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17 試作品のウソ



「紫苑さん、おはよう。」


朝の改札口。

秋月さんのいつもの笑顔。


「あ、おはよう。出張、日帰りだったんだね。お疲れさま。昨日は朝からごめんなさい。」


「僕の方こそ、ごめん。せっかく持ってきてもらったのに。」


「ううん、気にしないで。お昼に食べたから。でも、次はいつになるかわからないけど・・・。」


本当の気持ちを言えば、渡さないで済んでほっとしたっていう部分がけっこう大きい。

もしも秋月さんに渡した場合、どんな感想が返ってくるかと気が気じゃない時間を過ごさなくちゃならない。

渡したその場で食べてもらえば緊張する時間は短くて済むけど、朝渡して、感想は翌日、または翌々日・・・なんてことになったら、あたしは疲れ切ってしまう。


「うん、いつでもいいよ。でも、龍之介にあげる前がいいな。」


どっきーん!


すみません!

もう、あげちゃいました!


まあ、本人は知らないけど・・・。


「も、もし、2回目で上手にできたら、それを龍之介にもあげちゃうから、同時ってことになるけど?」


うん。

昨日の様子だと、そういう可能性もゼロじゃない。


「あれ? その様子だと、昨日のはけっこういい出来だったんだ? あーあ。もったいないことしたなあ。」


「あ、いえ、全然自慢できるようなものじゃなくて。」


でも、一応、味だけは合格点かな?


「そのときは、朝もらえればいいかな。職場に着いたらすぐに食べれば、絶対に龍之介よりも先だよね?」


「ん・・・、まあ、そうだね、きっと。」


どうしてそんなに龍之介にこだわるのかな?

“第一号” っていうのは、もしかしたら龍之介のことだけを言ってたの?


もしも龍之介が秋月さんに、昨日、アップルパイを食べたっていう話をしたら・・・どっちにもウソをついてることがバレちゃうよ〜。

ああ、どうか二人が絶対に会いませんように!


・・・っていうのは無理か。

あたしがこんなにしょっちゅう顔を合わせてるんだから、秋月さんと龍之介だって、けっこうすれ違ったりしてるよね?


じゃあ、せめて、二人の間でこの話題が出ませんように!


「そうだ。紫苑さんにお土産があるんだ。」


お土産?


「昨日、出張で会った人に、地元で人気があるお土産を教えてもらったんだよ。はい、これ。」


そう言って、白い紙袋を渡してくれた。


軽い。

振ってみたら、かさかさと音がする。


「最中のなかにあんこの粉が入ってて、お椀に入れて熱湯をそそぐとお汁粉になるんだって。最中の皮がお麩みたいになるって言ってたよ。」


お汁粉か。

寒くなってきたから、こういうのってちょうどいいね。


「なんだか楽しみ♪ どうもありがとう。」





夜、もらったお汁粉を作ってみた。


お椀に入れてお湯を注いだら、最中の中から松や梅の花のお麩やあられが出てきて、そのかわいらしさに感動!

携帯で写真を撮って、お礼のメールと一緒に秋月さんに送った。


そこに、真由からの電話。


一瞬、秋月さんからかと思ってドキッとしたあと、真由の名前が表示されていることに気付いてほっとする。


「ねえ、秋月さん、アップルパイのこと何て言ってた?」


電話に出た途端、あいさつもそこそこに秋月さんの名前を出されてまたドキッとする。


「あ、あ・・・アップルパイ? ああ、あのね、秋月さんには渡せなかったの。」


「まさか、わざと持っていかなかったんじゃ・・・?」


「違うよ。秋月さんが出張で会えなかったの。」


「なんだ。どんな様子だったか訊こうと思ったのに。じゃあ、持っていった分は?」


残念そうな真由の声。


「龍之介が食べちゃったよ。」


「え?! どういうこと?」


真由が驚く。


当然だよね。

龍之介には、もっと上手になってから食べさせるはずだったんだから。


お昼に金子さんと食べようとしたら龍之介が来たことを話すと、真由は電話の向こうで大笑いした。


「結局、龍之介くんの口に入ったんだ! あははは!」


「まあね。龍之介は真由が作ったと思ってるけど。ごめんね、あんなに不格好なのを真由のだって言ったりして。」


「いいよ、そんなこと。美味しいって褒められたんだから。だけど、可笑しい! 知らないとはいえ、本人に向かって褒めて、リクエストまでするなんて! 紫苑、すごいじゃない!」


「うん、そうなの。あたし、自分が作ったものを、あんなに美味しいって言ってもらったのって初めてだよ。びっくりしたけど、ものすごく嬉しい。」


「よかったね! 少しは自信がついた?」


「うん。 次も頑張ろうって思えるようになった。」


本当に、誰かに褒めてもらえることでこんなに自信がつくなんて、思ってもみなかった。


「秋月さんは残念がったでしょう?」


「まあ、少しはね。でも、次があるから。だけどね、やたらと『龍之介より先』っていうことにこだわるんだよ。」


「ああ、やっぱり。」


「『やっぱり』って?」


「紫苑は気にしない方がいいよ。男の人は、いつまでたっても子供だってことだよ。」


「ふうん。だけどね、けっこうドキドキものなんだよ。」


「何が?」


「だって、秋月さんは月曜日にあたしが作ったものを持って行ったって知ってるでしょう? でも、龍之介には真由が作ったものだってことになってて、しかも食べちゃったんだよ。秋月さんは龍之介よりも先に食べるってことにこだわってるし、もし秋月さんと龍之介が会ってアップルパイの話題が出たらと思うと、もう・・・。」


「そうか。職場が近いんだもんね。」


「うん。同僚に自分で作ったって言えなくて出たウソがどんどん影響が大きくなっちゃって、今考えると、あのときに本当のことを言っておいた方が簡単だったんじゃないかと思うよ・・・。」


「うん。たしかに。でも、仕方ないよ。バレたら笑って謝ればいいじゃん。」


「ふう・・・。それしかないね。」


「それに、龍之介くんは怒らないよ。もともと紫苑のお菓子を食べるつもりでいるんだから。」


「そうか。」


“褒めた言葉を返せ” くらいは言われるかもしれないな。


「次はいつ作るの?」


「うん・・・、忘れないうちにとは思ってるけど、龍之介に褒められて安心したのか、ちょっとやる気が出ないみたいな・・・。」


「そっか。まあ、無理しないでね。作ったら、写真を送ってよ。あたしも紫苑の進歩を見たい。」


「了解。楽しみにしてて。」


それから真由は、結婚式が来年の6月の末に決まったことを教えてくれた。

幸せになれるジューン・ブライド。

これからは、新居探しや結婚式の準備で忙しくなりそう。

隆くんとは中学からのお付き合いだから親同士も顔見知りだけど、やっぱりあらためて会食とかもするそうだし。


「でも、結婚する前に、紫苑と二人で旅行にでも行きたいなあ。」


「いいね! 隆くんに取られる前にね! あたしはいつでも暇だから、真由の日程に合わせるよ。」


そうだ。

いつも、何でも打ち明け合って、分かち合ってきたあたしたちだけど、これからは真由には家族ができる。

真由の一番はあたしじゃなくて、隆くんになるんだ・・・。



そう思ったら、ちょっと寂しくなって、胸がちくりと痛んだ。







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