31 クリスマス・イブのドライブ
「あ、龍之介? お前、ヒマなんだって?」
原田さんが携帯で龍之介と話してる。
それをあたしたち4人が取り囲んで・・・という状態。
美歩と美乃里ちゃんは、今度は原田さんを肴に盛り上がっている。
「今さ、お前の同僚がたいへんなことになってるぞ。・・・え? 知佳じゃないよ。」
あー。
知佳ちゃん、原田さんに『知佳』って呼ばれてるんだ。
知佳ちゃんを見たら目が合って、知佳ちゃんは恥ずかしそうに微笑んだ。可愛いなあ。
「紫苑さんと美歩さんと、ええと・・・、」
「美乃里でーす! えへへへ。」
美乃里ちゃんが原田さんの携帯に向かって叫ぶ。
「だって。こういう状態なんだよ。さっきはほかの酔っ払いに絡まれてて。・・・え? だめだよ。俺はデート中。」
すみません・・・。
「ああ、紫苑さんは大丈夫そうだよ。替わろうか。」
差し出された携帯で恐るおそる呼びかける。
「龍之介?」
『何やってんだよ?』
やっぱり怒ってる?
「ごめん。二人が飲みすぎちゃって、一人で帰れるのかどうかわからないの。どうしよう?」
『タクシーは?』
「美乃里ちゃんは一人でタクシーに乗るのは嫌だって言うし、美歩は気持ちが悪いって・・・。あたしが一緒に乗って行けばいいのかな?」
『二人を送っていくのか? 時間も金もかかりすぎるぞ。』
それは厳しい・・・。
でも、今の状態じゃ、仕方ないかも。
電話の向こうから、龍之介のため息が聞こえた。
『そこ、K駅だっけ?』
「・・・うん。」
『じゃあ、二人を連れてM駅まで来い。4駅くらいなら移動できるだろう? そこから俺が3人とも車で送ってやるから。』
「え、そんな! それじゃ悪いよ!」
「どうしたの? なあに?」
横から美歩が携帯を持つ手を引っぱる。
「もしもし〜。龍之介くん?」
取り戻そうと思っても、美歩の力が意外に強い。
酔っ払いの馬鹿力なの? さっきの気持ちが悪いっていうのはお芝居?
「うん。・・・うん。わかった。紫苑と美乃里と一緒にM駅に行くよ。お迎えよろしくね〜ん♪」
「りゅ、龍之介?」
ようやく携帯を取り戻して、呼びかける。
『もう決まったから。紫苑、M駅まで頑張れよ。』
「ホントにごめん!」
『いいよ。M駅はタクシー乗り場の横に送迎スペースがあるから、そこで。じゃあな。』
本当に、ごめん!
K駅の改札口までは、原田さんと知佳ちゃんがついてきてくれた。
そのあいだ、美歩と美乃里ちゃんは上機嫌。
「龍之介くんが送ってくれるんだって!」
「まるで紫苑さんみたいですねえ!」
・・・そんなにあたしのこと、羨ましかった?
「紫苑。頑張って。」
知佳ちゃんが励ましてくれる。
「さっき、龍之介にもそう言われたよ。」
相変わらずくすくす笑って千鳥足の二人を女性専用車へと追い立てるように乗せて、4つ目の駅、M駅へ。
タクシー乗り場・・・の隣。
何台か停まっている車の中に、龍之介の小型車はいない。
「まだみたいだね。ちょっと待・・・あ、来たかな?」
ロータリーに入ってきた黒っぽい小型車が近付いてきて、運転席の龍之介が見えた。
前に止まった車に向かって、美歩と美乃里ちゃんがきゃあきゃあと手を振る。
「紫苑が最後だから奥に乗れ。あとの二人はどっちでもいいぞ。」
美乃里ちゃんが美歩に助手席を譲り、運転席の後ろに座ったあたしの隣に美乃里ちゃんが乗り込む。
「しゅっぱ〜つ!」
美歩が自分の住所をカーナビにセット。駅の近くは多少混んでいたけれど、それ以外はノンストップで進む。
美歩が車のステレオにセットした曲を、美歩と美乃里ちゃんが熱唱する。車の中はまるでカラオケボックス。
あたしはそれを笑いながら聞いているけど、本当は龍之介に申し訳なくて、心の中でひたすら謝っている。
龍之介はまったく気にする様子もなく、二人を見て笑っているけれど。
美歩を送り届けたあと、美乃里ちゃんがナビと道案内のために助手席に移った。
しばらく3人で話しているうちに、気付いたら美乃里ちゃんはすやすやと眠っている。
あれほど羨ましがっていたのにね・・・。
予定地の近くで美乃里ちゃんを起こし、ようやく家の前で下ろしたときには、時計はすでに11時に近かった。
「迷惑かけちゃってごめんね。」
しょんぼりしているあたしに、龍之介はバックミラー越しに笑った。
「いいよ。あの二人があんなに酔っ払った姿を見る機会なんて、そうそうないだろうからな。」
「ほんとだよね。一緒に行くって決まったときに、二人が『気が合いそう』って言ってたんだけど、本当に盛り上がっちゃってさあ。」
「紫苑は?」
「二人とも、見た目が良すぎて損をした話で盛り上がってたから、あたしが出る幕はなかったよ。」
わははは・・・と龍之介が笑う。
「それにね、二人ともお店の中でも服装で目立ってるし、だんだん声が大きくなってくるしで、気が気じゃなくて、飲んでも全然酔わなかった。」
「そうか。たいへんだったな。絡まれたって?」
「うん。お店を出たところで、二人連れにね。相手がしつこくて困ってるところに、ちょうど知佳ちゃんと原田さんが通りかかって助けてもらったの。」
「たいへんだったな。」
「まあね。」
かなりドキドキものだったな・・・。
「・・・ここ、どこ?」
窓の外に、キラキラしている景色が見える。
「ああ、ちょっと海の方にまわってみた。」
「ふうん。きれいだね。」
「うん。海の手前に大きな工場があるんだよ。あれは工場の明かり。」
へえ。こんな夜なのに。
建物なのか、太い煙突なのかよく分からないけど、小さい明かりがたくさん点いている。ところどころに赤い光も。
もっと前方には高い建物がいくつかあって、そのてっぺんに赤い光が点滅している。
暗い空。
暗い海。
暗い車の中。
聞こえるのはエンジンの音だけ。
「・・・龍之介。」
「ん?」
「ありがとう。」
それしか言葉が見つからなかった。
「うん。」
龍之介も余計なことは言わなかった。
途中のコンビニで缶コーヒーと肉まんを買って一休み。
お店の前に立ったまま、ほかほかの肉まんを食べる。
コートのポケットに入れた缶コーヒーが温かい。
もうずいぶん遅かったけれど、コンビニは明るくて、こんな時間でもクリスマスケーキを売っている。
お客さんも意外に多い。
やっぱりクリスマス・イブだから?
・・・そうか。
今日はクリスマス・イブだ。
クリスマス・イブに龍之介と一緒にいる。
予定外のドライブで、きれいな景色を見て。
もともと駅まで迎えに来てもらうことにはなっていたけれど。
「龍之介。あたし、龍之介に何も用意してなかった。」
「何が?」
「クリスマスプレゼント。いろいろお世話になってるのに。」
「今朝、手作りのお菓子をもらったぞ。」
「あれはプレゼントとは違うもん。」
あんなぼろぼろのタルトじゃ申し訳ない。
「んー・・・。じゃあ、ここに。」
そう言って屈んだ龍之介が、自分の頬をトントンと指差す。
それって・・・ “ほっぺにチュッ” ってこと?
「やだな、龍之介! そういうのはちゃんと相手を選ばないと。」
まったく、ふざけてばっかり!
子どもみたい!
可笑しくなって笑ってしまう。
そんなあたしに、龍之介は笑いながらヘッドロックをかけてきた。
「苦しい〜。降参、降参。」
ホントに子どもみたい!
龍之介の「着いたぞ。」という声でハッとした。あたし、眠ってた?
「ごめん! 送ってもらってるのに寝ちゃうなんて!」
申し訳ない・・・。
よだれとか垂れていないだろうか・・・?
「いいよ。ちゃんと歩けるか?」
龍之介、責めないんだ・・・。
こんなふうに気遣ってくれるなんて、ちゃんと女の子扱いされてる?
うわ。
変なこと考えちゃった!
なんだか、焦っちゃうよ。
慌てて車を降りると、全開にした運転席の窓から身を乗り出して、龍之介が紙袋を差し出す。
「これ、今朝もらったお菓子の入れ物。美味しかった。サンキュー。」
そんなに素直に褒められたら照れくさいな・・・。
何も言えずに頷いて受け取るとき、ふと、運転席のデジタル時計が目に入った。
[12:00]
日付が変わる。
クリスマスの朝。
咄嗟に屈んで、龍之介の頬に唇で触れる。
「じゃあね、龍之介。メリー・クリスマス。」
急いでひと言残し、マンションのガラスのドアを通り抜ける。
胸がドキドキして、顔を上げることができないまま。
エレベーターの前でそうっと振り向いたら、龍之介が手を振った。それを見て、あたしも。
部屋に帰って、すぐにお風呂をセット。
コートはハンガーへ、携帯をバッグから出して、明日は何を着て行こうかな・・・?
・・・・・・。
洋服ダンスの扉に頭をもたせかけてため息をつく。
キビキビ動いてみても、実は何も考えていない。
さっきの自分の行動を考えないために、体を動かしているだけ。
でも、考えても分からない・・・。
ダイニングテーブルに置いた紙袋。
タルトを持って行った入れ物・・・洗わないとね。
美乃里ちゃんも、通りかかった係長も褒めてくれたタルト・・・よかった。
キッチンへ持って行きながらフタと本体を両手でつかんで一気に開けると。
「うわ?!」
・・・なに?! なんか飛び出した!
龍之介! どんないたずらよ?!
びくびくしながら床を見たら・・・花束?
短く切ったピンク色のガーベラとチューリップがレースのリボンで結ばれて。
小さなカードがその近くに落ちている。
『Thank You and Merry Christmas! 龍之介』
いかにも龍之介らしい金釘流の文字が並ぶカード。
「くふふ。」
思わず笑いがもれた。
龍之介ってば。
いったい、どんな顔して花なんて買ったんだろう?
でも、ありがとう。
お礼は “ほっぺに・・・。” で、ちょうどよかったかな?




