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隠された世界

 素数の泡は誰の目にも留まることなく、浮かんでは消える。


 雑音の揺り籠が星を包む。


 破られる気相。


 流転する生活。いや、それ以前に淘汰される世界。


 光は等しく、軌跡を描く。


 開拓される世界は上塗りされる。


 手垢のついた領域は用済みになり、やがて財産になりうる。


 生命の奔流で歓待と絶命が飛び交う。掴み取られては奪い返す。


 真に支配者たることはできないのだ。

 神経財団が設立した病院では、多くの生命が誕生している。


 子孫の作り方は培養から肉体出産と選べることができる。


 生じる生命はつねに遺伝子や受ける感情などを観測される。そこで体質や素養を査定される。


 この過程はいずれの選択を問わず、行われる。


 基本的に不良品が生じても処分を迫られることはない。


 神経が価値であり、幼い神経には可能性領域期待値、すなわち可値が高いのだから。


 ケースに紐づけられた個人番号。紐づけられた個体情報。親個体の名称。


「今期最大のホープはこれかね?」

「はい。トートイレ上官」

「個人番号0019223775454 親個体名、岩島理香子……父親は不明?無登録個体か。概人案件か?あるいは転移者かもしれないな」

「転移者ですって!そんな危険な者が付近にいる可能性が高いなど、考えただけで恐ろしいですよ!いますぐ、生命統括部へ調査依頼を出して、この子もZ検査するべきですね」

「そうはやるな。転移者ならば、存在開始時に情報洗礼を受けるはずだ。これは神経を有する生命体ならば、例外なく受ける環境型洗脳であり、攻撃性を認識した時点で強制拘束される。子を成している時点で、性病や新たな流行り病の拡大などの懸念はあるものの、重大な文明汚染は成しえない。穏やかな生命であることが考えられる」

 トートイレという男は椅子に座りながら、大柄な肉体を横に揺らして語った。


「しかし、偽ることもできるはずです。一期転生者でもいたように。その顛末がどうなったかは上官の方がよくご存じのはずです」

 若き男は怯まず意見を述べる。トートイレは報酬競争に勝利するために、大量生産による賜物を歓迎しているが、それが監査対象スレスレのハイリスクな行動方針であり、洗脳管理に背く危険な神経だと捉えていた。トートイレ自身も自覚はあるものの、拘束だらけの職務に鬱憤が溜まっており、この奔放な性格を治したくも、実績作りのための冒険を辞められない。


「ふん……生意気にいう。転移者なぞ、極めて希少な事例だ。データロスなのは疑問が残るが、こいつを花咲かせるのが面白い。そう思わないか?いい神経ができるぞ」


「価値のある神経を使うとき、身元不明では通りませんよ……花を咲かせるには障壁を理解する必要があります。冬を悟らぬ花にコレットは付けられないのです」


「ちっ、全域遡及は費用が嵩むが、費用をかけてでも期待が上回るだろう。時間はかかるが、それまで別の研究に注力して待てば良いか」溜息が漏れる。

「流石上官、深遠なる判断です」若い男は顔を綻ばせた。

「大昔の人工知能みたいな安易な褒め方は減点だぜ、ミスター天成」

 トートイレは手元の波を突いて、Z検査を承認した。

「なあ、ミスター天成。新参者のキミが弊社の生命統括部にきたことをキミの同僚たちは怪訝に思っているよ?ワシは気にしないがね……部下など腐るほど持ってきたが、キミはだれよりも出世しそうだと感じている。」

「それは光栄です」嬉しさ半分、無が半分。

「しかし、生命統括部という急進にみえて実は保守的な組織では、周囲を観る力も主導権を握るうえで肝心だ。その点、キミは欠けている。他人に関心がなく、それは幼稚にさえ映る。利己的なだけでは限度がある。もし、キミがここで成功したいなら、周りへ関心をもつべきだ」

 そういって、トートイレはゆったりとした足取りで場を離れた。入れ替わりで入室したZ検査担当グループが培養ケースごと生命を運んで行った。残された部屋で青年は深淵を眺めるように佇むのであった。

 天成は、情勢調査のために分体を寄こしたに過ぎない。それも転生者などの例外の処遇を知るために。周りと馴染むことは調査に有効なのは百も承知なのだが、文明そのものに馴染めないでいた。社交性にも色々分けられるとは思うが、シュリンプやアファトにはそれぞれの社交性があるように思われる。それが羨ましいまではいかないが、価値を認識せざるを得なかった。それでも例外個体情報へのアクセスは容易に思われたため、変われないのだと悟っていた。

 Z検査が済めば、推定転移者へのアクセスができる。子を成す程度に馴染んでいるならば、別の例外個体へのコネクションを持っていてもおかしくはない。いまの権限では、他の転生者がどこにいるかもわからない。とくに二期の転生者の情報が少なすぎる。一部の一期転生者が富裕層に飼われていることは掴めたが、接触もできていない。それは数が極少数のテストによるものだから理解できる。しかし、二回目は明確な思惑によって、大量に仕入れられたという。それがみつからない。


 ちょうど、侵入信号が伝わる。神経管理課の男性だ。

「よ。噂の新人か。おれはピカロといいます。よろしくな。お願いします」

 髭だらけだが、剃ればイケているかもしれない。だが、それよりも問題なのは言語だ。どうにかならないのか?

「伊勢階天成です。新人で右も左もわかりませんが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

「いいって!別部署同士気にせず行きましょう」カオスな寝ぐせがついた前髪が揺れ動く。

「どういった御用で訪れたのですか?」相手にしたくない心理で用件を急かす。

「冷たいな!用がなければいけないというのですね!」冗長すぎるとこいつの上長に伝えてやりたい。

 ピカロは先ほどまで培養ケースがあった机に目を向ける。

「いやちょっと、Z案件がきたのを小耳にはさんで気になりまして。検査担当(あいつ)は口が堅いからな!」お手上げといった風に大げさなジェスチャーをするピカロ。

「わたしなら口を滑らすと?」

「ばか、おれはわかりますよ。あなた自身が転移者に興味をもっているとね。なにせ面倒臭がり屋のトートイレがそんな煩雑で膨大な検査をやりたがる道理はないからな!彼は結果さえでれば過程を顧みないでしょうから。他の傀儡は忠実に規則をこなすだけ。例外対応を忌避する集団です。これは、やりたい放題の新人とやらが主導したに違いないだろうとね」

 ピカロの指摘に腑に落ちた天成は、その洞察を認め、そして、警戒した。姿勢を直して、目の前の曲者を一瞥する。

「そこでなにを寄こすつもりだ?」

「ふふ、話が早いですね」ピカロの髭が笑みで歪んだ。黒の長髪といい、落ち武者みたいなやつだ。

「………」

 蘭蘭としたまなざしが天成を映す。ターコイズブルーの光彩は機械的であり、伸ばしっぱなしの体毛が真っ白な皮膚を守るように覆っている。

「さて、いこう。オフレコの話をするに相応しい場があるのですよ」

ピカロが突然、天成の肩に触れると、一瞬の暗転が身を包む。



「ここは模倣された世界。履歴には残らない、一部の特殊な知覚のみ把握できる領域。さて、感覚は馴染んでいるか?おれの転移に耐えきれないやつではないでしょう?」

矢は光陰のように過ぎる。


文化も同じである。


言語の迷宮を破るには生物を理解することは有効である。


そうすることで絡み合った複雑な紐が解けるのだ。


さあ、その手を動かすのだ。

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