35 クリスマスのランチで焼くものは
お昼休みに急いで待ち合わせ場所に行くと、ちょうど秋月さんもやって来た。
「今日はなにがなんでも出ようと思って頑張ったよ。ああ、やっぱり休憩中に外に出るのはいいよねえ。」
そう言いながら、気持ち良さそうに伸びをする。
「同僚に訊いて、美味しいランチの店を予約したんだ。この先にあるホテルの2階。」
「もしかして、よく雑誌に載ってるお店?」
「そうかも知れない。ビーフシチューのランチが有名なんだって。予約でそれを頼んじゃったけど、大丈夫?」
「うん。」
ちょっと高いお店かも。
まあ、クリスマスだし、いいか。
「何軒か教えてもらったんだけど、その中ではここしか空いてなかったんだよ。」
お店に入りながら秋月さんが言う。
そうだろうな。
入り口の黒板には『限定ランチ 2,500円』。
値段が高いから空いてたんだと思う。
店内はテーブル同士の間が広くとってあって、他人の話し声が気にならない。
本物の木を使ったクリスマスツリーには赤と金を基調にした飾り。
テーブルクロスも赤に白を重ねて、クリスマスらしい色使い。
「ランチだとお酒が飲めないのが残念だね。」
「お酒を飲むって言えばね、昨日、」
ふと、秋月さんが、あたしの肩越しに入り口の方に視線を移した。
そして、にっこり笑って片手を少し上げて合図。
「誰か知ってる人がいた?」
「あ、振り向かないで。」
あ。
面倒な人・・・かな?
「僕の友人なんだけど・・・紫苑さんは知らない方がいいよ。」
知り合いにならないほうがいい人?
そんなに変なお友達もいるのか・・・。
それにしちゃ、秋月さんは楽しそうに笑ってるなあ。
オルゴールバージョンの楽しげなクリスマスのメロディが流れる店内で、情報どおり絶品のビーフシチューをいただく。
なんて贅沢なランチ!
秋月さんの優しい笑顔ときりりとした明るい声の会話も和やかで心地いい。
昨夜の酔っ払い騒ぎも、秋月さんと話していると、微笑ましく感じる。
龍之介とじゃ、こうはいかないね。
・・・って、何故、龍之介と比べてる?
「そうだ。紫苑さんにプレゼント。」
食後のコーヒーを飲みながら、秋月さんがスーツのポケットから取り出した小さめの白い紙の袋。この袋だと、和菓子を想像しちゃうけど・・・ふわふわしてる?
「ありがとう。開けていい?」
「もちろん、どうぞ。」
にこにこして嬉しそう。
留められていない袋の口を開けて覗いてみると。
「お守り?」
3つも入ってる・・・。
テーブルに並べてみると。
『身代り御守』、『厄除御守』、『交通安全御守』?
「紫苑さん、もうすぐスキーだよね? 怪我しないように。」
うわ・・・。
なんてよく気が付く人なんだろう。
「ありがとう。嬉しい。でも、3つも?」
「そう。仕事で外出したときに、お寺とか神社の前を通ると買いたくなっちゃって。」
ん?
ってことは、裏は・・・全部違う!
そんなにいつも気にかけてくれて・・・?
「あの・・・、どうもありがとう。」
「いいえ。スキー、楽しんでおいでね。」
「うん。・・・あたしは何も用意してないんだけど。ごめんなさい。」
「あ、いいんだよ! 気にしないで。それに、昨日、タルトをもらったよ。」
「ちょっとだけだよ。」
「でも、作るの大変だったよね? そういうのは買ったものとは違うから。・・・そろそろ戻ろうか。」
12時50分。
お昼休みはあっという間だ。
お店を出るとき、秋月さんが会計で席札を出すと、店員さんが「ありがとうございました。」と頭を下げた。
・・・それで終わり?
「お会計は・・・?」
「先に済ませたよ。」
いつの間に?
すごいスマートだね。
秋月さんて、本当に何でも行き届いてる気がする。
でも。
「あの、秋月さん、あたしの分を・・・。」
お店を出ながら支払いを申し出ると、秋月さんはいつもの笑顔で答えた。
「今日は僕のおごり。」
「いえ、でも、それじゃ申し訳ないよ。」
ここ、高いんだし。
「うーん・・・、紫苑さん、気になる?」
返事の代わりに頷く。
「じゃあ、千円だけもらおうかな。そのくらいなら、おごられてくれる?」
残り1,500円。
そのくらいなら・・・まあ、いいのかな?
あんまり意固地になるのも失礼な気がするし・・・。
「はい。では千円。ご馳走さまでした。」
頭を下げながら千円札を差し出す。
「何やってんだよ。」
わっ?! なに?!
振り向いたら・・・龍之介?
その後ろから美歩と美乃里ちゃんが急ぎ足でやってきて、両側から腕を掴まれた。
「ほら紫苑、お化粧直さないとね。早く行こう。秋月さん、失礼します。龍之介くん、お先に。」
「あ、うん。秋月さん、ご馳走さまでした。」
「うん、またねー。」
にこやかに手を振る秋月さんとふて腐れた顔をした龍之介を残して、美歩と美乃里ちゃんに引きずられるように職場への道を走った。
「あんなところでニアミスしちゃうなんて、ホントに焦った。」
洗面所の鏡の前で口紅を塗りながら、美歩がしみじみと言う。
「お詫びだからと思ってちょっと高いお店にしたら、そこに紫苑たちがいるんだもの。」
「本当ですよ〜。お店に入ったとたんに高木さんがお二人に気付いて、足が止まっちゃって。」
さっきのレストランに、二人も龍之介を連れて行ったのだった。
今日になってから予約ができるようなお店は限られているから。
「全然気付かなかった。」
あたしが言うと、美歩が呆れた顔でうなずいた。
「それは、お店を出たあとの紫苑の様子を見て分かった。でも、秋月さんは気付いてたんだよ。あたしたちがお店に入ったとき、龍之介くんに手を振ったんだから。」
あのときか!
振り向いていれば・・・。
いや。
振り向かなくてよかったのかも。
「秋月さんが “見ないほうがいい” 、みたいに言うから、てっきり顔を覚えられたりしたら困るような人なのかと思った・・・。」
実に上手い言い回しをしたよね。
ものすごーく秋月さんらしい感じがするけど。
まるで、龍之介に “あかんべえ” をしているような、子どもっぽい感じ。
相変わらずそんなふうに、龍之介に対抗意識を燃やしてるんだから。
「“顔を覚えられたら困る人” って、紫苑さん、素直に信じたんですねえ。」
美乃里ちゃんが感心してる。
「だって・・・。」
「秋月さんは、紫苑のそういう素直なところがいいのかもねー。」
「美歩!」
そんな風に言われると・・・本当にそうなのかも知れないけど・・・。
あ。
秋月さんのことをこんなに普通に考えられるなんて、ずいぶん慣れてきたんだなあ。
「高木さんはもう、ずーっと落ち着かなくて。」
「そうなの。うっかり紫苑たちが見える方に龍之介くんを座らせてしまってね。」
「わたしたちとお話ししていても、紫苑さんの方ばっかり気にしてて。」
「そう。それでしかめっ面しちゃって。ねえ? あたしたち、気が気じゃなかったわよ。」
美歩と美乃里ちゃんが顔を見合わせて頷き合う。
「その話、誇張してない? でなければ、二人の勝手な解釈が混じってるとか。」
絶対にそうだ。
「そんなことありませんよ! ねえ、美歩さん?」
「そうよ、紫苑。ウソじゃないもん。」
・・・まあ、たしかに最近、ちょっと優しいかも・・・ん?
でも、あくまでも “ちょっと” だよ!
「あーあ。いいですねえ、紫苑さん。二人の男性に想われて。」
「まだ、そう決まったわけじゃ・・・。」
どうやら一人はかなり確実な感じではあるけど・・・。
あ。
ほんとうに、秋月さんのことには慣れてきたんだなあ・・・。
「あ、もう時間ですよ。」
腕時計を見た美乃里ちゃんのひと言で、大急ぎでトイレから出る。
そういえば、あれから龍之介と秋月さんはどんな会話をしたんだろう?
・・・知らない方がいいか。