第八話~人の心を惑わす不思議な術~
一歩外へ出ると、そこには草原が広がっていた。
「うおー、すごい綺麗なとこだな。大自然って感じがする」
「この辺りは草原が続いてます。その為、放牧などが盛んですよ」
俺は大量の荷物と長槍を持ち、エリーはそれよりも少ない荷物を背負っている。
「ん~、やっぱり馬を買った方がよかったかな。これじゃ俺でも結構きついかもしれん。それに槍嵩張る」
「でもこの辺りの馬は質が悪いですよ。どうせなら、レイファス王国かリーン帝国産の馬の方が良いです。その分値は張りますが」
「そうか。じゃあ一先ずレイファス王国に向かって旅してみるか。本来の目的の世界を渡る方法も、見つかりやすくなるもんな」
「あっ」
その言葉を聞き、エリーはハッとする様に固まった。
《もしかして、俺が元の世界に戻るかもしれない可能性を忘れてたのか?》
「その事忘れてました。もし戻る時は一緒に連れてって下さいね!」
《ぐはっ!予想外のジャブが来た。ま、まあ後で考えよう。今考えても返事出来なさそうだ。》
「まあその時はな」
あやふやに返事をすると、その意図している事がなんとなく分かったのか、こちらをじっと見つめて、次の瞬間、俺の腕に抱きついて来た。
エリーはどうも、抱きついてくるのが好きらしい。
「絶対ついていきますから」
「はいはい」
そんな事がありながらも、隣の町までの行程は順調に進んで行った。
やはり街道は安全で、魔獣を見て見たかった俺としては、少し残念だった。
そうこうしているうちに、今から野宿をすれば明日の昼には次の町につく距離まで来た。
野宿の準備を全てし終えた時、俺は前聞いたある事を思い出した。
「なあエリー、前言っていた魔術って言うのは、誰でも使えるのか?」
「あ、魔術ですか?多分ほとんどの人が使えますよ。でも魔術師と名乗れる程の人はそういませんが。私も魔力量はあるんですが、固定化が苦手で、小規模な魔法しかできないんです」
「固定化?」
「ええと、魔力に形を持たせる事です」
何かすごくワクワクして来た。
「詳しく教えてくれ!」
今にも食いつかんとしているかの様に身を乗り出す俺に少しだけ引きながらも、エリーは簡単に説明してくれた。
「受売りなので、ちゃんと説明できるのか心配ですが、頑張ってみます。魔法とは自分の魔力に形を与える事だそうです。魔力は誰の体にもあります。それは普段、血の様に体の中を流れていますが、その流れを外側に向ける事で、体外に放出します。その後に形を与えるんです。例えばこんな風に」
そう言って右手を顔の前まで上げ、人差し指だけを立てた。
するとまるでライターの如く、三センチ程の大きさの炎が現れた。
「私は下手なのでこの位の大きさにしかなりませんが、魔術師の人なら人を包み込む程の炎を生み出せるそうです」
「おお!凄い!なにも無いとこから炎が。なあ、どうやれば魔力を外に出せるんだ?」
「ん~とですね、言葉で言い表すのは難しいんですけど、何かこうさ~っとした物をふっって感じで」
全然分からん。
「ええと、俺の知ってる気みたいなものかな?」
俺の修得している流淨派では、意図的に体を調整する時に気を使う。気と言い表しているのはあくまで例えで、精神統一の仕方の一つみたいな物だ。その流れを速くする事で、体感速度を遅くしたり、傷の治りを早めたりといろいろ出来る。
これは一様秘術に入る。
これを応用してみれば何かわかるかもしれない。
エリーは、淡い希望を抱き、急に黙り込んだ俺を不思議そうに見ながら待っている。
少し悪い気がするが、もう少し待ってもらう事にしよう。
《自分の意識を外側から内側へ。気の流れを把握》
此処まではいつも通りだ。
次はその流れを外側へ向けてみる。
初めてやったにしてはすんなり出来た。
《これが多分エリーの言ってる魔力を放出するって事だな》
「だいたい感覚はつかんだ。エリー、形を与えるってどうやるんだ?」
「はっ!あ、クウヤさんが動きだした。はっ!そんな事じゃ無くて。何でしたっけ?すいません聞いてませんでした」
「形を与えるってどうやるのかなと」
「それは自分で想像するんです。放出した魔力を認識していれば簡単です。あくまで形を与える事に関してはですが。自然の法則に反する事、空を飛んだり物を自由に操ったりする事は、すごく魔力を消費します。それに私みたいに効率が悪くても沢山消費してしまいます」
「そうか」
何よりまずは実践あるのみ。
さっきと同じ様に魔力を放出し、それを手のひらに集めてみた。
そして真っ赤に燃えあがる炎を想像してみた。
するとどうだろう、手に三十センチ程の火の玉が出来た。
「凄いですクウヤさん!そんな大きな炎を作るなんて。」
だがこれだけでは終わらない。
飛んでみる事にした。
《想像想像っと。無重力空間みたいなのを考えてみるか》
早速やってみると、それ程難しい訳では無い事を知った。
「なんだエリー、結構簡単に飛べたと言うか浮かんだぞ」
その光景にエリーは目を丸くして驚いていた。
「なんで飛んでるんですか!今この魔法が使える人はほとんどいないと思いますよ!」
「そんなに難しく無いけどな」
《ん?まてよ。魔術は魔力を固定化する事で使えるって事は、いわゆる想像力で形を与えるって事だよな。それにさっきエリーは、自然の摂理に反する事をやろうとすると、燃費が悪くなるっていってたな。と言う事は》
ためしに今思いついた方法で魔術を使ってみた。
「きゃっ!」
一メートル暗い離れた所に突如現れた五メートル程の炎に驚いたエリーは、こちらに駆け寄って来て、また抱きついてきた。
今回は俺は座っていたため、立ったまま抱きついてくるエリーの柔らかい部分が顔に当たる。
その正体に気づいた俺は慌て、急いでエリーを引き離した。
「はぁーはぁー。あれは俺が出した炎だから大丈夫だ」
集中力を切らしたせいで消えてしまった炎の方を指差し、落ち着かせる様に話しかけた。
「び、びっくりしました。それよりあんな大きな炎、どうやって出したんですか?聞いた事もありませんよ、あんな大きさの炎を生み出す魔術師は」
「それはな、イメージする事で魔力を固定化するって聞いた後、自然の法則に反すれば反する程魔力を消費するって聞いて、そのロスを最小限にするにはどうすれば良いかなって思ったんだ。ためしに科学的に想像してみたんだ。今のは空気から酸素だけを集めて、その分子を高速で振動させた結果だよ」
今の思いつきを簡単に説明してやると、エリーは戸惑った顔をして言った。
「カガクって何ですか?それにサ、サン?」
「さんそ」
「そうです、そのサンソって何ですか?」
「もしかしてこの世界では、まだ科学が発達してない?科学って言うのは、世界の真理を解き明かす学問だ」
少し考えてからエリーは言った。
「学問ですか?でもそんな事聞いた事ありませんよ。学問と言って思い出されるのは神学の事ですが。そこではこの世界はアスター神が作り出したと言う事を教え込む、いえ、洗脳と言った方が良いかもしれませんが、それだけですよ。それに空気が何で出来ているかなんて考えた事もありませんでした」
やはりこの世界は学問でも遅れているらしい。
まあ町並みを見ていれば分かる事だが。
と言うか洗脳かよ。
やる事すごいな宗教。
《ん!今面白い事を閃いた》
「なあエリー、今俺の言ったやり方で魔法を使ってみてくん無いか?」
「え、良いですけど。もう少し詳しく教えてください。」
そう言いながら隣まで来て、ピッタリくっついて座った。
「あ、いや、教えるって言っても簡単に教えるだけだから。そんなくっつかなくても」
街道の途中だから誰も見ていないと知っていても、恥ずかしい物は恥ずかしい。
「良いじゃ無いですか!誰もいませんし」
「え、あ、あぁ、まあ良いか」
どうにか心を平常に保ちながら、俺は説明を始める事にした。
「まず簡単に言うとだな、目の前にある空気はそこに何もなさそうに見えて実はあるんだ。構成している物が余りに小さすぎて、目で見えないだけなんだ」
理解出来ているのかよく分からないが、続けよう。
「そして空気は幾つかの分子って言う物から出来てるんだ。俺達の体とかもこの分子から出来てるぞ。で、空気中で一番多いのは普通じゃ燃えない分子で、二番目に多い分子がさっき言った酸素なんだ。これは一番多い分子と比べて、凄く燃えやすいんだ。まあ厳密には燃えやすいと言うか、燃えるのに必要不可欠って事なんだけど。理解出来たか?」
自分で説明しておいてなんだが、俺はこういうの下手なんだ。
「んと、この空気の中には分子って言うのがあって、二番目に多くあるのがさっきのよく燃える酸素だって事だよね?」
厳密には違うが言いたい事をわかってくれた様だ。
あぁ神様。エリーが賢くて助かりました。
「そうだ。エリーは頭が良いな。俺の下手な説明でも一回で理解してしまうんだから。普通じゃそんな事できないぞ」
「そうですか?やった!褒めてもらえました」
はしゃいでるエリーには、刺激を与えないでどうにか服を着せ替えてもらった。
「で、その酸素を集めて燃やすんだ。振動させるとか分からないと思うから、まずはその酸素をものすごく熱くしてみて。勢いよく燃えるはずだ。まあ酸素が無くなれば燃えなくなると思うけど」
「ん~、分かりました。ちょっとやってみます」
そう言ってエリーは目を瞑り、手を前へ突き出した。
「はっ!」
すると突き出した手の少し前に、一メートル位の炎の玉が現れた。
「や、やったー!こんな大きな炎を出したのは初めてです!凄いです!」
「ふんふん。これはこっちの人にも使えるのか。エリー、この事は暫く俺達だけの秘密にしよう。下手をすると国家規模でパワーバランスが崩れる」
「え?あぁ、そう言う事ですか。分かりました。ふふふふふ。クウヤさんと二人だけの秘密。ふふふふふ」
少し危ない雰囲気になっているエリー。
何やらぶきながら、ニヤニヤと笑っている。
俺の元の魔力総量が分からない山ってロスがどんなもんだか分からないが、エリーのさっきの様子を見る限りでは、確実に少なくなっているみたいだな。エリーにもっと詳しく教えたら面白い事になるかもしれない。まあ教える側の俺は余り化学が得意じゃ無いけどな。いや、化学だけじゃ無く、物理も魔術に応用できるかもしれない。熱力学とか電磁気学とか使えそうだだ。
《もしかしてやりようによっちゃ、レールガンとかコイルガン、陽電子砲とかも出来るかも。こりゃ楽しみだ》
そんな事を一人で考えているうちに、顔の筋肉が緩んでしまったらしい。
「クウヤさん?どうしたんですか?何か面白い物でもあったんですか?」
「いや、さっき言った科学を、エリーに教えてやろうかなと「やります!」思ってっただけだから、って即決!」
「だってそうすれば魔法が上手くなれて、クウヤさんの役に立てるようになりますもの!」
「まあそうだけどね。まあ魔法が上手くて損する事は無いだろうけどね。こっちでは」
「だから是非教えて下さい!」
「ああ、良いよ」
「やったー!」
《何時も精神的に成長しているような気がするエリーだけど、こうやって嬉しがってるのを見ると年相応だな》
「そう言えば、魔術師ってどのくらいいるの?」
「そんなに多くはありませんよ。魔術師と言っても二種類の人たちがいて、一方は魔術師ギルドに所属していて研究ばかりしています。この人達は余り見かけません。何時もギルドに籠ってますから。そしてもう一方は国に雇われている魔術師です。いい給料をもらってるらしいですよ」
「へー。雇われ魔術師はどの位強いの?俺が出した炎と同じの位はポンと出す?」
「いえいえ、一人でそんな事出来る人はいませんよ。クウヤさんが凄すぎるんです。多分ですけど。聞いた話では、何人かで集まって皆で魔法を使うそうですよ。例えば大規模な戦争の時とかに。ですから魔術師と言うのは後方で控えていて、戦いのはじめに魔法を放って役目はお終いらしいです。その分クウヤさんは白兵戦の出来る魔術師ですね。何だかそう考えると凄いですね。これらどこの国でも歓迎してくれますよ!」
「そうか、それは良いな。食ってくのが困ったらそうするか」
冗談めかしてそう言ってみたが、エリーの顔が少し曇った。
「ん?どうした?」
「いえ、そうしたら私は付いて行けないなと」
「どうしてだ?」
「ほとんどの国がアスター教を国教にしているんです。魔人に寛容な国もありますが」
「そうか」
少し空気が重くなってしまった。
「大丈夫だ。お前を置いてそんな国には行かないから。安心しろ」
そう言ってエリーの肩に手を回してやった。
その時微かに肩が震えているのに気づいた。
しかしその時掛ける言葉が見つからなかった俺は、震えが止まるまでそのままでいてやる事にした。
その時、ふと俺は思った。
エリーがフードをかぶらなくても、外を歩ける様な所へ連れて行ってやりたいと。
その時はただの思いつきでしかなかった。
しかし世界は空矢を放っては置かなかった。