34 クリスマスなのに・・・
美乃里ちゃんは二日酔いだった。
朝は龍之介やあたしに謝らなくちゃと思って頑張っていたようだけど、職場の机についたとたん、両方のこめかみをグーで押さえつけている。
机の上にはペットボトルのスポーツドリンクが2本。
「頭が痛くて、のどが渇くんです・・・。」
よく見ると、目の下にクマができているみたい。
「だいぶ飲んでたもんね。」
「いえ、あれだけじゃなくて・・・。」
美乃里ちゃんが辛そうに訴える。
「昨日、帰ったら、ちょうど姉がデートから帰ったところで・・・。のろけ話を聞かされながら、ワインに付き合わされて・・・。」
あの時間から?
それじゃあ、辛いかもね。
「二日酔いがこんなにつらいなんて・・・。」
情けない顔でため息をついている。
それでもやっぱり可愛らしいけど。
「昨日はどうだった?」
隣の課の竹田くんが、通りすがりに美乃里ちゃんに声をかけた。
「・・・・・。」
ぼんやりと竹田くんを見上げる美乃里ちゃん。
答える元気もないらしい。
問いかけるようにこちらを向いた竹田くんに、美乃里ちゃんの机の上のペットボトルを指し示す。
「え? もしかして二日酔い? 美乃里ちゃんが?」
驚いた竹田くんの意外に大きな声に、美乃里ちゃんが慌てて立ち上がる。
「ちっ、違います、違います! 二日酔いなんて、そんな・・・痛い・・・。」
みんなには知られまいとしていきなり動いたのがいけなかったのか、すぐに頭を抱えて椅子に座り込む。
課内の視線を逆に集める結果になってるし。
「だいぶ酷そうだね。」
向かいの席の春山さんがくすくす笑う。
「すみません。あたしも一緒にいたんですけど。」
「谷村さんのせいじゃないよ。もう大人なんだから、自分で気を付けないとね。」
「はい・・・。」
美乃里ちゃんがしょんぼりと返事をした。
「こんなに弱いとは思いませんでした・・・。」
そうじゃなくて、飲んだ量がすごかったんだってば!
廊下で行き会った美歩は元気だった。
「ちょっとちょっと。」と言いながら、あたしをトイレに引っぱって行く。
トイレの中で周囲を見回す様子がなんとなく怖い・・・。
「紫苑。さっきは美乃里がいたから言わなかったけど、あなた、龍之介くんと外で会ってるでしょう?」
え?
なんでいきなり龍之介の話題?
それに、 “外で” って・・・?
「外でって、飲み会の帰りとは意味が違う?」
「もう! 何をとぼけてるのよ?! それ以外のこと!」
・・・あ!
「ええと、うん。この前、一回だけ会ったよ。」
この前だけじゃなく、ゆうべの “ほっぺに・・・” も思い出してしまった。
困っちゃうな。
もしかして、あたし、顔が赤くなってる?
こんな反応したら、美歩に勘違いされちゃうかも・・・。
“勘違い” でいいんだよね・・・?
「やっぱり。」
美歩。
もしかして怒ってる・・・?
「どうして分かったの?」
「きのうの夜、紫苑は龍之介くんがどんな車で来るか知ってたみたいだから。」
「あ。」
そうだった。
あのときは必死だったから。
「よ、よく気付いたね。だいぶ酔っ払ってたみたいなのに。」
「今朝、思い出して気が付いたの。紫苑ってば、それでも龍之介くんとは普通の友達って言うの?」
「美歩・・・。」
そんなこと言われても・・・。
あたしと龍之介はそういう付き合い方をしてきたんだよ。
それ以外に、なんて説明したらいいの?
困り果てて美歩の顔を見ていたら、美歩は大きなため息をついた。
「ごめん、紫苑。」
「美歩が謝ることはないけど・・・。」
美歩がさびしそうにあたしを見た。
そして。
「違うの。」
違う?
なにが?
「あたしね、龍之介くんのこと、ちょっと本気だったの。」
「美歩。」
「だから、紫苑に焼きもち焼いてるの。」
「あの、あたし・・・。」
「それで、ちょっと紫苑に意地悪なことを言ってみたの。」
美歩・・・。
「でも、もういいや。」
え?
「もともとあんまり望みはなかったんだし、そのうえ昨日、あんなところを見せちゃったからね。」
えへへ、と肩をすくめてみせる美歩。
「あんなことくらいで、龍之介は美歩のことを嫌いになったりしないと思うよ?」
「んー、そういうことじゃないの。」
「そう?」
「そう。あたしじゃダメなのよ。要するに、そういうこと。紫苑とは関係なく、ね。」
あたしとは関係なく。
「もし紫苑がいなくても、龍之介くんはあたしを選ばないよ、きっと。」
「・・・そう、なの・・・?」
美歩・・・強いね。
「でも、今日のお昼は龍之介くんを借りるからね。」
美歩ってば。
「“借りる” って、べつにあたしの所有物じゃないよ。きっと、龍之介も文句言うよ。」
「そう? まあ、そういうことにしておきましょう。」
「いや、そういうことそのものだから。」
美歩が笑う。
その笑い方はやっぱり綺麗で華やか。
「ランチ?」
「そう。美乃里と二人で、お詫びにランチをおごるって約束したの、今朝。」
ああ、なるほど。
「美乃里ちゃん、ものすごい二日酔いだよ。」
「え? 本当?」
「通勤の間は我慢してたみたいだけど、机に座ったら頭痛がひどいみたいで頭抱えてた。それにペットボトルを2本持って来てて。」
「だらしないなあ。これから鍛えてあげなくちゃ。」
「きのう、帰ってからまた飲んだらしいよ。」
美歩が呆れた顔をする。
「でも、きっと美歩に鍛えられたら酒豪になるかもね。」
二人で笑い合って、楽しい気分で手を振る。
龍之介とあたしって、本当にどういう関係なんだろう・・・?
あ、そうだ。
「美歩!」
追いかけて囁く。
「ねえ、昨日のこと、秋月さんにも話していい?」
「秋月さん?」
「今日、一緒にお昼を食べるの。仕事で疲れてるって言うから、楽しい話をしてあげようと思って。」
「二人でランチ? いいの?」
心配そうな顔。
1対1でいいのかってこと、だよね?
「だめ、なのかな? 秋月さんはいつも『気にしないで』って言うから。」
それに、お休みの日に一緒に出かけてるよ。
「そう・・・。まあ、秋月さんがそう言うならいいのかもね。で、ゆうべの話をしたいわけ?」
「うん。面白いから。一応、許可をとろうかと思って。」
「もう・・・。いいよ、べつに。だって、原田さんだってその場にいたんだもん。紫苑が話さなくても、龍之介くんとか原田さんから聞いちゃう可能性があるでしょ?」
ああ、そうか。
「うん、ありがとう。じゃあね。」
秋月さん、きっとたくさん笑ってくれるね!
だけど・・・。
あたし、龍之介と自分のこと、もっとよく考えなくちゃいけないのかな・・・。