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38 クリスマスのごっこ遊び


「ああ、美味しかった! ごちそうさまでした。」


お店の前で千代子さんにお礼を言うと、千代子さんは例の綺麗な声で笑った。


「ほほほ。またいらしてね。」


「はい。またさつま揚げを食べにきま〜す。」


「ええ。紫苑ちゃんには特別にサービスしますからね。」


「はい。」


答えながら足がふらつく。


うーん・・・。やっぱり飲み過ぎなの?

龍之介につかまっててもゆらゆらするんだけど?


「龍ちゃん。ちゃんとお送りするのよ。オオカミになっちゃだめよ。」


千代子さんが龍之介と話している。


・・・オオカミ?


「龍之介。犬よりオオカミの方が強そうだよ。そっちの方がいいんじゃない?」


「あらあら。言葉が古かったかしら? 若いお嬢さんには通じないみたいね。ほほほほ。」


千代子さんが笑い、龍之介は今日はもう何度目かという呆れた顔をした。

・・・どうして?


でも、千代子さんが笑ってるってことは、面白いんだよね?

じゃあ、いいや!




電車の中で吊り革につかまってもゆらゆらが止まらない。


そうか。

吊り革がゆらゆらしてるからだ。

しっかり動かないもの・・・隣にいるじゃない、龍之介が。


片手は吊り革につかまったまま、バッグを肩にかけて、龍之介の左腕に後ろから手を通してつかまってみる。


「どうした?」


頭の上から龍之介の声。


「吊り革がゆらゆらするから。」


・・・うん、動かない。

これなら大丈夫。


“安全で安心” 。


何かのキャッチフレーズみたい。


「ふふふ。」


楽しくなって前を向いたら、窓に腕を組んだあたしと龍之介の姿が映ってる。


あーあ。

これじゃあ、恋人同士って思われても仕方ないね。


そうだ。

あたし、今日は龍之介の彼女なんだっけ。

じゃあ、これでいいんだ!


ちょっとすり寄ってみると、龍之介がこっちを向いた。


「紫苑。」


また困った顔?


背伸びをして龍之介にささやく。


「今日は彼女だもん。いいんだよ、これで。」


ふふふ、と笑う横で、龍之介が小さくため息をついている。


もう。

そんな態度、失礼だ!




駅からの道はいつもと同じ。

人も車も通らない道は、ふらふら歩いても危なくない。

龍之介から離れてくるりと一回り。

楽しい♪


龍之介は片手をポケットに突っ込んで、ゆっくりと歩いてる。

黒づくめの服装は、夜の景色の中でもそこだけくっきりと浮かび上がる。


「真っ黒な、龍之介。」


口に出したら可笑しくなって、自分で吹き出してしまう。


「なんだよ?」


「なんでもない。」


龍之介には教えないよーだ。


右側の小さな公園。

道に沿って低いブロックで囲まれた花壇がある。

周りには・・・誰もいないね。


「よいしょっと。」


花壇の端のブロックに乗る。

ずっと前からやりたかった。このブロックの上を、向こうまで歩くの。


「紫苑?」


龍之介が気付いてそばまで来た。

心配? 呆れてる?


「大丈夫。」


笑顔で答えて歩き出す。・・・けど、2歩めでぐらり。


「わ。」


サッと差し出された龍之介の右手につかまって、また一歩。そのまま最後まで。


「やった!」


飛び降りようとしたら龍之介がもう片方の手も差し出してくれた。

そっちにもつかまって、ふわりと着地・・・あれ? 視界が真っ暗。何も見えない。


顔に当たってるのは・・・ボタン? もしかしたら龍之介のコート?

なんで、こんなに近くに?

おかしいな?

手につかまっていたはずなのに?

あたしの手はからっぽで、龍之介の手は・・・あたしの背中・・・?


・・・んん?

なんか、これって、もしかして?

あららら・・・、どうしよう?


イヤっていうわけじゃない・・・けど。

むしろ、あったかくてほっとするし。


そうだよね。

龍之介はセキュリティ・サービスだもん。

あたしを守るのが役目なんだから、ほっとして当たり前だ。

でも・・・。


「龍之介?」


そっと呼んでみる。


「ごめん、紫苑・・・。俺も飲み過ぎた。ちょっとつかまらせて。」


そうか。

飲み過ぎか。

つかまってるだけか。


でも、ハスキーな声がいつもよりかすれて・・・ちょっとセクシーかも。


・・・うわ。まずい。

そんなこと考えたら、ドキドキして来ちゃった。

ど、どうしよう?

龍之介に伝わっちゃうかな?

そりゃあ、今日は・・・今日は龍之介の彼女、なんだけど、だってそれは・・・、それは・・・。


「あの、」

「紫苑。」


見上げたら、目が合った。


こんなに近い。

龍之介の腕の中で、龍之介をみつめてる。

まるでほんとうの恋人同士みたいに?



龍之介・・・?



「紫苑。もし俺が・・・」


もし龍之介が・・・なに?


「もし・・・・なんだ? 足元が・・・?」


足元?

そういえば、なんだか柔らかく押されてるような・・・。


「ねこっ!!」


ねこ・・・猫?


「んにゃお。」


あ、猫だ。


白い猫。

片耳と尻尾の先が黒い。

あたしのブーツにすり寄りながら、ぐるぐると足元をまわってる。


あれ?

龍之介?


「紫苑っ! 猫っ! 俺、猫はダメっ! 特に夜はっ!」


5メートルくらい離れて、龍之介が小声で叫んでいる。


あらら。

可愛いのに。


「ほら、怖いって。しっしっ。」


追い払うと、猫は公園の植え込みの中へと振り返りながらもぐっていき、龍之介がそろりそろりと戻って来た。


「早く離れよう。」


龍之介がチラチラと猫の行方を確認しながら言う。


「はいはい。」


ガサ。


肩にかけていたバッグが揺れて、コートのポケットで音がした。


あれ?

なんだっけ?


ポケットから出てきたのは・・・白い紙袋。


「あ。これ。」


「なんだ?」


龍之介が覗き込む。


「お昼に秋月さんからもらったの。」


「優斗から?」


眉間にしわを寄せて警戒した顔。


「うん。御守り。スキーで怪我しないようにって。ほら、身代わりと、厄除けと、交通安全。」


お昼休みに急いでて、ここに突っ込んだんだっけ。


「厄除け・・・。」


「全部違う場所で買ってきてくれたんだよ。いい人だよねー。」


「マタタビが入ってるんじゃないだろうな?」


「え? マタタビ?」


「いや。・・・効果が高そうだって言ったんだ。」


「そうかな・・・。ああ! 龍之介、たいへん!」


「何が?」


「スキーの荷物、これから詰めなくちゃ!」


ため息をつく龍之介。


「やっぱり優斗が呪いを・・・そうか。じゃあ、さっさと帰ろう。」


さっきのはお酒のせい。

ゆうべのあたしも同じ。




一気に酔いがさめた気分で龍之介と並んで歩く。

街灯の下を過ぎるたび、だんだん短くなった二人の影が向きを変えて伸び始めて・・・を繰り返す。


・・・そうだ。


「龍之介。」


「なんだ?」


「今日、分かったことがあるの。」


「なに?」


「あのね、あたし最近、友達から『龍之介とは本当にただの友達なの?』って言われてたの。」


「・・・うん。」


「でね、こうやって送ってもらったりしたらいけないんじゃないかって思ったりしたの。」


「紫苑。それは俺の考えでやってることで、紫苑が」


「うん、分かってる。」


「なら、そんなこと気にするな。」


「うん、ありがとう。あたしも分かったの。」


分かって、決めたの。


「ほかの人の言葉で、龍之介とあたしの関係が変わったりするのは変だって。ほかの人が何て言ったって、龍之介とあたしの関係は、龍之介とあたしが決めるんだって。ね、そうでしょう?」


龍之介が笑う。


「そうだ。俺と紫苑の問題だ。」


よかった。

あたしも笑顔、だよね?


「これからもよろしくね。」


「もちろん。」


龍之介が手を伸ばして・・・あたしの髪をぐしゃぐしゃにした。

いつもなら文句を言うところだけど、今日は笑って許してあげた。




マンションの前で別れるとき、ポケットの御守りの入った袋がガサガサと音を立て、秋月さんを思い出した。


「ねえ、龍之介。秋月さんて、大学のときはどんな人だった?」


「優斗?」


龍之介が不満そうな顔をする。


「なんで、今?」


「え? 思い出したから。」


ダメなの?


「・・・・優斗は、何でも思ったことを黙っていられないヤツだった。」


「何でも思ったこと・・・。」


独り言とかもそれなんだね。

じゃあ、あれも・・・?


「紫苑。」


「あ、はい。」


「優斗が口に出すのは、ほんとうに思ってることだけだ。あいつはウソを言えるような性格じゃない。」


龍之介。

そんなに真剣に言うの?


「うん。わかった。」


ふざけてるわけじゃないんだね。

あの優しさも、言葉も、全部本物なんだね。


でも・・・。


今は決められない。

自分の気持ちがよくわからない。

だから、もうしばらく待ってください。


「あ! 荷物詰めなくちゃ!」


「お、そうだな。早く行け。」


「うん、ありがとう。また明日ね。おやすみなさい。」


手を振って、玄関のガラス扉へ。

2つのドアを抜けてエレベーターの前で振り返る。



バイバイ、気を付けてね。




今日は・・・楽しかった。

ありがとう、龍之介。

また行こうね。







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