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24 アップルパイの食べ方


イルミネーションの住宅街を過ぎて、車は坂道を登っていく。

いつの間にか広々とした場所に出て、小さな駐車場に龍之介が車を停めた。

ほかにも2台ほど車が停まっている。


「着いた。」


「ここ?」


周りには何もなさそうだけど、ほかにも人が来てるってことは、何かあるの?


龍之介が車を降りているのを見て、あたしもドアを開ける。

外に出たら、高い場所のせいか風が強い。


「寒いから、ちょっとだけな。」


龍之介のあとについて駐車場を横切って歩く。

柵の前まで来ると、


「ほら、これ。」


と龍之介が振り向いた。



――― 景色が。



思ったよりも高い場所だった。

足元には住宅街の明かりが並んでいて、ところどころにクリスマスの飾りが光っている。


「紫苑のマンションはあの辺。さっき通ったのはあそこだよ。」


龍之介が指差す先では、道路を縁取って光が並ぶ。


「向こうに海があるんだ。だいぶ遠いけど。」


その方向に向かってだんだんと光が増えて、高い建物が多くなっていく。

サーチライトが2本、空に向かって伸びている。

ずっと遠くに、ライトアップされた橋が小さく見えた。


「きれい。」


2年も住んでいるのに、こんな場所があるなんて知らなかった。

嬉しくなって隣の龍之介を見上げたら、龍之介も笑い返す。


「このあたりでは、ここが一番景色がいいんだ。」


「そうか。龍之介の地元だもんね。」


「そう。俺の家、この裏だから。」


え?


「ええと、うちからはけっこう遠そうだけど・・・。」


「そんなことないぞ。学生の頃は紫苑のマンションのあたりもロードワークの範囲内だったし。」


「・・・そうなの?」


「いいんだ。お前は気にするな。」


なんだか・・・いいのかな?


「よし。じゃあ、食うぞ。」


「え? 食う? 何を?」


「いいから。」


龍之介に後ろから肩を押されて車まで戻る。

楽しそうな龍之介・・・。


そういえば、お腹が空いてるよ。

電話のあと、慌ててたから忘れてた。

何か持って来てくれたんなら、有難くいただきたい。


「うーん、後ろか?」


ドアを開ける前に腕組みをして考え込んでいる・・・何を?


「よし。ちょっと狭いけど、後ろだな。紫苑、乗って待ってて。」


さっきと同じように運転席の後ろの席に乗り込むと、龍之介は外に立ったまま助手席の足元から何かを取り出した。

ランタン?


「持ってて。」


明るくなった車内で龍之介がさらに取り出したのは・・・。


「そ、それ・・・、今朝の?!」


「そう。紫苑のアップルパイ。」


うそ〜〜〜〜っ?!

今?

ここで?


「なんで?!」


そうだよ!

なんで?!


あわあわしているあたしの隣に、反対側から龍之介が乗り込んでくる。


「一緒に食べようと思って。」


一緒にって、龍之介。

困るよ。

緊張する!


「あー、やっぱり後ろは狭いな。」


慌ててるあたしの気持ちに関係なく、龍之介は平気な顔で助手席を前へずらしたりして。


龍之介!


そうだ。

3つ入ってたはずだよね?


「ねっ、ねえ、もう食べてみた?」


感想があれば、それを最初に・・・。


「え? まだ。」


ああ・・・もう!


「なんでっ?!」


つい、咎めるような口調になってしまって後悔する。

そんなつもりじゃないのに・・・。


落ち込むあたしをまったく無視して、龍之介が2つ入っている方の箱を開く。

ランタンのぼんやりした明かりで、間違いなくあたしが作ったアップルパイがますますみすぼらしく見えて、絶望的な気分になる。


「なあ、紫苑。」


「・・・なに?」


ああ・・・。

下手って言われちゃうよね・・・。


「これ作るの、大変だった?」


「・・・え?」


「なんかさあ、これ見たら、紫苑がすごく頑張ったんだなあって思って、そう思ったら、一人で食べたらもったいないなって思ったんだ。」


聞きなれたはずのハスキーな低い声が、普段と違うゆったりしたリズムで口にされた言葉で、じんわりと優しく聞こえた。


「龍之介・・・。」


そんなこと言われたら、あたし・・・。


「・・・うん。頑張ったよ。」


それだけは胸を張って言える。


あたしの少し得意気な顔を見て、龍之介が微笑む。


「そうだよな。だから、一緒に食べよう。」


龍之介・・・。


なんていうか・・・、泣きたいのか、笑いたいのか、どうしたらいいのかわからない。

何か言わなくちゃと思っても、胸がつかえて声が出せない。

どうしようもなくて、笑ってみた。

泣くよりも、あたしには相応しい気がして。


「どうした? 腹いっぱいか?」


「ち・・・違う。」


声、出たよ。

小さく咳払いして、そのまま続ける。


「だって、これ、どうやって食べるの?」


「どうやってって、手で。」


「手で?」


「なんで? これなら大丈夫だろ?」


そうか。

龍之介だもんね。

秋月さんみたいに用意周到なわけないよね。


「うん。大丈夫・・・だと思う。」


「じゃあ、紫苑、いただきます!」


「はい、どうぞ召し上がれ。」


龍之介が大きな手でパイを取って口に運ぶところをそうっと観察する。


なんて言う?

前回と同じなはずなんだけど・・・?


ぱくっと一口かじったら、手に持っている残りのパイの中からりんごが龍之介の胸元にボトリと落ちた。


「あっ、龍之介、こぼれた! 服が汚れちゃうよ!」


急いで見回してもティッシュや雑巾などは見つからず、自分のバッグをかきまわす。

龍之介は「あーあ。」なんて言いながら、上着に落ちたべとべとのりんごを拾って、また口に入れてしまった。


「美味い。」


のんきなコメントを笑いながら、左手で龍之介のダウンジャケットをひっぱって、ウェットティッシュで汚れた部分を拭う。


「ああ・・・、染みこんじゃったかな? カビが生える前にクリーニングに出した方がいいかもよ。」


新しいウェットティッシュでジャケットを何度も叩いてみる。

ランタンの明かりがあっても薄暗い車内では、近付いて見ないと、汚れた場所もよくわからない。


「あの・・・紫苑。もういいよ。」


「うん・・・。もう少しね。」


ありんこが来たりしたら怖いし。

・・・冬だから平気?


「とりあえず、このくらいで大丈夫かな?」


念のため、シナモンやりんごの匂いが取れたかどうか匂いを嗅ごうと顔を近付けたら・・・。


「しっ、紫苑! あのっ、もういいから。」


聞いたことがないような上ずった声で叫ぶように言われて、同時に両手首を取られて、服から引き離された。

その勢いにびっくりして龍之介を見ると、目が合った途端に顔を背けられてしまった。


「・・・もしかして、恥ずかしかった?」


子どもにやるみたいなこと、しちゃったもんね。


「・・・俺だって、男だぞ。」


そんなこと、分かってるよ。


「はいはい。ちゃんとした大人のね。」


あたしの言葉を聞くと、龍之介はものすごく変な顔をして10秒くらいあたしを見つめてからため息をついた。


「紫苑。夕飯は?」


「まだ。」


「じゃあ、ファミレスでも行こう。とりあえず、これを食べてから。」


そう言って、あたしが一切れ食べる間に、龍之介は食べかけともう一切れをあっという間に食べきった。


「うまかった。ごちそうさま。」


やった!

あたし、龍之介に “美味しい” って言わせたよ・・・。


じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。


「じゃあ、行くか。」


龍之介が運転席に移ってエンジンをかける。

その背もたれの横から乗り出して、もう一度訊いてみる。


「ねえ。本当に美味しかった?」


龍之介はちらりとあたしを見ただけで、視線を前に戻す。


「うまかったよ。」


「そっか。・・・ふふふ。」


楽しくて、笑いがもれる。


美味しいって。

あたしのだって分かっても、ちゃんと。



コン!



?!

おでこが?!


「そんなところから顔出してると危ないぞ。」


龍之介に指でおでこを弾かれたらしい。


「痛いよ。赤くなってるかも。」


「いいから、ちゃんと座ってろ。」


「はあい。」


少しくらい威張られてもいいや。

あたしのアップルパイを美味しいって言ってくれたから。



アップルパイでけっこうお腹がふくれていたにもかかわらず、龍之介もあたしも、ファミレスで夕飯をガッツリ食べた。

その間ずっと、なんだか楽しくて仕方ない。

龍之介にパイを褒められたことで、テンションが上がってるのかな?


もうすぐマンションに着くというころ、ふと気付いて、バックミラー越しに龍之介に問いかける。


「ねえ。龍之介と飲み会の帰り以外で二人で出かけるのって、初めてだよね?」


質問に答える前に、龍之介と鏡を通してちらりと目が合った。


「うん。」


「やっぱりそうだよね。電話が来たときに何か変だと思ったら、電話でしゃべるのも初めてだったんだよ。」


「会社で内線で話したことはあるだろ?」


「そうだけど、」


鏡越しに会話するのが面倒で、また運転席の背もたれにつかまって体を乗り出す。


「仕事中と声が違うよ。」


「そうか?」


「うん。なんか、柔らかいっていうか。」


「ん・・・。」


「それにさあ、スーツじゃない龍之介を見るのも初めてだよ。」


「ああ・・・そうだよな。」


「すごく似合うね。かっこいいからびっくりしたよ。」


「・・・紫苑。」


「なあに?」


「近い。」


「え?」


「耳もとでそういうこと言うな。」


あれ?

恥ずかしいのか・・・。


「ごめん。」


龍之介ったら、照れちゃって。可笑しい。



マンションの前で車を降りたら、外の空気が冷たいことに気付く。

ファミレスも車も暖房が効いていたし、楽しくて笑ってばっかりだったから、体がぽかぽかしてる。

運転席の窓を開けた龍之介にお礼を言おうとかがんだら、龍之介が手を伸ばして、指の背であたしの頬をさっとなでた。

驚きながら、咄嗟にその手をつかまえる。 ・・・大きな手。


「おやすみ、紫苑。」


そう言って、龍之介が自分の手をそっと引っ込める。

あたしは・・・龍之介の顔から、目を逸らすことができなかった。


「あの・・・、おやすみなさい。」


「風邪ひくなよ。」


そうだ。

帰らないと。


ひとつ頷いて、マンションの方に向き直る。

ふたつめのガラスのドアを抜けながら振り返ると、龍之介が手を振った。

それに手を振り返し、ちょうど1階にいたエレベーターに乗り込みながらもう一度手を振ると、龍之介が頷くのがわかった。


エレベーターの壁に寄りかかって、ほっと息をつく。


楽しかった。

だけど・・・。


なんだろう?


何か忘れているような・・・?







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