第六章
そのまま寝てしまったようだ。ふくらはぎに感じる鈍痛で、目が覚めた。
汀子が送ったLINEは、〈既読〉がついていなかった。
「・・・・・・タイジさん、何しているの?」
また、涙が滲む。
もうこれで、「終わり」?・・・・・・そんなことない。信じたい。
だって、あんなに「好き」と言ってくれたのに。痛みも、怖さも耐えた。タイジが好きだから。
私には、タイジしか居ない。ずっと好きだった、憧れの人。
「共犯者」でも何でもいい。タイジとずっと一緒にいたい。
汀子の願いはただそれだけだった。
ピロン、と通知音が鳴った。タイジからだ。
「ごめん、寝落ちした。てかさ、明日会おうよ」
メッセージはそれだけだった。それだけでも、汀子は嬉しかった。
すぐさま返信をする。「はい!会いたいです!」汀子は、反射的にメッセージをうっていた。
すぐに〈既読〉がついた。
「OK~。ハチ公前でいいよね?」
「はい、大丈夫です!」
「また後でLINEするわ」
汀子は〈了解です!〉のスタンプを送った。
タイジさんに会える。嬉しい、嬉しい、嬉しい。
汀子は、内心ほっとしている自分を自覚した。
関係は途切れていない。これで「終わり」じゃない!
タイジさんも、私のことを好いてくれている。
疑った私が、馬鹿みたい。「共犯者」でも「秘密」でもいい。
タイジさんしか、要らない。タイジさんもきっとそうだ。
どんな服装にしようかな、メイクはピンクの方がかわいいよね。
最近、おろしたてのワンピースがあるから、それにしようかな。
あー、どうしよう。今からワクワクしてきた。明日だもんね。お風呂入って、寝よう。
寝られるかな?タイジさんに「かわいい」って言ってもらいたい。
あー、楽しみ!
*
渋谷、裏路地のラブホテル。
汀子は、タイジに求められるまま、流されるまま、身体を任せてしまっていた。
豪華なシャンデリアがぐるぐる、動いているように見えた。
この匂い、まただ。今まで甘く感じられていた、ベッドの匂いも、タイジの匂いもどこか既視感がある。
会話はほとんど無かった。前もそうだった。全部、全部、前と同じ。
これが「恋人同士」?
上手く動かない身体は軋むような痛みを生じさせる。汀子は「嫌」とも「止めて」とも言えなかった。
身体の奥がぐわり、と反応する。何が起きたか、汀子には解らなかった。
「あ、やべ。まぁ、いいか」タイジがぽつりとつぶやく。
タイジがぽつりとつぶやいた言葉の意味を、汀子は理解できていなかった。
新宿アクターズ。
汀子は、ユニバースのライブ会場に足を運んでいた。
本当は、行かない方がいいのかもしれない。
でも、汀子は、〈ユニバース〉そして〈タイジ〉から離れることができないで居た。
「あっ、ていちゃん!」キラちゃんが、手を振りながら、汀子のもとへと走ってきた。
「ていちゃん、久しぶり!急にライブ来なくなったから、心配してたんだよ!」
「・・・・・・ごめんね、心配かけて」
「タイジの生誕ライブ前だからみんな気合い入ってると思うよ」
「そうだよね!私、フラスタ企画、参加したんだよね」
咄嗟に嘘を言ってしまった。企画なんて、参加していない。
当然、汀子とタイジの関係をキラちゃんは知らない。
キラちゃんの無邪気さが、汀子には羨ましく思えた。
*
新宿アクターズ、会場内。
「タイジがよく見えるとこ、行こう!ていちゃん、足大丈夫?身体、キツかったら言ってね?」
「うん、ありがとう」
しばらくすると、暗転し、ライブが始まった。
いつもなら、汀子の姿を探そうとしている動作を見せるタイジだが、今回は「それ」がない。
私のことを見つけて、微笑んでくれる。
もう、私が知っているタイジさんじゃない。
ずっと、ずっと、憧れていた。私の人生のすべて。私はずっとこの音に救われながら、生きてきた。
つま先からふくらはぎにかけて、段々と足がしびれてくる。
音が身体の奥に響いてくる。あぁ、ライブってこんな感じだったっけ。
汀子は、ずっと、ずっと、タイジを見ていた。
しかし、ふたりの視線が交わることはなかった。
ライブ後、汀子はひとりで歩いていた。ずっ、ずっ、ずっ、と足を引きずって歩く。
いつもなら、キラちゃんとの「お疲れさま会」が定番だが、今回はそれを断った。
タイジさんとお付き合いしなかったら、今ごろ楽しくキラちゃんと話ができたのかな・・・・・・。
泣きそうになるのを必死に我慢して、歩く。
大声で叫んで、走ってみたいけれど、汀子の身体ではそれは叶わない。
「この後どこ行く~?」聞き馴染みのある声、タイジだった。
隣には知らない女。綺麗に巻き上げられた茶髪に、千鳥柄のミニスカート。足下に視線を移す。
「知らない女」は赤いパンプスを履いていた。それは汀子の憧れそのものだった。
頭を殴られたような衝撃が走った。
あぁ、私じゃなかった。
とりあえず、バレないように物陰に隠れる。タイジと女の会話が聞こえてくる。
「ねぇ、タイジって障害者と付き合ってるって、ホント?」
「付き合ってるっていうか・・・・・・。まぁ、遊びだよね。恋愛経験ゼロって言っててさ。こっちが何しても怒んないし。便利なんだよな」
「なにそれ、超サイテーじゃん!」ふたりがアハハ、と嘲笑する。
汀子はぎゅっと、持っていた杖を握り締めた。
ありきたりなドラマなら、ここで泣くんだろうけど、涙すら出でこないや。
汀子はどうやって帰ったのかを覚えていなかった。
下腹部の違和感がある身体を見下ろす。
「もう戻れないところまで来てしまった」と気づくには、あまりにも遅すぎた。




