探偵王子
たいへんだ。
国宝の壷が割られている。
二百年前の壷好きな国王が自ら焼き上げ国宝に指定した由緒正しいお壷様が、だ。
少々不格好だし描かれた五大聖獣なんて珍獣だか魔獣だかあるいは怨念こもった呪印だかよくわからない不気味な、じゃなかった、前衛的な? 芸術品で、まあとにかく王家に代々受け継がれてきた忌まわしい、じゃなくて、由緒正しい壷だ。
その壷が割られたとあっては大問題だ。国家の一大事だ。たとえ、売ったところでチーズ一切れ分の値にもならなかっただろうと思う品でも。
国王陛下が視察で城を留守にしておられる今、この由々しき問題を僕が自ら調査しようじゃないか。王子たるこの僕が! なにしろ国宝だからな! そして陛下がお戻りになる前に解決してみせる!
そうと決まれば早速行動開始だ。
「これより極秘任務に入る。おまえは今から僕の助手兼護衛役だ、ソランダール号。僕から離れるなよ」
「わんっ」
うむ。いい返事だ。
そうかそうか、僕の役にたてるのが嬉しいんだな。そんなに尻尾を振ると千切れるぞ。っておいこら飛び付くな! 押し倒すな! よだれを振り撒くな!
……気を取り直して。
「ソランダール号、離れるなとは取っ組み合って遊ぶという意味ではないぞ。側にいろ、という意味だ。わかったか?」
ソランダール号は黄金色の長毛種の大型犬で体は成犬なみに大きいがまだまだ子供だ、遊びと勘違いしても無理はない。でも頭のいいやつだから、ちゃんと説明すればわかってくれる。黒くつぶらな瞳で僕を見つめ、もういちど「わん」と鳴くと、その場に「おすわり」をして僕の指令を待つ。
「そうだえらいぞ」
頭を撫でてやると嬉しそうに目を細め、ふさふさの尻尾が激しく揺れた。かわいいやつめ。
さて。仕事にとりかかるか。
まずは犯行現場の確認からだ。犯行の手がかりが残されているかもしれないからな。
現場は王城内、最奥に位置する王家の居住区、二階東側の小ホール『暁の間』。
小ホールはいくつかあるが、この『暁の間』はほとんど使われていない。ごくごく身内の私的な集まりがある時に時々解放するくらいだ。
件の壷は、ここに普通に置物として飾られていた。宝物庫ではなく。なぜなら、製作者であるご先祖様の、子孫が集う場所に安置するようにという遺言によるからだ。うん、遺言はちゃんと守られてるよな。「常に」ではないが「子孫が集う」場所だし。
警備? そんなものは必要ない。王家の居住区に入れる者は限られてるし、何より、盗んでくれってこちらから願っても誰も欲しがらないだろう。国宝だけどな!
おっとソランダール号、おまえはそこから動くなよ。破片が足に刺さったら大変だからな。
壷は壁に取り付けられた飾り棚の真下ではなく、斜めに一歩分離れた位置に落ちている。飾り棚は子供の僕が背伸びをしてようやく届く高い位置、つまり置物が大人の目線にちょうど合うような高さに設置されていた。
破片を一欠け拾い上げてみる。かなり厚みがある。僕は持ち上げた事はないが、重い壷だったに違いない。
一瞬、この破片をつなぎ合わせて事件を見なかったことにしちゃおうか、とも考えたけど、そんな細かくて地味な作業はめんどくさいから即却下。
破片を置き、視線を巡らせて犯行の証拠がないか確認する。割れた壷以外に落ちている物はない。椅子を使って棚の上ものぞいてみたが、犯行に結びつく証拠品は見当たらなかった。
椅子を元の場所に戻し、今度は部屋中見てまわる。窓枠、床、卓や椅子の下、くまなく確認した。
「手がかりなし」
ふむ。これ以上探しても何も出てこないだろう。
「おいで」
じっと「おすわり」で待っていた忠実な相棒を伴って『暁の間』を出る。
この一画は東の端に位置していて、『暁の間』のほかにはほとんど使われていない客間ばかりだから、全く人影がない。衛兵も使用人の姿も見当たらない。時々その客間で、仕事さぼって逢い引きしたり昼寝したりするやつらがいるのは内緒だ。密談のたぐいはほとんどない。ここは王家の私的な宮だから、そういうのは本宮や外で盛んに――と言っても密かに繰り広げられている。
どうして僕が知ってるかって? 主として、王家に仕える者達の動向を把握するのは当然だ。決して覗き見が趣味なわけじゃないぞ。
まあ、逢い引きの場面などは皆の性癖がわかって面白いけど。興奮するとかいう意味じゃなくてね、僕まだ八歳だからよくわかんないし? 面白いっていうのは、そういう細かいことを把握しておくと、いろいろ融通が利くから便利なんだよね、ネタとして。ふふふ。
そして今日この時間なら……。
僕はある客間の扉をあけた。鍵はかかっていない。誰も来ないからって不用心だなぁ。
「お取り込み中邪魔するねー」
ベッドの上にはあられもない姿の男女一組。近衛の制服をはだけて鍛えた胸筋を晒した男と、その下に組み敷かれた、ほぼ裸の下着姿の女。ベッドの下には脱いだのか脱がされたのか脱がさせたのか、侍女服が落ちている。ふたりとも限界まで目を見開いて固まっている。目が乾くからまばたきした方がいいんじゃない?
「で、殿下……」
先に状況を飲み込んだのは近衛騎士のウィラードだった。
素早く上着を整えてベッドを降り、僕の前に跪く。その際、女にシーツを掛けて肌を隠してやるのも忘れない。さすが『遊びでいいから一度だけでもお相手したい』と侍女の間で人気の高い男、マメだね。
「申し訳ございません。殿下の御目を汚しましたこと、深くお詫び申し上げます。職務中の不貞ゆえ、罰はいかようにもお受け致します。しかしながらそこの侍女は私が強引に連れ込んだ者、何の責もございません。畏れながらどうかお目こぼし願います」
おっとこまえー!
言い訳もごまかしもせず非を認め、遊び相手の女までかばってみせるとは! さすがだね!
感心していると、女の方も遅れて床にひれ伏した。シーツを巻き付けたまま。顔は真っ青でこわばっていた。震えてるのは寒いからじゃないよね?
「やだなーそんなに硬くならないで、顔上げていいよ。べつに咎めに来たわけじゃないから。僕も邪魔はしたくなかったんだけど、ちょっと急用でね?」
「どのような御用でしょうか」
ウィラードは、そもそもどうして僕がここにいるのか問いたげな表情だ。
「うん。僕今とある極秘任務の最中でね、ちょっとふたりに手伝って欲しいことがあるんだ」
「私でお役に立てることでしたら。……彼女もですか?」
「だいじょうぶ。簡単なことだよ。たまたま近くにいて秘密を守ってくれそうなのが君たちだっただけだから、誰でもできることだし」
秘密、守ってくれるよね?
にっこり笑って言ったら騎士の顔がひきつった。
侍女が服を着るのを待って、説明をする。
して欲しいことは、割れた壺の片付け。あのまま放置するわけにいかないし、誰かに命じたら、国宝が割られたんだ、事件が広まって騒ぎになるかもしれないじゃないか。僕はできるだけ密かに調査を進めたいんだ。かといって僕が片付けるつもりもないし。僕は王子だからな!
ちょうどよく使えそうな人材がいてよかったよ。僕がここに来たことも含めて口外しない人材。ふたりいるから見張りと片付け役で分担できて都合もいいね。
「というわけで秘密裏に速やかに頼んだよ。あとウィラードは回収した壺を箱に入れて僕の部屋に持ってきて。夕げの前には部屋に戻るから」
「……承知致しました」
「じゃ、よろしく」
退室しかけて「あ。そうだ」と振り返った。いけない、いけない。この二人にも一応訊いておかないとね。
「不審な人物とか物音なんて見たり聞いたりしてないよね?」
「何も気付きませんでした」
「わたくしも、何も……」
そんな簡単に目撃者は見つかんないよね。
それじゃあ次は聞き込み調査だ! いくよ、ソランダール号!
じゃあねーとその部屋を出る。背後でおっきなため息が聞こえた気がした。
さてどこからあたろうか。
ソランダール号を伴って廊下を歩きながら、どこから聞き込みを始めるか考える。
とりあえず、最初に目に付いたのは廊下の分岐点に立つ衛兵。
「ご苦労さま。変わりない?」
「は。異常ありません」
「そっ。仕事がんばってねー」
びしっと敬礼する衛兵にひらひらと手を振る。
あんまりつっこんで聞くと事件が露呈しちゃうからね。まだ公にする時ではないから軽く異常がないか確認するに留めておく。
「殿下、護衛の者は……」
なんか言ってたけど僕の耳には届かないよ、残念だね。
使用人用の通路に移り、下働きの者たちにも声をかけてみた。さりげなく不審人物を見てないか聞き出して、ついでに困ったことはないか聞いてあげる。使用人の職場環境に気を配るのも上に立つ者の勤めなのさ。
たまたま暁の間の清掃担当者もいたけど、何も変わったことはなかったって。ほか数人の使用人から聴取を終えたところで、そのまま使用人通路を渡って裏庭に出る。
ここは芝生が短く刈られていて、ソランダール号を運動させるにほど良い広さがある。
ちょうど芝生の手入れをしていた庭師がいたので、声をかけた。
「ご苦労さま、ハンス」
「おや、殿下じゃありませんか。さっきディズレイ殿がお探しでしたよ」
「あー。いいのいいの。僕今極秘任務の最中だから」
がははと大きく笑うハンスは僕の友人だ。気のいい庭師で、僕や王族が相手でも自然体で話しができる。庭師の仕事に誇りを持っていて変に遜ったりしない。
そしてディズレイは王子付きの近衛騎士、つまり僕の護衛だ。生真面目が鎧着て歩いてるような堅物で、いっつも眉間に皺を寄せてるんだ。確かまだ23歳で顔も悪くないんだけど、真面目すぎていつか禿げるんじゃないかと僕は心配してる。
「極秘任務とはまた危険な香りですな」
「そうでもないよ。ちゃんと護衛もいるし」
ソランダール号の頭を撫でてやる。
離れるなと言ったから、ずっと、僕にぴったり寄り添っている。本当にかわいいやつだ。
よし、少し遊んでやるか。
僕はポケットからボールを取り出してソランダール号の鼻先にかざして見せてから、大きく振りかぶってそれを放った。
「とってこい!」
ボールを追って黄金色の固まりが飛び出していく。あっという間にボールを拾って戻って来たのでまた放ってやる。何度も繰り返しながらハンスとおしゃべりする。
「今はどんな花が咲き頃?」
「前庭の花壇ではラベンダーが綺麗に咲いてますよ」
「へえー。母上の好きな花だ。確かいい匂いのする紫色の花だよね」
「はい。精油やポプリに使用されますね。安静、安眠の作用もあります。殿下はラベンダーの花言葉をご存知ですか」
「えー花言葉? そんなの女の子の遊びじゃないの?」
節々がごつごつしてるハンスに花言葉って似合わないなー。
「いえいえ、将来女性に花を贈る時知っていて損はありませんぞ」
「そうなの?」
「はい。ちなみにラベンダーには『あなたを待っています』とか『期待』という意味があります」
「へえー。じゃあぴったりだ。ハンス、その花少しちょうだい」
「部屋までお持ちしましょうか?」
「ううん、母上にあげるんだ」
「ああなるほど。王妃様に」
それなら綺麗に包んできましょうとハンスが言ってくれたので、出来上がったら厨房まで持ってくるように言って僕はその場を離れた。たくさん遊んだソランダール号もご機嫌でついてくる。
次は厨房へ行くぞ。
たくさん歩いてお腹も空いてきたからな!
「あ、殿下。ディズレイ殿が探してましたよ」
厨房を覗くと料理長にも言われちゃった。
「いいのいいの。それより変わったことはない?」
「特にありませんが」
「そ。じゃあ僕隣にいるから何か作って」
「昼食召し上がってないんですか?」
「部屋に戻ってないからねー。あ、僕オムライスがいいな。ホワイトソースとチーズたっぷりかけたやつ! あとソランダール号の分も頼むね!」
ソランダール号は厨房に入れないので、隣の使用人用の食堂で待つ。
うむ、ジュースが出てくるとは気が利くな!
その間にも休憩中の使用人たちと情報収集を兼ねたおしゃべり、もとい労働環境の確認は忘れない。ソランダール号は愛想がいいからみんなに撫でられて尻尾を振っている。
大好きなオムライスを食べてるとハンスが可愛くリボンで飾り付けした花束を持ってきてくれたので、残りを急いでかき込む。
「ごちそうさま! 美味しかった!!」
そろそろ生真面目ディズレイが一周してここに戻ってくる頃だ。見つかったら部屋に連れ戻されるから、逃げるが勝ちってね。
次に向かうは王妃の部屋。
「こんにちは母上。ご気分はいかがですか」
「まあ殿下! よくきてくださいました。今日は調子もよろしいのよ」
ベッドの上で身体を起こし刺繍をしていた母上が、その手を休めて嬉しそうに僕を迎えてくれる。
「お勉強は終わったのですか?」
「実は今極秘任務の最中なのです」
「極秘任務? それはどんなものかしら」
「残念ながら極秘ですから、たとえ母上でもお教えできないのです」
「それもそうね」
母上がクスクスと笑う。
それよりもはい、母上にプレゼント!
「綺麗。母にくれるのですか」
「はい。母上と、お腹の中の弟か妹に」
「まあ! なんて優しいのかしら!」
「母上はラベンダーの花言葉をご存知ですか」
「もちろんですとも! あなたを待っていますーー優しいお兄様でこの子も幸せですね。ああ、もっと近くに来て母に抱きしめさせてちょうだい」
ちょっと照れ臭いけど、母上の望むままにしてあげる。
大きなお腹がつっかえたけど、赤ちゃんごと抱きしめられてる感じ。柔らかくてあったかくていい匂い。
「じゃあ母上、僕行きますね」
「もう行ってしまうの?」
「はい。今日はお花を届けに来ただけですから」
「そう、ありがとうございました。とても嬉しかったわ」
母上に喜んでもらえて僕も嬉しいよ!
さあソランダール号、次はどこに行こうか?
王妃の部屋を出てホクホクしながらしばらく廊下を歩いてると、正面にヒョロメガネの神経質そうな男を発見した。あれは歴史と古代語の教師オーヘムだ。
「げ」
やだな、気付かれちゃった。
なんでまだいるの? 講義の時間はとっくに過ぎてるからもう帰ったと思ってたのに!
うわーこっちに来る。
「殿下! 今日こそは真面目に講義を受けてもらいます!」
えーやだよ、オーヘムの講義眠いんだもん。
ここはオーヘムの弱点を突くべきだよね。
「ソランダール号、オーヘムが追いかけっこしたいって。遊んどいで」
行けと指示すると大喜びで飛び出す黄金色の塊。
ひいっとオーヘムが悲鳴を上げて逃げ出した。
「殿下! 犬をけしかけるとは卑怯ですぞ!!」
あはは、そんなの知らないもーん。
噛み付いたりはしないから安心して逃げてね!
同じ所をぐるぐる回っている一人と一匹を置いて行こうとした時、背後から頭をがっつり掴まれた。
僕の頭上から低い声がソランダール号に命令する。
「止まれ」
「止まらなくていいよソランダール号!」
ソランダール号はちょっと迷ったようだけど、ぴたりと止まってこっちを見る。
また頭上から低い声が短く「戻れ」と命じると、素直にここまで来てちょこんとお座りした。
「なんだよ! 僕が主なのに!!」
頭を押さえられたままジタバタ暴れて僕が抗議すると、声の主ディズレイは冷たく言った。
「躾けたのは私です。殿下、生き物を使って脅すとは感心しないですね」
「遊んでただけだよ」
「それでも本気になって噛り付いたらどうします。先生は怪我を負い、ソランダールは処分されるでしょう」
「どうしてさ?」
「人に害をなす動物は処分するのが当然です」
そんなの、嫌だよ。
ソランダール号は僕の相棒なんだから。
「飼い主ならばきちんと責任をお持ちください」
「……わかった、二度としない」
僕が頷くとディズレイは手を離した。
「助かりましたディズレイ殿」
「オーヘム先生もこれぐらいで騒ぎ立てるから殿下につけ込まれるのです。もっと毅然としてくださらないと」
「いや面目ない」
「そもそも……」
ディズレイの矛先がオーヘムに移った。
これは好機!
僕は気付かれないようにそろりと体をずらす。
「どこに行かれるんですか殿下。反省してないんですか」
ちぇ。やっぱりばれちゃったか。
ソランダール号のことは反省するけど、それとこれは別だし。
「そろそろ乗馬の時間でしょ。着替えてこようと思って」
オーヘムよれよれだから講義どころじゃないと思うんだよね!
明日は真面目に受けるからさー。
「明日は逃げずにしっかり勉強してくださいよ!」
約束は守るよ。
ソランダール号も一緒に講義受けようね。うん、そうしよう!
「では殿下まいりましょうか」
ちょっとなんで襟首ひっぱって引きずるのさディズレイ!
苦しいじゃないか!
僕は王子だぞ!
「またお姿を隠されてはかないませんから。今日は極秘任務とやらでお忙しかったそうですし? きちんと予定をこなしていただかなければ、あらゆる予定を変更しなければならないのですから、そこのところしっかりお考えいただきたいものです」
ディズレイってば説教くさい。
だいじょうぶ、乗馬はちゃんとするつもりだったから。
それに目ぼしいところはほとんどまわったから調査切り上げても問題なし。
乗馬の練習を楽しくこなし、湯浴みで汗を洗い流し、自室でソランダール号にブラシをかけてやりながらそろそろお腹空いたなーと思っていると、ウィラードが箱を持ってやって来た。
ご苦労様待ってたよ!
「殿下、これでよろしいですか?」
「ちょっと待った。ディズレイ、ちょっと出てて」
確認のため蓋を開けようとするウィラードを制して、部屋にいたディズレイを慌てて追い出す。ディズレイってばまた眉間に皺寄ってるよ。
「私は殿下をお護りする責任があります。その怪し気な箱の中味は確認させていただきます」
「これは僕が頼んだものだからいいの」
「もしや今日の極秘任務とやらに関係あるのですか? そもそも極秘任務とは何です? ────ウィラード、君は知っているのか」
僕が答えないとウィラードに質問がいく。訊かれたウィラードは目が泳いでいた。ディズレイの眉間の皺がますます深くなっていく。
「極秘だからディズレイにも秘密なの! ウィラード、言っちゃダメだからね。わかってるよね」
「……というわけだ、すまんな、ディズレイ」
「殿下まさか危険なことでも」
「だいじょうぶ、心配ないってば」
「しかし────」
「しつこいよディズレイ、少しはウィラードの柔軟さを見習ったら? そんなに細かいことにこだわるから禿げるんだよ」
「ハ……っ!?」
絶句したディズレイを扉の外に押し出して、ウィラードの持ってきた箱の中味を確認する。
問題の証拠品は布にきちんとくるまれていた。大きな破片はほぼ元の形の配置通りおかれていて、細かい破片は別の布にひとまとめにされていた。運んでもほとんど音がしないのは布で隙間が埋められていたからか。よしよし。
「うん、よろしい。じゃあ机の上に置いておいて」
「はい」
指示した場所に箱を置いて、ウィラードが躊躇いがちに「あの……」と問いかけてきた。
何? 言いにくいこと?
「……あまりディズレイをからかわないでやってもらえませんか? あいつ、最近本当に気にしてるんです、頭」
そうなの? 冗談なのに!
そっか悪いことしたなー。でも髪の毛気にするほど何かに悩んでるのかな。僕に相談してくれればいいのに。水くさいなまったく!
ん? ウィラード、顔が引きつってるけどどうしたの?
「いえ、余計なことを申し上げました。今のはお忘れください。それでは他にご用がなければ私はこれで」
「あーうん、またなんかあったらよろしくね」
「……御意に」
扉を開けてディズレイとすれ違う時にウィラードが「お前も大変だな……」て呟いてたけどどういう意味さ?
夕餉のあと僕はすぐさま机に向かった。
陛下は今夜帰ってくるから、明日の朝一番に報告できるようにペンをとる。
えーと、報告書ってどう書けばいいのかな?
…………こんな感じかな?
『ほうこく書
あかつきの間に飾られていた国宝のツボが割れた。
騎士、庭師、料理人、そのほか多数の使用人にかくにんしたが目げき者も有力情報もなし。
ちょうさの結果、犯人につながるてがかりなし。
ねずみがぶつかって倒れたかのうせいが高い』
よし。これでいいだろう。
さて寝るぞソランダール号。また明日遊ぼうな。
「…………で、これがその壷の残骸、と」
翌朝。
報告書を読み終えた陛下が箱の中身を見て言った。
何やら難しい顔をしている。
「誰も見ていないというならば、清掃係は怪しくないのか?」
「清掃時には割れていなかったそうです。嘘ではないと思います」
「では管理責任者を処分するか……」
「な、なぜ処分なさるのですか?」
「当然だ。犯人がわからない以上責任者に責任を取らせるしかないだろう」
「あの、処分とはどのようなものですか?」
「国宝だからな、終身刑だったか……」
ええ! そんなに重罪だったの!?
「あの、陛下、何もそこまで……」
「うむ、そうだなぁ」
陛下はちょっと考えてからにやりと笑った。
「知ってるか? 壺は全部で五つあったの」
「初耳です」
あんな気味悪いものが他にもあったのか。
でも僕見た事ないぞ。
「他の四つは既に割れていて、一つ目は五代前の陛下が、二つ目は先々代の王妃が割って、これが最後の一壷だった」
「あとの二つはどうしたんですか?」
「私が割った」
えええええ!? 陛下が!?
「一つは芸術性のなさが気に入らんので蹴り倒した。二つ目は偶然ぶつかって割れたな。まあ国宝と言えどご先祖の酔狂だから、処分は考えよう」
あははは。なーんだ!
「陛下もだったんだー」
「も?」
「実は僕が割っちゃったんです、えへ」
「お前が割ったのか?」
「はい」
「この報告書は?」
「国宝だから怒られると思って……ごめんなさい」
でも陛下も同罪だったなんてね。
しかもふたつも!
気に入らないから蹴ったなんて僕より悪いよね。気持ちはわかるけど!
知ってたら小細工したりしなかったのに。
「どうして割れたんだ?」
「ソランダール号とボール遊びしてたら壺の中に入ってしまって、取ろうと思ったら手が滑って落ちちゃったんです」
「なるほどそれで証拠隠滅し、誤魔化すために城内を散策、裏庭でボール遊びの続きをし、厨房で腹を満たし、庭師に摘ませたラベンダーを持って母に会いに行き、その後ディズレイに捕まって戻った、とおおかたこんなところか? 探偵ごっこは楽しかったか?」
うわー、なんでそこまで知ってるの!?
陛下って覗き見趣味の悪い魔術師!?
僕がその通りだと認めると、陛下はものすごーく意地悪そうな黒い笑みを浮かべた。
僕は悟った。しくじった、と。
「確かきのうは古代語と歴史学だったはずだな────罰を言い渡す。今日から一週間外出禁止、一歩も部屋から出てはならぬ。馬術も武術もなし。みっちりオーヘムにしごいてもらえ」
ええええええ!?
嫌だ! そんなの横暴だ!!
「謀りましたね父上っ!」
「たわけ。謀ったのはお前だろうが馬鹿息子」
「処分は考えるって言ったじゃないですか」
「罰しないとは言ってないぞ。私の時は北の塔に一ヶ月軟禁だったから甘いもんだろう。王妃がラベンダーをえらく喜んでいたからな、母に免じて軽くしてやったくらいだ。犬を取り上げる方がよいか?」
「一週間の謹慎でいいです……」
「うむ。ついでに報告書の書き方も習っておけ。これはまるでなっとらん」
丸めた報告書でパコンと叩かれた。
「報告書を書こうと思った発想だけは褒めてやろう。だが書類には書式というものがあって、書き方が決まっているものだ。これは簡潔すぎで中身がない。犯人が鼠だという根拠もない。もっと合理的かつ論理的にまとめ、読む者を納得させなければならん」
むうぅ。
「そうだ、今回の報告書を納得できるものに書き直せたら謹慎を短くしてやってもいいぞ。ただし授業の遅れを挽回しての前提付きだが。もちろんオーヘムに確認を取るからな」
「本当ですか!?」
「二言はない。早く出来れば残りの日数は自由にしてやろう。どうだ?」
「やるやる! やりますっ! 早く終わったら遊んでいいんですね!?」
そうと決まれば早速行動だ!
さっさと片付けてたくさん遊んでやるからな!
待ってろよソランダール号!!
ソランダール号はゴールデンレトリバーです。