第七章
「・・・・・・私は、タイジさんとお付き合いをしています」
*
来てしまった。タイジのバースデーライブ。
久しぶりのライブハウス。人混みで、酔いそうになる。下腹部の違和感は消えていない。
行かない方が、心を守れる。しかし、考えるより前に身体が動いてしまっていた。
キラちゃんの気合いの入った武装がやけに輝いて見えた。
去年、キラちゃんと行ったバースデーライブ。楽しかった。でも、今はその感覚には戻れない。
「ていちゃん、ほら、写真撮ってあげる!」
隣にはタイジの等身大パネル。豪華な装飾が施されたフラワースタンドは、これからのライブの高揚感を高める役割を持っている。
汀子は、必死に笑顔を作る。本当は、こんなことしたくない。
汀子は、「ある企画」に参加しようと覚悟を決めていた。
会場内。
周囲には、タイジのファンがこれでもかというくらい集まっている。
会場内が暗転すると、「タイジー!」「フー!」と歓声が上がる。会場内のボルテージが一気に上がる。
派手なシンバルロールが会場内に響く。
「みんな、今日は来てくれて、マジでありがとう!楽しいライブにしようぜ!」
汀子はタイジの瞳を見る。
当然のように、視線は交わらない。
タイジさんってこんなキャラだったっけ?・・・・・・ホントにタイジさん?
汀子が見てきたタイジとは違う。
私が見てきたのは、もっと、もっと、もっと・・・・・・。
ライブ中盤。MCタイムに入る。
ボーカルのユーキが、口を開く。
「じゃあ、ここでMCタイムでーす!いつもだったら、ここでくだらない話とかしちゃうんだけど(笑)今日は、タイジのバースデーライブということで、タイジのファンの子が〈直接〉おめでとうメッセージを言えちゃう企画をやりたいと思います!我こそはという人は、手、挙げてくださーい!」
汀子がスッと手を挙げる。「じゃあ、そこの黒髪ロングの子!」
カツッ、カツッ、カツッ、と杖の音を響かせながら、ゆっくりと歩く。
杖の存在に気づいたユーキは、「ゆっくりで大丈夫だから」と声をかける。
汀子はステージ上に上がった。タイジの顔は見ないようにした。
タイジさん、今、どんな顔をしてるんだろう。
ユーキからマイクを手渡される。
「じゃあ、お名前どうぞ!」
「う、上原汀子といいます」声がうわずった。
・・・・・・意外と緊張してるんだな、私。
「・・・・・・。今回は、このような企画に参加させて頂き、ありがとうございます。今日は、皆さんに聴いてほしいことがあって、ステージに立たせて頂いています」
杖を持つ手が震える。・・・・・・でも、今日、ここに来た〈覚悟〉を無駄にしたくない。
軽く深呼吸をして、汀子は、口を開く。
「・・・・・・私は、タイジさんとお付き合いをしています」一気にザワつき始めるファンたち。
「え!」「うそでしょ!?」と会場内は混乱に包まれていた。
会場内の混乱を遮るように、汀子は続ける。
「出会ったきっかけは、マッチングアプリでした。やりとりを1カ月ほど続けて、実際に会ったときにタイジさんだと判りました。そこからお付き合いすることになったのですが、世間一般的な〈恋人同士〉からは、かなりかけ離れた関係だったように思います。することといえば、性行為。ただ、それだけでした。
私は、タイジさんが初めての恋人でした。
タイジさんが好きだったから、タイジさんの言うことは何でも訊いたし、何でもやりました。
最初は、〈恋人同士〉ってこんなものなのかと思っていましたが、私の中で、違和感が大きく膨れ上がっていきました。私は「痛い」も「怖い」も「止めて」も言えませんでした。・・・・・・それでいて、自分の思い通りにならないとすぐカッとなって・・・・・・。なだめるのが精一杯でした。
それでも、優しいときもあったし、私だけに向けてくれた笑顔もありました。でも、この関係はおかしいと、頭の中ではずっと思っていました。・・・・・・歪だと解っていても、この関係を壊したくはありませんでした。
タイジさんは、ずっと、ずっと、憧れの人でした。ユニバースに、タイジさんに救われてきた人生だから。
私は、タイジさんに、私のすべてを差し出しました。でも、タイジさんが他の女性と歩いているところを見て、会話を盗み聞きしてしまいました。どうやら、私は〈便利な存在〉だそうです。
私は、深く傷つきました。・・・・・・でも、ライブハウスには通ってしまうし、変わらずにユニバースの音楽を聴いてしまうし・・・・・・。ホント、私も馬鹿な女だなってつくづく思いますよ。
多分、私が悪かったんでしょうか?この秘密の関係をどうしても、壊したくなかった。
ずるずると関係が続いて、今は連絡もとっていません。自然消滅、といった感じでしょうか。
タイジさんは、女好きだから、私が居なくなっても、きっと、他の女の人を見つけるんでしょうね。
タイジさんは、意外と器用ですから(笑)
・・・・・・でも、私にはタイジさんしかいなかったんですよ。
だから、いい思い出は、取っておこうと思います。・・・・・・私が感じ、考えたことは間違いじゃないと思いたいです。だから、タイジさん。どうか、幸せで。・・・・・・お誕生日、おめでとうございます」
静まりかえる会場内をよそにカツッ、カツッ、カツッ。ライブハウスには汀子の杖の音だけが響く。
汀子は不安と希望を孕んだ身体で、ゆっくりと歩き出した。
〈完〉




