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13 お菓子作りの道は険しい



秋月さんとお菓子作りの道具を買いに行った土曜日の夜、小学校のころからの親友 三崎真由から電話がきた。


「来週、紫苑のところに泊りに行ってもいい?」


真由はあたしが一人暮らしを始めてから、こうやってときどき遊びに来る。

あたしが実家に住んでいたころは、一緒に出かけたり、お互いの家に遊びに行ったりするのは当たり前だったのに、今では電話で話すのが普通になってしまって寂しいかぎり。

その分、来た時には夜更かしをしてたくさん話す。


「うん、あたしも予定がないからどうぞ。あ、ちょうどよかった。」


「何が?」


「来週ね、アップルパイを作る予定だったの。」


真由は高校卒業後、調理の専門学校の製菓コースを出て、地元のケーキ屋さんに就職している。

真由が来てくれれば百人力だ!


「アップルパイ?! 紫苑が?!」


驚くのも無理はない。

あたしの腕前はもちろん承知のことだから。


「うん。もう本を買って、道具も揃えたんだよ。」


「お菓子作りなんて無理だって言ってたのに、いきなりどうしたの? もしかして、誰かにあげたいとか?」


「あげたいんじゃなくて、あげなくちゃいけなくなっちゃったんだよ。来週はその練習なの。真由が手伝ってくれるんなら、うまく行くこと間違いなしだもんね!」


喜ぶあたしに真由は


「じゃあ、土曜日に作ろう。失敗しても、日曜日にもう一度やり直すことができるからね。」


と真面目な声で言う。

もしかして、ちょっと気合いが入ってる?


「絶対に失敗しないように、しっかり見てあげる。」


という頼もしい言葉に、心からほっとした。

これなら、せっかく買う食材を無駄にしなくてすみそう・・・。



次の一週間は、秋月さんに会っても、土曜日にアップルパイを作ることは言わなかった。

だって、試作品をあげるってことになっているのに、食べられるようなものができなかったら困るから。

それらしい話題が出るたびに、あたしはさりげなく話を逸らし続けた。




そして、一週間後の土曜日。

朝の9時ごろに真由が来た。お泊り用の荷物とエプロンを持って。

どうせ泊るんだからゆっくりでいいって言ったのに、あたしがパイを作るのに何時間かかるかわからないからって。


子どものころから女の子らしい服装が好きだった真由は、今日も小花柄のスカートとロングブーツにポンチョ風の上着、髪は左耳のうしろで一つに束ねて可愛らしい。

色が白いから、明るめの茶色の髪がよく似合う。



久しぶりの挨拶もそこそこに、真由は本と道具とあたしが仕事帰りに買いそろえておいた材料を厳しい目でチェックする。


「けっこう本格的な感じだね。」


「え? そうなの?」


本格的かどうかもよくわからないほど、あたしは何も知らないってことか・・・。


「うん。でも、手順は難しくないし、焼いたら終わりっていうのは本当だから、紫苑にもなんとかなると思うよ。」


よかった〜。


「それに、これだと美味しくないわけがないよ。」


「本当?!」


「うん。まあ、見た目はどうなるかわからないけどね。じゃあ、まずは材料を量るところからね。」


そう言って、真由がエプロンをする。


「うん!」


本を見ながら動き出したあたしの横から、真由は腕組みをして2歩下がった。

・・・あれ?


「真由。一緒にやってくれないの?」


「なんで? 紫苑の練習なんでしょ? あたしは見るだけだよ。」


「そんな! 手伝ってくれないの?!」


「あたしが手を出したら、最終的には全部やることになっちゃうよ。中途半端より、全然やらない方がいいんだよ。」


「・・・エプロンしてるから、手伝ってくれると思った。」


「だって、これやっておかないと、紫苑がどこまで粉を飛ばすか分からないから。」


「ああ、そうですか。冷たいなあ、親友なのに。」


「何言ってんの? 親友だから、こうやって教えるんだよ。さあ、ビシビシ行くからね。」


「口だけ?」


「まあ、手で見本を見せるくらいはするけど。」


中学時代は内気なところが可愛らしかった真由だけど、大人になるにしたがってしっかり者になった。

実家に住んでいたころは隆くんも交えて会うことがあって、そういうときは、真由が隆くんを操縦している様子にいつも驚いたものだ。

そんな真由に、あたしが敵うわけがない。


「・・・わかったよ。」



真由は厳しかった。

調理学校の先生って、こんな感じなんだろうか?


用意した道具や材料を置く順番にもこだわるし、あたしが手順に迷っていても、見ているだけで教えてくれない。

そりゃあ、真由がついていてくれるのは今回だけで、次は自分でやらなくちゃならないことは分かってるけど。

だけど、少しくらいいいじゃない!



材料を量る、と、下準備。


けっこう大変だった。

特にバター。


切ろうとすると、ナイフにくっつく。

さわると手がべとべとになる。


真由が


「脂分はキッチンペーパーでぬぐった方がいいよ。」


と教えてくれた。


材料が多いから、量るものもたくさんある。

秋月さんが “量り終わったところで半分終わったような感じ” と言った意味がわかった。


粉をふるうとき、粉ふるいに小麦粉を入れようとして、あたりにぶわっと粉が飛ぶ。

真由がエプロンをしたときに言った言葉のとおり。


「次回は大きいスプーンですくって入れたらいいかもね。」


もっと早く気付いてくれればいいのに・・・。


それからも、やっぱり大変だった。


「もっと、縦に切るように混ぜるんだよ。」

「そんなふうにボウルを揺すったらダメだよ!」

「手早く、手早く。」

「それじゃあ、二等分とは言えないよ。」

「りんごの皮をそんなに厚くむいたら、パイの中身が少なくなるよ。」

「左右の力が違っちゃってるから、この辺が薄くなってる。」


何かをやるたびに、真由の指摘が飛んでくる。


それでもどうにか生地を伸ばしてパイ皿に敷こうとしたら、もともと真ん丸にはなっていなかった生地がビローンと伸びて、半分くらいまで千切れてしまった。


「どうしよう?」


また丸めてやり直し・・・?


「今日はとりあえず、切れた部分を少し重ねて敷き込んでみたら? 次にやるときはラップを使って持つか、パイ皿を逆さまにして生地の上に乗せてひっくり返したらいいかもね。」


よかった。

今日のところはやり直しは免れた。


半分の生地を伸ばして敷いた中に、切って砂糖やスパイスを混ぜたりんごを入れ、残った半分の生地を伸ばしてその上にかぶせる。


「・・・ふたの方が、真ん中に置けなかったみたい。」


丸い型の一方はかぶせた生地が端っこぎりぎりで、反対側はたくさんはみ出している。


「うーん・・・。ずらすと切れそうだから、今日はこれでいいことにしよう。」


真由、ありがとう!


「じゃあ、端を波型にしてみようか。紫苑。指先に粉をつけて。」


真由にさんざん笑われながら、パイの周りのあまった生地をきちんと・・・には見えないかもしれないけど、どうにか波形にする。

溶き卵を塗って、温めておいたオーブンに入れて、温度と時間をセットして・・・あれ? 終わり?



うわー!

すごい。

本当に、オーブンに入れたら終わりだ!



「ほら、今のうちに片付けよう。」


真由に言われて使ったボウルやらなにやらを洗う。


「必ず、よく乾いてからしまうんだよ。」


はい、わかりました。


粉が飛び散った床には掃除機をかけて、テーブルも床もきれいになると、あとは焼き上がるのを待つだけ。


そう。

待つだけだ。


ただ “待つだけ” なんて、すごく贅沢な時間!


オーブンをのぞいてみると、表面にうっすらと焼き色がつき始めて、パイの端の2か所からはぐつぐつと煮えたつ中身が流れ出している。

縁のあたりの生地からじゅわじゅわと細かいあぶくが立っているのは、生地に混ぜてあるバターが溶けているのかな?


「こうやって外側は焼いて、中のりんごは煮てるんだねえ・・・。」


感心してつぶやくと、真由が隣からのぞき込んで、頷きながら


「いい感じだね。」


と言ってくれた。


やった!


それから真由はエプロンをはずしながら、あたしに向き直った。


「さあ、紫苑。どうしてこんなことをするつもりになったのか、詳しく教えなさい。」


「え? ・・・やっぱり知りたいの?」


「当たり前だよ。」


「べつに面白くないよ。」


「そうやって隠すってことは、何かあるんだね?」


そういうことになっちゃうの?


「さあ、紫苑。今、話すか、夜に話すか、どっちにする?」


「話さないっていう選択肢はないんだ?」


「ないよ。」


引きさがらないつもりだ。

夜までちくちくやられるよりは、さっさと話しちゃった方が気が楽かな。


「わかったよ。今、話す。でも、真由が期待してるような話じゃないと思うよ。」







アップルパイの作り方は、平野顕子著『ニューヨークスタイルのパイとタルト、ケーキの本』(2008 主婦と生活社)を参考にさせていただきました。

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