1 ユウ
―― 紫苑。紫苑。泣かないで。
「・・・誰?」
―― 僕だよ。今、生まれた。
「生まれた?」
―― そうだよ。僕たちは、人間が悲しい恋をしたときに生まれる。
「どうして? 何のために?」
―― その人間を幸せにするために。
「幸せに?」
―― うん。幸せな恋をしてもらうのが、僕たちの仕事。僕は紫苑が幸せな恋をするための手伝いをするよ。
「幸せな恋・・・。」
―― そうだよ。だから、泣かないで。
「もう、恋なんてできない。」
―― そんなことない。僕には分かってる。
「うそ。信じられない。」
―― 紫苑。幸せな恋の相手はたった一人だけじゃないんだよ。
「え?」
―― 人間には幸せになれる相手は、けっこうたくさんいるんだ。でも、気付かないだけ。
「それじゃ・・・ “運命の人” っていうのは、デタラメ?」
―― 気付いたことが運命だって考えれば、デタラメとは言えないけど。
「ああ・・・そうだね。」
―― 僕は紫苑が幸せになれる相手と出会うきっかけを作るのが仕事。
「きっかけ?」
―― そう。チャンスを作る。
「チャンス・・・。」
―― それを活かすかどうかは紫苑次第だよ。
「“これがチャンスだ” って分かるの?」
―― それも紫苑次第。
「じゃあ、いつも気を付けていなくちゃいけないの?」
―― たぶん、無理。
「どうして?」
―― 僕たちが人間と話せるのは夢の中に限られているし、その夢も、人間が目を覚ましたら忘れてしまうことになっているから。
「・・・じゃあ、何もないのと同じだね。」
―― 紫苑の頭の中ではね。だけど、僕がついているから、幸せな恋のチャンスはほかの人間よりも多くなるよ。
「ふふ。なんだかキューピッドみたい。」
―― 笑ったね、紫苑。その方がいいよ。でも、僕はキューピッドではないよ。人間の心に影響を与えることはできないから。
「じゃあ、あなたはなあに? 守護霊・・・とか?」
―― そんなに強力な力もないよ。まあ、ちょっとした風みたいなものかな。僕たちは自分たちを『恋風』って呼んでる。
「『恋風』・・・。」
―― うん。きっかけを作るときに、風を使うことが多いから。それからね、僕たちを生んだ人間に名前を付けてもらうんだよ。
「名前? じゃあ、あなたにはあたしが付けるの?」
―― そう。
「名前・・・。」
―― 紫苑の心の中に浮かんだ名前。
「あなたの名前は・・・・・ユウ。」
―― ユウ・・・。好きだな、この名前。ふんわりして、優しい。ありがとう。
「よかった。ユウはどんな人・・・どんな恋風なの?」
―― 僕たちは、自分たちを生んだ人間に幸せになってほしいと思うだけの存在。
「子ども?」
―― 一緒にいる人間に合わせて変わって行くよ。いつも紫苑と同じくらいと思ってて。
「じゃあ、中学生だね。・・・これからずっと、あたしに付いててくれるの?」
―― 紫苑が幸せになることが確実になるまで。
「でも、あたしはユウのことは覚えていない?」
―― 夢の中で会ったら思い出せるけど、僕もいつでも自由に夢に入り込めるわけじゃないんだ。
「そう・・・。でも、一緒にいてくれるんだね?」
―― そうだよ。紫苑が幸せになるまで。
「じゃあ、一人じゃないんだ・・・。」
―― うん。紫苑は一人じゃないよ。
「ありがとう、ユウ・・・。」
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あれ?
寝ちゃってた?
机に突っ伏して・・・泣いたまま寝ちゃったんだ。
泣いたまま・・・。
隆くんがあんなこと言うから。
内緒で話があるって言うからドキドキして行ったのに、隆くんが言ったのは
「俺、三崎のこと好きなんだ。頼む! 協力してくれよ!」
だった。
三崎真由ちゃん。
おとなしくて女の子らしい、あたしの親友。
幼馴染みの隆くんのこと、ずっと好きだったのに。
あたしの気持ちには気付かないで、真由を選んだ。
「いいよ。」
って言うことしかできなかった。
それだけじゃなくて、
「真由を選ぶなんて、目が高いね!」
なんて、冷やかしてみたりして。
隆くんと真由なら、きっとうまく行くだろうな。
スポーツなら何でも得意な隆くんと、手芸部で女の子らしい真由。お似合いだ。
二人とも優しくて、思いやりがあるし。
あたしは気が強いだけで、いいところなんてない。
だけど・・・。
幼稚園のときから一緒だった隆くん。
一緒にいるのが当たり前だと思ってた。
好きだって気付いたのは6年生のとき。
あのときから、バレンタインのチョコは本命だったのに。
男の子は子どもっぽいから、あたしの気持ちに気付かないんだと思ってたのに ―― いつの間にか、真由のことを見ていたんだね。
なんとか家まで泣くのを我慢して帰って来た。
みんなと笑いながら話して帰って来たって、すごくない?
家に付いてからは、玄関から自分の部屋に直行して、そのまま泣いた。
たくさん、たくさん。
タオルが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるほど。
絶対に夕飯なんか食べられないし、明日は学校に行きたくない。そう思った・・・のに。
今はなんだか落ち着いてる。
お腹も空いた。
たくさん泣いたから?
それとも、眠ったのがよかったのかな?
隆くんのことは仕方ない。
人の心を操ることなんてできないんだから。
それに、あたしは嫌われたわけじゃない。
隆くんがあたしに協力を頼んだのは、あたしのことを信用してるから。・・・幼馴染みの友達として。
大好きな隆くん。それに、大好きな真由。
二人が仲良くなれるように協力するよ。
あたしは・・・次に誰かを好きになったときには、その人に自分を選んでもらえるような、ステキな女の子になるよ!
お楽しみいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。