21 冬の陽だまり
屋台でおでんを買うのは初めて!
夜のおでん屋さんとは違うのかもしれないけど。
コンビニのおでんよりもつゆの色が濃いかな?
その分、味がしみ込んでいるような気がする。
色の濃いつゆの中に白や茶色のおでんダネが半分隠れながら沈んでいて、なんとなくかわいい。
「たくさん買って行こう。」
秋月さんがうきうきした様子で、次々と注文する。
「大根、はんぺん、たまご、厚揚げ、それから・・・。」
「秋月さん、あたし、たまごが好きだからもう一つ。」
「じゃあ、たまごは2つ。あとは?」
「ウィンナー巻きとちくわぶと巾着。」
二人でどんどん注文したら、最後に屋台のおじさんが渡してくれた発泡スチロールの入れ物は特大サイズだった。
それを見て、二人で一緒にまた笑う。
秋月さんと一緒にいると何でも面白くて、笑うことがとても簡単。
温かいお茶を買って、さっき見えたピクニックテーブルまでのんびりと歩きながら、秋月さんが話し始める。
「あの日、お昼過ぎにも紫苑さんと会ったよね?」
「うん。あのときも、びっくりしたよ。」
「僕もだよ。独り言に、いきなり返事をされたから。」
そのときのことを思い出したのか、秋月さんが、フフフ・・・、と笑う。
「あのとき、僕は花壇の花を見ながら、前に勉強したガーデニングの植物のことを考えていたんだよ。」
「ガーデニングの勉強をしたの?」
「大学のころにね。建物の設計だけじゃなくて、庭とか公園のことも知りたかったから。」
「それで植物の名前とか、よく知ってるんだ。」
「詳しいっていうほどではないけど。」
恥ずかしそうにそう謙遜して、秋月さんが続ける。
「あの日、あそこを歩きながら、植えてある花の名前を思い出して確認してたんだよ。そうしたら、いきなり紫苑さんが返事をして振り向いたから、全然わけがわからなくて。」
「ああ、そうそう。秋月さん、目を真ん丸にして驚いてたよ。」
「そうだろう? 本当に驚いたんだから。すぐに、朝の人だって分かったけど、なんで返事をされたのかはさっぱり分からなくて。」
そういえば、あたしもすぐに、朝会った人だって分かったんだったな・・・。
「しかも、そのあと『どこでお会いしたのか思い出せない』って言われて、思わず “朝だろ!” ってツッコミたくなったよ。」
そう言いながら、秋月さんは楽しそうに笑った。
「実を言うとね、あたしはちょっと警戒したの。」
思い出すと、やっぱり笑っちゃうよね。
「警戒?」
「うん。だってね、朝一回会っただけなのに、いきなり名前を呼び捨てにされたから。」
「ああ、『紫苑。』って。」
「そう。どうやってか知らないけど、あたしの名前を突きとめたんだと思って・・・、怒らないでね、」
「なに?」
「あのね、ストーカーかと思っちゃった。」
「僕を?!」
「あははは! ごめん!」
「ひどいなあ。」
「ごめん。よく考えたら、あたしを狙うストーカーなんていないよね。ふふふ。」
「そんなことないよ。紫苑さんだって気を付けないとね。でも、僕は絶対に違う。」
「今はわかってるけど。」
「まあ、あのときは仕方ないか・・・。あのとき、紫苑さんは本当に紫苑色の服を着てたよね? ちょうど紫苑さんのうしろに本物の紫苑の花が見えて、花のイメージにピッタリの人だなって思ったよ。」
「あたしが?!」
自分と名前が似合っていると褒められたのは初めてで、驚いて秋月さんを見たら、秋月さんはにこにこしながら「うん。」と頷いた。
こんなにはっきり言うなんて・・・。
「あそこにしよう。」
テーブルを目指してさっさと歩いて行ってしまう後ろ姿を見ながら、自分の頬が熱くなっていることに気付いた。
木のテーブルに向かい合って座り、真ん中に置いたおでんの大きなパックのフタを開ける。
ふわりと湯気がたって、ダシとお醤油のいい匂いが漂う。
「美味しそう♪ いい匂い。」
照れくさくて目が合わせられないことを隠すため、食べ物に集中するふりをする。
おでん屋さんが一緒にくれたお箸と取り皿も並べて、「いただきます。」と声を合わせた。
おでんはどれも味がよくしみ込んでいて、さらに外で食べるという楽しさも加わって、多いかなと思った量もあっという間に減っていく。
たまごを箸でつかめないと言っては笑い、巾着が分解したと言っては笑い、ちくわぶの煮込み具合を議論して笑う。
本当に、秋月さんと一緒にいると、あたしはよく笑ってる。
お腹がふくれたら、お日さまの光が背中に暖かくて、今度はお昼寝でもしたい気分。
テーブルに両ひじをついて手にあごを乗せたら、もう何時間でもこうやっていられそう。
秋月さんもテーブルに腕を投げ出して頭を乗せて、
「なんだか横になりたいなあ。」
なんて言っている。
しばらく何も話さずに、ぽかぽかと暖かい日差しの下のまったりとした心地よさに、フリスビーをしている家族をぼんやりと眺めていた。
秋月さん・・・?
視線だけを動かして横を見たら・・・寝てる?
さっきの姿勢のまま、気持ち良さそうに目を閉じて。
規則正しい呼吸に合わせて、肩が緩やかに上下している。
疲れてるのかな?
仕事、忙しいのかな?
額にかかるさらさらの髪。弓なりの眉。ちょっと微笑むように閉じられた広めの口。
秋月さんの無邪気な寝顔には、なぜか安心感を覚える。
こちら側に投げ出された手は指が長くて、自分の手と比べてみた。
この長い指が器用さのもとなのかな?
「いくよー!」
すぐ近くで甲高い子どもの声。
声のした方を見ると、取り損ねたフリスビーを子どもが取りに来たらしい。
「んん・・・、あれ、寝ちゃった?」
秋月さんが目をこすりながら起き上がった。
そのしぐさが子どもっぽくて、微笑みを誘う。
「ごめん。ほったらかしちゃって。」
「ううん、平気。あたしものんびりしてたから。」
あたしの答えに秋月さんはほっとしたように微笑んで、「じゃあ、」と言った。
「デザートを食べようか。」
あたしの試作品! 忘れてた・・・。
秋月さんがリュックの一番上に乗っている紙箱を出して、楽しそうにテーブルの上で箱を開くと・・・。
中に入っていたのは、ナッツが入って粉砂糖がかけられたチョコレートケーキが2切れ。
あたしが持っている本に載っていたような気がする。
材料と作り方だけをながめて、どんな味なんだろうと思っていたんだよね。
「どうぞ。」
「あれ?! フォークも持って来たの?」
なんて用意周到な人なんだろう!
「うん。天気が良かったからね。あと、少しだけど紅茶もあるよ。」
そう言って、リュックから水筒と紙コップを取り出す。
本当によく気が付く人だ。
「紫苑さんのアップルパイも出して。」
来たか・・・。
「どうしても、今?」
「うーん・・・、嫌なら持って帰って食べてもいいけど。」
そうすると明日の朝とかに感想を・・・?
「やっぱり、今、食べて。」
そうだ。
すぐに終わらせた方がいいよね。
バッグに傾かないように入れてきた箱を出して、秋月さんのチョコレートケーキの隣に思い切って並べる。
上品なチョコレートケーキの隣にあると、あたしのアップルパイは超豪快な感じ。
「きれいに焼けてるね。」
褒め言葉?
・・・まあ、焼き具合くらいはいくらでも言えるよね。
「「いただきます。」」
顔を見合わせて頷き合って、お互いのケーキにフォークを入れる。
「あ・・・。」
思わず声が出た。
秋月さんのチョコレートケーキは、表面はさくっとしていて、下に行くほど中身が詰まっている手応え。
口に入れると、チョコレートのほろ苦い甘さが広がって、噛むとナッツの歯応えと香ばしさがチョコレートの味と混じり合う。
なんて美味しいんだろう。
こんなに美味しいものを目の前にいる人が作ったのかと思うと感動してしまう。
ああ・・・なんだか幸せ。
美味しいものを食べると幸せな気分になるって、こういうことだったんだ・・・。
「紫苑さん。もしかして、美味しくなかった?」
秋月さんったら!
あたしの顔を見てもわからない?
「違うよ。あんまり美味しくて、びっくりしちゃった。こんなに美味しいものが作れるなんて。」
「やだな。褒め過ぎだよ。紫苑さんだって作れるよ。」
照れてるけど、嬉しそう。
「いつもは作ったらどうしてるの?」
「職場に持って行ってる。一人じゃ食べきれないからね。」
「こんなに美味しいものをしょっちゅう食べられるなんて、秋月さんの職場の人は幸せだね。」
「なんだか、そんなに褒められると恥ずかしいな。でも、紫苑さんのアップルパイも美味しいよ。料理が苦手だなんて思えない。」
「え? 本当? 嬉しい。」
自分では美味しくできたと思っていたけど、やっぱりほかの人から言われると違う。
しかも、同じレシピで作ったことがある秋月さんだもんね!
「僕が使ってる材料と何かが違うみたい。香りが少し・・・ブラウンシュガーかな、甘い匂いが深いみたい。こっちの方がいいね。」
「わあ、そう? 仕事帰りにデパートの地下に寄って、急いで揃えた材料なんだけど。」
「ああ、そうか。デパートで売ってる食材って、いいものが揃ってるもんね。でも、それだけじゃないと思うよ。りんごの大きさも揃ってるし、皮まで全部美味しい。大成功だよ、紫苑さん。」
「よかった〜。秋月さんにお墨付きをもらえるなんて嬉しい!」
並べたチョコレートケーキとアップルパイを二人でつつきながら会話が弾む。
微かな甘さのストレートの紅茶が、白い紙コップの中で太陽の光を受けてゆらゆらと透き通って輝く。
少し離れたところから家族連れの笑い声が聞こえる。
おだやかで優しい時間。
秋月さんとは話していても、黙っていても、安心。
それから一緒にショッピングモールをまわって、夕方には家に帰った。
別れ際、秋月さんが言った言葉。
「またね。」
それを聞いたら楽しくなった。
たった3文字の言葉にそんな効果があるなんて、今日まで気付かなかった。