42 ≪レイナ≫(1)
もう!
弘晃のために頑張ろうと思ってるのに、なかなかチャンスが来ない。
昨日一日、紫苑ちゃんには高木くんがつきっきりで、別々だったのはお風呂と寝るときくらいしかないんだもの。
高木くんが紫苑ちゃんをおいてナイターに行くときには、弘晃も一緒に行っちゃうし。
今日はなんとしてでも弘晃と紫苑ちゃんの二人だけの時間を作るんだから!
「あれ? 真鍋さん、今日はこのコースなんですか?」
「うん。ほかのコースに行くのに、一度このリフトで登った方が楽なんだよ。連絡用のコースがあるから。紫苑ちゃんは今日もずっとここ?」
「ほかのコースは無理だよね、龍之介?」
「様子を見て、午後から別なところに行ってみてもいいぞ。」
「自信があったらね。真鍋さんは上級・・・。」
「きゃ・・・、あのっ、あららら、ごっ、ごめんなさい、あ!」
どすん!
「おっと!」
「うわ!」
「あ、大丈夫?」
「すみません・・・、あれ? 立てない・・・。ああ、ごめんなさい。」
「ほら、つかまって。」
「すみません。ありがとうございます。よい・・・しょ。すみません、まだ2日目で・・・。(うわ、かっこいい!)」
「2日目? 付き添いは?」
「ええと、友達は先に上で待ってるんです・・・。うわわわわ、すべる・・・。(彼女いるのかな?)」
「危ないな。一人でリフト乗れますか?」
「ええと・・・。(乗れないって言ったら、一緒に乗ってくれる?)」
「龍之介、一緒に乗ってあげたら?」
「え? (呼び捨て? この人が彼女なの?)」
「紫苑はどうするんだよ?」
「(やっぱりそうなんだ。)あの、一人でも大丈夫です。たぶん・・・。」
「紫苑ちゃんは俺が一緒に乗って行くよ。」
「うん、真鍋さんが見てくれるなら大丈夫かな。」
「でも、悪いです・・・。(うーん、どういう関係? この人、美人じゃないけどモテるのかしら?)あれれ? また・・・うわ。」
「ああ、無理そうですね。じゃあ、俺が付き添います。真鍋さん、紫苑をお願いします。」
「すみません・・・。(ラッキー! でも、やっぱり彼女・・・?)」
やった!
邪魔な高木くんを追い払ったわよ!
・・・弘晃。
もう少し寄り添って座れなかったの?
それに、どうして高木くんの話題で盛り上がってるのよ?
弘晃なら、いろんな楽しい話題があるじゃない!
「真鍋さん、ありがとうございました。」
「高木みたいに上手くサポートできなくて悪いね。」
「そんなことありません。 安心して降りられました。」
「あ、来たね。じゃあ、またお昼に。」
えええええぇ?!
これで終わり?!
もう少しなんとかならないの?
弘晃、紫苑ちゃんに興味なし?
いいえ!
負けないんだから!
次のチャンスはお昼よ!
「紫苑ちゃん、ずいぶん上手くなったね。」
「わあ、そうですか? 真鍋さんに言われるなんて、嬉しいな。龍之介の教え方がいいのかな?」
「紫苑ちゃんが高木を信頼してるからかも知れないよ。きっと相性がいいのかもね。あはは!」
「相性って、そんな・・・。」
弘晃!
せっかく話してるのに、高木くんとの相性を褒めてどうするの?!
あーあ、もう。
あ。
次はお風呂上がりの紫苑ちゃんと鉢合わせね♪
うーん。
ジャージ姿っていうのが色っぽさに欠けるけど、濡れた髪とか、せっけんの香りとか、独特のものがあるものね。
弘晃だけ遅れるように・・・。
「あれ? グローブ落としたみたい。見てくるから先に戻ってて。」
やった!
あ、紫苑ちゃんも。
「あれ? 靴下が・・・。」
さあ、がんばれ、弘晃!
「あ、真鍋さん。今、上がったんですか?」
「ああ、紫苑ちゃん。あれ? 3時に上がって、今までお風呂?」
「はい! ここのお風呂、気持ちがいいですよねー。」
「うん。やっぱり温泉はいいよね。」
「わたし、体中が筋肉痛なので・・・。」
「ああ、俺も。」
「真鍋さんでもですか? あんなに上手なのに。」
「普段は運動してないからね。」
「わたしも運動不足で。でも、今回はさらにすごいんですよ。」
「なにが?」
「手の指まで筋肉痛なんです。ここのところ。こんなところにも筋肉があるんだなあって、実感しました。」
「あははは! よっぽどすごい力でストックを握りしめてるんだね。」
筋肉痛の話題じゃ、ちょっと・・・。
紫苑ちゃんの指が筋肉痛っていうのが、もしかしたら手を握るチャンスだったかも知れないけど・・・。
はあ・・・。
この二人って、恋愛系のお付き合いは無理なのかしら?
もう明日は帰るのに・・・。
「紫苑さん。ナイターのゲレンデで写真撮りませんか?」
あら、美乃里ちゃん!
ナイスアイディア!
「あ、いいね。あたし、夜のゲレンデって初めて♪」
「寒いからたくさん着て行かないと。帽子もあった方がいいですよ。」
「は〜い。ともちゃん、まん丸になっちゃってるよ? 歩けるの?」
「でも、寒そうだから・・・。」
夜のゲレンデはロマンティックだから、なんとかして・・・。
弘晃〜! 早く降りてきて!
「あ、高木さんだ。」
「龍之介? どこ?」
「ほら、あそこの赤いボードの。」
「え、あれ? 上手いんだね。」
「そうですよ。きのうも今日も、紫苑さんが3時に上がったあとご一緒しましたけど、スキーもボードもすごく上手いんですよ。」
「真鍋さんより?」
「ああ、真鍋さんにはかなわないかな? ねえ、ともちゃん?」
「そうですね。一緒に来た中では、真鍋さんが一番お上手ですね。あ、あそこに・・・。」
美乃里ちゃん、知世ちゃん、ナイスよ〜〜〜〜!
ほんとうに弘晃はかっこいいんだから!
・・・紫苑ちゃん? 見てる?
高木くんじゃなくて、弘晃の方よ・・・あ。
「ねえ、美乃里ちゃん。龍之介って、誰かと一緒にすべってる?」
「え? ・・・あら?」
「あ、女の人と一緒ですね。」
「と、ともちゃん、しいっ!」
「やっぱりそうだよね? 龍之介、ナンパしたのかな?」
「たっ、高木さんにかぎってそんなことはないと思いますよ! 絶対! わたし見てきます!」
「え? 美乃里ちゃん・・・?」
確認なんてしなくていいわよ! 浮気したってことでいいの!
あ・・・美乃里ちゃん。
ほんとうは、あなたが気になるのね?
紫苑ちゃんなら仕方ないけど、って思ってるのね?
・・・人を好きになるって、誰にでも少しは悲しい部分があるものなのかもしれない。
何もかも順調に進む人なんて、ほんとうにラッキーな人だけなのかも・・・。
「高木さ〜ん!」
「よう! どうした?」
「あ。(あれ? すごく可愛いじゃない! 真沙美の情報では “普通” のはず。あたし、負けてるよね・・・。)」
「わたしたち、3人で写真撮ろうと思って出てきたんです。夜のゲレンデはきれいだから。こちらの方は?」
「あ、あの、わたし、(まさか逆ナンとか言えないよ〜。)」
「途中でぶつかりそうになって、足を痛めたみたいだから一緒に降りてきた。」
「ああ、そうなんですか。」
「え、ええ、はい。(その笑顔、綺麗だけどけっこう怖い・・・。)」
「わたしたち、高木さんが降りてくるところを見ていたんです。そうしたら、紫苑さんが、高木さんが誰かと一緒にいるって気付いて・・・。」
「え? 紫苑が?」
「(あ、その名前だ。じゃあ、この子は違うのか。でも・・・睨まれてるよね?)ええと、わたし、これで失礼します。」
「あ、足は?」
「あ、その、大丈夫でした。はい。ありがとうございました。おやすみなさい。(この人には、もうちょっかい出すのやめよう。)」
「・・・紫苑、何か言ってたか?」
「『ナンパしたのかな?』って。」
「はあ・・・。俺、そういうキャラに見える?」
「わたしはそうは思いませんけど。」
「紫苑にそう言っといてくれよ。」
「ふふ。ご自分でどうぞ!」
美乃里ちゃん・・・優しくて、強い人ね。
悲しいのに笑ってる。
悲しくても笑える。
・・・弘晃もそうだった。
「あ、美乃里ちゃん、寒くなってきたから写真撮って戻ろう。」
「はい。高木さん、逆ナンパされたみたいですよ。ご本人は気付いてないようですけど。」
「へえ、そうなんだ。龍之介って、かっこいいもんね。」
「あ、そう・・・ですか。はっきり言いますね。」
「うん・・・そうだね。でも、そうじゃない?」
「まあ、たしかにそうですけど・・・。」
紫苑ちゃん。平気な顔してそんなこと言うなんて・・・。
つまり、高木くんのこと、普通のお友達としか思ってないってこと?
それとも、そういうことを言ってもいいくらい、近い存在ってこと?
「あ、真鍋さん、ほんとうにお上手ですね。うっかり見とれていて、体が冷えてしまいました。さむ・・・。」
あら! 面と向かって褒めてくれるなんて!
弘晃。
紫苑ちゃんて優しくて可愛いわよね!
「ありがとう。3人とも、もう一度風呂に入った方がいいよ。今日はこっちの部屋で宴会だから、・・・そうだね、40分くらいしたらおいでよ。」
「「「はーい。」」」
あーあ。
また集団行動か。
もう無理なのかしら・・・?




