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27 クリスマス・イブはどうなるの?




「紫苑ちゃんと金子さんと石川さん? 楽しそうな組み合わせだねえ。」


その週の金曜日。

仲間内の忘年会で、金子さんから話を聞いた真鍋さんが笑う。


今日の参加者は7人。

女の子は金子さんとあたしのほかに、金子さんの同期の榊原知世(ともよ)さん。おっとりした、笑顔の可愛い子。

男性陣は真鍋さんと龍之介、真鍋さんの同期の嶋田さんと一年下の竹田くん。嶋田さんと竹田くんは隣の課にいるので、仕事中もよく顔を合わせる。


「はい! クリスマス・イブは必ず3人で一緒に過ごすんです。谷村さんが誰かに誘われたら、全員で一緒に行くことになってるんです!」


金子さんが笑顔ではっきりと言い切る。


「どうして、あたし限定の話なのかわからないよ。金子さんだって、美歩だって、声がかかる可能性があるのに。」


「紫苑が一番可能性が低いのになあ。」


龍之介が横からからかう。

からかうっていっても、事実だからべつにいいけど。


「榊原さんは一緒じゃないの? 仲良しなのに。」


竹田くんの質問に榊原さんが赤くなる。


「ともちゃんは彼氏がいるもんねー。」


金子さんが代わりに説明すると、榊原さんはますます赤くなって慌てた。

なんだか可愛い。榊原さんだけじゃなくて、金子さんも。

2年若いって、こんなに違うんだ・・・。


洗面所に立った帰り、一緒になった真鍋さんにまた笑われた。


「金子さん、張り切ってるね。石川さんもお酒が入ると豪快なところがあるし、一人で大丈夫?」


他人から見ても、やっぱり心配なんだ・・・。


「実は、ちょっと不安なんです。二人とも、何か誤解してるみたいで。」


「紫苑ちゃんのことを?」


・・・あ。


「それです!」


「え?」


「金子さんが気にしてたことの一つは、あたしが名前で呼ばれてるってことだったんです。うちの課の忘年会のときに、そのことを言い出して、『ずるい』って。」


「ぷ。」


真鍋さんが遠慮がちに笑う。


「そうなんだ? 彼女、紫苑ちゃんに焼きもち焼いてるんだね。」


「まあ・・・、そうみたいです。」


「紫苑ちゃんのことは高木が最初から呼んでたから俺たちも習慣になっちゃったけど・・・そうか、ふうん。」


真鍋さんはまたくすくす笑って言った。


「じゃあ、そのくらいは何とかしようね。」



席に戻ると、真鍋さんは早速、その話題を出してくれた。


「そういえば、榊原さんって『ともちゃん』って呼ばれてるけど、何ていう名前だっけ?」


「え、あの、 “ともよ” です。」


「ああ、そうなんだ? 金子さんは?」


「“みのり” です。 三文字で、こう・・・。」


そう言って、金子さんがテーブルにあった紙ナプキンに『美乃里』と書いた。


「へえ。美乃里ちゃんか。ちょっと古風な名前だね。」


おお!

真鍋さん、さりげなく呼んだね。

さすが。


「あ・・・、そうですか?」


あ。

金子さん、ちょっと恥ずかしそうな顔してる?

こういう表情をすると、ますます可愛いよね・・・。


「知世ちゃんと美乃里ちゃんか。ねえねえ、これからそう呼んでもいい?」


あら。

竹田くん、素早い反応。

まるで待っていたような。


「ええと・・・。」


「あ、あの、どうぞ。」


榊原さんが迷っている間に、金子さんが頬を染めて頷いた。

それを見ていて、ふと気付いた。


可愛らしい金子さんは、きっと大学でも人気者だったに違いない。

彼女にはそんなつもりがなくても、男の子たちが放っておかなかっただろう。

だけど、うちの会社はそれほど大きくないし、男性陣も穏やかで控え目な人が多い。

だから、きっと少し淋しかったんだ。

まだ大学を卒業して一年経ってないんだもんね。


あたし、もっと早く気付いてあげればよかった。

毎日、隣にいて話してるのに。


「ねえ。あたしも『美乃里ちゃん』って呼ぼうかな? 榊原さんのことは『ともちゃん』って。いい?」


「ああ、はい! もちろんです!」


金子さん ――― 美乃里ちゃんが嬉しそうに答える横で、ともちゃんもにこにこと頷く。


「そういえば、うちの課長って、変わった名前でさあ。」


嶋田さんの言葉を皮切りに、そのあとしばらく、同僚のや友人の名前の話で盛り上がる。

『美乃里ちゃん』と『ともちゃん』も滞りなく定着して、あたしは心の中で真鍋さんに深く頭を下げた。




「龍之介はクリスマスの予定はあるの?」


いつものように送ってもらう電車の中で、思い出して訊いてみる。

去年とおととしは、同じ宴会に参加していたっけ・・・。


「ないな、今年も。」


短い答え。


「ふうん。龍之介って、モテそうなのにね。」


そう言ったら、隣で吊り革につかまっていた龍之介が、ちょっと体を引いて、気味悪そうにあたしを見た。

そんな顔しなくてもいいのに・・・。


「なんだよ、急に。」


「うん・・・、べつに。この前、あらためて見たら、そう思ったの。龍之介、かっこいいのにね。」


相手がいないなんて、不思議・・・。

あたしが考え込んでいる隣で、龍之介は無表情に窓の外を見ている。


「そういえば、秋月さんは、」


あ、しまった。

あの微妙な雰囲気を考えたら、他人に話すようなことじゃなかったよ。

お酒が入ってるし、相手が龍之介だと思って、つい気が緩んで。

あたしってやっぱり、こういうところ、うっかり者だよね。


「優斗がどうかしたのか?」


「いや、ええと、その、年末まで忙しいって言ってたよ。クリスマス返上で仕事だって。」


「・・・そうか。」


龍之介?


「どうしたの? なんか難しい顔。」


「べつに。何でもない。」


そう言いながらニヤリと笑う。


そうそう。

その方が龍之介らしいよ。




「なあ、紫苑。次のアップルパイはいつ?」


「え?」


マンションに向かって歩きながら、龍之介が楽しそうに言う。


「だって、あれは試作品だったんだろ? まだ練習中だよな?」


「うん・・・。」


たしかにそうだった。


「だけど、龍之介、美味しいって言ったじゃん。」


「でも、あの見た目じゃ、認めるわけにはいかないなあ。」


「え〜、やっぱり・・・。」


「ほら。『やっぱり』ってことは、自分でも分かってたんじゃないか。」


「そうだけど。」


「あ。もしかして、俺のためには作りたくないとか?」


「やだな! 違うよ! この前だって龍之介が美味しいって言ってくれるか考えながら・・・。」


あ・・・れ?

これじゃあ、なんだか・・・ちょっと・・・。


「今年中?」


「え?」


あたしの躊躇には気付かなかったように、龍之介が楽しげに尋ねてくる。


「今年中にもう一回作る?」


「う・・・。どうだろう? 土日も祝日もあるけど、やる気が出るかどうかの問題なんだよね。」


「そうか。美味いのになあ。」


そう言われると、嬉しくなってしまう。

思わず顔がニヤニヤしてしまった。


「ねえ、龍之介は?」


「え?」


「龍之介は何かやらないの?」


「何かって・・・?」


「だって、あたしだけ頑張ってるよ?」


「俺は・・・。紫苑、何か希望はあるのか?」


龍之介に? 希望?


「・・・ないや。」


「・・・ないのか。」


ため息なんかついちゃって。

ちょっと残念そう?


「うん。よく考えたら、龍之介にはお世話になってばっかりだもんね。こうやっていつも送ってもらってるし、この前は景色を見に連れて行ってくれたよ。あたしの方がお礼しなくちゃいけないんだよ。」


そうだよ。

いつも、龍之介にお世話になってる・・・。


「そうだ、紫苑。」


「なに?」


「もう買ったか、スキーウェア?」


「ああ、うん。仕事帰りに美乃里ちゃんと一緒に買いに行ったよ。」


「そうか。向こうに行ったら、俺がばっちり教えてやるからな。」


「スノーボード?」


「スキーでもいいぞ。車で行くから、両方持って行けるし。」


「そっか。ぎりぎりまで迷いそう。もしかしたら、どっちもやらないで温泉だけって方法も・・・。」


「それは却下。」


「ケチ。でも、あたしが温泉だけにすれば、龍之介はずっと自由だよ?」


「何言ってんだよ。それじゃあ、紫苑の情けない姿を見るっていう楽しみがなくなる。せっかく大笑いしようと思ってるのに。」


「あたしはアトラクションの一種ってわけ? ・・・まあ、いいけど。それなら、絶対に見捨てないって約束して。」


「当然だろ?」


「違う。あたしの場合、 “当然” の範囲を超えてると思うの。高校のスキー教室の先生にも見放されたんだから。」


「うわ、それほど?」


「そう。3日間やって、立つのがやっとだったの。だから、龍之介だって、もしかしたら嫌になるかも・・・。」


「そんなことない。大丈夫だ。」


「うん。じゃあ、龍之介にまかせる。頑張ってよ。」


「俺じゃなくて、紫苑が頑張るんだよ。」


「うーん、そうかもしれないけど、やっぱり龍之介が頑張るんだと思うよ。」


「そうか?」


「そうだよ。」


首をひねっている龍之介に手を振って、マンションの入り口を抜ける。

ウェアを選びながらも、ずっと不安が頭の大部分を占めていたけど、今ようやく、 “楽しいかもしれない” と思えるようになった。







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