第五章
都内某所。音楽スタジオ。リハーサル前。
「おい!タイジ!さすがに遅ぇよ!」ユーキがタイジに向かって吠える。
「えー、各々で練習してたんじゃないの~?別に俺が居なくても大丈夫でしょ」
「お前がいないと、リハが進めらんねぇだよ」
ユーキが、タイジの胸ぐらを掴む。
「そんな、手荒なマネすんなって。ごめん、ごめん」ユーキの言葉が届いていないのか、タイジはいつも通り戯けて言う。
「ふたりとも辞めてくださいよ。1回冷静になりましょ、ユーキさん。・・・・・・タイジさんは遊びすぎ!」
トモヒサが仲介役になって必死にふたりを止める。
「この間マッチした、障害者の女の子!ほら、足悪いって言ってた子、2回目でさ!リハの前はテンション上げたいじゃん?」
「もう、手出したんですか・・・・・・?その女の子にはなんて言ってるですか?」
「〈一応〉付き合ってることにはなってるけど、俺はいろんな女の子たちと遊びたいからさぁ」
タイジは指を使って数える。「いまはその子も含めて・・・・・・。数えるの、めんど。まぁ、リハはちゃんとやるからさー。許してよ」
ユーキは怒りを抑えながら、「・・・・・・ちゃんとやれよ」ぐっと力の入ったユーキの拳は震えていた。
汀子は、ずっとスマホを握りしめている。LINEの通知音は鳴らない。
【タイジさん、今何してますか?】LINEのメッセージ欄に打ち込んで、消す。また打ち込んで、消す。
夜になっても、タイジからの連絡は無かった。
「お仕事、忙しいのかなぁ。リハーサルあるって言ってたし」
基本、装具を着けるのは、外出するときで、家では装具を使っていない。
つま先からふくらはぎにかけて、装具の重みで、軽くしびれが起きている。
「あ・・・・・・。帰ってから、装具着けっぱなしだった」
マジックテープを剥がしていく。ビリビリと音が鳴る。
筋緊張で凝り固まる両足は、ふくらはぎに痛みを生じさせる。
足のしびれに気が付かないほど、汀子はタイジからの連絡を待ち続けていた。
ベッドに腰掛けている姿勢がつらくなってきたので、体制を変え、ベッドへ寝転がる。
【お仕事、無事に終わりましたか?】そう打ち込んで、送信してみた。
すぐに〈既読〉はつかなかった。
タイジさん、何してるんだろう。これが、恋人同士ということなのか。
今日、経験したことが、全身を巡り、フラッシュバックする。
幸せだった。たくさん「好き」と言ってくれた。今まさにタイジが隣に居るかのように、鮮明に思い出せる。汀子は、その言葉は嘘ではないと信じている。
本当は、もっと一緒に居たい。しかし、それは叶わない。
タイジが「共犯者」と言った意味がなんとなく解ってきた気がする。演者とファンが交際している、なんて周囲にばれてしまったら、タイジは、バンドを続けられなくなる。
「それは嫌だ」と思う気持ちと「関係を続けたい」という気持ちが交差する。
「タイジさん、私のこと、好き・・・・・・?」汀子の心は震えていた。涙が頬を伝った。
「また、会えたらいいな・・・・・・。」
やりきれない気持ちのまま、汀子は目を閉じた。
*
【お仕事、無事に終わりましたか?】
タイジは、汀子の返信に気づいていた。しかし、返信を打つのが面倒で、後回しにしていた。
今日はリハーサルと、レコーディングというハードスケジュールだった。
リテイクを繰り返し、タイジは疲れ切っていた。
「返信考えるの、だる」
・・・・・・会っても、あと1回かな。やっぱり、めんどくさいわ。顔は悪くないし、言うことは何でも聞いてくれるんだけど。
あ、あの巨乳の子から返信来てる。最近、良いカンジなんだよな。ワンチャンいけそうかも。
【明日、会おうよ。なんせ売れてないバンドマンだから暇だし(笑)】と返信を打ち込むと、巨乳の子から早速、返信が。タイジの鼻の下は完全に伸びきっていた。
【えー、急すぎ!でも・・・・・・焼肉奢ってくれるならいいよ♡】
【え、まじ!?全然奢るよ~。楽しみにしとく!】
汀子から来たLINEに目を移す。
「・・・・・・後で返せばいいや」そうつぶやいて、タイジは眠りについた。




