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33 クリスマスでも仕事です


寝不足だ・・・。


昨夜は帰るのが遅かったし、そのうえ・・・あれこれ考え過ぎてしまって、なかなか眠れなかった。


あれこれ。

あんなことや、こんなこと。


秋月さんのこと。

美歩や美乃里ちゃんの言葉。

それから、龍之介のほっぺに・・・という自分の衝動的ともいえる行動。


結局、考えても答えは出なかった。


そのうち、真由の『成り行きに任せてみたら』という言葉がふっと浮かんできて、急に落ち着いた。

・・・と思ったら、朝だった。



朝の忙しい時間に悩んでいる暇はない!

昨夜の疑問が頭に浮かんだ途端に、自分の中で結論が出た。


“ほっぺに” は “お酒のせい” だったんだ。


美歩と美乃里ちゃんに気を取られていたときは酔わなかったけど、実際には飲んでいたもの。

龍之介に送ってもらって安心して、あそこで一気に酔いが回ったに違いない。

その証拠に、今はこんなに冷静。

お酒の影響ってすごいね。


今日、龍之介に、もう一度よくお礼を言わなくちゃ。




「よう、紫苑。」


龍之介?


乗り換え駅のホーム。

気付くと隣に龍之介がいた。


「おはよう。」


黒いトレンチコートに黒いスーツ、黒い手袋、黒いバッグ・・・黒ずくめの龍之介がニヤリと笑ってる。

昨夜のことを思い出して、一瞬、鼓動の間が空いたような気がしたけれど、その笑い顔を見たら、なんだか安心した。


「おはよう。昨日はどうもありがとうございました。」


丁寧に頭を下げてお礼。


「本当にごめんね。あたしが二人を押さえられなくて、あんなに長距離をまわってもらうことになっちゃって。」


ああ、そうだ。


「それから、お花もありがとう。びっくりしちゃった。」


ホームに電車が入って来て、人波に乗って乗り込む。


「そうか?」


「うん。」


混んではいるけれど動けないほどじゃなく、龍之介と並んで通路に場所を確保。

距離が近いのは仕方ないか、通勤電車なんだから。・・・でも、ちょっと恥ずかしいかも。


「空っぽだと思って、こうやって、両手で一気にフタを開けたら、中から飛び出してきてね。思わず悲鳴をあげちゃったよ。」


龍之介がくすくす笑う。


「いかにも紫苑らしい。」


「そう?」


「ガサツっていうか・・・。」


どうせね。


「そういえば、今日はどうしたの? いつもはもっと早い電車って言ってなかった?」


「寝坊した。」


あ。


「ごめん。昨日、遅くなっちゃったもんね。」


「いいよ、べつに。間に合うんだから。」


「うん。ホントにありがとうね。」


龍之介がまたニヤリと笑い、話題は次へ。


「27日・・・もうあさってだな、朝の4時半ごろ迎えに行くからな。」


「あ、スキーのこと? 4時半? そんなに早く?」


起きられるだろうか?


「向こうで午前中から滑りたいからな。真鍋さんたちとは途中で合流する予定だよ。」


「じゃあ、今日と明日で荷造りしないとね。」


「そう。で、明日は早く寝ろよ。」


「わかってる。龍之介の車は、あたしのほかには?」


「嶋田さんと竹田を途中で拾って行く。ちょっと狭いかもしれないけど我慢してくれ。真鍋さんが金子さんと榊原さんを迎えに行くことになってる。」


ふうん、そうか。


「隙間に落ちるなよ。」


降りるときに龍之介に言われた。


電車とホームの間のこと?

いくらなんでも・・・いえ、実は毎日、かなりびくびくものなんだけどね。

どうしてわかったのかな?




「あれ? 龍之介?」


改札の手前で、いつもの秋月さんの声。

でも、今日は龍之介と会ったことが不本意だと声が告げているようで可笑しい。


「よう。」


龍之介のあいさつのようなものには返事をせず、にこにこと笑いかけてくる秋月さん。


「紫苑さん、おはよう。」


「おはよう。」


秋月さんが龍之介とは反対の隣に並ぶ。


あ。

もしかして、こういう状態を “両手に花” と言うのでは?

龍之介って意外にかっこいいし、秋月さんはカワイイ系。

周りから嫉妬のまなざしを向けられていたりして!


改札口を抜けながら、さりげなく周囲を見回してみる。


・・・みんな忙しそうだな。年末だもんね。

つまんないの。


「紫苑さん、タルト美味しかったよ。ありがとう。」


「あ、ああ、本当? よかった。」


「あのタルトって、食べると心が和むよねえ。」


うーん。

秋月さんの笑顔も心が和むなあ・・・。


「たしかにうまかった。紫苑にしては上出来だったよな。」


「龍之介?」


秋月さんが眉間にしわを寄せて龍之介を見た。そのあと、問いかけるようにあたしを。

龍之介は知らん顔。


「え・・・えと、食べきれないから、うちの職場と龍之介にあげたの。」


「ふうん。」


一瞬、不満そうな顔をしたけれど、秋月さんはすぐに機嫌を直して言った。


「でも、僕のためにつくってくれたんだよね? ついでじゃなくて。」


まったく、もう。

そんなことにこだわるなんて、笑っちゃう。


「はい、そうですよ。」


「じゃあ、いいや。」


満足そうな顔。


「ふん。」


龍之介は不満そうな顔。

面白いなあ・・・。


二人の様子を見比べて密かに笑っていたら、秋月さんが龍之介をチラッと見た。


また何か・・・?


「そういえば、紫苑さん。次のアップルパイはいつ作るの?」


その話題?!

けっこう爆弾な気がするけど?!


背中がヒヤッとして、額には汗が・・・。


「アップルパイ?」


龍之介が秋月さんじゃなくて、あたしに問いかける。


ああ、もう!

二人でてきとうに話し合って決めてくれたらいいのに!


「つ、次・・・はね、まだ決めてないよ。あの、・・・年末年始は忙しいから。」


龍之介の視線には気付かないふり。


「そう。次の試作品も楽しみにしてるよ。」


秋月さんも、龍之介のことは無視することに決めたらしい。


「うん・・・。」


顔を上げられない。

はじめっから、全部ほんとうのことを言っておけばよかった!


「龍之介くん!」


後ろから声がしたと同時に、女の子が二人・・・美歩と美乃里ちゃん。

走って追いかけて来たらしい。二人とも息が切れている。


たぶん、昨夜のお礼でも言いに来たんだろう。

それにしても、なんてタイミング良く出てきてくれたんだろう!


「おはよう、紫苑、秋月さん。」


「おはようございます。」


二人はあたしたちにも声をかけてから、そろって龍之介に向かって頭を下げた。


「「きのうはお世話になりました!」」


「ああ・・・べつにいいよ。」


「そんなことない。本当に申し訳ないことしちゃって。」


困った顔をして歩き出した龍之介に二人が並ぶ。

あたしは秋月さんと並んでその前を歩く。


「何かあったの?」


秋月さんの小声の質問で、昨日の二人を思い出して笑ってしまった。


「昨日ね、あたしとあの二人で食事に行ったんだけど、」


「ああ、そう言ってたね。」


「そこでね、あの二人が飲み過ぎちゃって、最終的に、龍之介を呼んで、送ってもらうことになっちゃったの。」


「え? タクシーで送るとかじゃなくて?」


「うん。まあ、いろいろあってね。原田さんにも助けてもらったんだよ。偶然に会って。」


「諒に?」


「そうなの。原田さんは知佳ちゃんとデート中だったんだけどね。ああ、ごめんなさい。あたしはここだから。続きはまた」


勤め先のビルの前で、いつものとおり、手を振ろうと・・・。


「あ、紫苑さん。今日、お昼の予定はある?」


早口に尋ねられて、その勢いに押されて首を横に振る。


「じゃあ、一緒にどう? タルトのお礼。」


「お礼なんて、」


「と、僕の息抜き。」


息抜き・・・。


「ここのところ、お昼もコンビニで買って仕事をしながらだったから、クリスマスくらいは職場から出たいなと思って。」


「ああ・・・、うん、そういうことなら。あたしとでいいの、かな?」


「うん。紫苑さんといると楽しいから。」


ああ、この笑顔で言われると、断れないよね・・・。

それに、あたしが秋月さんの役に立てるなら嬉しい。


「じゃあ、息抜き用の楽しい話を考えておくね。」


「ありがとう。じゃあ、お昼にここで。何かあったらメールするから。じゃあね!」


そうだ。

美歩たちは・・・? 後ろにはいない?


ビルに向かうと、ロビーで美歩と美乃里ちゃんに手を振って階段を上って行く龍之介の後ろ姿が見えた。いつの間にか追い越されてたんだ・・・。

二人はそのまま立ち止まって、どうやらあたしを待ってくれているらしい。


「紫苑〜。昨日は迷惑かけちゃって、ごめんね!」


「紫苑さん。調子に乗り過ぎてしまって、すみませんでした・・・。」


ロビーに入ったところで駆け寄られて、美歩には抱きつかれ、美乃里ちゃんは平謝り。


「うん、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど。」


少しは覚悟もしていたし・・・。


「二人とも、ちゃんと覚えてるんだ?」


「ちゃんとじゃないんだけど、まあ、かなりね。」


美歩が舌を出しながら言った。

その隣で美乃里ちゃんが神妙な顔をして頷く。


「あのときはどうなるかと思ったけど、今になってみると、面白かったよ。ふふ。まあ、無事だったから言えるんだけど。」


二人とも、あんなに愚痴り屋だったなんてね。


「知佳ちゃんにも謝って・・・、あ、知佳ちゃん。」


ロッカー室の前で、出てきた知佳ちゃんを見つけた。


「昨日はごめんね〜。」


口々に謝るあたしたち3人に、知佳ちゃんはまるでマドンナのような微笑み。


「いいのよ。やけ酒を飲みたくなることもあるわよね。」


なんていうか、 “幸せいっぱい” な感じ?


ほっとした顔でロッカー室に入って行った二人と離れて、知佳ちゃんに身を寄せて訊いてみる。


「原田さんと、あれからどうだった?」


「やだ、紫苑! ちゃんと帰ったわよ!」


「え?」


あたし、そんなこと訊いてないよ?!

こっちが赤面しちゃうじゃないの・・・。


「すごーく楽しかったの。幸せなんだもーん。」


「そう・・・。知佳ちゃんだけでも幸せでよかったよ。」


「ありがとう、紫苑。」


うふふ、と笑っている知佳ちゃんは、まるでふわふわと宙に浮いているように見える。

お友達が幸せな姿って、いいものだね・・・。


「紫苑もちゃーんと幸せになれるわよ。じゃあね〜♪」


踊るような足取りで自分の職場へ向かう知佳ちゃんは、まるで光り輝いているように見えた。







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