第十話~エリーの挑戦~
その瞬間騒がしかったホール内が水を打ったように静かになった。
その突然の現象に驚いた俺はその場で立ち止まってしまい、横で引っ付いていたエリーが肩へぶつかって来た。
「ど、どうしたんですかクウヤさん。あれ?何で皆さん急に静かになったんですか?」
「さあな。おれに……」
は関係ない。と続けようとした瞬間、部屋にいた傭兵たちが一斉に歓声をあげた。
実際にはそこまで大きな声では無かったのだが、直前まで静かだった事もあり大きく聞こえた。
俺はあまり関わりたくないと思いながら、「にいちゃん強いんだな!」だとか「俺のパーティーに入ってくれないか!」だとか「弟子にしてくれ!」だとか「ギリーの奴をぶちのめしてくれてありがとよ!」、さらには「その嬢ちゃん俺にくれな…んぐぎゃ!」とか言いながら騒ぐ連中を無言で交わしながら(ちゃんとエリーの手を握っている。もちろんほかの奴らに触れさせはしない)本来の五倍近い時間をかけて、やっとこ受付のとこまで辿り着いた。
最後のはあれだ、そうあれ、なんて言うか勝手に手が動いてそいつの顎骨に指かけて投げ飛ばしただけだ。
うん、何も問題は無い。
ーーーーー
あの興奮はひとまず落ち着いたのか、いまは遠目に此方を伺い、色々とこそこそと話すにとどまっている。
「何だかよくわからない事に巻き込まれたが、まあまずはエリーの登録をしてしまうか」
俺はエリーのギルド登録をする為に受付の人に声をかけた。
「すまんがこいつの登録をしたいんだが」
そこにはまさに受付嬢、というのが似合う綺麗な女性がいた。
さっきの男の人から変わったのだろう。
「え?登録ですか?その子がでしょうか?」
「ああそうだが。……何か問題でもあるのか?」
「ええとですね、あくまでここは傭兵ギルドであって、戦いが仕事になるんです。ですから戦えない方の登録を許可するわけにはいけないですよ」
14歳相応の外見から、エリーに戦闘能力が無いと判断したのかそう言った。
「いやー、外見で判断してはいけないぞ。傭兵ギルドの受付何かしていたら、そんな事はたくさんあるんじゃ無いか?」
その言葉を聞いたその女性は納得しないような顔をして言った。
「それはそうですが、体を鍛えているようには見えませんし、況してや魔術はその年では攻撃に使える物を修得しているはずも無いですからね」
そう言いながらエリーのフードの中を覗き込む様にジロジロ見た。
すると今まで睨めつける様に女性を見ていたエリーが言った。
「これでも私魔術師です。そんじょそこらの魔術師には負けませんよ!」
そう言ってない胸を張って踏ん反り返る様に言った。
まあそんじょそこらの魔術師どころか、おそらくこの世界で一番強いんではないだろうか。
まあ俺は抜いているが。
「そんな事言っても見えない物は見えないんです」
半ばムキになりかけている受付の女性を遮る様に俺は口を出した。
「まあまあ落ち着け。そんなに信じられないのなら試合をすればいい」
ここで戦えば勝つのは確実だから今もめている事は解決するし、エリーにとっても良い経験になると、一石二鳥だと思ったのだ。
「それは良いですね!流石クウヤさんです」
エリーはどこか興奮した様にはしゃいでいる。
それは置いておいて、俺は話を進めた。
「此方に何があっても、例え怪我をしたとしても責任は此方で取ります。そちらには迷惑をかけず、もしかしたら優秀な魔術師をギルドに引き入れることができる。そちらとしてはそんなにリスクは無いとおもいますが?」
ギルドは依頼を受け、それを傭兵に回す事によって仲介料を取っている。
また、直接ある特定の傭兵に依頼を回す事もあるそうだが、それこそ高ランクの傭兵、または特殊技能を持った傭兵のみの話だ。
それは有名で強ければ強い程高くなり、ギルドにとってはいい収入源なのだ。
一応他にも宿や飲食店を経営し、利益をあげている。
しかしギルドの収入源の大半を占めるのが仲介料だ。
低いランクの傭兵の仲介料では高が知れているが数が多い。
世界のほとんどの傭兵がこの傭兵ギルドに登録している。
フリーの傭兵もいる事にはいるのだが、依頼を得る事が難しい為に少数だ。
それを踏まえてこの提案をしてみたのだが、なかなか効果があった様だ。
「それはいい提案ですね。ギルドに不利になる事もありませんし、その子の言ってる事が本当かどうかを知るいい方法ですね」
どこか黒い笑みを浮かべながら返事をする受付の女性。
何か背筋がスーっと寒くなる様な笑みだ。
こんな人が受付をやってていいのか疑問に思ったが一応流す。
うん、触らぬ神に祟りなしだな。
「あ、どうせならここにいる中で一番強い魔術師と戦ってみましょうか?」
ふざけた様にエリーを見て言った女性にエリーは言い返した。
「良いですよ。クウヤさんも良いですよね?」
「ん?いいんじゃ無いか?」
そう言って俺が返事すると受付の女性は驚いたのか、目を見開いて言った。
「本当にやるんですか?冗談で言ったんですけど……」
「そうなのか?まあ万が一にもエリーが負ける事なんてないと思うけどな」
少し見下す様に見ながら返事をしてやった。
「はぁ~。私はちゃんと止めましたからね。今回は特別に許可しましょう。誰か傭兵ギルドの会員証を持つ魔術師と戦い、相手が戦えると保証したらその子に会員証を発行しましょう。それで良いですね?」
エリーが勝つとはちっとも思ってなさそうだ。
まあ此処まで条件が揃えば良いか。
「ああ、それで良いぞ」
そう言うと受付の女性は立ち上がり、ホールの中にいる人に声をかけた。
「この中に魔術師の方はいますか? 皆さん興味津々のようで、聞き耳を立ててたようなので分かると思いますが、この少女と魔法戦をやってもらいます」
受付から立ち上がった彼女は、そう言ってホールをみまわした。
先ほどの試合の影響か、俺達に注目していた傭兵達が多かったらしく、その言葉が響いた瞬間時間が止まったかのように話し声が止んだ。
その雰囲気に少し居心地の悪さを感じたが、じっと我慢する。
注目を浴びる事は元の世界でもあった事だが、いまだになれる事が出来ない。
数分に感じた数秒の後、一人の男が近づいて来た。
「私でよければお相手いたしましょう」
ぱっと見、元の世界ではサラリーマンとして働いてそうな草臥れた服を着た中年の男だが、その鋭く光る瞳を見ればそれが間違っている事がわかる。
「私は青ランクですが魔術に関してはこの付近で一番の知識量だと自負してます。魔術戦のルールであれば、この挑戦を受けましょう。あ、私の事はルドヴァーと呼んで下さい」
よっぽど自分の魔術に自信を持っているのであろう態度で、こちらを、と言うよりはエリーの事を見てくる。
「他にはいませんか?いないようでしたら締め切りますよ」
そう言って席に座り直した彼女は俺達に向き合い、言った。
「それではルドヴァーさんと魔術戦という事でよろしいですね? 」
「ああそれで良い。で、ルールは? 」
隣で少し興奮気味のエリーを横目で見つつ、聞いた。
と言うかエリーはこんなに好戦的だったか?
まあ、やる気があっていい事だ……うん。
「ルールは単純で、攻撃方法が魔術による遠距離攻撃のみという縛りがあるだけです。立ち位置を決めてそこから動いてしまった方は失格となります。相手を押し出す事が出来るかが勝利の決め手ですね。もちろん相手に降伏させても良いです。最後になりますが、前提条件として殺生は禁止です 」
近接戦を禁止して、中距離からの魔術の応酬のようだ。
俺は横を向いて、エリーにだけ聞こえる様に言った。
「今回は初級魔術だけで戦え。威力は抑えろよ。今でも目立ってるが、強すぎて目立つのはいろいろと面倒だからな」
「分かりました」
そう言ってエリーは頷いた。
初めて魔術の話を聞いたあの日から、俺はエリーに化学を教えている。
そのついでと言ってはなんだが、術が成功しやすくなる方法を考えてみた。
教える側としてもある程度法則みたいなものがあると便利だなと思ったからだ。
魔術についての知識はあまり出回ってはなく、基本の所である魔力を感じる方法と発動するために想像力が必要だという事ぐらいしか知られていない。
魔術師というのはその力が自分の価値を決めると言っても過言では無いため、自分の知識を周りに漏らさない者が多い。
エリーは魔族だという事もあり、比較的と言うどころか、すごい適性があったために、独学に近いながらも魔術を使える様になったらしい。
しかし普通の人にはそれは難しい事であって、魔術師になりたい時は使える人に師事するしか方法はない。
その為魔術師が少ないという状況が出来上がる。
話がそれてしまった、元に戻そう。
上手く魔術を使い為に、色々な事を試してみた。
事の始まりは、俺がファイアと言いながら炎の塊を射ったことだ。
現代人なら誰しも一度はやってしまうと思う。
まあそれは置いておくと、その時エリーにどう言う意味なのかを聞かれ、それに対して、「魔術を発動するための呪文みたいな物だ」と言うと、エリーもそれを真似して魔法を打つようになった。
エリー曰く、名前がある方が魔術が安定しやすいらしく、他の物にも名前を付けようと提案してきた。
その結果、元の世界のゲームのような設定に行き着いた。
まず初級魔術。
これはそのまま現象を起こす魔術の事で、この世界の魔術でも存在しており、一番簡単な攻撃魔術として知られている。
炎を飛ばしたり、水を飛ばしたり、鎌鼬を作り出したり、地面を隆起させたりと色々あるらしい。
まあ一工程の魔術の事だ。
名前は英語訳だ。
単純な方が覚えやすいし、単語として覚えておけば応用もできる。
いい事ずくめだ。
そして、初級と言うのだから中級もあるのだが、ここでは使う予定は無いだろう。
「本職の技も見て見たかったからな。いい機会だ。最初は少し様子を見つつ戦え。観察する時間が欲しいからな。それと危なくなったらすぐに棄権しろ。早々あるとは思えんが念のためだ。……約束だぞ」
最後の念押しは特に強く、言い聞かせる様に言った。
「はいっ!頑張ります!」
「ああ、頑張れよ」
ーーーーー
ところ変わってさっきの中庭に戻って来た。
観客も俺の時より多い位だ。
魔術師同士の戦いは珍しいらしく、暇な奴らがこぞって来たからだ。
傭兵とはこんなにも暇な奴らばかりなのだろうか?
そう思はずにはいられない。
まあフードから覗くエリーの顔が可愛らしい少女の物だと言うのもあるのかもしれない。
今回は先程の逆で、俺は審判の横で腕を組んでエリーを見ている。
緊張のかけらほども無い様な、晴れやかな顔が覗ける。
対する相手の……。
名前が思い出せないが相手の男は、手に小振りな、二十センチ程の木製の杖を指揮者の様に構えている。
「それではルドヴァー氏とエリー嬢の魔術戦を始めようと思います。ルールは攻撃方法を遠距離魔術のみとし、相手をスタート位置から動かした事を勝利条件とします。なので、いま立っている足元の赤い四角から出ないでください。なお、試合中の殺生はは認められません。……それでは両者、始めてください!」
審判役のギルドの男の人がそう言った瞬間、ルドヴァーが腕を横に凪ぎながら言った。
「我は求む。風を支配し精霊よ、敵を切り裂く風の刃となれ」
するとどうした事だろうか、ルドヴァーの手元から何かがエリーの元へと飛んで行くのが見えた。
さっきの言葉からも想像出来る通り鎌鼬か何かの様だ。
その速さはなかなかの物で、相当余裕を持って立っていた両者の間を駆けて行った。
エリーはそれを見つつ、しかし何も反応を示さない。
残り二,三メートルになった所でルドヴァーが焦った様に言った。
「お、おい!術が間に合わなくなるぞ!」
加減しとはいえ、攻撃魔術である。
少女の体に当たったらどうなる事かは直ぐに想像出来る。
二,三メートルでは呪文を唱える必要のある魔術では防げない。
唱えるよりも速いからだ。
今回程のものなら、普通のバックラーでも防げる物だったが、エリーはそれすら持っていない。
だからルドヴァーは焦ったのだ。
しかしそれでもエリーは慌てず、残り二メートルをきったあたりでボソッと呟いた。
「ロックシールド」
その瞬間、鎌鼬とエリーの間を何かが遮った。
それはレンガの地面を突き破って生えて来た石の壁。
表面はゴツゴツとしていて、全体的にはエリーを包み込むかの様に曲線を描いている。
鎌鼬はその壁にあたり、消え去った。
壁は何事もなかったかの様に聳え立っている。
「キャンセル」
すぐさまエリーは呟き、それと同時に壁は地面へと戻って行った。
想像力の不足か、レンガは剥がれ落ち、ポッカリと穴が空いてしまっている。
それを見たルドヴァーは開いた口が閉じないのか、目を見開いてエリーを凝視していた。
「大丈夫ですか?そちらからこないのでしたら私から行かせてもらいます」
どこかウキウキした表情でそういうエリーは、とても生き生きしていた。
最初は少し様子を見つつ攻撃しろと言った事を完全に忘れている様だ。
まあ一回でも見れたからいいとするか。
エリーの言葉で正気に戻ったルドヴァーに言葉を挟む暇も与えずに、今度は先程よりも少し大きめな声で言った。
「ダンシングフレイム!」
するとエリーの周りに三つの赤々と燃える火の玉が出現し、クルクルと回り出した。
「ちゃんと防いでくださいね」
警告を与えると同時に、三つの炎をルドヴァーへと飛ばした。
本来ならもっと多くの炎を生み出して、時差を付けつつ全方向から当てる様な物として作った術なのだが、どうも手加減した様だ。
「な、何だその魔術は!そ、それにその詠唱は!わ、我は求む。風を支配し精霊よ、業を防ぎし変わり身となれ!」
慌てながらもどうにか発動させた魔術は、敵の攻撃との間に幾つもの空気の壁を作り、威力を削ぎつつ最後には消し去る技のようだ。
だがエリーの炎はそんな物もお構いなしに突き進み、空気の壁を突き破って行き、最後の壁の所で爆発した。
そう、この呪文は炎を敵に当てるだけでは無い。
当たった瞬間爆発すると言うより凶悪な物である。
ただ今回はそれだとまずいので、ルドヴァーを吹き飛ばす為に手前で爆発させた。
その結果最後の壁で少し威力を削がれた爆風がルドヴァーを襲い、そのまま体を一メートル程吹き飛ばした。
少しは熱もあっただろうが、致命傷にはならないだろう。
まあ、これでエリーの勝利は確定した。
後で頭でも撫でてやろう。
審判のエリーの勝利を宣言する声を聞きつつ、そんな事を考えた。