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29 クリスマス・イブの朝



タルトは大成功・・・だと、自分では思う。


だって、美味しいんだもん。

夜、小さく切って食べてみたら、自分で作ったものなのに、あんまり美味しくてびっくりした。

びっくりしたのは、本を見ただけでは味を想像できなかったからでもあるんだけど。


でも、美味しかった。

一口食べて、幸せな気分になった。

あたしが作ったものなのに!


朝、秋月さんにあげるために切ったら、昨日よりもキャラメルソースが重く硬くなっている。

一切れ食べてみたら昨日よりもどっしりとして、クッキーのようになったタルト生地と一体感が出て、いい感じになっていた。


嬉しい。

秋月さん、喜んでくれるかな?



作る途中で心配してもらったので、できあがったときに写真を撮って、お礼のメールと一緒に送っておいた。

でも、なんの目的で作ったのかは内緒。

秋月さんの驚く顔が見たい!

メールに『また明日ね。』と書いておいたら、秋月さんからも『また明日。』と返ってきたから、今日の朝は会えるはず。


かなり甘いので小さめに切った2切れを箱に入れ・・・きれいなリボンでも買っておけばよかったな。

仕方がないので、可愛めのシールを貼ってみた。


ふと、残ったタルトが目に入る。

美味しいけど、自分で食べきるにはちょっと多い?

美乃里ちゃんと・・・もしかしたら龍之介にも食べてもらおうかな。


ところどころ厚かったり薄かったりする生地だから、切っているとあちこち崩れてしまう。

もともと割れていた部分から裏側にもキャラメルがまわっていて、裏も表もベタベタな場所もある。

それでもどうにか切り分けて、クッキングペーパーとラップに包んで2つの保存容器に入れた。

これで、多少揺れても大丈夫でしょう。




「紫苑さん、おはよう。」


いつものとおり、駅で秋月さんが見つけてくれる。


「おはよう。昨日は本当にありがとう。」


まずは昨日のお礼から。

秋月さんが笑顔で「いいえ。」と言うのを聞きながら、手に持っていた小さい紙袋を差し出す。


「これ、どうぞ。」


「え? なに?」


不思議そうな顔の秋月さん。

驚く・・・かな?


「昨日のタルト。」


「ああ、電話のこと? わざわざお礼なんて・・・。」


「違うの。これ、秋月さんにあげようと思って作ってたの。」


「え?」


そのまま、秋月さんは立ち止まってしまった。

後ろから来た人たちが、迷惑そうな顔であたしたちを避けて行く。


「秋月さん、歩かないと。」


あたしの言葉に2、3度まばたきをして頷くと、一緒に並んで歩き出す。

朝の通勤時間帯の歩調に合わせて、少し急ぎめで。


「僕に?」


「そう。秋月さん、最近、だいぶ疲れていたみたいだったから。でも、これを作るのに、あたしがまた迷惑かけちゃったけど。」


「いや、迷惑なんて、そんなこと。」


戸惑った表情で、なんとなくもごもごと言う。

あたしが差し出している袋はいつまでも宙ぶらりんのまま。


「もしかして、これ、好きじゃない? すごく甘いもんね。」


好きじゃないのなら無理に渡せない。

仕方ないから引っ込めよう、と、思ったとたん。


「あー! もらうもらう!」


と言って、あたしの手から紙袋をさっと取った。


「ねえ、本当に僕に作ってくれたの?」


紙袋を覗きながら、秋月さんが尋ねる。


「うん、そう。秋月さん、ずっと仕事が忙しそうだったし、何かとお世話になってるのに、いつも龍之介のついでじゃ悪いから。」


「ああ・・・ほんとうに嬉しいよ!」


なんて嬉しそうな顔!

こんなに喜んでくれるんだったら、もっと早く気付けばよかった。


「でも、紫苑さん。どうせ渡してくれるんなら、誰もいないところで渡してくれればよかったのに。」


くすくす笑いながら、秋月さんが言う。


「どうして? 恥ずかしい?」


だけど、朝の通勤時間に、そんな場所はないよね。


「違う。」


秋月さんがちょっといたずらっ子のような表情で屈んで。


「あんまり嬉しくて、紫苑さんを抱き締めてキスしたい。」



ええええええぇ?!

そんな〜〜〜〜〜!!



今度はあたしの足が止まる。頭がくらくらする。

あんまりびっくりして、秋月さんの顔をまじまじと見つめてしまう。

秋月さんは、相変わらず楽しそうに微笑んで、そんなあたしを見ているだけ。


「あの、そういうつもりじゃなくて・・・。」


「わかってる。気にしないで。でも、嬉しいんだもん。」


そこまで言ってもらえたら、あたしも作った甲斐があるけど・・・。


「じゃあね〜、紫苑さん!」


立ち止まっているあたしを置いて、軽い足取りで秋月さんは走って行く。

その後ろ姿も楽しそう。スキップしていないのが不思議な気がする。


ああ・・・びっくりした。

あたしが思い描いていたとおり、秋月さんを驚かせることができたけど、自分の方がもっと驚いてるなんて。


だけど。


あたし、驚いてはいるけど、意外に落ち着いてる。

しばらく前だったら、手が震えたり、頭がガンガンしたり、苦しくなったりしていたと思うけど。

秋月さんのああいうところ、もしかしたら慣れてきたのかも。


それにしても、どこまで本気で言っているのか、よくわからないよ。




ビルの入り口の手前で、龍之介が少し前にいるのに気付いた。

こんなことって、初めてじゃないかな。

ちょどよかった。

タルトを食べるかどうか訊いてみよう。


「龍之介。おはよう。」


少し走って追いついて、あいさつしながら隣に並ぶ。


「ああ、紫苑。おはよう。」


あれ?

ちょっと元気ない?

まあ、いいや。


「ねえ、龍之介って、すごく甘いものでも平気? これ、昨日作ったんだけど、食べる?」


ビルに入ったロビーでちょっと横に龍之介を引っぱって来て、バッグに入れてきた入れ物を一つ出す。

フタを開けて、まずは自分で確認。

・・・大丈夫かな。多少崩れてるのはもともとだし。


入れ物を龍之介の方に向けて中を見せると、あたしが何か言う前に、龍之介がすばやく一つ取って、ラップをほどこうとする。


「い、今、食べるの?」


「だって、平気かどうか、食べてみないと分からないじゃん。」


「そりゃそうだけど・・・。」


みんなが通る場所だし、恥ずかしいんですけど。


仕方なく、タルトに巻いたラップをはずそうとしている龍之介をもっと隅っこまで引っぱっていく。

ようやくラップがはずれたと思ったら、ぼろぼろだった生地が折れて、かけらが床に落ちた。


「あららら・・・。」


放置するわけにもいかず、急いで持っていた入れ物と龍之介のはずしたラップを交換して、落ちたタルトをくるむ。

その頭の上から、もぐもぐと龍之介の声がした。


「紫苑。これ、もらう。」


「あ、本当? いいの?」


立ち上がりながら訊いたら、龍之介が指を舐めながらニヤリとした。


「俺、こういうの好き。だいぶ形はぼろぼろだけどな。」


「うん、そうなんだよね。でも、初めて作ったにしては上出来でしょ?」


「うん。美味い。」


やったよ!

美味しいって!


小さくガッツポーズが出た。


「自発的に作ったのか? 紫苑が?」


「うん。そうだよ。」


すごいでしょ?


「なんかさあ、最近、秋月さんがお疲れ気味だったから、甘いものでもどうかと思って。」


「優斗? じゃあ、さっき渡してたのは・・・。」


「ああ、見てたの? これだよ。そばにいたんだったら、声かけてくれればいいのに。」


秋月さんとも仲良しなのにね?


龍之介が少しふてくされたような表情であたしを見る。

そんな顔されても困っちゃうけど?


ふうっと小さくため息をついてから、龍之介がやっと笑顔になった。


「今夜、石川たちと出かけるんだろう?」


「ああ、うん、そうだよ。美乃里ちゃんと3人で。」


結局、誰も男性からのお誘いはなかったらしい。

もしかしたら、あっても断ってるのかもしれないか・・・。


「終わったら、駅まで迎えに行ってやるから連絡しろ。」


「え? 迎えにって?」


「いつも送ってやってるだろ? 今日は一緒じゃないから。」


「大丈夫だよ。龍之介が一緒じゃない日は、いつも一人で帰ってるんだから。」


そんなに過保護にされる必要はないよ。


「何言ってるんだよ? 今日は特別の日なんだぞ。変なヤツがうろついてるかも知れないじゃないか。」


え?


「そうかな・・・?」


2年前に男にあとをつけられたときの怖さがよみがえる。


「だから、駅まで行ってやる。終わったら連絡しろ。」


「でも、龍之介、今日は・・・?」


去年までは宴会に出ていたのに。


「誰かとつるんで飲みに行くのも虚しいから、特に予定は入れなかった。紫苑が終わるころには家に帰って、車で駅まで行く。」


予定を入れないのはプライドの問題か。


「でも、なんだか申し訳ないよ。」


「いいんだよ、どうせヒマなんだから。それに、紫苑に何かあったらどうするんだ?」


「変なこと言わないでよ。そういうの、本当に怖いよ。」


「遠慮とかしないで絶対に連絡しろよ。待ってるから。」


「うん・・・、わかった。」


「じゃあな。これ、サンキュー。」


タルトが入った入れ物を振ってみせながら、龍之介が大股で階段へと向かっていく。


また暗い道で変な人にあとをつけられたら・・・怖い!

あんまり甘えちゃ申し訳ないけど、絶対に龍之介に来てもらおう!


頼りにしてるからね!







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