2 紫苑(1)
―― 紫苑。高校の制服、よく似合うよ。紫苑のために、僕、がんばるよ。
・・・さて。
この学校で紫苑が幸せになれる相手は、今のところ1、2、3・・・・16人か。
出会うタイミングも重要だよね。
それに、お互いに “この人だ!” って気付くかどうかわからないし。
とりあえず、一番最初は・・・だ、れ、に、し、よ、う、か、な?
うーん、彼か。
親切が服着て歩いているみたいな男の子だね。
同じクラスだし、入学した日にちょっとしたきっかけがあるのはいいかも。
「ええと、・・・谷村さん、だっけ?」
「あ、はい、そうですけど?」
「髪に葉っぱが絡まってるよ。」
そうそう、いい感じ。
柔らかくて長い紫苑の髪は、いつもみんなに褒められてるもんね。
「え? うわ。何でこんなに? しかも、葉っぱっていうより、草?!」
「草むしりしてるところを通ったりした? それか、原っぱででんぐり返しをしてきたとか?」
「してないよ! やだ〜、取れない!」
うん。
それを一緒にとりながら仲良く・・・。
「もういいや! このまま帰る!」
え?
「え?」
「お腹空いたし、どうせ歩いて15分だから。田中くん、教えてくれてありがとう。じゃあね。」
ああ・・・。
彼、自分が嫌がられたんじゃないかと思ってるよ・・・。
もう少し愛想よくできなかったのかな。
それとも、髪にくっつけた草が大量すぎた?
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高校生活にも慣れてきたし、そろそろ次のきっかけがあってもいいよね。
なんだか沈んだ顔をしてるし。
飛んで行ったものを拾ってくれた人っていうシチュエーションはどう?
紫苑の手に持っているそれ。
「あ!」
「・・・?」
やった! うまく拾ってくれたよ。
これでお互いに視線を合わせて・・・。
「見ないでっ!」
え?
「ぷ。」
彼、笑い出した?
「谷村紫苑さん?」
「だめっ!」
紫苑、ひったくったりしたら失礼なのに。
でも、彼、笑いっぱなし・・・?
あ、お礼も言わないで走り出すなんて。
「やだ、も〜! 名前まで見られたし!」
うーん。
15点のテストじゃ、相手を観察する余裕なんてないか・・・。
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どうもうまく行かないな。
僕がまだ経験が浅いせいかもしれないけど。
あ。
よくあるパターンだけど、転がって来たボールを渡すっていうのはどう?
ほら紫苑、このサッカーボール。
取りに走って来た彼は、候補者の中では一番の運動神経の持ち主・・・そんなに近付いてから蹴っちゃダメだよ!
「!!」
「あ。」
倒れちゃった・・・。
顔面直撃だもんね。
しゃがむのが面倒だからって、いきなり蹴るなんて。
彼、無防備な状態だったから、避けられなかったんだよ。
あーあ。
鼻血出ちゃってるし、みんなの前でやられたってところで、もう紫苑にいいイメージを持ってもらうのは無理だね・・・。
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よし、今度こそ!
タオルならぶつけられても怪我しないし。
球技大会で活躍してる彼の・・・。
「あの、タオル落としましたよ。」
よし、うまく行った!
「ああ、ありがとう。」
うん、いい感じ。
そのままにっこりと・・・って、紫苑、そっちの彼じゃないよ!
どうして隣にいる方に見とれてるの?!
もう!
紫苑がそんなに見た目重視だとは思わなかったよ・・・。
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―― 紫苑。がっかりしないで。
「・・・誰?」
―― 僕。ユウ。
「ユウ?」
―― 覚えてない? 紫苑に名前を付けてもらった恋風。
「・・・・・あ、そういえば。」
―― 失恋しちゃったね。
「あの人、あんなに浮気者だったなんて。・・・そういえば、ユウって、あたしの恋のきっかけを作ってくれるんじゃなかった?」
―― そうだよ。
「全然仕事してないよね?」
―― そんなことないよ。
「でも、ちっともチャンスなんて巡って来ないし、今日なんか失恋しちゃったよ。」
―― チャンスは何度か作ったよ。それに、今回のはそもそも紫苑が間違えたんだよ。
「間違えた?」
―― 僕が選んだ相手の隣にいた人を紫苑が好きになっちゃったんだから。
「ええ? そんな! ちゃんと分かるようにしてくれないと。」
―― 無理だって。普段、紫苑は僕のことは忘れてるし、僕たちは人間の心に影響を与えることはできないんだから。
「役に立たないなあ。」
―― 失礼な!
「ねえ、チャンスを作ってくれた相手って、誰?」
―― それを訊いてどうするつもり?
「その相手となら、幸せになれるんでしょう? 今度は自分で頑張ってみる。」
―― 無理だよ。目が覚めたら忘れてるんだから。
「そうか・・・。でも、誰? 知りたい。」
―― がっかりするかもよ。
「それでもいいよ。」
―― 同じクラスの田中くん。
「え?! ものすごくいい人だけど。」
―― そうだよ。初日に紫苑の髪に葉っぱがついてるのを教えてくれただろ?
「もしかして、あれがユウの? 葉っぱじゃなくて、草があんなに・・・。」
―― うん。紫苑は面倒くさがってさっさと帰っちゃったけど。
「初日でどんな人か分からなかったからなあ。もったいないことをした・・・。それだけ?」
―― 2年の寺田聡っていう・・・。
「その名前、聞いたことがある・・・。」
―― すごく勉強ができる人だよ。数学の全国大会とかに出たって。
「そんな人と接点なんか・・・。」
―― 作ったんだよ。紫苑の答案用紙を飛ばして。
「ん・・・? まさか、あの15点の?!」
―― うん、そう。もう少し落ち着いてお礼を言ってれば、勉強を教えてもらえたかもしれないのに。
「無理でしょうね、そんなことは。呆れられただけだと思う。」
―― あとは、サッカー部の・・・、
「まさかあのとき?! あたしが蹴ったボールで鼻血出しちゃった・・・?」
―― そうだよ。紫苑がちゃんと手で持って渡してあげてればね。
「・・・そんなことくらいで仲良くなれるとは思えないけど。」
―― まあ、あくまでも “きっかけ” だから。
「なんだか、小さすぎるような・・・。インパクトで言えば、あたしの反応の方がよっぽど・・・。」
―― じゃあ、相手に強い印象を与えるっていう役には立ってるじゃないか。きっと、紫苑のこと忘れられないよ。
「意味が違う・・・。」
―― 大丈夫だよ、紫苑。まだ何人もいるから。
「本当に?」
―― うん。それに、僕もだんだんチャンスを作るのが上手くなるから期待してて。
「期待って言ったって、忘れちゃうんでしょう?」
―― ああ、そうだった。
「まあ、いいや。なんだか、失恋したことも気にならなくなってきた。」
―― よかった。紫苑は元気に笑ってるのが一番いいよ。
「ありがとう。ユウ。」
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「紫苑先輩。今までありがとうございました。」
「やだ、あたしが泣いてないのに、みんなが泣いちゃうなんて変だよ。」
「だって、先輩が卒業しちゃうと思ったら淋しくて・・・。」
「何言ってんの。部活を引退してからずいぶん経つのに、今さら淋しいなんて言わないでよ。」
「凹んだボウルや歪んだ泡立て器たちを見る度に先輩を思い出します。」
「ああ・・・。女の子らしくなれるかと思って家庭科部に入ったけど、あれほど向いてないとは思わなかったわ・・・。」
「でも、とても楽しかったです!」
「たしかに見ている人は楽しかったでしょうね。」
あっという間の三年間だったね、紫苑。
入学初日に同じクラスの男の子ときっかけを作ってあげてから僕もだいぶ成長したと思うけど、未だに紫苑は幸せになる相手とまとまらないまま、今日、高校を卒業する。
紫苑は入学したころに比べると、ずいぶん落ち着いて、しっかり者になったよね。
不器用なのはどうにもならなかったみたいだけど。
僕は紫苑をずっと見て来た。
紫苑が友達関係や勉強、部活をがんばってきたことを、僕はちゃんと知ってる。
だから、紫苑に幸せになってほしいって、前よりもずっとずっと強く思ってる。
だけど・・・紫苑は恋についてはあんまり敏感じゃないね。
僕が選んだ相手が紫苑に興味を持っていたこともあったし、僕とは関係なく紫苑のことを好きになった子もいたのに、紫苑は気付かないか、失敗するかで、どれもうまくいかなかった。
僕が慰めるために紫苑の夢に入り込んだのは2回だっけ?
まあ、まだ18歳なんだから、これからいくらでも相手は見つかるからね。
―― 一緒に頑張って行こう、紫苑。