15 お菓子作りのあとは・・・。
真由が作ってくれたグラタンとマリネサラダは、やっぱり美味しかった。
見た目も味も、あたしが作るものとは大違い。
片付けが済んで、のんびりと杏露酒を飲みながらおしゃべりしているとき、真由が突然言った。
「紫苑。あたし、隆くんからプロポーズされたの。」
!
幼馴染みの隆くん。あたしの初恋の人。
中学のときに真由と付き合いはじめて、そのままずっと続いていたことは知ってる。
あたしとも、普通に友達としての付き合いはある。
「真由・・・。返事はしたの?」
真由の雰囲気が、妙に緊張しているのが気になる。
“おめでとう” って言ってもいいの?
「うん。あのね、・・・OKした。」
「よかった! おめでとう!」
本当によかった!
「よかったね! ああ、嬉しいよ! おめでとう、真由!」
自分のことのように嬉しくて真由を抱きしめる。
「もっと早く言ってくれれば、お祝いにシャンペンくらい用意しておいたのに。」
興奮して一気にまくしたててしまったところで、真由が泣いていることに気付いた。
「どうしたの? 嬉し泣き?」
真由から腕を離して、顔をのぞき込む。
「違う。・・・ご、ごめんね、紫苑。」
「え? なん・・・で?」
あたしが隆くんのことを好きだったことは知らないはず。
しかも、10年以上前の話だよ?
もう、とっくに立ち直ってるけど・・・。
「あたしだけ・・・、あたしだけ幸せになって・・・。」
え?
「紫苑は・・・あんなに辛いことがあって、今でも傷ついたままなのに・・・、あたし・・・。」
まさか・・・、あのことで?
あたしのことが原因で、自分のことを喜べないの?
真由はあたしの肩に額を押し付けて、泣き続ける。
「あたし・・・嬉しかったの。隆くんにプロポーズされたとき、すごく嬉しかったの。すぐに『はい。』って言ったの。」
「うん・・・。うん。」
わかるよ、真由。
あたしもそうだったから。
それでいいんだよ。
「だけど・・・、だけど、あとになって、紫苑のことを思い出して・・・。紫苑はずっと辛いままなのに、あたし、嬉しくてそれを忘れてて・・・自分のことだけしか考えられなくて、本当に自分勝手で・・・。」
「真由・・・。」
謝らなくちゃいけないのは、あたしの方だ。
こんなに心配させてしまって。
「気付いてから、隆くんに・・・もう少し待ってもらえないかって・・・言おうと思ったの。」
「真由! まさかそんなこと!」
「できなかったの・・・。できなかった。もしかしたら隆くんが怒って、あたしから離れて行ってしまうかも知れないって思ったら、言えなかったの。・・・ごめんね、紫苑。あたし、自分の幸せだけしか考えられなくて・・・。」
そうじゃない。
そうじゃないよ、真由。
「違うよ、真由。そんなことない。真由は真由で、幸せになっていいんだよ。」
「でも。」
「いいんだよ。ごめんね、真由。たくさん心配かけちゃって、ごめんね。」
視界が涙でぼやけてしまう。
真由の結婚っていう、せっかくのおめでたい話題で泣きたくなんかないのに。
「あたしが弱虫だから・・・、せっかく真由が幸せになるのに、そんなふうに泣かせたりしてごめんね。」
「紫苑。」
「真由。あたし、自分のことみたいに嬉しいよ。本当におめでとう。幸せになって。」
あたしがつかめなかった幸せ。
あたしの分も。
「うん。・・・うん。ありがとう、紫苑。ありがとう。」
真由が涙でぐちゃぐちゃになった顔で、やっと微笑んだ。
それから二人で・・・また泣いてしまった。
ようやく終わったおしゃべりのあと、ベッドの下に並べて敷いたお布団から、「紫苑。」と声がかかった。
小さい明かりだけを残して暗くした部屋。
たくさんの笑いと少しの涙のあとの心地よい疲労感。
「なあに?」
「あのね、紫苑は誰のことも好きにならないって言ってるでしょう?」
「うん。」
「でもね、違うと思うの。」
「そうかな?」
「うん。あのね、誰かを好きになるときって、最初から『この人を好きになろう。』って決めてるわけじゃないから。」
ああ・・・。
「いつの間にか、気が付いたら『一緒にいたいな。』って思ったりしてて、それが “好き” っていうことなんじゃないかと思う。」
「うん・・・。」
「だから、紫苑がいくら『誰のことも好きにならない。』って決心していても、そういう相手に会ったら、心が勝手に動いてしまうと思うの。」
「ふふ。あくまでも、『そういう相手に会ったら』ね。」
「そう。『会ったら』ね。・・・ふふふ。」
真由、ありがとう。
「だからね、紫苑。そういうことが起きたら、意固地にならないで、成り行きに任せてみたらいいと思うの。」
「成り行きに任せる?」
「うん。ダメだったら、きっと『無理!』って思うし、そう思わなかったら、そのままで。」
「そのまま決めないで?」
「そう。決めないし、考えないの。」
「考えない?」
「紫苑は好きになることが怖いんでしょう? 体調が悪くなるくらいに。」
「うん・・・。」
「だから、好きかどうかは考えないの。ただ、無理だと思ったら、その時点で終わらせようっていう決意は必要だけど。」
「そうとう気の長い人じゃないと、あたしの相手は務まらないね。」
「ふふ。そうだね。」
「もしも、『決めてほしい。』って言われたら?」
「そのときに、紫苑が無理だと思ったら断ればいいんだよ。」
「無理だと思わなかったら?」
「一緒にいたいかどうか、考えてみるの。」
一緒にいたいかどうか・・・。
「『その人がいなくなったらどうだろう?』って考えてみて、いなくなっても平気だったら断るの。」
「怒るかもよ。」
「仕方ないよ。どうせ別れるんだから、いいじゃない。」
「そんなもの?」
「そんなものだよ。」
ベッドの下から「あれ?」という声が聞こえて、笑い声。
「なんか、話がずれた。」
と、真由。
「そうだっけ?」
「断る話じゃないんだよ。紫苑が、もしかしたら、誰かを好きになるかもしれないって話だったの。」
ああ、そうか。
「好きになるかな?」
「そういうのって、防げないと思うよ。」
「そう?」
「うん。だから、そういうときに驚いたり、慌てて拒否したりしないで、成り行きに任せなさいって言いたかったの。」
「うん・・・、そうか。」
「そう。それだけ。おやすみ、紫苑。」
「おやすみ、真由。」
いつもあたしのことを考えてくれて、本当にありがとう。
暗い部屋の中に微かにアップルパイの香りが漂っている。
その甘酸っぱい匂いと一緒に浮かんできたのは秋月さんの笑顔で・・・。
月曜日に、一切れ持っていかなくちゃ・・・。




