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濡れる花道

今年もよろしくお願いします。再誕と変化を迎える懸命な時代が続きますが、本質はいつも寄り添うのでしょう。


 雨が降る。霧と流線が視界を埋める。息が詰まるような湿度。


 熱帯雨林。


 アファトは遠く離れた地域へと旅行に来ていた。


 シュリンプはしばらく霹靂に居たいらしく、また、天成は同胞探しで街を歩き回っている。


 アファトは回復も早く、やることがない状況を嫌って筋トレに精を出していたが、飽きてしまった。来たばかりの世界を味わうために、知り合いのトーマソへおすすめの場所を聞くとジャンブルといわれる密林地区が良いと答えたため、はるばるやってきたのだ。


「とてもじゃないが、休まる場所はないのか?」息切れしたアファトは辺りを見渡す。


 古民家を見つけたアファトは、窓から様子を伺う。中にはマッチョな男がひたむきに筋トレしているのを見つけた。


 なんだあれは!?


 ワンセットを終えた筋肉ダルマがクールタイムでやたら食い続ける。


 その剛腕と大きな手に対して、小さく見えるが、おのれの指先から手首まではあるだろう。硬質な層は先端のとくに硬い突起を破ることで、中身を露わにする。内包された世界は脆く、あっという間に光はのみこまれた。その白には粘度があり、おおよそ外皮に沿った形を有するが、衝撃に弱い。匂いは特有の化学ガスによるもので、経年によってその存在感は増す。口の中で絶えず形を変えては溶けていく。残ったのは硬い皮のみである。その黄色い世界に着いた黒点は、どこか魅惑的である。


 アファトはたまらず、ドアを叩いた。

「へい!へい!」

 窓の男と目線が合う。彼は怪訝な目でこちらを見つめる。気まずい間が流れ、扉が開けられた。

「おい、だれだ」

 近くでみるとその飛び出さんばかりの隆々とした巨躯が感じられる。意外にも汗の香りはしない。

「ぼくはアファトさ。そのたまらん黄色いやつは?」

 アファトは、珍しく興奮していた。

「おおん?バナナだ。バ ナ ナ」


「それはどこで手に入る?」

「どこでも手に入るだろう」

 アファトは内心、無意味な回答をするなと舌打ちしたくなったが、留めておいた。

「バナナか」

 どこかで聞いたことがある。それは遥か昔の王も気に入ったものだと。とはいえ、バナナの何が己を惹きつけるのか、アファト自身わかりかねていた。

「これ食えよ」筋肉ダルマが一房を差し出す。

「やるな、あんた」アファトは瞬く間に受け取ったそれを平らげた。

 なるほど。ねっちょりとした触感は驚くものの、易く歯が通る感覚と官能的な甘み、僅かな渋みが素晴らしい。かすかな芳香が鼻腔を抜ける。

「うますぎる」

「そんなに気に入ったか。アファト、バナナは大河の向こう側にある畑一帯で大量に作られている。行けばいい。腐るほど買えるだろう」

 いつのまにか筋トレを再開している筋肉ダルマをみてアファトは顔を崩した。

「最高だ」




 一方で望月シュリンプは、霹靂区で瞑想を続けていた。以前の記憶が戻ったことで、混乱と興奮が押し寄せていたが、同時に自身の快楽主義を抑える必要を感じたのだ。


「腹減った、眠い、抱きたい……」


 しかし、それは難しいようだ。


 環境を変えることが一番の精神的拘束となることを実践するときがきた。まず、シュリンプは充分な睡眠と栄養を摂った。そして、街へ繰り出した。


 あいにくの雨で微妙な気分になる。それでも、性欲はあるのだ。でなければ、熱帯地域で人はどうやって繁栄するのかという話である。道端に落ちた花びらはいつもより濃い色で存在を主張するように、どこかで濡れるような美女が自分を待っているかもしれないのだ。


 ちょうど標的を見つけた。露出した太ももがふくよかな若い女性。

「ああ、佐藤さんじゃないですか!」

 もちろん佐藤など彼は知らない。その体で当たるのだ。そして、極めて良い第一印象を与えることも狙う。ここで距離は詰めない。あくまで偶然でかつ、安全を装うのが重要だ。

「ええ?佐藤ではなくて岩島ですが」

 ここで実名を引き出せたということは警戒を強めてはいない証拠で、リラックスさせられているかが要となる。副交感神経が活性する夕方にプロポーズすると有効などの例もある。


「あら!たしかにお姉さんお綺麗ですし、違うよね!」

 比較するのはともかく、褒めることも重要だ。内面を褒めると良い。

「実は友達を待っているのですが、早く来すぎてしまったようで、ぜひお茶とかいかがですか?」

 遠回しに自分には友達がいて、変質者じゃないですよと伝えている。そして、ナンパ目的で付けているわけではないことも表している。“よければ”ではなく“ぜひ”にすることで一緒にいく選択を強調している。遠慮すると断られる余地を増やすことになるからだ


「実は気になっている店があって、紅茶と珈琲どちらも美味しいとか……下見に行きたいんですよね」

 さて、ここで岩島が敬語を使われることを好むか、タメ口を好むかという命題がある。ここで、二人はおよそ同年代と仮定するとタメ口の方が良いのだが、これは個人の気質による。雨の日に一人で歩くのは予定があるか、散歩好きかである。ここで、足取りを見る限り、ゆったりとしていたし、カジュアルな服装からして、個人の信念が強くプライドが高いタイプである可能性は低めとなる。美人なので、それなりに声をかけ慣れていることは想像に易い。


「わたし、ちょっと用があって……」

 ここで短兵急なシュリンプは断られたと思った。というか普通断られるものだ。ましては小雨のなかで立ち往生することは選び難い。無視されなかっただけ、温かいスタートともいえる。それでも、粘り強さを発揮するべきだと冷静さが巡る脳のなかでシュリンプは思い直した。

「そうなの?ごめんね、話せてよかった。ありがとね」

 スパっと切るほうが心象良いと踏む。往生際の悪さと粘り強さは区別するべきなのだ。

 シュリンプは連絡先を伝える二択を迫ろうと思っていたが、ここで思わぬ展開となる。

 岩島理香子の方では雨のため、待ち合わせ予定を延期する旨が彼女の友人から送られたのだ。身勝手に振り回された岩島は考えを逡巡させるーーひとりでやることは限られる。カフェにいって情報を浴びても仕方ない。ならば、この目の前にいる好奇な存在に付き合ってやってもいいかもしれないーー

「うーん。じゃあ軽く寄ろっか」

「いいね。とりあえず、店内で時間潰そうよ。濡れてせっかくの髪が乱れたら、もったいないって」

 あくまで利他であることを伝える。友達感覚で誘う。


 はたして、そんな店など用意せずに繋げたわけだが、ある程度店がある地域なので、それらしい場はすぐに見つかった。隠れ家的であり、洗練されたアンティーク調の建造物は双方を満足させた。もっとも、紅茶にこだわりはなさそうではあったが、珈琲についてはややうるさいため、もう少し、好みに合うものを見つけたかった。

 他愛のない会話が好きなシュリンプは、女性との相性が良い。とくに岩島のような陰謀論に魅了された盲目なヒトから好意を得られやすい。弁の立つシュリンプは、現地の情報も探ろうと試みた、そのなかでいくつかの有益な情報を得ることができた。ひとつは“過去に有名タレントが啓蒙活動によって消されたが、それは転生者であるためであること”。もうひとつはプロパガンダとして転生を取り締まる管理組織が、裏では栽培したヒト神経から、都合の良い意志生命体を増やして、世界を掌握しようとしていること。それらは、エンタメとしてでっち上げられたサイエンスフィクションとしての話である可能性が濃厚だが、ヒトとして自由に転生させられている事実がシュリンプの大脳新皮質を疑念と期待で満たす。二杯目が枯れるころには、空は静まり、闇が点々と広がっていた。


「いやあ、今日はありがとね、理香子ちゃん。」

「こちらこそ、ありがとうございます。望月くん。ご飯までごちそうになって」

 二人で通りを歩く。妖しく光る通りには大勢の屍が闊歩している。独特の波長とやかましい音楽。会話、雑音、臭う横道。ほったらかしのゴミ。

 シュリンプはなんとなく、手を握った。幾分かの緊張が続いて、受け入れられる。シュリンプは手汗に辟易しながらも、解きはしなかった。そんなものは些末なことであった。


 ホテル金澤。変幻自在の部屋を構える、実体をもつ不動産である。


 やや古びた白の門をくぐる。噴水がイルミネーションで彩られている。ここだけ見るとデートスポットのようである。レンガ造りの小道を歩く。腕によりかかる熱と首元から入る冷気の混在を抱えて、シュリンプは歩く。そこに罪悪はない。


 部屋を取る。備え付けの知性に提案された部屋は高級すぎる気がしたが、どうでも良くなって其処にすることにした。足の裏にまで支配したリビドーは悩む時間を与えなかった。


 ご飯のメニューと関連して粘液だの下着だのが注文できる状況に戸惑う。誰がメシにローションをかけて、パンツを持ち帰る??


 シャワーを浴びる時間を本心では惜しみながらも、常識に抗えない彼はエチケットとして、身を清める。ただひとつ、心だけはいつまでも清めることができない人生である。


 一緒に入ることも考えたが、隠された湖を切り開くまでの展開を愉しむとした。

「ああ、そういえば」

 瞑想のことを思い出したシュリンプはやたらとデカいベットのうえで胡坐をかいた。目を瞑り、手足の神経に集中する。暗闇とわずかな香水。水の音。ここが滝や大河として、おれはひとり落ち着くのだ……集中が続く。集中力こそ成功への大きな資産となろう。むらむらする精神が落ち着きを取り戻したころ、水音が止んだ。おれは森のなかへ移動したのだろう。安らかな自然。柔らかな光が目蓋に当てられる。穏やかだ。草原は指を滑らかに滑らせる。感覚は馴染み、永遠が続くと錯覚する。停滞の矢先、彼の無の境地を遮られた。


「え、なにやっているの?望月くん」

 背中に湿った肉体が寄せられる。煩悩の洪水が、神経と血管を巡る。草原は消え去った。

「いまから始まる時間に向けて、集中していたのさ」

「なにそれ、おもしろい」岩島が隣に座る。肩まで伸ばされた髪がかかる。

 太ももに手をかけると瑞々しい弾力に包まれた。肉体が期待と熱に冒されるのを感じる。抱き寄せて、全身に手指を滑らせる。

「少し眩しすぎる。とても素敵だ」シュリンプは電灯を弱めた。

 この瞬間、アファトは殆どを忘れて、没頭する。瞑想なんて要らない。これでいいと確信したのだ。


 ひと段落ついて、小腹が空いたシュリンプは備品の菓子に手を付ける。

「これ、はじめて食ったけど、美味いよ」相も変わらず裸族のシュリンプ。瞑想の姿勢で平らげる。

「いま食事制限中なんだけど」気怠そうに横わたる岩島。

「さっき動いたからセーフでしょう」一枚を渡す。

 小突かれる肘が腹斜筋から内臓に響く。シュリンプは飲みかけの食物を噴き上げそうになる。

「ちょっと、悪かったって」

 バナナチップスをアファトと天成に共有すると、アファトの尋常ではない食いつきに面食らった。

「さて、こちらのバナナはまだ旬かな?」

 急にオヤジみたいなことを言い出した岩島に、シュリンプは再度噴き上げそうになった。

「ちょうど、この黒子が食べごろの証拠……みたいな、ね」

 酒場なのかホテルなのかわからないテンションで再戦の蓋は切られたのであった。


催しを忌避するよりは便乗して恥じらう方が幸せ。

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