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12 お菓子作りの道具


こんなにあるなんて・・・。



土曜日の午後。

さまざまな趣味の用品を揃えている大きなお店に来ている。

・・・秋月さんと。


秋月さんはブルージーンズにグレイのパーカーと黒のダウンベスト、赤と茶のチェックのシャツの襟と裾をちょっとずつ覗かせている。

いつものスーツ姿よりも、 “カワイイ” 度がアップしている。

待ち合わせ場所で会ったとき、ドキッとした。

ドキッとしたのは、その服装がいつもと違うということだけじゃなくて。


あたしが赤に茶の入ったタータンチェックのウールのワンピースの上にグレイのパーカーと赤のダウンベストを着て来ていたから。


おそろいではない! 決して!


・・・でも、見るからにおそろいに見えてしまうので恥ずかしい。

本当のカップルでも、ここまでおそろいみたいな人たちなんて、いないんじゃないだろうか。

待ち合わせ場所で会ったとき、お互いに顔を見合わせて笑うしかなかった・・・。


そもそも、どうして一緒に買い物に来ているのかというと。


本屋さんでばったり会った翌日、いつもみたいに朝の駅で一緒になって、「何を作るか決めましたか?」と尋ねられた。

道具がないので買わないといけない、という話をしたら、秋月さんは「そうでしたね。」と思い出したように言って、選ぶのを手伝いましょうかと申し出てくれた。


「お薦めしたときに気付かなくちゃいけなかったんですけど、あの本で使う型って、少しサイズが違うんです。」


「え? その辺のお店では買えないんですか?」


「ああ・・・すみませんでした。思いがけないところで紫苑さんに会ったので慌てちゃって・・・いえ、その。」


ああ。

お菓子作りに興味があるってこと、あんまり知られたくないのね。


「僕が買ったお店をご案内します。」


「あ、いえ、場所だけ教えていただければ・・・。」


「そのお店だと品物の種類が多いので、たぶん、選ぶのが大変だと思います。僕が見た目で選んで失敗したと思っているものもあるし。」


・・・というわけで、今日、秋月さんと一緒にこのお店に来ている。

おそろいみたいな服装をして。

偶然だけど、恥ずかしい・・・。




たしかに、このお店の品物の種類はすごい。

ボウルだけでもステンレス、ほうろう、耐熱ガラス、強化ガラス・・・などなど、材質もあれこれあるし、大きさも何種類もある。

ザルとセットだったり、柄がついていたり、注ぎ口がついていたり、泡立てるために底が斜めになっていたりするものもあった。

パイ皿も、タルト型も、ケーキ型も事情は同じようなもの。


秋月さんのお薦めグッズや使いにくいと感じたものの理由を聞きながら、本からメモしてきた紙を見ながら順番に選んでいく。

“順番に” と言っても、 “順調に” というのとは違う。

とにかく迷う!

それに、必要なもの以外にも変わった道具がいろいろあって、売り場をまわりながら立ち止まることも度々。

秋月さんと二人で首をひねったり、笑ったり、感心したりして、結局、そのフロアに2時間近くいた。

そのあいだに、お互いに口調が親しいものに変わる。そもそも同い年なんだものね。


だけど、


「秋月さん、これ便利そう。ほら、見て。」


「え? そんなもの、邪魔になるだけだよ。」


なんていう会話は、まるっきりキッチン用品を仲良く物色しているカップル(しかも、結婚間近の)そのものだ。

何度も気を付けなくちゃと思うのに、並んでいる商品の面白さに、ついそんなことは忘れてしまう。

秋月さんが嫌な顔をしないでいてくれることが有難い。



買ったものを袋に入れてもらったら、かさばるものばかりで、荷物が二つになってしまった。

その一つを秋月さんが持ってくれて、申し訳ないな・・・と思ったところで、服がおそろいみたいに見えることを思い出して、また焦る。

これじゃあ、ますます他人の目には・・・。


困るよ!

っていうより、秋月さんに申し訳ない。

あたしは恋愛はしないって決めているからいいけど、秋月さんは、誤解されたらチャンスが減ってしまうかも。

だから、早くさよならしたほうが・・・。


「ちょっと疲れたから、一休みしようか。」


・・・え?!

一緒にってこと?!


「え? あの、ええと・・・。」


「あ、紫苑さん、急いでる?」


「いえ、特に用事はないけど・・・。」


「じゃあ、コーヒーでも一杯。」


「うん・・・。そうだね。」


いいのかな?

秋月さんは何も気にしてないみたいだけど・・・。


まあ、いいか。

うん。

お友達どうしで出かけることだってあるもんね!



下の階にあるカフェで椅子に座ったら、思いのほか疲れていたことに気付いた。

二人ともケーキも注文することにして、一緒にメニューをのぞき込む。


「あ〜。ブドウのタルトと桃のタルトで迷っちゃう。」


決められなくて思わず口に出すと、秋月さんが笑う。


「両方頼んじゃえば?」


「さすがにそれは食べきれないよ。」


「じゃあ、僕が片方を頼むから、半分ずつ食べる?」


「え? それじゃ、申し訳ないから・・・。」


「僕はいいよ、紫苑さんとなら。」



ドキン、と心臓が跳ねた。



自分が驚いた顔をして秋月さんを見ていることに気付いて、急いでメニューに視線を戻す。

視線はメニューに・・・、でも、視界から何も読み取ることができない。


―― 「紫苑さんとなら」って・・・。



・・・待て待て待て。慌てるな。

気にし過ぎだよ。

何も意味なんかないんだから。


ほら、もしも相手が龍之介だったら? ・・・無理矢理でも一口もらっちゃう。


そうだよ。

つまり、お友達の範囲内で、こういうことって “あり” ってことだよね!

秋月さんとは一緒に出かけるのが初めてだから、少しびっくりしただけ。


「あたし、桃のタルトにする。」


顔を上げて伝えながら、自分の態度がいつもと変わりないかどうかが気になる。

ドキン、ドキン、と鼓動がこめかみに響いている。


「じゃあ、僕はブドウの方を。」


秋月さんがにっこりして言う。

そのちょっとカワイイ笑顔にほんの1秒、見惚れてしまった。



カスタードクリームの上に山盛りに果物が載ったタルトはとてもきれいだった。

秋月さんがあたしの前の桃のタルトに、先に「味見。」と言って手を出したので、あたしも遠慮なくブドウのタルトをいただく。

クリームの甘さと果物の甘酸っぱさ、それにタルト生地の適度な硬さが絶妙なバランスで混じり合う。

こういう美味しいものを食べると、自然と笑顔になってしまう。

あたしが作るものでも、こういう顔をしてくれる人はいるんだろうか?


時間を割いてくれたお礼に、ここの支払いをさせてほしいと言ったら、秋月さんは承知してくれなかった。


「僕もここの地下で買うものがあるから、ついでだったんだよ。」


と言って。


「ここの地下は食材もたくさん売ってて面白いよ。粉とかスパイスもいろいろあるから、紫苑さんも行ってみない?」


そう言われてついて行ったら、本当にいろんなものを売っていた。

お菓子用のものだけじゃなく、料理に使うものも、お酒類も、それに外国のインスタント食品なんかも、高級品から格安のものまでいろいろある。


「近所で売ってないものが欲しいときは、ここに来るといいよ。」


秋月さんは迷わず製菓材料の売り場に進んで、細かく仕切られた棚を物色している。

何を売っているのかとよく見たら、チョコレートだった。

棚に貼られた商品名はどれもよく似ていて、まるで間違い探しみたい。


通路の向かい側は粉類で、白い粉が棚に何種類・・・いや、何十種類も。


全部、小麦粉?

ああ、薄力粉と強力粉があるのか。

お菓子用もシフォンケーキ向きの粉とクッキー向きの粉など用途によって違うし、小麦の種類も違うようだ。

あたしも選ばなくちゃいけないのかな・・・?


「粉は、最初はいつも家で使っているので間に合うよ。」


呆気に取られていたら、いつの間にか秋月さんが隣に来ていた。


「そうなの?」


「うん。ここで買った粉を使っているときにどうしても上手くいかない部分があって、自分が下手なのかと思ってたんだ。でも、たまたま足りなかったときに、家にあった普通のを使ったら上手く行ったんだよ。」


へえ。

そんなことがあるんだ。

何でも本格的だからいいってわけじゃないのね。


一緒に売り場を一回りしながら、お互いの料理の失敗談で笑う。

秋月さんは大学のときからの一人暮らしで、料理はかなりできるらしい。

アルバイトで中華料理のお店にもいたことがあるそうだし。


「見よう見まねで。」


なんて笑うけど、見て、真似をするだけでできる人っていうのは、たぶん料理のセンスがあるんだと思う。

あたしなんて、ガッチリ教わってもイマイチなんだから。




駅でお別れするときに、やっぱりお礼がしたいと言うと、秋月さんは微笑んで言った。


「じゃあ、紫苑さんの試作品ができたら食べたいな。」


「ええ?! 美味しいかどうかわからないのに?」


物好きな人だな・・・。


「大丈夫。きっと美味しくできるから。」


「そんなプレッシャーをかけないで・・・。」


「他人の意見を聞くのは大事だよ。」


「聞いても、あたしにはどこを直せばいいのかわからないと思うけど。」


「うん。たぶん僕もわからないから、気にしなくてもいいよ。」


なにそれ?

なんだか変な会話・・・。


「どんな味でもいいよ。僕が紫苑さんの作ったお菓子を食べる第一号ってことなら。」


・・・・え?


「じゃあ、予約したからね! さよなら!」


改札口を抜けていく秋月さんの後ろ姿を見送りながら、心臓の音が大きく聞こえてくることに気付いた。



あたしは・・・誰のことも好きにならない。

人を好きになるのは苦しいし、怖い。

この鼓動は単に驚いたせいであって、特別な意味なんてない。


特別な意味なんて・・・・・。







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