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19 冬のイベント



12月に入ると、ロッカー室や昼休みの女子トイレでは、楽しげにひそひそ話をする風景がいつもよりも目に入るようになる。


告白する?

プレゼントは何?

デートコースは?


クリスマスシーズンがやって来る。


女の子同士だけではなく、同僚の男の人たちからも、嬉しそうな、恥ずかしそうな顔で相談されることもある。

あたしはガサガサした性格だからあんまり “女の子” っぽいイメージがなくて、そういう話をしやすいみたい。


もちろん、誰もが好きな人がいるわけではない。

あたしは去年も、一昨年も、そういうメンバーで集まるクリスマス・イブの宴会に参加していた。

今年もたぶん、そうだろうな。

・・・まあ、声がかからなくてもいいかな。

一人でのんびり過ごすっていうのも、悪くないかも。




12月はクリスマスの前に、忘年会のシーズンもある。


職場の忘年会のほかに、仲良しのメンバーで行くのが毎年2つ。同期の女子会と、龍之介がいるいつものグループ。

けっこう忙しい。


まずは今日。同期の女子会。

蒸し鍋をメインにした和食のお店。

参加者13名。

幹事は知佳ちゃんとあたし。


「知佳ちゃん、お待たせ! 遅くなってごめん。」


1階のロビーで待ち合わせをしていた知佳ちゃんに駆け寄る。

みんなより先にお店に着くつもりでいたけれど、仕事が片付かなくて、遅くなってしまった。


「大丈夫だよ、間に合うから。美歩も一緒に行くって言ってたから・・・あ、来た。」


美歩は今日もやっぱりメイクも髪型も決まってる。

もちろん、コートの中の服だって、きっとお洒落なはず。

男の子がいてもいなくても、綺麗に見えることが美歩には重要なのだ。


外に出ると、空気がピリリと冷たい。

空は真っ暗。今日は月が出ない日なのかも。

街灯やビルの窓からの明かりがたくさんあるここでは、星もほとんど見えない。

まあ、星を見上げるほど広い空ではないけれど。



予約したお店は隣の駅。

案内されたテーブルは、きちんと壁で仕切られた部屋だった。

これなら盛り上がって黄色い声で歓声をあげても、ほかのお客さんたちに睨まれないで済む。


同期の女子会はいつも賑やか。

今日もお酒が回る前から、すでに酔っ払いがいるような騒ぎ。


上司の悪口、同僚に対する苦情、困ったお客さんのこと、彼氏とのケンカ。

話題は尽きない。

辛口のコメント、同情のため息、同意の笑い声・・・。


その合間を縫って、知佳ちゃんが嬉しそうに小声でささやく。


「あたしね、今年のクリスマスは原田さんと出かけるの。」


「原田さんって・・・。」


「もしかして、原田諒さん?! 龍之介くんの友達の?」


すぐには思い出せなかったあたしに代わって、隣にいた美歩が反応する。


「そう。誘われちゃった♪」


うわ〜〜〜。

本当にあるんだね、合コンの成果って。

・・・あれって、合コンって言ってもいいよね?


「いいな〜、知佳。」


美歩がため息をつきながら言う。


「どうして? 美歩だって、たくさん誘われるでしょう?」


「誘われるけど、そういう人たちはダメなの。」


「どうして?」


「あたしの見た目だけしか見てないから。」


「そうなの?」


「そうだよ。知佳は、誘われる前に原田さんと何回会った?」


「3回・・・かな。」


「電話で話したりもしたでしょう?」


「うん。電話の方が多いかな。」


「原田さんはそうやって、ちゃんと知佳のことをわかってから誘ったんだよ。特別な日に一緒にいてもいい相手ってことで。」


「・・・なんか、そんなに真面目に言われると恥ずかしいけど。」


ちょっと赤くなってる知佳ちゃん、可愛い。


「だけど、あたしのことを誘う人って、いきなりなんだよ。」


「そうなんだ?」


「例えばね、同じ職場の人だったりしたら、仕事中に見ててくれたんだなって思うこともできるけど、全然つながりがない人ばっかりなの。」


「どんな?」


「隣の課に来てる営業の人とか。」


「少しは話したことあるんじゃないの?」


「あいさつくらいはね。でも、いきなりクリスマスはないでしょう?」


そうか・・・な。


「それから、たまたま来たお客さん。」


「「は?」」


知佳ちゃんとあたしの声が重なった。


「廊下を歩いてるときに『総務課はどこですか?』って訊かれて案内したら、その場で誘われた。」


すごいなー。

あたしにはそんなこと絶対に起こらないと思う。


「でも、それって、美歩の態度が気に入って・・・とかじゃないの? 性格の良さがにじみ出ていた、とか。」


知佳ちゃんが尋ねる。


「もしそうだったとしても、あたしはその人のことを知らないんだから、やっぱり嫌だよ。」


「一目惚れっていう可能性もあると思うけど?」


「あたしはそういうのは無理。どんな人かわからないのに好きになるとか、二人だけで出かけるなんて、ありえない。」


「美歩って、けっこう慎重なんだね。」


「そうかな? 服やメイクが派手だから、気軽に遊んでるように見えて、そのギャップでそう感じるんじゃない?」


たしかに今日みたいな席では美歩は派手だけど、仕事中の服装はいたって普通だ。

男の人が目のやり場に困るような服装はしないし、メイクだって、上手だけど、派手ではない。

そもそも美人は、どんなことをしても目立ってしまう宿命なんだよね。


「美歩は好きな人はいないの? 美歩からアプローチすれば、断る人なんていないと思うけど?」


あたしの質問に、美歩はため息をついた。


「あたしが好きになる人はみんな、別な人を好きになっちゃうんだよ。」


「美歩みたいな美人でも、そんなことあるんだ・・・。」


「あるに決まってるじゃん! だいたいね、男の人の好みがみんな同じだったら、世の中大変なことになるよ。」


たしかに。


「紫苑はどうなのよ?」


知佳ちゃんが興味津々の顔で訊く。


「何が?」


「秋月さんと、あれから何もないの?」


え?


「そうそう。偶然の出会いからちゃんとした知り合いになって、そのあとは?」


美歩も一緒になって詰め寄って来る。

酔っ払ってるのかな?


「そんな、特別なことはないけど・・・。」


どうしてみんな、そんなに期待するんだろう?


そりゃあ、あれからお菓子作りの道具を買いに行ったけど・・・、それって・・・?

あれってどのくらい特別なの?

うーん。

試作品をあげる話も特別?


最初はちょっとドキドキしたけど、時間が経ってみると、そのあと秋月さんと話すのも特に変わったことはないし、なんでもないことだったように思うけど・・・。


「考えてる。何かあったんだね。」


「うん。あったんだね、この様子は。」


知佳ちゃんと美歩が目を見交わして話している。

隠すと余計に怪しまれそう。


「やだな。ちょっと買い物に付き合ってもらっただけだよ。」


「出かけたの? 二人で?」


「うん・・・まあ、そう。」


あれれ?

この様子だと、勘違いされちゃうかな?


「でも、一回だけだよ。それに、どうしても必要があったんだから。」


「ふうん。」


二人とも、その目は絶対に誤解してる!

なんでもないって言ってるのに!


「ねえ、紫苑。高木くんとはどうなの?」


え? 龍之介?


「そうだよ。あたしも本当はずっと気になってるんだ。」


知佳ちゃんも美歩も、今日はどうしちゃったの?

いつもはあたしのことなんか話題にならないのに。

二人とも酔っ払ってるの?


「龍之介とは普通に友達付き合いだよ。知佳ちゃんだって、美歩だって、龍之介と仲良く話すでしょ?」


どうして、あたしだけ言われるのか解らない。


「あたしたちよりも紫苑の方が、ずっと仲がいいよ。」


ああ。

送ってもらうほど仲がいいのに、 “お友達” っていうだけの関係なの? ってことか。

みんな、何も言わないけど、そういうふうに見ているのかな?


「でも、何もないよ。」


「そうやって、誰のことも “何もない” って言うんだから、紫苑は。」


美歩が呆れた顔をしてため息をつく。


「だって、仕方ないよ。」


あたしは誰のことも好きにならないんだから。


「じゃあ、あたし、龍之介くんに頑張ってみようかな?」


え?


「え? 美歩が?」


知佳ちゃんが驚いた顔をする。


「なーんて。冗談だよ! 今さらね。」


そう言って美歩は、飲み物のお代わりを注文した。


それを隣で聞きながら、あたしは胸がドキドキしてる。


―― 本当に冗談?


そう尋ねたい。

でも・・・、もうタイミングを逃してしまった。


あたし、もう龍之介に送ってもらうのをやめた方がいいのかな・・・?







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