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初恋と杖  作者: 金子奈央
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第六章

そのまま寝てしまったようだ。ふくらはぎに感じる鈍痛で、目が覚めた。

汀子が送ったLINEは、〈既読〉がついていなかった。

「・・・・・・タイジさん、何しているの?」

また、涙が滲む。

もうこれで、「終わり」?・・・・・・そんなことない。信じたい。

だって、あんなに「好き」と言ってくれたのに。痛みも、怖さも耐えた。タイジが好きだから。

 私には、タイジしか居ない。ずっと好きだった、憧れの人。

「共犯者」でも何でもいい。タイジとずっと一緒にいたい。

汀子の願いはただそれだけだった。



 ピロン、と通知音が鳴った。タイジからだ。

「ごめん、寝落ちした。てかさ、明日会おうよ」

メッセージはそれだけだった。それだけでも、汀子は嬉しかった。

すぐさま返信をする。「はい!会いたいです!」汀子は、反射的にメッセージをうっていた。

すぐに〈既読〉がついた。

「OK~。ハチ公前でいいよね?」

「はい、大丈夫です!」

「また後でLINEするわ」

汀子は〈了解です!〉のスタンプを送った。



 タイジさんに会える。嬉しい、嬉しい、嬉しい。

汀子は、内心ほっとしている自分を自覚した。

関係は途切れていない。これで「終わり」じゃない!

タイジさんも、私のことを好いてくれている。

疑った私が、馬鹿みたい。「共犯者」でも「秘密」でもいい。

タイジさんしか、要らない。タイジさんもきっとそうだ。

どんな服装にしようかな、メイクはピンクの方がかわいいよね。

最近、おろしたてのワンピースがあるから、それにしようかな。

あー、どうしよう。今からワクワクしてきた。明日だもんね。お風呂入って、寝よう。

寝られるかな?タイジさんに「かわいい」って言ってもらいたい。

あー、楽しみ!

渋谷、裏路地のラブホテル。

汀子は、タイジに求められるまま、流されるまま、身体を任せてしまっていた。

豪華なシャンデリアがぐるぐる、動いているように見えた。

この匂い、まただ。今まで甘く感じられていた、ベッドの匂いも、タイジの匂いもどこか既視感がある。

会話はほとんど無かった。前もそうだった。全部、全部、前と同じ。

これが「恋人同士」?

上手く動かない身体は軋むような痛みを生じさせる。汀子は「嫌」とも「止めて」とも言えなかった。

身体の奥がぐわり、と反応する。何が起きたか、汀子には解らなかった。

「あ、やべ。まぁ、いいか」タイジがぽつりとつぶやく。

タイジがぽつりとつぶやいた言葉の意味を、汀子は理解できていなかった。


新宿アクターズ。

汀子は、ユニバースのライブ会場に足を運んでいた。

本当は、行かない方がいいのかもしれない。

でも、汀子は、〈ユニバース〉そして〈タイジ〉から離れることができないで居た。

「あっ、ていちゃん!」キラちゃんが、手を振りながら、汀子のもとへと走ってきた。

「ていちゃん、久しぶり!急にライブ来なくなったから、心配してたんだよ!」

「・・・・・・ごめんね、心配かけて」

「タイジの生誕ライブ前だからみんな気合い入ってると思うよ」

「そうだよね!私、フラスタ企画、参加したんだよね」

咄嗟に嘘を言ってしまった。企画なんて、参加していない。

当然、汀子とタイジの関係をキラちゃんは知らない。

キラちゃんの無邪気さが、汀子には羨ましく思えた。

新宿アクターズ、会場内。

「タイジがよく見えるとこ、行こう!ていちゃん、足大丈夫?身体、キツかったら言ってね?」

「うん、ありがとう」

しばらくすると、暗転し、ライブが始まった。

いつもなら、汀子の姿を探そうとしている動作を見せるタイジだが、今回は「それ」がない。

 私のことを見つけて、微笑んでくれる。

もう、私が知っているタイジさんじゃない。

ずっと、ずっと、憧れていた。私の人生のすべて。私はずっとこの音に救われながら、生きてきた。

 つま先からふくらはぎにかけて、段々と足がしびれてくる。

音が身体の奥に響いてくる。あぁ、ライブってこんな感じだったっけ。

汀子は、ずっと、ずっと、タイジを見ていた。

しかし、ふたりの視線が交わることはなかった。


 ライブ後、汀子はひとりで歩いていた。ずっ、ずっ、ずっ、と足を引きずって歩く。

いつもなら、キラちゃんとの「お疲れさま会」が定番だが、今回はそれを断った。

タイジさんとお付き合いしなかったら、今ごろ楽しくキラちゃんと話ができたのかな・・・・・・。

泣きそうになるのを必死に我慢して、歩く。

大声で叫んで、走ってみたいけれど、汀子の身体ではそれは叶わない。

「この後どこ行く~?」聞き馴染みのある声、タイジだった。

 隣には知らない女。綺麗に巻き上げられた茶髪に、千鳥柄のミニスカート。足下に視線を移す。

「知らない女」は赤いパンプスを履いていた。それは汀子の憧れそのものだった。

頭を殴られたような衝撃が走った。

あぁ、私じゃなかった。

とりあえず、バレないように物陰に隠れる。タイジと女の会話が聞こえてくる。

「ねぇ、タイジって障害者と付き合ってるって、ホント?」

「付き合ってるっていうか・・・・・・。まぁ、遊びだよね。恋愛経験ゼロって言っててさ。こっちが何しても怒んないし。便利なんだよな」

「なにそれ、超サイテーじゃん!」ふたりがアハハ、と嘲笑する。

 汀子はぎゅっと、持っていた杖を握り締めた。

ありきたりなドラマなら、ここで泣くんだろうけど、涙すら出でこないや。

 汀子はどうやって帰ったのかを覚えていなかった。

下腹部の違和感がある身体を見下ろす。

「もう戻れないところまで来てしまった」と気づくには、あまりにも遅すぎた。

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