26 クリスマス・イブの約束
職場の忘年会。
課長を含めて17名、中華料理店の個室で賑やかに2つの丸いテーブルを囲んで。
「谷村さん、忘年会はいくつ出るの?」
職場で向かいの席に座っている春山さんが、紹興酒で赤い顔をして隣に移動してきた。
お酒が大好きな春山さんは、お酒好きだけど、あんまり強くない。
忘年会や歓送迎会では、いつもすぐに呂律が怪しくなってしまう。
「3つです。今日で2つめ。春山さんはたくさんあるんでしょうね?」
「俺? うん、俺はねえ、5つかなあ。あはは。」
「5つですか? いつもより少なそうですけど?」
たしか、去年は毎日のように・・・。
「そうなんだけど、今年は奥さんがいるからね〜。へへへ。」
「そうでしたね!」
春山さんは今年の春に結婚したばかり。
結婚して3か月くらいは、毎日のようにのろけ話を聞かされたっけ。
「春山さん、今年のクリスマスは奥様とご自宅でゆっくりですか?」
反対側の隣から金子さんが尋ねる。
「ふふ〜ん。まあね〜。クリスマスツリーを新調したんだよ。大きいやつを。雪乃ちゃんと一緒に飾ってさ〜。」
雪乃さんは奥さんの名前。
新婚当初に見せてもらった写真は、名前に似合った和風美人だった。
「いいですねえ。」
金子さんと一緒に羨ましがってみせると、春山さんは嬉しそうに笑った。
「二人とも、早く結婚したらいいよ。」
「そうは言っても、相手が。ねえ。」
「あれ? いないの、二人とも?」
あたしたちが黙っているのを見て、春山さんが不思議そうに言う。
「よく来る彼、何て言ったっけ? ほら、よくゴミ箱に座ってる・・・」
「ああ、高木くんですか?」
「そうそう! 彼、どっちかの彼氏じゃないの?」
そう言いながら、金子さんとあたしに人差し指を向ける。
「ええ?」
「やだ!」
あたしは目を丸くして、金子さんは両手を頬に当てた。
金子さんの反応って、可愛い・・・。
こういうところで差が出るよね。
「そんなふうに見えますか?」
「うん、見えるよ。あんなにしょっちゅう来るんだもん。ほかの人も、そう思ってるんじゃないかなあ。」
知らなかった・・・。
「そうそう。谷村さんは、朝の男の子がいるよね。」
「朝?」
金子さんがさっとあたしに向き直った。
その傷ついたような表情を見て、春山さんを恨みたくなる。
どうしてこんなときに言うの?!
「毎日、一緒に歩いてるよね? あっちが彼氏?」
「いいえ。違います。」
見られてたのか・・・。
まあ、そうだよね、通勤時間帯なんだから。
でも・・・向こうがどんな思惑かは何とも言えないけど、今のところは彼氏じゃない。
あたし自身も、秋月さんの位置づけはよく分からないけれど・・・。
金子さんにも説明しなくちゃ。
「ほら、秋月さんだよ。朝、同じ電車みたいで、よく一緒になるの。」
あたしの説明を聞いても、金子さんの表情は晴れない。
「ずるいです・・・。」
「え?」
「谷村さんばっかりモテて、ずるいです。」
「金子さん? あたし、べつにモテてるわけじゃないけど?」
“ばっかり” って言ったって、それらしいのは秋月さんだけで、それだってあやふやなのに。
「そんなことありません! 谷村さんのことは、みんな名前で呼ぶじゃないですか!」
あれ?
酔ってるの?
そんなに大きな声を出したら・・・大丈夫かな?
いつの間にか、春山さんはよそに移ってしまったらしい。
見回したら、部屋のあちこちでも大騒ぎしていた。
紹興酒の瓶がいくつもテーブルに載っている様子からすると、みんなかなり飲んでいるみたい。
あたしは紹興酒は苦手だからあんまり口をつけてないけど、ザラメを入れると飲みやすいから、金子さんもけっこう飲んでるのかも・・・。
「名前で呼ぶって、龍之介とか、いつものメンバーだけじゃない?」
ああ、あと秋月さんだ。
でも、名前で呼ぶからって、みんながあたしのことを好きなわけじゃないよね?
「みんな谷村さんばっかり見てて、あたしのことなんか、誰も見てくれないんです!」
どうしちゃったんだろう?
今まで何度も飲みに行ってるけど、金子さんがこんなふうになることなかったのに。
やっぱり紹興酒のせい?
「もうすぐクリスマスなのに、誰もわたしのことなんて誘ってくれない・・・。」
あららら。
そういうことか。
「あたしだって、予定はないよ。」
「予定がなくたって、入る可能性があるじゃないですか!」
「そう?」
まあ、去年と同様、 “独り者の宴会” の誘いはあるかもしれないかな。
でも、あれはぎりぎりまで話が出ないからね・・・。
あたしから見れば、金子さんの方がちゃんとした予定が入りそうだけど。
「そうですよ。高木さんだって、秋月さんだって・・・。」
「龍之介とはもう3年の付き合いになるけど、一度もクリスマスの誘いなんてないよ。」
そうだ。
昨日、初めて二人で出かけたんだ・・・。
いやいや、それより今は金子さんを宥めなくちゃ。
「金子さんの方がずっと可愛いんだから、絶対にあたしよりも人気が・・・。」
「どこにいるんですか?」
「え?」
「どーこーに! わたしを誘ってくれる人がいるんですか?」
絡み酒?
また飲んでるし・・・。
どうしよう?
「ねえ、金子さん。今のところ、金子さんを誘ってくれそうな人はいないの?」
あたしの言葉に金子さんは一瞬、キツい目であたしを見た。
「・・・いません。」
「じゃあ、あたしも同じだから、24日は一緒に出かけようか?」
「え?」
パッと目を大きく開けて驚いた顔をしたあと、すぐに疑り深い表情に変わる。
「そんなこと言って、直前になって、誰かと行くことになったりとか・・・。」
「そんなことしないよ! だいたい、誘う気がある人は、もう誘ってきてるんじゃないの? だって、あと10日くらいしかないんだよ? プレゼントの都合だってあるだろうし。」
「んーーーーー。そうですよね。」
やっぱり、ちょっと目がすわってるかも。
「あたし、去年もおととしも、何人かで宴会があったんだ。でも、そっちは気にする必要がないから、よかったら一緒に・・・」
「行きます。谷村さんと一緒に。」
「うん。そうしようね。」
やけに真剣な顔をしているのが気になるけど。
「もし、谷村さんが誰かに誘われたら、わたしもそれについて行きますからね!」
はいはい。
わかりましたよ。
でも、金子さん。
その約束、明日まで覚えていられるの?
翌日の朝、いつものあたりで秋月さんに会って、金子さんとの約束を話したら、秋月さんは笑いながら言った。
「じゃあ、僕が紫苑さんを誘ったら、両手に花ってことだね。」
・・・まさか?
「すごく魅力的だけど、今月は忙しくて、年内はずっと残業なんだよ。クリスマスもなし。あーあ、せっかく楽しそうなのに。」
よかったー!
・・・って、どこの部分が、だろう?
「でも、紫苑さんが女の子同士でいるなら安心だな。」
「やっ、やだな、秋月さん、そんなこと・・・。」
すぐ、そういうこと言うんだから・・・。
わーん。
顔が赤くなっちゃうよ〜。
「紫苑さん。」
呼ばれて見上げると、秋月さんの無邪気な笑顔。
この優しくてちょっとカワイイ笑顔には、つい見惚れてしまう。
「昨日は訊けなかったんだけど・・・。」
そこまで言ったきり、ふっと口を結んで下を向いてしまった。
昨日?
「やっぱりいいや。」
もう一度こっちを向いたときには、またさっきと同じような笑顔で。
・・・なんだろう?
何でも気軽に言う人なのに、言えないこともあるんだ・・・。
金子さんはその約束をきちんと覚えていた。
昼休み、トイレで
「楽しみですねえ。どんなお店にしましょうか?」
と、にこにこしている。
忘年会のときとは別人のように機嫌がいい。
「紫苑。楽しそうでいいわね。何の話?」
「ああ、美歩。クリスマスに一緒に出かける話だよ。」
「彼女と? ええと・・・金子さんだっけ?」
「はい。彼氏がいない女同士ってことで。」
金子さんがウキウキと答える。本当に楽しそうね。
「あ、じゃあ、あたしも行きたい。いいでしょ、紫苑?」
「え? 美歩も?」
「なによ、ダメなの? あたしだって、彼氏はいないんだから。」
彼氏はいなくてもモテるくせに。
「金子さんは? 美歩が一緒でもかまわない?」
金子さんは少し驚いた顔をしていたけれど、すぐに笑顔になって
「もちろん、いいですよ。」
と、言った。
「ありがとう! 金子さんとは気が合いそう♪」
金子さんと顔を見合わせて喜ぶ美歩を見ていたら、なんとなく不安になってきた。
金子さんは可愛いし、美歩は美人。
この二人と一緒にいるだけで、なんだか申し訳ない気分になる。
それに・・・。
きのうの金子さんの態度と先週の美歩の追及を思い出すと、少しばかり身の危険を感じる。
二人から変な勘ぐりで責められたりしたら怖い・・・。
「ね、ねえ。金子さんも美歩も、全員が彼氏がいないんだってこと、忘れないでよ。」
「わかってるって。」
「大丈夫ですよ♪」
「クリスマスなんだから、お洒落して行こうね!」
「はい!」
本当に、よろしくね。