのうのコースよりも高いところにある中級のゲレンデまで行ってみることになった。

龍之介も、ゆっくり滑ることができれば、中級はどうにか降りて来られると言ってくれたから。


リフトを降りると、頂上に近いスタート地点は、たしかに景色がきれい。

真っ青な空に、真っ白な山並みがくっきりと映えている。

それを背景に、全員で記念撮影。 なんだか嬉しい!



でも。

下を見て、あたしの頭の中も真っ白になった。


急過ぎる。

傾斜が70度くらいあるように見えるんだけど?

どうやって滑って行けばいいのか、まったくわからない。

ほかの人たちが、どうしてこの斜面で下向きになれるのかもわからない。

心の中で、下りのリフトって乗れるのだろうかと考えたけど、実際にやったらそうとう恥ずかしいと思うと言い出すことができなかった。


龍之介に付き添われ、斜面を横切るように滑る。

下を向くのが怖いからなかなかターンができなくて、ゲレンデの端から端まで使って、まるで機織りの横糸のようなコース取り。

転んだ回数は、ターンの回数よりも多い。

先に降りて行ったほかの人たちが、また後ろから追い抜いて行った。


「疲れたか?」


何度目かの転倒のあと、起き上がったあたしに龍之介が声をかけてくれた。


ほんとうなら龍之介だって、もっと何回も滑れるはず。

だけど、あたしに教えるって約束したから、こうやって付き合ってくれている。

そんな龍之介に、弱音を吐いたら申し訳ない。


「大丈夫。」


どこも怪我してないし。


「ほら。もうこんなに降りてきたんだぞ。」


え?


龍之介がストックで指した方を見上げたら・・・。

あたしのうしろには、ゲレンデが高々とそびえていた。


こんなに?

いつの間に?

あたし、自分で滑って来た?


・・・嬉しい。


「うん。ありがとう。」


龍之介はいつものようにニヤリと笑った。





「ねえ、秋月さんのお土産って、お酒でもいいかな?」


帰りに寄ったお土産店で、龍之介に訊いてみる。


「優斗に?」


「だって、御守りをもらったよ。あれ、3つともいろんなポケットに詰めておいたんだ。」


だから無事だったのかもしれないよね?


「・・・優斗は酒なら何でも飲むぞ。」


「え? そうなの?」


「うん。日本のでも、外国のでも、甘いのでも、強いのでも、何でも好きだな。」


「へええ、知らなかった。」


意外だ・・・。

あの見た目だし、お菓子なんか作ったりするから・・・。


あ、これなんかどうだろう? 名前がお洒落な感じがするけど。


「一緒に飲んだことないのか?」


「うーん・・・。一緒に出かけたのは2回とも昼間だったんだよね。」


「ふうん、 “2回とも昼間” ね。」


「ねえ、龍之介。これどう・・・あれ?」


いなくなっちゃった。


お酒ってよくわからないなあ。

何でも好きだって言うなら、この地酒っぽい雰囲気のでいいか。

お父さんにも買って行こう。



龍之介はお店の外で真鍋さんと話していた。

帰り道の相談らしい。


「上り方面は混んではいないから、順調に帰れるよ。」


真鍋さんの言葉に、龍之介が付け加える。


「紫苑を降ろすのは7時か8時くらいだな。」


「うん。いつもありがとう。」


お礼を言うと、龍之介は少し照れた顔。

このくらいでそんな顔をするなんて、あたし、そんなに普段は龍之介に何も言ってないんだろうか?

いつも感謝してるんだけど。


「帰る前に、優斗の家に寄るか?」


「秋月さんの?」


「嶋田さんと竹田を送ったあと。少し遠回りになるけど、寄ってもいいぞ。お土産買ったんだろう?」


あ、そうか。

お正月に渡そうと思っていたけど、早いうちのほうがいいかも。


「そうしてもらおうかな?」


「優斗の都合もあるだろうから、電話してみれば。」


「そうだね。かけてみる。」


電話をかけると、すぐに秋月さんの楽しげな声が聞こえてきた。


「あ、こんにちは。今ね、スキーから帰る途中なの。」


『そう。楽しかった? 怪我しなかった?』


相変わらず優しいな。


「うん、元気。御守りの御利益があったみたい。ありがとう。」


『どういたしまして。』


「秋月さん、今日はお家にいる? お土産を買ったんだけど、龍之介が帰りに寄ってくれるって言うからお届けしようかと思って。」


『龍之介が? 年内はもう紫苑さんに会えないと思ってたよ。ありがとう。僕は家にいるけど、何時頃になりそう?』


「時間? ちょっと待って。龍之介に訊いてみる。」


隣の龍之介を見上げると、話の流れを聞いていたらしい龍之介が「6時半から7時半の間」と言った。


「6時半から7時半の間だって。」


『わかった。あ、そうだ。その時間だったら、うちで夕食を食べて行かない?』


「え? 夕食? ええと・・・。」


龍之介と目が合う。


『もちろん、龍之介も一緒でいいよ。実はね、きのう、スーパーの福引でフォンデュ鍋が当たったんだよ。』


「フォンデュ鍋?」


あたしの言葉を聞いて、龍之介はわけがわからない顔。


『せっかくだから3人でやろうよ、チーズフォンデュ。3人くらいいた方が楽しいんじゃないかな? 僕は初めてなんだけど。』


あたしもだ。

自分たちで作るなんて、面白そう♪


龍之介に相談すると、龍之介は「俺だってそんなもの食べたことない。」なんて言いながら、楽しそうにOKした。


『じゃあ、材料は買っておくから。到着時間がはっきりしたら、また電話して。』


「はーい。」


みんなで旅行して、帰ったらまた美味しいものが食べられるなんて、この年末はなんて楽しいんだろう!

幸せだ〜。





「優斗は、転勤で留守になってる実家に一人で住んでるんだよ。」


嶋田さんと竹田くんとさよならしたあと、秋月さんの家に向かいながら龍之介が教えてくれた。


「大学を卒業するときに、親父さんが九州に転勤することになって、おふくろさんが一緒について行ったんだ。で、家を留守のままにしておくと傷むし、不用心だからってことで、優斗が下宿を引き揚げて戻ったんだ。通勤にはちょっと不便な場所だけど。」


「ふうん。」


職場からは遠いって聞いていたけど、一軒家に一人暮らしかあ・・・。

贅沢な感じがするけど、お掃除とか、けっこうたいへんかも。



着いてみると、けっこう大きなお家。

生け垣はさざんかで、門の横に夏蜜柑がなっている。

白い壁の洋風の二階建て。

車庫は2台分。片方に赤い車があって、その隣に龍之介が車を入れる。


車の音で気づいたのか、インターフォンを押す前に、白いセーターにジーンズ姿の秋月さんが玄関に出てきた。


「いらっしゃい。」


「よお。」


「こんにちは。急に来たりしてごめんね。これ、お土産です。あと、ちょっとおかずを買って来たの。」


お土産の地酒と途中で買って来たシュウマイの箱を差し出すと、嬉しそうに笑ってくれた。


「どうもありがとう。寒いから中へどうぞ。」


案内されながら中に入ると、カウンター式のキッチンにきれいに切られた野菜が並んでいる。さすがだ。


「こたつの方がいいんじゃないかと思うんだけど、それでいい?」


秋月さんが深緑色のエプロンをかけながら尋ねる。

想像していたとおり、秋月さんて、エプロンが似合ってるね。


リビングのこたつの上には、茶色のフォンデュ鍋。そのまわりに取り皿とグラス。

龍之介はさっさとこたつにあたりに行ってしまった。


「シュウマイか。これもチーズをつけたら美味しいかもね。お皿は・・・。」


「あ、手伝うね。」


秋月さんが電子レンジで野菜を蒸し、あたしは指示にしたがってお皿を出したり、できたものを運んだりする。

手伝いながら、旅行中の楽しかったことや失敗したことをたくさん話して。

キッチンで、秋月さんとあたしの笑い声が重なる。


こたつの上には人参、じゃがいも、ブロッコリー、ウィンナー、フランスパンが次々に並ぶ。それにシュウマイ。


「龍之介はたくさん食べるから、ご飯もあったほうがいいかと思って、炊き込みごはんを炊いておいたよ。」


「お! 優斗の炊き込みご飯? 久しぶりだな! 来た甲斐があったぜ。」


それまでぼんやりしていた龍之介が嬉しそうに反応した。


「上手なの?」


「すごくうまいんだ。あれが毎日食べられるなら、優斗と結婚してもいいくらい。」


「龍之介とじゃ、やだよ。」


今度は三人の笑い声が重なる。



こたつにあたってみんなで食べるチーズフォンデュは、美味しくて楽しかった。

炊き込みご飯もほんとうに美味しくて、チーズフォンデュでお腹を一杯にしてしまったことが悔やまれるほど。

お皿洗いは龍之介が引き受けてくれて、大学時代のアルバイトで培った手際の良さで、あっという間に片付いた。隣でお皿を拭いていたあたしは、たくさんダメ出しをされてしまったけれど。


片付けの間に秋月さんが淹れてくれたコーヒーをこたつでいただきながら、のんびりと楽しくおしゃべり。

なんて心地よい空間・・・。


「あ、紫苑さん?」


「え? ああ、そろそろ帰った方がいいな。」


あれ?


ああ、いけない。

ちょっと、こっくりこっくりしてた・・・。


「紫苑、帰ろう。」


龍之介に肩をたたかれてうなずいたけれど、まだ頭はぼんやりしている。

立ち上がると、秋月さんが上着を着せかけてくれた。


「先に行って車出しておく。」


上着のボタンを閉めながら、廊下へ出て行く龍之介に応えてうなずく。

まだ目がちゃんと覚めないのか、手元がおぼつかない。

もたもたしているあたしの隣では、秋月さんがあたしのバッグを持って、待ってくていれる。


「・・・気を利かせてくれたのかな?」


・・・・ん?

小さくつぶやかれた言葉の意味は・・・。


頭の中で答が出るより早く、秋月さんのセーターが目の前に迫ってきて、きゅっと抱き締められて・・・、


「うわ! あ、あのっ・・・。」


一気に目が覚めた!


チュッ!


おでこに~~~~?!


「龍之介が待ってるね。」


うんうんうんうん!

そうだよ! 待ってるの!


たぶん、ほんの1、2秒のこと。

だけど。

よろけながら廊下を玄関まで歩き、大急ぎで龍之介が待つ車へ。

お礼とあいさつを交わしてようやく車が動き出したとき、どっと疲れが出て、シートにもたれかかってしまった。


秋月さんには何度も驚かされているけど・・・今日はまた・・・びっくりした。







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