現実中毒
成功とは常識に敗れ去った先に在るものである。
ピカロは天成の様子を伺う。突然の転移に対して、耐性があるならば、出自の推測ができると踏んでいた。そして、Z案件の個体のみならず、天成自身の個体情報までも欲しがっていた。
天成は突然の転移に順応していたものの、気分が悪くなっていた。
「あんた、無茶するやつだな」
「おや、先輩にそんな口の利き方をしていいのかな」
ピカロは余裕綽々なようだ。
「おれは情報をもっています。それなりに深いところまでな」
くそ頭痛いな。
「ちくしょう、穏便にやるところはやれよな」
「ああ、おれは穏便そのものですよ」
「落ち着いたな。本題に入りましょうか」
椅子に腰掛けるピカロ。いつのまにか黒い床に椅子が生えていた。
目の前の男は転移にも大して動じていない様子であった。
「とりあえず、招いたからには肉でも食わせろ」
「ありふれたクソ肉を用意するなよな」
「黙って食べなさい、クソが」
「おれはウンコじゃねえ」
「消費するだけで作っているものはウンコくらいでしょう」
「こんな話をしに来たわけではない。そうだろ?なんか此処はイライラしてだめだ。早く戻せ」
「プライベート空間で話をしたくてね。腰掛けな」
ひにゃりとした感覚が尻を迎えた。驚いた天成は背筋を正した。どこか愉快そうな顔をしたピカロの顔が余計に腹立たしい。たまらず、会話を促す。
「こっち来いよ。キャッチボールをしにきたわけじゃないだろ?」
いい加減声を張り上げるのも疲れたところだった。
「この場は我が夢にて、面倒はない」
ピカロは瞬時に天成の元へ動いた、というより世界がピカロに寄ったのだ。
ウッド香水に鼻を包み込まれて、天成は怯んだ。
「さて、キミの肉体はここに馴染んでいるようだ」
蝋細工のような骨ばった指が頬に触れる。
「やめろよ、気持ち悪いやつだ」
温い風が頭を蝕むようであった。天成は集中するよう意識した。ピカロは何もないように自身の毛先を弄んでいる。
しばらく、この棺桶のような夢を破るものはいなかった。ついにピカロが口を開けた。
「同僚に酷いことをいう……さて、転生者については知っているよな?わかるでしょう。第三期転生者」
ピカロの瞳孔は開きっぱなしだった。のみこまれるほどに。
「なぜ、知っている?」天成は腕を組んでピカロへ向き合った。
「公開された転生者の、懇談会だったか?おれは見学にはいきませんでしたが、興味をもってな。近場でどんなやつがいたか張っていました。転生者が高確率で訪れる中央保護区内でな。公認転生者としてくるであろう奴がいる。そいつは転生きたがりのカスですが、野良としての経路は潰しているからな。生を根差すことを介さずには星間ジャンプはできない。余談が過ぎたが、おれは奴を殺しにきた。そして、奴とはおまえのことだ」
天成はピカロがASDかアスペルガーじゃないかと素人診断の意に駆られた。しかし、転生者情報を聞き出すにはうってつけであることも確信した。
闇夜に日が昇る。いつのまにか、足元に作られていた焚火も消えかけである。
ピカロは天を一瞥する。
「認めろ、お前は六幻だろ?」ピカロが迫る。
ここで天成は人違いのために殺されそうになっていることを理解した。
「はあ?だれだよ、六幻って。別人だ」
ピカロは極限の猜疑心に囚われていた。
(目の前のやつは第三期転生者。それは間違いない。中央保護区での観測、星河での異常な可値検出と末梢の痕跡から共通するのは伊勢階天成のフレッシュな行動の痕跡。以上から、伊勢階天成は可能性拡張因子またはその関係者と考えられる。大域空間で野良狩りを始めた以上、転生者の六幻は公認転生をするしかない。唯一の転生業免許持ちのこの世界に来るのは自明。しかし、六幻だという自覚があるなら、派手な行動はしない。だが、可能性拡張した前後でコイツが現れたことも確かであり、取り巻きの生き残りは前世が判明しているし、クソ野郎は六幻というには、あまりに俗である。伊勢階天成の公認転生者としての綺麗な情報はダミーだ。それらしいが、あまりに整いすぎている。初期の神経財団情報は秘匿されている。アクセスできるのは現ブレーンと二人のみという。可能性拡張による世界崩壊を抑止するためという体で転生を取り締まるのはいいが、その裏ではえげつない人身売買と研究を進めている。神経研究を超富裕層ビジネスとして、展開まで進めている。有望な人材と科学技術を独占して、支配に染めようとしている。その裏には六幻がいて、転生によって逃亡したことは間違いないんだ!大いなる神の意のもとにおれは奴を殺しにきたのだ!李下にて冠をただすものは処さねばならない。神人として、世界を救済するのだ!)
かりそめの陽が頂点へ昇るころ、ピカロは天成を殺す決意をした。敵わなくとも閉じ込めることはできる。そのために、権能をいただいたのだ。
天成は誤解を解くよりは夢から目覚めることを選んだ。
「わかった。じゃあ殺しなよ。早くしてくれ」
ピカロは一言によって、困惑した。
(なぜだ?諦めたのか?生き汚いヒトの子が!?あるいは……本当に違うのか?しかし、ここまでしておいて別人でした、これからもよろしくとはならんだろう。やはり、殺すしかない)
「ともかく、死ね」
ピカロが天成へ手を向けると天成の肉体は泥で包まれた。
先ほどまで冷たかったはずの床や椅子が沸騰するような熱量で天成を襲った。すでに眼球は弾けて、筋肉も皮膚もわからないくらいに溶けてしまった。感覚なき死期で天成はなにも想うことなく、人生を閉じたかと思われた。
常識に融和することは困難であり、その許容量は限られている。




