第一話~始まりは唐突に~
羽白 空矢は入っているサークル(あれをサークルと言って良いのか疑問があるがな……)が終わり、自宅であるアパートに向かっている途中だった。
陽は短くなり、今のように帰るのが少し遅くなっただけで、すでに周りは暗くなってきていた。
父親は4年前に事故で、母親はその3ヶ月後に病気で他界しているため、今はアパートで一人暮らしをしている。
《まあ、だから遅くなっても心配する人はいないけどな》
そんな自嘲的なことを考えながらも、足は家であるアパートへと向かうべく、いつもの通り慣れた路地へと歩みを進めていく。
一時期は祖父とも暮らしていたのだが、あれと暮らしていたら命が幾つあっても足りないと思った空矢は、早々においとましたのだった。
彼女いない歴=人生の空矢にとっては、誰もいない家に帰るのはただ気が重いだけだった。
そのため、いつもよりも幾分か足取りが遅くなっていた。
空矢は学校生活も至って普通で、友人関係もいたって平凡だ。
成績は中の下といったところだが、妙に偏った知識の数々は他の人々の追随を許さないほどだ。
《まあ普通に生活していたら必要になることもない知識ばかりだけどな》
そんな現状だからか、過去を振り返っていて、何か面白そうな非日常的な出来事が起きないだろうか、などと考えてしまったのだろう。
それが原因なのかは分からないがもしその時考えていなければ、もしかしたら空矢はまっとうな人生をおくれていたかもしれない。
空矢が気付いたのは、いつのも通り慣れた路地に入った時だった。
それは車がぎりぎりすれ違うことのできるぐらいの車幅の路地のなんなかに鎮座していた。
真黒い何か。
いや、真黒い空間とでもいうべき代物だった。
横幅は路地いっぱい、縦幅は二メートルくらいの光をすべて吸い込んでいるかのような漆黒の空間だった。
ひそかに脈打っているかのように感じれるそれに目を奪われていると、急に空間が歪んだかのごとく、空矢の視界が軋んだ。
「な、なんだ!ぐっ……、じじいに本気の気をあてられたみたいだ。体が言うことをきかねえ」
まるで金縛りにあったかの様に、その空間から発せられる異様な気配が空矢の体の自由を奪う。
そればかりかまるで引きずり込もうとしているかのごとく、何かしらの力が働いて、少しずつ、少しずつ空也の足が地面をつかめきれずに滑り出している。
「まずい、何が何だかよく分からないがとにかくやばい。このままじゃあのへんな黒いとこまで引きずられちまう。なんかやばげな雰囲気満載なあれには近づきたくねぇ~~~!」
いつも心がけている冷静な思考が、半ばなくなりかけているのにも気づかず、その異様な気配に抗って体を屈め、路地のアスファルトを四肢で掴んだ。
傍から見れば異様な風景に映るだろうが、本人は至って真剣なため気付いていない。
それに周りにはだれもいないためそれを教える者もいない。
いったい何分たったのかも分からなくなってきたころ、急に引力らしき力が弱まった。
いまだ体の自由を奪っている異様な気配は残っているものの、これならどうにか動けそうだと裏を振り返った瞬間、今までのとは比でないほどの強い力で体が引っ張られた。
油断して裏を振り返っていたことも併せて、踏ん張る力が足りず、今までの努力をせせら笑うかのごとく体は黒い空間のほうへと一直線に飛んで行った。
こうして空也はこの世界に別れを告げた。
自分から望んだわけではなく、その日その時間に運悪くその路地に居合わせたというだけで。
空矢が最後に見たのは、最初よりも小さくなり、人が二人立てるか立てないかという大きさになった黒い丸。
そして一言。
「ふぇ、フェイントってあり?」
とつぶやいた。
そのあとすぐに裂け目は程なくして消え、痕跡は跡形もなく。
こうして一人の青年はこの世界から消え、警察の尽力のかいもなく、この事件は未解決として御蔵入りしてしまったのだった。