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3 紫苑(2)


―― 紫苑。心配いらないよ。大丈夫だよ。


「・・・ユウ?」


―― そうだよ。お母さんの病気、ちゃんと治るから。


「本当に?」


―― 少し時間がかかるかもしれないけど、大丈夫。


「・・・よかった。」


―― 紫苑は大学の勉強と家事で、忙しくなるね。


「でも、お母さんが元気になるなら頑張れる。妹と弟も手伝ってくれると思うし。」


―― 僕は見守ることしかできない。


「それでもいいよ。一緒にいてくれれば。」


―― いつも一緒にいるよ。


「ありがとう。ユウ。」



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           ・

           ・



いつも頑張り屋の紫苑。

お母さんが倒れてから1か月。

家事も早起きも得意じゃないのに、妹の椿ちゃんと弟の蓮くんのお弁当を作って。

お母さんの病院に毎日のように通って。


きみの心の支えになるような人と出会わせてあげたいけれど、今はそれどころじゃないね。



紫苑?


きみ、もしかして桜井先生を・・・?


あの人はだめなのに。

ああ、どうしよう?


お母さんの主治医だから会うのをやめさせることはできない。

それに、優秀で優しい人だよ。


だけど・・・紫苑の相手じゃないんだよ。

あの人とは幸せになれないよ・・・。


ねえ、紫苑。

ほかの人を見て。



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           ・

           ・



「谷村花江さん、退院おめでとうございます。」


「桜井先生・・・。たいへんお世話になりました。」


「一週間後に外来の予約が入っていますから、忘れずにいらしてください。」


「はい。ありがとうございます。」


「それから、あのう・・・。」


「はい、何でしょう?」


「お嬢さんを・・・紫苑さんを食事にお誘いしてもいいですか?」


―― え?


「は? 紫苑を・・・?」


「さ・・・桜井先生?!」


「はい。紫苑さんとお付き合いさせていただきたいのですが。」


「・・・紫苑?」


「あの・・・、はい、お母さん。わたしも先生が・・・。」


―― ああ、お母さん! だめだって言って!


「まあまあ、こんな子がいいだなんてわたしには分かりませんけど・・・ふふ。桜井先生でしたら、喜んで。ふつつか者ですけど、よろしくお願いします。」


―― お母さん!! だめ!


「ありがとうございます。」



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           ・



紫苑。

僕はどうしたらいい?

どうしたらきみを傷つけずに、桜井先生と別れさせることができるんだろう?


僕がきっかけをつくっても、きみの周りにいるほかの相手は、きみの目には入らない。

僕はただ、きみを見ていることしかできない・・・。



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           ・



「紫苑が大学を卒業したら結婚しよう。」


「・・・本当に?」


「うん。あと一年後。今の仕事が一段落したら、指輪を買って、両方の家にあいさつをしよう。」


「ありがとう・・・。とても幸せです。」



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           ・



―― 紫苑。紫苑。泣かないで。


「いや! 誰とも話したくない!」


―― 紫苑。・・・ごめん。


「・・・だれ? どうして謝るの? 謝らなくちゃいけないのは、あの人だけ。なのに・・・。」


―― 紫苑。僕は・・・そばにいたのに、何もできなかった。


「そばにいた・・・。ユウ?」


―― そうだよ。僕はいつもきみのそばに。


「あの人は・・・。」


―― 紫苑。きみはあの人とは・・・桜井先生とは幸せになれないって決まっていたんだ。あの人は愛情で結婚する人じゃないって・・・。


「決まっていた・・・。」


―― だから僕は、きみとほかの誰かを引き合わせようとしたんだけど・・・。


「あたしは、あの人だけしか見ていなかった・・・。」


―― うん・・・。


「あの人、あの話が来たら、すぐに心を変えてしまった。」


―― ・・・そうだね。


「あたしより、医者としての将来を取った。それとも、院長先生のお嬢さんって魅力的な人?」


―― 全然。わがままなお嬢様だよ。紫苑の方がずっと可愛くて魅力的だよ。


「・・・ユウ。いつの間にお世辞なんか覚えたの?」


―― 紫苑。僕は紫苑と一緒に成長してるんだよ。僕の成長は、紫苑の成長と同じ。


「あたしと一緒に・・・。ユウ。」


―― なに?


「ずっと一緒にいてくれる?」


―― うん。紫苑の幸せが絶対確実になるまで。


「あたし、もう誰も好きにならない。」


―― え?


「心変わりする人間なんて、いらない。ユウが一緒にいてくれればいい。」


―― そんな・・・。


「あたしが誰とも幸せにならなければ、ユウはずっと一緒にいてくれるんでしょう?」


―― ・・・そうだよ。


「だったら、それでいい。ユウだけいてくれれば。」


―― 紫苑。僕はここでしか会えない。それに、目が覚めているときには紫苑は僕のことは知らないんだよ。


「それでいい。・・・ユウ。」


―― なに?


「あたしの幸せが確実になったら、ユウはどうなるの?」


―― 僕は・・・消える。


「消える?」


―― うん。いなくなる。


「だめ!」


―― でも。


「だめ。いや。ユウがいなくなったら、一人になっちゃう。」


―― ならないよ。そのときは紫苑は誰かと幸せに・・・。


「そんな人、いらない。人間の愛情なんて、信じない。」


―― 紫苑。


「ユウがいればいい。ずっと一緒にいて。」


―― ・・・ずっと一緒にいるよ。紫苑が誰かの愛情を信じられるようになるまで。


「それはきっと、あたしの一生と同じ・・・。」



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           ・



紫苑。

きみの悲しい気持ちが僕に流れ込んでくる。


誰も信じられないという、今のきみの気持ちはよくわかる。

誰のことも好きにならないという決心も。


だけど。


僕はきみの現実ではないんだよ。


目覚めているときには話すことも、触れることもできない存在。

・・・存在することすら忘れている。

だから、紫苑、一人ぼっちと同じなんだよ。


それにね、紫苑。

僕たちはあんまり長く一緒にいない方がいいみたい。

あんまり長く一緒にいると、僕たち恋風が・・・その人間を愛するようになってしまうから。

そうなると、僕たちは仕事をするのが辛くなってしまう。自分がその人間から離れたくなくなって。

その人間が相手を見つけられなければ僕たちは一緒にいることができるけど、その人間の現実は・・・淋しいよ。


もちろん、世の中には一生一人の人もいる。

だけど、紫苑はそれを今、愛情が信じられないからと言って決めてしまってはだめだよ。


紫苑。


僕はこれからも、紫苑が幸せになれるように、仕事をするよ。

きみの心の傷がふさがるまで、ちょっと時間がかかるかもしれない。

でも、僕が慎重に計画を練る時間があった方がいいから、きっとちょうどいいね。


それまでは、紫苑が淋しいときに、夢の中に会いに行くよ。





―― 紫苑。待ってて。







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