40 ≪もう一人?≫
まったく。
龍之介もしょうがないね。
半分は紫苑に甘えたくて、わざと拗ねてるんだから。
あんなふうに紫苑が怒ったのは、ちょうどよかったと思うよ、僕は。
でも、龍之介が焼きもちやいてることに、紫苑は全然気付かないなんて。
紫苑もほんとうにしょうがないね。
まあ、龍之介が何も言わないんだから、仕方ないか。
ああ、そういえば、言いかけたんだっけ。あの夜。
残念だったね。
あ、念のために言っておくけど、僕は猫をけしかけたりしてないよ。あれは偶然。
僕は紫苑が幸せになればいいんだから、その邪魔はしない。
もしかしたら、ほんとうに優斗の呪いかもよ・・・。
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――― ねえ、あなた、紫苑ちゃんの恋風でしょう?
誰?
ああ・・・、きみ、何日か前から紫苑の会社にいるね。
――― そう。わたし、レイナ。弘晃・・・真鍋弘晃の恋風。
真鍋さんの?
じゃあ・・・。
――― 弘晃はよく耐えていると思う。とてもつらいのに。
そうだね。
――― あなたは・・・、
僕はユウ。
――― ユウは紫苑ちゃんとどれくらい一緒にいるの?
もう10年以上になるよ。
――― 10年以上? じゃあ・・・ユウもつらいこと、ある?
・・・そうだね。
紫苑と別れることを思うとつらいよ。
それに、見ていることしかできないことも。
――― やっぱりそうなの・・・。
仕方ないよ、僕たちの運命だから。
それに、紫苑が楽しそうなときは、見ている僕も楽しいよ。
――― そうね。でも・・・。
でも?
――― わたし、弘晃にはなるべく早く相手を見つけてあげたいの。
そんなに急ぐの?
――― だって、あまりにもつらそうなんだもの。
でも、レイナはまだ・・・。
――― そうよ。わたし、4日前に生まれたばかり。
なのに?
――― 弘晃は4日前に決定的に愛する人を失ってしまったんだけれど、最初からずっと、その恋は悲しかったの。
ずっと・・・。
――― だから、なるべく早く癒やしてあげたいの。悲しい期間が長すぎるから。
うん。そうなのか。
――― でね、紫苑ちゃんを第一候補に考えてるの。
え? 紫苑を?
紫苑は今・・・。
――― わかってる。弘晃以外の幸せになれる相手は見分けられないけれど、観察していたから。候補者は2人、ね?
そうだよ。
そのどちらかを紫苑は選ぶと思うよ。
――― でも、弘晃とだって、幸せになれるでしょう?
それはそうだけど・・・。
――― 試してはいない。
うん・・・。
僕は龍之介を選んだから。
真鍋さんだって、紫苑以外にもいるはずじゃないか。
――― いるわよ。たとえば美乃里ちゃん。
美乃里ちゃん?
彼女なら申し分ないよね?
一緒にここに来てるし。
――― そうね。でも、わたしはできれば恋風がついている人を選びたいの。
恋風がついている人?
――― そう。悲しい恋をしたことがある人。そういう人の方が、きっと優しいでしょうから。
優しい・・・。
――― それに、紫苑ちゃんには、どこか人を和ませる雰囲気があるから。可愛らしい人よね?
それはそうだけど。
――― ユウ。紫苑ちゃんが幸せになれるなら、今の候補者以外だってかまわないでしょう?
・・・紫苑がその人を愛するようになるなら。
――― だから、この旅行中に試させてもらう。
もう決めてるんだね。
――― ええ。
わかった。邪魔はしない。
でも、手伝いもしないよ。
――― わかった。見ててね。
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レイナ。
きみは焦ってるんだ。
僕みたいになることが怖いから。
・・・うまく行く可能性は、もちろんある。
真鍋さんはいい人だし。
だけどね、レイナ。
きみは分かっていない。
僕たちの力はとても小さいってこと。
きっかけを作ることはできるけれど、心を動かすことはできないってこと。
きっかけを作っても、うまくいかないことがどれほど多いのか。
まだ生まれたばかりじゃ仕方ないけど・・・。
それに、龍之介が紫苑から目を離さないよ。
しかも、紫苑は鈍いから、きっと難しいと思うよ。