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初恋と杖  作者: 金子奈央
3/5

第三章

あ・・・・・・。目、合ったわ。

不意に見つめた先にいた女がやけに喜んでいる。

しかし、それは一瞬の出来事で、タイジは気にも留めなかった。

シンバルロールしたあと、タイジがマイクに向かって言う。

「次で最後の曲です!ネモフィラ」

観客がわぁっと声を上げる。歓声をあげた客の中に、目が合った女もいたはずだ。

・・・・・・まぁ、どうでもいいけど。

あー、早く帰りてぇ・・・・・・。

ライブが盛り上がろうが、何だろうが、俺にとっては、どうでもいい。ドラムだけ叩いていれば、それでいい。

マチアプ、めっちゃ巨乳の子いたっけ?てか、早く終われよ。

シンバルが音を立てて、曲が終わる。

「今日もめっちゃ楽しかった!ありがとう!次は新宿!よろしく!」メンバーが口々に言うと、タイジだけが舞台袖へと向かった。

「タイジ~!」と叫ぶファンの言葉もタイジには全く響かない。ただの雑音(ノイズ)だ。

池袋ユニック、楽屋。

「あー、疲れた。巨乳の女の子は何してんのかな~?」と言いながら、タバコに火をつけた。

普段は、おとなしく会話を聞いているだけのソウヤが口を開いた。

「タイジさんがいちばん最初にはけると、アンコール出来なくなるんで、正直やめてほしいんですけどね・・・・・・。お客さんもがっかりするし」

「ソウヤ、マジでごめん。俺はプライベートが超忙しいから」

ユーキが呆れた顔で言う。

「また出たよ、タイジの女漁り。いい加減にしないとマジでやばいからな。てか、タバコ!ここ禁煙だぞ!」

「まぁまぁ、堅いこと言わないで。ちょっとくらい良いじゃん~、1本だけだから」

「そういう問題じゃねえだろ」

「てか、〈女漁り〉って言い方やめてよ~。最近は障害者の子も相手してやってんだから、むしろ感謝してほしいね。あ、巨乳の子からメッセージ来てたわ」

「ホント、サイテーだな」

ふたりが口論になりそうな雰囲気になると、すかさず他のメンバーが制止する。

トモヒサは仲介役になりがちだ。

「あー、二人とも一旦ストップ!・・・・・・ユーキさんも、もう諦めましょ。何言っても聞かないんですから。あの人。タバコの件は、俺から謝っておきますから」

ユーキは、舌打ちをして「・・・・・・。帰ろうぜ」と言った。

「タイジさんと、目が合った!」

汀子とキラちゃんは、居酒屋で、今日のライブの感想を言い合う「お疲れ様会」を楽しんでいた。

汀子は持っていたグラスを口元に当て、カシスオレンジを一気飲みした。

立てかけていた杖がカタン、と音を立てた。

「・・・・・・それ、ホントなの?てか、私信じゃん」

「ホントだよ!タイジさん、絶対私のこと見てた!」

「こりゃだめだ。あたしも飲むわ、すいませーん!レモンサワーとたこのから揚げ、くださーい!」

キラちゃんが、声を張って店員に伝えると、「かしこまりましたー!」と返事が返ってきた。

「で、どうなの。その〈T〉」ってやつとは」

ええっと、と言いかけた汀子を遮るように、店員が、キラちゃんが注文したものを持ってきた。

「お待たせいたしました!たこのから揚げとレモンサワーです!」

キラちゃんは、「あ、テキトーに置いてもらって大丈夫でーす」と言って、店員に会釈した。

店員は「空いてるお皿、お下げしちゃいますね~」と空いた皿を器用に持ち上げて去っていった。

「ええっとね、カフェでお茶するのは決まってるんだけど、合う日が決まってない感じかなぁ。」

「それ、大丈夫なの?メッセージ送って、合う日決めなよ」

「わかった!」

「あと、飲み過ぎ厳禁ね。・・・・・・あたしも人のこと言えないけど」

キラちゃんは、そう言って、アハハと笑った。

 キラちゃんと解散し、汀子は帰宅した。

「あー、楽しかった!タイジさんのインスタ、チェックしよ!」その瞬間。

ピロン、とマッチングアプリの通知音が鳴る。

〈T〉からのメッセージだった。

【ていちゃん、やっほー。合う日、25日でも大丈夫?】

25日。カレンダーを確認する。空白だった。

ぐわりと、体温が上がった気がした。

汀子は、すぐさま返信を打ち込む。

【25日、空いてます!】

【じゃあ、その日会おっか】

【ていちゃん、苦手なものとかある?アレルギーとか】

【アレルギー、ないです!何でも食べます(笑)】

【そっか、良かった。じゃあ、25日、ハチ公前でね】

【了解です!楽しみにしてます!】

 最近、〈T〉さんからのメッセージか少ない。

仕事で忙しいのかもしれない。

でも、初デート決まったし、新しいワンピース、新調しよう。

キラちゃんと一緒に行こうかな。

 キラちゃんのLINEのトーク画面を開いて、勝負服の買い物に同行してくれるかを打診する。

【キラちゃん、お願いがあるんだけど・・・・・・。】すぐに〈既読〉がついた。

【何~?】

【買い物に付き合ってほしくて・・・・・・。】

【え、何!?もしかして初デート決まったの!?】

【うん、今月の25日】

【なるほど、勝負服ってことね】

【ほんとはひとりで行こうと思ってたんだけど、他の人からどう見えるのか、参考にしたくて】

【OK!あたし、ライブの次の日は絶対休み入れてるからさ(笑)予定も特にないから、明日行こ!】

【良いの!?ありがと~】

汀子は「ありがとう」のスタンプを送る。すかさず、キラちゃんは、キャラクターがサムズアップしているスタンプを送ってきた。

〈T〉さんに会える。それだけで、胸が高鳴り、身体の体温が増す。

「めっちゃ楽しみ!・・・・・・キラちゃんと買い物だし、明日に備えて寝よう」

 それでも、汀子は自分の身体から湧き出る興奮と高揚感を抑えることが出来なかった。

あー!全然寝られない!どうしよう!と汀子は思ったが、ライブ後だったこともあって、静かに睡魔が襲ってきた。

 〈T〉との初デートを妄想しながら、汀子は眠りについた。


 「あ、これも良いんじゃない?」ピンクブラウンのワンピースを、汀子の身体に宛がう。

キラちゃんの候補服は2,3着ほどある。

「キラちゃん、私より気合い入ってるね・・・・・・。」

「え、そう?ほらほら、こっちも似合う~!」キラちゃんは褒め上手だ。というか、テンションが高い。

3着目のワンピースを宛がうキラちゃんの手が止まる。

「・・・・・・マッチングアプリやってみたらって勧めたの、あたしだし、ていちゃんがちょっとでも前向きになれたらって、いっつも思ってた。障害とか関係なくさ。だから、正直、〈T〉は危なっかしく感じるけど(笑)恋愛諦めちゃっているていちゃんが、こうやって前向きになって、超嬉しいんだよね」

キラちゃんの瞳が潤んでいた。汀子はそれについて深く言及しなかった。

「・・・・・・キラちゃん、ありがとね」汀子はにこやかに言う。

キラちゃんは、瞳に滲む涙を服の袖で拭った。

「よっしゃ!ていちゃんに似合う勝負服決めよう!次、あっちのお店行こ!」

キラちゃん持ち前の明るさに、汀子はいつも救われている。

その優しさが「当たり前」ではないこと、「障害者だから」と同情したり、見下されたりすることもない。「対等な関係」でいてくれるキラちゃんには、本当に感謝だ。

 初デートの「勝負服」が決まった。シアー素材のパステルピンクのシンプルなワンピースだ。スカート部分は、フレアになっていて、歩くたび、スカート部分がふわり、と揺れる。

「キラちゃんのおかげで、良い買い物できた!ありがとうね」

「いやいや、こちらこそ。めっちゃ楽しかった!最後にプリ撮って帰ろう~!」とプリクラ撮影で締めた。

都内某所、音楽スタジオ。リハーサル終わり。

 「あー、だりぃ・・・・・・。」タイジはいかにも面倒そうな顔をしていた。

「また、マッチングアプリですか~?いい加減にしてくださいよ。ホントに・・・・・・。」

隣にいたトモヒサは呆れた声で言う。

「マチアプって初回のデートがマジでめんどくさいんだよ。こっちはただヤリてぇだけなのにさぁ!」

「完全にヤリモクじゃないですか。節操のない人だなぁ」

「うるせーよ。2回目ならちょっと甘い言葉吐けば、すぐホテル行けるんだけどね」

「2回目で、っていうのも早い気がしますけど」

「良いんだよ。俺がヤりたいだけだし。欲を満たすっていうかさ」

「はぁ、一応、〈ファンがいるバントマン〉だってこと、忘れないでくださいよ。・・・・・・どうせ完全に忘れてるんでしょうけど!」トモヒサの忠告を完全無視して、タイジは愚痴る。

「しかも、ダルいのが今日、会う子、障害持ってる子なんだよね。一応歩けるとは言ってたんだけど、どんな感じか全然わかんねえし。でも、恋愛経験ゼロだし、障害者だし。何してもOKそうなのはめちゃくちゃ好い。あー!マジで初回ダルい!」

「ついにそっち方面にも手出したんですね。ほんと、本能で生きてるって感じですね。タイジさんって」

「え、何それ。それって褒めてんの?」

「・・・・・・褒めてませんよ。タイジさんの性欲の餌食になる子が不憫です・・・・・・まぁどうでもいいですけど」トモヒサはふっと、笑う。

「えー、辛辣~お前もサイテーじゃん」と言いながら、タイジは、汀子とのメッセージの画面を開いてメッセージを送信した。

【ていちゃん、今日はよろしくね。会えるの、楽しみにしてる】

【はい!よろしくお願いします!】汀子からメッセージが来たことを確認すると、「じゃ、行くわ。あー、だる」と言いながら、スタジオを後にした。


予定時間の15分前。人混みをなんとか、かき分けてハチ公像の隣で待つことにした。

この方がわかりやすいだろう。平日でも渋谷は人が多い。

「・・・・・・危ないと思ったらすぐ逃げる・・・・・・。キラちゃんにLINEする・・・・・・。交番が近くにあったら入る・・・・・・。でも、会ったら絶対笑顔で・・・・・・」キラちゃんと約束したことをおまじないのように唱える。

 汀子は〈T〉と会うのを心待ちにしていた。しかし、不安もあった。

〈T〉はきっと優しくて、いい人だと信じている自分と疑っている自分が交差していた。

「・・・・・・ていちゃん?」

「は、はい!」しまった。声が裏返ってしまった。

振り向くとそこには、〈T〉がいた。

黒いフード付きのパーカーに、グレーのマスク、ほどよく破れたジーンズのポケットには、銀色のチェーンがついていた。〈T〉はフードを被ったまま、ニコニコと笑顔を見せ、ヒラヒラと手を振る。

「初めまして~、Tです」と言った。

「・・・・・・初めまして。ていこです」

「へぇ、写真通り、かわいいね」〈T〉は〈かわいい〉でジャブを打つ。

「か、かわいい!?あ、ありがとうございます・・・・・・。」

 ホントに男慣れしてないんだな、と〈T〉は思った。

「服もよく似合ってる」とまたニコニコと〈T〉は言う。

「きょ、今日のために、新調したんです・・・・・・。すみません!緊張してて・・・・・・。」

汀子は、思ったよりも緊張していると、自覚すると、とても恥ずかしい気持ちになった。

「え、そうなの?俺のために?嬉しいなぁ。めっちゃ似合ってるよ」

「ありがとうございます、私も嬉しいです」

「じゃあ、行こっか」と〈T〉は汀子の手を握る。

「あ、杖使ってるよね?俺の腕、つかんでいいよ」

「え、そんな!〈T〉さんのお手を煩わせる訳には・・・・・・。」

「いいよ。俺、全然気にしないし」

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・・・・。」

ん?このやりとり、何か既視感が・・・・・・。まるで、撮影会みたい。

〈T〉さんの腕を借りて、歩く。申し訳ないけど、そのほうが楽だった。

「そんなに遠くないところだから。足、しんどかったら言ってね」

「あ、ありがとうございます・・・・・・!」

渋谷の人混みにかき回されながら、〈T〉と歩く。

〈T〉は「大丈夫?」とマメに声をかけてくれる。

汀子の思った通り、〈T〉は優しかった。帰ったら、キラちゃんに報告しよう。

 カフェに着いた二人は、注文したドリンクとパンケーキを味わいながら、駄弁っていた。

「ていちゃんはさ、マチアプ初めてって言ってたけど、誰かと会ったことある?」

「Tさんが初めてです!・・・・・・ごめんなさい。普段、男性と話すことがあまりないので・・・・・・」

「緊張してる?」

「・・・・・・はい。」

「えー?俺の前では緊張しなくて良いから」

「ありがとうございます?でいいのかな・・・・・・?」

「アハハ、ていちゃんって面白いね」

「え!?そうですか!?」

「うん、そう思う」

「あ、そういえばさ、ていちゃんの好きなバンドって・・・・・・」

「ユニバースです!ユニバースのなかでは、『ネモフィラ』がいちばん好きなんです!」

「ネモフィラね~。曲は良いんだけど、案外ドラムめっちゃむずいんだよね。だから、最近のライブ、結構キツいんだよね。……あ、」

「……え?」

胸の奥が、すっ、と冷えた。

聞いたことがある言い方だった。

タイジだ。

そこにいるのは、〈T〉ではない。

私の推しだ。

数秒間の沈黙。

それを破ったのは、汀子だった。

「あ、あの・・・・・・!」

「しっ」タイジは、声のボリュームを落として、こう言った。

「あぁ・・・・・・、やっぱり判っちゃう?」

「た、タイジさん・・・・・。ですか?」

「まぁ、そういうこと。あーあ、バレちゃった」

〈T〉がタイジさん?今までやりとりしてた人が?

いつもライブハウスでしか見られない人がそこにいる。

汀子は動揺を隠せずにいた。

「Tさんがタイジさんだったなんて、ちょっと、すみません。頭の整理がつかなくて・・・・・・ちょっとというか、かなり、動揺してます」

「バントマンとファンが仲良くするのは、」

「俺はいいけど?これも何かの縁じゃん。せっかく仲良くなれたんだし」

「どうする?汀子」

ふっと、色んな人たちの顔が浮かんだ。キラちゃんや浩一が、かけてくれた言葉が、汀子の中で反芻する。

《恋愛諦めちゃっているていちゃんが、こうやって前向きになって、超嬉しいんだよね》

《諦めるなよ。汀子も出来るよ。恋愛も結婚も。・・・・・・俺は寂しいけど》

汀子は、ひとつひとつの言葉を噛み締めるように、言葉を紡ぐ。

「・・・・・・出来ることなら、私も、タイジさんと、仲良く、したいです。でも・・・・・・」

ここで、肯定してしまったら、ここで、席を立たなかったら、もう後には戻れないような気がした。

「・・・・・・私はタイジさんのことが、好きです。でも、」タイジは、汀子の言葉を遮る。

「付き合おうよ。俺ら。」

手の震えが止まらない。憧れのタイジが、「付き合おうよ」と言っている。ここまで来たら引き返せなくなりそうで、怖い。でも・・・・・・。

震える手で、持っていた杖を強く握る。危なそうだったら帰る、帰る、帰る・・・・・・。

キラちゃんの顔が浮かぶ。でも、すぐに、ふっ、と消えた。

付き合いたい。恋愛をしてみたい。ずっと好きだった、タイジと。

震える杖を、握り直して、ふっと、息を吐く。そして、汀子はゆっくりと頷いた。

「じゃ、決まりね。もちろん周りには秘密だよ。これで「共犯者」だね。俺ら。よろしくね」

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