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黄金と水晶、薔薇と茨、死の青春

鶏の遅筋

 夢。


 世界。


 まどろみ。


 モザイク。


 色のない景色。


 夢の世界。まどろみに彩度が希薄なモザイクがかかる。


 アファトは藻掻いていた。転生の息苦しさ。


 鎮痛が解ける。手足の痺れがわずかに残っている。


「うっ、朝か?」片足をベットの外に出す。床に足の裏がふれて、血管に血が巡りだす。


 重なるカーテンを両手で引き開ける。



 前よりも重くなった肉体感覚を少しずつ取り戻していく。ひんやりとした廊下のフローリングは素足を慰めてくれる。


 ようやく、まともに歩けるようになった。気が付くとステップを踏んでいた。


 「マジで怖かったな、なんだアイツ。ぼくを知っていたのか?」


 手元の水を飲み干す。夜の冷たさを残す液体が粘ついた咽喉を流れる。


 黒い土で作られた煉瓦のトンネルを抜けると噴水があった。


 ベンチに腰を降ろす。太ももが少し瘦せたようだ。


「人生というものは連続しているようでそうとは限らないものだ。非連続な人生を創れたなら、きみは革命家にでもなれる。シュウ、きみは未来のためになにを断ち切って、なにを残したい?」

 テラがシュリンプへ話しかけていた。


「うん?知らねえな、一所懸命に生きていれば、勝手になにかあんだろ…………そもそも、人生を分けるといったって、そんなの後から都合をつけて区別しているに過ぎないじゃないか」

 シュリンプは裸に腰巻一枚という恰好をしている。なぜ?一方で、テラは超重ね着をしており、大量の紙を落としっぱなしであった。


「ふむ。恣意的な分類は好きじゃないのかね。たしかに人生はなにであろうと素晴らしい。その内容を考えることはもっと素晴らしいと思わないか?」テラは両手を広げ振りかざした。


「おまえのように常に考えるような個人は少ないだろう。休み休み考えるものだ」

 シュリンプは滝の上に位置するバルコニーから、小便を放つ。


「ほぅ、ちんこが痒いわ」

「おい。聖なる滝だぞ」

「連続する流れを作ったのさ、文化としては非連続だったかな」


 騒がしいのを他所に、アファトは霧が昇るのを見つめていた。


(ぼくは前世がよくわからない。それは繋がっているといえるのかい?)



 深い霧が立ち、森林は白に包まれる。霹靂区は自然保護に手厚く、そして同時に存在していい人口が決まっている。動物化も例外ではない。抜け道はほとんど残されていない。テラ即須は数少ない原住民である。元々本屋をやっており、書痴として有名であった。いつしか“転生者”という言葉が耳をなぞるようになってから、人目のつかない秘境へ移動した。ある日、黄金の瞳をもつ盲者が彼を訪ねた。

「はじめまして。少しでいいので、匿ってくれませんか…………」

「いや、うちなんて汚くて小さな場所なもんで、それでも良ければ一瞬どうぞ」ドアを開けた。

 別で足音が近づいてきた。

「すみません!人を探しているのですが、誰かいますか!」

ゴンゴン!やたら強いノックの音に二人は驚いた。

「おい、知り合いか?」

「い、いあ、知りませんね」


 テラはすかさず扉を開けた。迷い人はカーテンの裏にしゃがみこんだ。

 出てきたのは若い女であった。その面立ちには神経質な緊張がある。

「当然申し訳ありません。ヒトを探しているのですが、お時間よろしいでしょうか」

「いや、こんなところに珍しいねえ。どんなものですかい」

 ひと先ず、尋ねてみる。

「黄金の瞳をもつ男なのですが……」

「そんなものがいれば、目立つでしょうね!なんですか、ご家族ですか?」

「いえ、仕事仲間といいますか……」

 テラはこの発言を嘘だと見抜いた。女が発するわずかなストレスが欺瞞を感じさせた。しかし、仕事関連でなければ、ここまで来ないだろうとも察した。結論からいえば、この人達は神経財団の管理課または、単なる遭難者の調査員だろう。人の気配がするが、おそらく同僚かなにかが控えている。油断させるために敢えて女性を応対させたのだろう。

「……それはご心配ですね」

 テラはさりげなく地面を見た。匿っている男の足跡があれば、隠蔽が無駄だからだ。焦って逃亡する男に、証拠を残さぬよう行動する余裕などないはずだ。

 そもそも、後ろで隠れている男は隠蔽するほど、信頼に足る人物なのか?今更ながら、簡単に入れてしまった己を責めたい気持ちになった。しかし、テラはこの状況を愉しんでいた。退屈なために。

「さきほど、人がいたのは確かですが、目元が見えなくてですね。帽子を深々と被っていたもので。水だけあげたのですが……」

「その方は」

 背後でわずかに窓が上げられた。逃げようとしている。しかし、おそらく捕まってしまう。目線を感じたのは二人ほどで、全方位を抑えていると考えられる。

 テラは両手を背後へ回し、人差し指で×を作った。幸い、途中で音は止まった。わたしの緊張を悟ったのか、女は怪訝な表情を一瞬見せた。

「すまん。ウンコしてくるわい。がはは。お茶でもお持ちしようか?」

「そんな、結構です」

傍目で金色の瞳が煌めく。長引いてもいいことはなさそうだ。

「少し外すわい」テラは便所へ向かう素振りを見せて、扉を閉めた。窓に無数の目が付けられたが、気づかぬふりをした。ヤバいのが一人はいることが確定した。この時点で、黄金の瞳が隔離対象か、犯罪者であることが伺えた。庇うべきか、話すべきか。結論は定まっている。愉しい選択をすることだ。しかし、彼らは匿いを疑いはしているし、真実の瞳が硝子を超える頃には、あらゆる隠蔽も意味をなさない。そこまでして暴きたい存在には何らかの価値がある。

 テラはションベンを流し、クラシック音楽を付ける。ショパンのノクターンの20番、Cシャープマイナである。だれにも聞こえないくらいの声で呟く。

「テ・レスポーン」

 金色の瞳の男に粘度のある土を纏わせる。呼吸を少し我慢していただこう。もともと野菜を破棄するために、直接、地面へ埋める法式なのだが、デカくてもなんとかなろう。ならなくてもいいが、新しいことは学びたい。一曲が終わるころ、粘土は解けて消えた。呼び寄せた場へと戻ったのだ。

「すまん、お待たせしたね」

 テラは何もなかったように扉を開けた。監視者を置かれたことに気が付いた。不快だ。田舎ーーというよりは森の中ーーに来た意味が薄れた。誰の邪魔もされない空間がひとつ潰えた。やられたからには相応の収穫が欲しい。

「とりあえず、ひとりはみたけど、金色だったかはねえ。わたしもかかりっきりなもんで」

 女は緊張も緩和もない中立的な面立ちで答えた。

「わかりました。ありがとうございます」

「すまんね」

「いえいえ」


 その後、監視者や真実の瞳は残されたが、3日後には矮小な知覚検知だけになり、1週間後にはすべてが素になった。テラはなるべく早く例の男を掘り出しに行きたかったが、念のために10日を待った。その間、わずかながらも新鮮な食糧を地中の廃棄部屋に転送したし、空気も入れ替えてやった。直接見てはないが、おそらく生きているはずだ。


 人糞の臭い立ち込める廃棄部屋。しまったクソをすることを失念していた。

「やあ、生きているか?」

「もっとマシな隠し部屋があったのではないですかねえ」

 やや痩せたのか、元気はなさそうだったが、自由なだけマシなものだろう。

「そろそろ、あんたのことを教えてもらおうか。只モノじゃないね」

「先ずは体を清めさせてもらっても?」

 切に願われる。それは辛いだろう。

「うむ、臭いわ。はやく出よう」


「う、眩しい」

 盲目とはいえ、暗闇生活は堪えたのだろう。

「さて、湯と服を用意してやる。まちたまえ……」


「ありがとうございます。本当にいろいろと」

 汚れて老けていたようにみえたが、思いのほか若いことに気が付いた。

「茶でも飲むか。いつも水しか飲まんが、こういったときくらいはな」

 埃をかぶった茶碗を洗う。この焼き物を使うときがくるとは思わなかった。


 久しぶりのお茶に安らいだ二人は会話を弾ませる。他愛のない中身ではあるが、テラは本題に切り込むことにした。

「そういえば、きみの名前を聞いていなかったね?ああ、わたしはテラという」

「矢司部、矢司部昌太郎といいます」

「いい名前だね」

 呪文もみたいな名前だなと思ったが、失礼かもしれないため、褒めておいた。ヤシベショウタロウという呪文はどんなことを実現するのか想像が膨らみかけたが、実情を探るべく、粘ついた現実に向き合う。


「ヤシベさん。結局、彼らはなんだったんだろうね。」

「……………………神経財団をご存じでしょうか。表向きは生物研究の細胞提供などを行う組織です。しかし、その裏には多くの業務を行っています。知る限りでは偉人の神経研究や動物倫理に反する生体研究があります。中でも野良の転生者を用いた人体実験は非常に悪辣です。なぜこんなことを知っているかって?それは私自身が転生者として囚われていたためです。この目はやつらのせいで…………」

 涙が伝う。冷めたお茶を飲み切る。

「それは辛かろう。金を挿すとは悪趣味な」

 転生者がまだ珍しい時代であったため、テラ自身も転生者については殆ど知らなかった。しかし、碌な扱いではないことは容易に伺えた。

「散歩でもしよう。森の徘徊はいいぞ?」

 二人はしばらく無言で歩いた。


「そろそろ、帰るか。おまえも泊っていけばいい。宛てはあるのか?」

「そうですね。んん?空が変だ……」

 ヤシベが頭を上げる。テラも続く。


 風が唸っている。血の香りが漂う。死の気配が近いこと。一線を越えた。空に隠された監視者は、二人を捉えたのだ。


「すまん、気づかれた。すぐに追ってが来るぞ」

「もう廃棄部屋は懲り懲りだ!!」


 雇用者が舞い降りた。この世界で働いているなんて、奴隷根性凄まじい。

「あなたを転生接触者として認めます。こちらに応じ、来ていただけますか」

 生存税の鎖が強固になる。忌々しい。

「ひい!すみません」

「ヤシベ、この場を潰す。出る準備をしろ」

「はあ?なにをするつもりですかっ」

「わたしは自由。自由がわたし、すべては意志がままに」

 テラのまわりに光が錯綜する。認識てきない熱と光が姿をくらます。

 大地は不安定な乱流のように揺れ動き、やがて崩れた。残された団員は長距離落下の末に死滅した。

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