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20 冬の日のおでかけ



同期の女子会のあとの土曜日、アップルパイに再挑戦。

あんまり時間があくと、せっかくのコツを忘れてしまうかも知れないと気付いて、ちょっと慌てて。


今日は真由がいないから不安だったけど、実際にやってみたら意外と記憶に残っていた。

前回、真由が手を出さないでいてくれたのは正しかったとしみじみ思った。

おかげで、一人でもなんとか最後まで行き着いたんだから。

形を整えるのも、この前よりは手早くできた。まだ、上手に、とは言えないけど。


それに、龍之介に美味しいって言ってもらったことが励みになっている。

次もあんな顔して食べてくれたらいいな、と思ったら、作るのが楽しかった。

明日、食べてみて美味しかったら、これを龍之介に渡して、あの約束はおしまいにしちゃおうかな?

でも、この縁の波型がもう少しなんだよね・・・。


その前に、秋月さんにもあげなくちゃ。

美味しいって言ってくれるかな?

そういえば秋月さんは、同じものを自分でも作るんだよね?

自分のと比較されたら怖いな・・・。


焼き上がったアップルパイは、きつね色で美味しそうな匂いがする。

早く食べてみたいけど、せっかくだからもうちょっと落ち着くまで・・・明日の朝まで待とう。

前回、次の日とその次の日では、少しだけ食感とか、ずっしり感が違う気がした。

こうやって待つことも、今回は楽しみの一部になっている。


真由に写真を送る約束を思い出して、さっそく写して送った。

よく考えたら、これを一人で食べきるのは大変かも。

美味しかったら秋月さんだけじゃなくて、金子さんにも持っていってあげよう。




夜、そこそこの満足感に浸りながら形のいびつなアップルパイを見ていたら、秋月さんから電話がかかってきた。


「明日、ちょっと会えるかな?」


「明日・・・は何もないけど。あ、ちょうどよかった。」


「なに?」


「今日、2回目のアップルパイを作ったの。」


「本当? じゃあ、明日・・・。」


「あ、待って。美味しいかどうか、わからないの。まだ食べてないから。」


「試作品をもらう予定だったんだから、それでいいよ。」


「そうかもしれないけど、あんまり不味いと恥ずかしいから、自分で食べて、大丈夫だったら持っていく。」


「だめ。明日じゃなくちゃ嫌だ。絶対にそれがいい。」


可笑しい!

秋月さん、いったいどんな顔をしてこんなことを言ってるんだろう?

ちょっと口をとがらせて・・・?


「秋月さん、どうしたの? 子供みたい。」


あたしが面白がってる気配を感じたのか、秋月さんもくすくす笑う。


「実はね、僕もこの前のお詫びにチョコレートケーキを焼いたから、渡したいんだけど。」


「え? お詫びって、何かあったっけ?」


「せっかく持って来てくれたアップルパイを受け取れなくて・・・。」


あのこと?


「でも、あれはべつに秋月さんが悪いんじゃないし、出張のお土産ももらったし・・・。」


「だけど、それじゃ、僕の気持ちがおさまらないから。」


「ええと、そんなに気にしてもらわなくても・・・。」


「ああ・・・、その、わかった、はっきり言うよ。」


はい?


「紫苑さんに食べてもらいたくて、チョコレートケーキを作りました! どうぞ、もらってください!」


「えっ?!」


ドキン。


胸が・・・息が苦しい。


それは、つまり・・・。


「ええと、あの、あたし・・・。」


どうすればいいんだろう?

今、断るべき?


ドクン、ドクン、とこめかみに鼓動が聞こえる。


「あの・・・。」


ああ、どうしよう?

何て言えばいいの?


「紫苑さん。」


ゆっくりと落ち着いた、やさしい声。


「はい。」


「とりあえず、明日、会えないかな?」


とりあえず、明日・・・。


「僕が言ったことは考えないでいいから。」


今は何も考えなくていい?


言葉の中に、秋月さんの優しい気遣いが込められていて、肩から力が抜けた。

あたし、こんなに緊張してたんだ・・・。


「うん・・・。明日。大丈夫。」


「じゃあ、11時に。いい?」


「うん。わかった。」


深呼吸しながら答えると、秋月さんがクスッと笑った気配。


「絶対に紫苑さんの試作品、持ってきて。約束だよ。」


優しく囁くような口調に、いつもの楽しげな笑顔がふわんと目に浮かぶ。

またもや心臓がドキンと鳴る。


「うん・・・わかった。」


とりあえず、明日。

今は何も考えなくていい。






一夜明けてみると、とてもいい天気。

窓から深く差しこんでくる光で部屋が白っぽく輝いて見える。

夜にはぐるぐると堂々巡りをするだけだった心配事も、朝の光の中では簡単に解決しそうな気がする。



―― 『成り行きに任せてみたらいいと思うの。』



ぽん、と真由の言葉が頭の中に浮かぶ。



そうだね、真由。

どうなるか分からないもんね。

先回りして、くよくよ考えても仕方ないよね。

秋月さんも、『考えなくていい』って言ったし。


さて、何を着て行こうかな?

・・・とりあえず、ダウンベストはやめよう。



朝食に食べてみたアップルパイは、前回と同じように美味しかった。

これなら安心して秋月さんに渡せる。

龍之介はどうしよう?

もう少しきれいにできるのを待つべき?


だけど・・・。


龍之介の喜ぶ顔が見たいな。


『美味い!』


とにこにこして、大きな口を開けてアップルパイを食べる龍之介が目に浮かぶ。


でも、形がね・・・。


まあ、いいや。

帰ってきてから考えよう!




待ち合わせはいつも乗り換える駅のホーム。

毎年大きなクリスマスツリーが飾られることで有名なショッピングモールに行く予定。


秋月さんはグレイのダッフルコートに黒いジーンズを履いて、オレンジ色のリュックを肩にかけている。

いつものちょっとカワイイ笑顔がますます大学生みたいに見える。

あたしはひざ丈の裏がふかふかのカットソーのワンピースにブーツ、こげ茶色に白い模様が入ったニットのポンチョ。

絶対に男の人とかぶらない服を選んできた。

秋月さんがあたしに気付いてにっこりするのを見て、ちょっと照れくさくなる。


「かわいいね。」


ストレートに褒められて、ますますどぎまぎしてしまう。

悟られないように平気なふりをして、


「秋月さんは大学生みたい。」


と笑ったら、秋月さんも照れたように笑った。


アップルパイを持って来たかどうか尋ねられて頷くと、「やった!」と喜んでくれた。

何て言われるかドキドキものだけど、その笑顔を見たら、持って来てよかったと思った。



目的の駅で降りて、ショッピングモールに向かう白いタイルの遊歩道をぶらぶらと歩く。

今日は風がないから、外にいると日向ぼっこをしている気分。


「お昼は何か買って、あそこの公園で食べようか。」


秋月さんの視線の先には芝生がきれいな公園が。

ボールやバドミントンで遊んでいる家族連れから少し離れた場所に、木製のテーブルとベンチが並んでいる。


「いいね。何がいいかな?」


「温かいもの、かな? デザートは持って来てるしね。」


「え?! ここで食べるの?!」


やっぱり不安・・・。

大丈夫なんだろうか?


「せっかくだから、紫苑さんが僕のケーキを食べてどんな顔をするのか見たいな、と思って。」


その笑顔を見たらあたしも楽しみだけど・・・。


「あたしはちょっと心配。」


小さくため息が出た。


「僕の腕が?」


秋月さんがちょっとからかうように言う。


「まさか! そうじゃなくて、あたしの方。秋月さんは同じものを自分で作ったことがあるんだもん。比べられたら絶対に負けるから。」


「比べたりしないよ。べつのものだと思って食べれば・・・。」


「やっぱり、同じレシピで作っても、違うものができると思ってるんだ! こうなったら、どんなに不味くても、全部食べてもらうからね。」


怒ったふりをしてにらむと、秋月さんが「あははは!」と笑った。

それを見たら、あたしもとても楽しくなって、一緒に大きな声で笑ってしまった。



11時半を過ぎていたので、ショッピングモールの外側に並んでいる屋台でお昼に食べるものを物色。

お昼になる前のせいか、お客さんはまばらだ。


クレープ、ホットドッグ、タコス、アイスクリーム、焼き鳥、丼もの・・・。


「うーん・・・、なんとなく決め手がないなあ。」


秋月さんがつぶやく。


あたしも同感。

何がどうなのかよくわからないけど、 “これじゃない” って思ってしまう。


「向こうにもう一つあるね。あ・・・。」


あれがいいな。


「「おでん!」」


ピッタリ同じタイミングで声が重なる。

あんまりピッタリで、顔を見合わせて吹き出した。


「そういえばね。」


笑っていたら思い出した。

あのときも、ピッタリのタイミングだったっけ。


「秋月さん、覚えてる? 初めて会ったときのこと。」


「ああ、朝、交差点で・・・。」


「うん、そう。あのときね、あたし、金木犀の名前が思い出せなくて『この花って何ていう名前だっけ?』って考えていたの。」


「ああ、そうだったんだ?」


「そうなの。秋月さんが、あたしの質問に答えるみたいに『金木犀。』って言ったから、すごくびっくりしたんだよ。だから、秋月さんのことをそうっと見てみたの。」


あのときは、本当に驚いた。

驚いたし、可笑しかった。

秋月さんの気まずそうな顔は、今でもはっきりと思い出せる。

そのあと、とても楽しい気分になったことも。


「ふふ。あのあとね、もしかしたら、自分が独り言を言ってたんじゃないかって思い出してみたりしたんだよ。」


「ははは! でも、独り言を言ったのは僕だけだったってわけだね。」



なんだか不思議。


その人と、今こうやって一緒に歩いてるんだもんね。







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