30 クリスマス・イブの酔っ払い
このメンバーでお酒の会っていうのは無謀だった・・・。
いや、このメンバーでも、今日じゃなければ楽しいのかもしれない。
でも、クリスマス・イブなんていう特別の日には無謀だった。絶対。
美乃里ちゃんが選んでくれたお店はお洒落な小ぢんまりしたダイニング・バーで、お酒もお料理も適度な値段で美味しい。
店内は少し落とした照明で、大人っぽいムード。
だけど・・・そういうお店だから、まわりにはカップルがいっぱい!
カップルじゃないのは、あたしたちのほかにもう一組、カウンターにいる男性の二人連れだけ。もしかしたら、この人たちだって・・・?
「だいたいさあ、男って勝手すぎるのよ。わかるよねえ、美乃里?」
「本当にそうですよねえ、美歩さん。みんな外見で勝手に人の性格まで決めちゃうんですから。」
「そうそう。あたしなんか、今までどれだけ遊び慣れてるみたいに思われたと思う? 本当はすごーく純情なのに。」
「あー! そうなんですよ! わたしは何にもできない顔だけの女だと思われて、やたらとみそっかす扱いされたりとか。本当に腹が立ちますよお。」
美歩も美乃里ちゃんも、もうかなり出来上がってる。
どれくらい飲んでたっけ?
メニューのカクテルを片っ端から注文していたように見えたけど・・・。
この二人の予想どおり、気が合ったのは事実。
美人と可愛い女の子だから、その外見のために苦労してきたのも事実だろう。
それは分かる。
でも!
なにも今日、ここで爆発しなくても!
美味しいお酒とお料理でいい気分になって、二人とも声が大きくなっている。
だんだんと、周りのテーブルから視線を向けられる回数が増えてきたような気がする。・・・いや、確実に増えてる!
もしかしたら、彼らに当てつけるために、美歩も美乃里ちゃんも、わざと声を大きくしているんじゃないだろうか?
しかも二人とも、服装が挑戦的というか・・・。
美歩はワインレッドのシルクのワンピース。
胸元にたっぷりとドレープがとってあって深く開いている。
スカート丈はひざより少し短いだけだけど、ウエストから腰のラインがくっきりと出るデザインで、カールした黒髪を下ろして、同色のハイヒールもなまめかしい。
美乃里ちゃんは白い、スカートがひらひらしたひざ丈のワンピース。
スカートの裾と襟元が黒いふわふわした毛で縁取ってある可愛らしいデザインで、白いハイヒールを合わせている。
背中の一番上に黒いリボンがついていて、ウエストあたりまで下がっているその長い先が、動くたびにひらひらする。
髪は毛先が左耳のうしろに下がるようにアップにしてあって、上品な可愛らしさ。
どっちもよく似合ってる。
だけど、なんとなく、わざと目立つ服装を選んで来たように見える。
今日この日に、周りにいるであろうカップルたちに見せつけるために。
だって、一緒に行くことになっているのはあたしだよ?
そんな格好されたって、あたしは感心するだけだもの。
それともナンパされる気?
二人の会話を聞いてるいると、そういうのは嫌だという内容だと思うんだけど・・・。
ああ・・・、この二人といると、つくづくあたしが場違いな気がする・・・。
あたしだって、一応、それなりの服装で来たけれど、華やかさが違うし。
「紫苑はいいわよね、龍之介くんがいつもついててくれるんだから。」
うわ。
また始まった。
「そうですよ。高木さんがうちの課に来るときは、いっつも紫苑さんにばっかり話しかけて。」
はあ・・・。
今日、何度めだろう?
まだ1時間ちょっとしか経ってないのに・・・。
いくら普通の友達だって説明しても、二人とも納得してくれないんだもん、困っちゃうよ。
「なんで紫苑が、今、ここにいるのよお。」
そう言いながら、美歩は店員さんを呼び止めて、カクテルを注文した。
もうやめておいたら・・・と言いたいけど、そんなこと言ったら、ますます責められそう。
「・・・誰も誘ってくれなかったからだよ。」
さっきも言ったでしょ?
「秋月さんはどうしたのよ?」
ああ・・・。
新しい話題も危険・・・。
「あ、美歩さん、あたしも秋月さんのことは聞いてます! 毎朝、一緒に通勤しているそうですよ。」
「美乃里ちゃん! あれは偶然なんだってば。」
「紫苑〜。一緒に通勤って、どこから一緒なの? まさか家からとか・・・。」
「違うよ! 駅で一緒になるだけだよ! 変なこと言わないでよ。」
早く話題を変えなくちゃ!
「美乃里ちゃん、美歩ってすごいんだよ。仕事中にいきなり来たお客様にも誘われたことがあるんだって。」
「美歩さんなら当然ですよねー。」
全然反撃になってない・・・。
「そうよ。しかも、見た目だけしか見てもらえない女じゃ、自慢にならないじゃないの。美乃里だって、わかるでしょう?」
「はい! 男にとって、連れて歩いて自慢できるっていう視点で選ぶから、そういうことが起きるんですよね。」
自慢されるだけ恵まれてるんじゃないだろうか?
「そう。中身なんてどうでもいいわけ。そういうのって、あたしたちを物扱いしてるよね?」
・・・そうですか。
「そうです! わたしも大学のときにうっかりしてそういう人と付き合ってしまって、あとから気付いて愕然としましたよ。」
「本当? 酷いわね。それでどうしたの?」
「こっちから捨ててやりました!」
「よくやったわ、美乃里!」
こんな調子で二人の “見た目が良くて損をした” 話は延々と続き、その合間合間に、あたしへの当てこすりが紛れ込む。
あたしももっと酔っ払ってしまえばいいんじゃないかと思うのだけれど、二人の状態が目に入ると、飲んでもちっとも酔いが回って来ない。
きっと、頭の中でブレーキがかかっているんだと思う。
9時近くになってお店を出たときには、二人の美しい酔っ払いが出来上がっていた。
どうしよう?
この二人、ちゃんと帰れるんだろうか?
あたしとは帰る方向が違うんだけど・・・。
タクシーに乗せた方がいい?
あたしの心配をよそに、美歩と美乃里ちゃんは楽しそうに話したり、くすくす笑ったりしている。
それだけじゃなくて、まっすぐ立っていられないみたい。
とりあえず駅がある方へ、二人を引き連れて歩き出す・・・と。
「ねえ、きみたち。一緒にもう一軒行かない?」
立ち塞がるように前に並んだ二人の男の人。
どちらもサラリーマン風のスーツとコート姿ではあるけれど、髪型や表情が、なんとなく遊び慣れた雰囲気。
なんか嫌だ。
なんとなく怖い。
「すみません。明日も仕事があるので、もう帰らないと・・・。」
とお断りしているあたしの横から、美歩が一歩前に出る。
「なによ、あんたたち? あたしたち、ナンパ男には用がないのよ。」
美歩、やめて!
相手にしないでよ!
「ワオ! 威勢のいいお姉さん! カッコいいなあ。」
「あの、ごめんなさい。もう帰りますから。ほら、美歩、美乃里ちゃん、行こう。」
二人連れの横を回り込もうとしたら、ニヤニヤしながらまた行く手を塞がれた。
「あと一杯くらいいいじゃん? クリスマス・イブに女同士でこんなところにいるなんて、実は相手を探してたんじゃないの〜?」
うわ。気持ち悪い!
もしそうだとしても、あなたたちは不合格です!
・・・って言ってやりたいけど、そんなことしたら逆効果だよね。
でも、ここであたしが弱気になったら、美歩と美乃里ちゃんが・・・。
「もう! 行かないって言ってるじゃないですか!」
美乃里ちゃん?!
「うわー。きみ、怒った顔もカワイイねえ。」
ああ・・・どうしたらいいの?!
とにかく、相手も酔っ払いなんだから、真面目に相手にする必要ないよね?
美歩と美乃里ちゃんの腕に手をかけて、二人連れから引き離そうと引っぱると、二人ともよろけながらもついて来た。
・・・けど、二人連れがその後ろから、あきらめずについて来る。
「そんなに警戒しないでよ〜。」
「一杯だけ付き合ってくれればいいんだからさあ。」
その二人に向かって美歩があかんべえをする。
もう・・・。
挑発しないでよ。
それに、この方向に歩いていたら、駅から離れちゃう。
うっかり立ち止まったのがいけなかった。
あっという間に二人連れが追いついて、両側から挟むように立たれてしまった。
「さあ、行こう。」
美歩と美乃里ちゃんが腕をとられて引っぱられる。
二人ともあたしに身を寄せて抵抗しているけれど、男たちが諦めなければ行くしかない?
そうだ。
大きな声を出したら・・・。
「紫苑! 美歩!」
女性の声がして、駆け寄ってきたのは。
「知佳ちゃん!」
その後ろから、原田さんが。
助かった・・・。
「どうしたの? 何かトラブル?」
落ち着いた声で原田さんが言って、その端正な顔立ちでじろりと男たちを見ると、二人ともあっという間に消えてしまった。
「知佳ちゃん、よかった〜〜〜〜! 原田さん、ありがとうございます!」
深々と頭を下げると、両隣りの二人がふらつきながら、同じように真似をする。
「いいんだけど・・・、どうしたの? 今日は3人?」
「はい・・・。」
「そうでーす♪ あたしたち、誰にも誘われなかった女同士で飲みに来たんでーす。」
「そうでーす♪」
「く。」
原田さんが笑いをこらえながら横を向いた。
「知佳ちゃん、どうしたらいいんだろう? 二人ともそうとう酔ってるんだよ。あたしがタクシーで送って行くしかないのかな?」
「でも、美歩とは方向が違うよね? 金子さんは?」
「方面的には同じだけど、もう少し遠く。」
「とりあえず、一人ずつタクシーに乗せちゃったら、あとは自分で帰れるんじゃないの?」
「そうなのかな?」
「えー? いやです! 一人でタクシーに乗るのは怖い!」
「紫苑。あたし、もう歩くのイヤ。ああ・・・、なんだか気持ち悪い。」
知佳ちゃんと相談している横で、美乃里ちゃんと美歩が自分勝手なことを言い出している。
それを見て、知佳ちゃんはため息をついた。
「あははは! これじゃあ、紫苑さん一人の手には負えないね。」
原田さん。
笑いごとじゃないんですけど・・・。
「誰か頼める人はいないの? 龍之介は?」
「今日は用事はないって言ってましたけど・・・。」
「ああ、じゃあ、電話してみようか。」
そう言って、原田さんはさっさと龍之介に電話をかけてくれた。




