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細刻みの祈り

煙、雪と灰。拝む指に血は通わず。

 そらには白く太いものが敷かれている。それは気流によるのか光度の波なのかわずかに蠢いている。


 y9は生物の呼吸も聞こえない土の平原で天へと祈る。




 伊勢階一行は会場近くの喫茶店を訪れていた。豪奢な椅子が80席ある店内はロココな家具で埋め尽くされており、床は大量の書籍が透明な蝋でとじられていた。死んだように血の気のない幽霊女によって顔奥深くの部屋へ案内される。たまたま隣に座する老人たちはバケツよりも大きな器に入った珈琲のウイスキーを延々と流し込んでいる。

「おや。椅子があるが、割と立っている人が多いね」アファトが気が付いた。

「健康意識に高い彼らは、長く座ることをリスクとしているのだろう」伊勢階が続く。

「とりあえず座ろうぜ……」小声で望月は誘う。

 机の真ん中に立ててある金の延べ棒に触れると、メニューが現れた。

      本日のコーヒー プレミアムコーヒー その他もろもろ……

「とりあえずふつうので良くね?」

「ぼくは甘いのにさせてもらうよ」

「………」

 伊勢階が決めた注文を入力する。あとのふたりも続いた。フードメニューもあるが、なんとなく贅沢がはばかられた。延べ棒が復活した。辺りにはおしぼりと新聞、水が置かれていた。

 新聞の一面を読み終わるころ、金の延べ棒が消えて、コーヒーが提供された。砂糖他オプションは頼めば出てくるらしい。ふたりにとって、コーヒーはまずまずだったが、空間の快適さはたしかであった。

「きみたち、これを」伊勢階がある記事を指さす。それはテロ被害を受けた空島工業の廃業についてだった。

「うわ!物騒なんだな。」「この世界は意外と不安定だね」


「失敗」

「これもやばいね。出自不明の性病、蔓延」(風俗とかあるのかな?)

「さすがに有性生殖かな?勝手に増えたりしそうだけど」(クローンとか余裕でありそう)

「もう性交してしまったことは黙っておいたほうがいいかもな」(へええ!)

 二人の顔がこちらに向く。気まずい。

「やるな望月」「うそでしょ?!いつのまに……こういうのがモテるのか?くそう」

「いや彼女というか妻というか……ちょっとまて、すごい機能を見つけたぞ。耳を立ててみろ」

[ここの砂糖、黒砂糖はないのかね?][塩かけちまった!最悪だ。交換とかもできねえよなあ…………][ねむ]

[五羅区のヤミ賭場いくか?][転生者がいるって噂だろ?あぶねえよ][このコーヒーは後味が渋いな、さっぱりしたやつにすればよかった][殺す、全員殺す。善人も悪人も構わねえ、殺す。殺す。][来月からは水しか飲めない生活にしよう][ええ、なんで?][うまっ][ここいいですね][この後しばらく雨か][空のカップで居座るの心地悪いし、そろそろ出るか]

「なんだ!一斉に声がしたぞ?」伊勢階は両手で頭を押さえた。

「ぼくには聞こえなかったけど」アファトは知らぬ顔だ。

「おれたち狂ったのか?」

「そんなはずはないと思いたいが…………それよりも望月、転生者についての会話があったよな?」

「ゴラクが~みたいなやつか!」

「いってみないか」

「いつからかわからんが、いますぐいくか」

「ぼくを置いてけぼりにするなよ、なにがあったんだ」

 伊勢階はアファトへ経緯を伝えた。

 一行は店を後にした。ハブを作るには転生者リストが大事だ。五羅区では転生者が集うパーティーが開かれているらしい。


 マップをもとに五羅区へ歩く。先導する望月と街並みを眺めながら進む伊勢階を、アファトは後ろから眺めていた。

(転生者といっても、千差万別だ。それも当然、出自もかけ離れていることが想定される。同じ枠組みでも、できることのスケールが違いすぎる。常識もまったく違うかもしれない。)

 彼はなんとなく前をゆく二人と疎外感を得ていた。望月は開放的だ。伊勢階は冷ややかな面こそあれど、配慮をしめしている。しかし、同じ転生者と一緒くたにするには理解が足りないのではないかと思っていた。そもそも、偏見を抱いて抑制しているのは自分の方ではないか?

「しかし、入り組んだ街だな!」望月はこのなかで随一の体力を有するが、精神力はやや落ちるところがあった。(集まりにかわいい子いないかな。腹減ったし、さっき食べればよかったな。)

 伊勢階は都市の歴史について、頭を巡らせていた。行きかう人々の生活。ここで生きるということ。なにを成すのか。救世とは。転生した所以とは。


 ここが例の賭場だ。高級焼肉みたいな外観だが。中に入ると微細な音がなったのを伊勢階は見逃さなかった。感知された。こちらに敵意はないので、堂々と奥へ進む。まだ明るいとはいえ、明かりのない部屋。細長い通路に埃の臭い。靴音。はだしの望月は靴を欲しがっていたが、革靴が窮屈そうである。アファトは足がデカい、おそらく特注のものだ。

 突き当りの壁にはひとつの古びた扉がある。ただのバーの入り口にみえる。営業時間はきまぐれらしい。望月が扉に手をかけようとした瞬間、低い男の声が真上から響く。

「オマエタチ、この辺のものではないな?」「…………おれたちは転生者だ」

伊勢階は声が壁の棚にある石像からしていることに気が付いた。

「転生者が何の用だ」

「ここに別の転生者がいるという噂を耳にしたので訪れたんだ。アポを取らなかったことは申し訳ない」

 伊勢階の誠実な声に主は嫌疑を晴らし、扉を消した。扉と思われた位置には壁があり、一帯のレイアウトは幻であったのだ。左壁の壁が少し右へずれると本物の通路が出てきた。

「話くらいは聞いてやろう。応接間までこい」

 弱い蛍光が床を走る。その光線の先に部屋があるのだろう。一行は赤い絨毯の通路を進み、やがて部屋へたどり着いた。

「こちらだ、入るんだ」ノックもしていないのに、声を掛けられる。

「なんか事務所みたいだな」

 応接間には簡単な机とソファが四つ置かれている。なぞの酒瓶が棚に飾ってある。アファトの背丈を超える大きな観葉植物となんらかの石像が調和をずらしている。薄茶色の明かりが男を照らしていた。

だれかを殺しそうなほどの鋭い目をもっていて、髪は後ろへ流していた。剝き出しの刃のような男であった。

「よお。オメえらはなすがままの人形だ。シチューにジャムが入れられるのを黙ってみることしかできない。悪いが、ここで死んでくれよな」男は酒瓶を爆散させると硝子霧を我々へと吹き付けた!


 とっさに前列にいたアファトが分厚い革の上着を広げ、身を挺して背後の二人を庇った。それでも多少の硝子霧が天成の手や顔の皮膚を襲った。そして、シュリンプはそれらを僅かながら吸ってしまった!

(粘膜を守れ!)アファトが口を腕に羽目ながら叫ぶ。酒気混じりの空間に血の臭いが満ちていく。

 アファトが傷を負ったのかと思うも束の間、シュリンプが嗚咽と朱い唾を吐いていることに気が付いた天成は背後の扉をぶち破り、そこへ仲間を引きずり込んだ。

 酒瓶男は追ってはこなかった。硝子の破片が手首や首をかっさらっていた。絶え間なく漏れる液体によって床は広く広く染みる。


 唯一、髪と服だけで被害が済んだ天成はアファトとシュリンプに埋まった幾多の破片を除去しようと試みた。大半のそれは落とせたものの、撫でるだけでも増える切り傷に頭を悩ませた。

ブフーッ!!鼻息を吹かすと都会の新鮮な空気が入って来る。

「鼻毛を切っていなかったことが功を奏したのかな」鼻くそにはひとつも破片がなかった。背のデカい アファト、酒瓶との間にはシュリンプがいただけで自分が食らっていなかったのは悪運がよいとしか言えない。アファトは苦痛に顔を歪め、シュリンプに至っては青ざめた顔で唇をつたう唾液を拭いてすらすらいない。

(ーーもはやここまで)

「天成よ、友を救いたいか?」y9が頭上に浮かんでいる。

「都合が良すぎるが、聞いてはおこう。できることがあるのか?」曇りのない瞳を受け止める。

「じつはおまえにできぬことなどない。ここで負ける選択肢はないだろう?やるしかない」

「おれは医者ではないぞ、前世ですらな。しがない生物さ」風が吹く。

「いまの酒瓶男は幻だと心から信じたとき、それは現実のものとなる。もっともおまえはリアリストだから、それは精神崩壊でもしなければならないが」

「いや、幻であるならば、そんなにいいことはない。幻であるべきだ。そうである」

「自己洗脳能力が足りないな、厳しい」天の運河が蠢く。

「くそ。くだらねえ。てめえの人生はあなたで救えと此処ではいわんかね。」シュリンプが声を絞る。

「ああ、ここは病院も保険もないらしいから、生きて帰れたら起業しようぜ」アファトが身を起こす。

 y9は傷だらけの獣を眺め、天成へ告げる。

「思いのほか丈夫だ。寝れば治る。わしは還る」

 養生施設というか、y9が私有する津々浦々の別荘に二人をやることとなった。

 天成はこの世を良くするという単純な使命で世を学びつづけた。そんななかでシュリンプの連れを見つけた。「もしかしてソラリネさんですか。わたしシュリンプの友の伊勢階といいます」

「ええ、下層に源泉を忘れたもので分かれたきりでしたが、シュリンプは生きているのですか!」

うるさい女だったので無視したくなったが、とりあえず構うことにした。

「いまは霹靂区で養生していますよ」

「連絡が取れなくて大変なんですよ!」

(知るか…………とはいえねえな)


 アファトとシュリンプは大空と滝の見える街がある霹靂区で羽休めをしていた。

此処で暮らすひとはなにかしらの疲れ、挫折を癒すために喧噪から離れた場所を求めてきたらしい。

…………というのは、野生の思想家から聞いたものだ。名はテラ即須という。無精ひげに伸ばしっぱなしの髪がなんともいえない。

失敗(じんせい)とは死ぬ間での苦痛をいかに己の足で描くかだ」テラは語る。

「男の現実は生のために死ぬことだ。世間知らずの子供、働かぬものに潰される延々の営みである。女も死を重ねて生を育むわけだが、男には生み出せるものが希薄である、汗と血を流すのみだ。だから、なんらかを遺そうと夢幻への暴走をみせることもある。男社会、戦争、仕事で発揮する能力は夢幻が結実したものなのだ」

(戦争は文明の宿命なのか)悲しさと忘れて久しいアファトを虚しさが襲う。

「それは違うんじゃないかな」シュリンプは語る。

「男も女も簡単に裏返るものだと思うよ。たとえば君が女性を愛しているとして…………」

アファトは議論に参加するきがなかった。はやく温泉に入って酒を飲んで寝たかった。

(こいつらよく喋るなあ…………元気で結構だぜ。あーだこーだ呪文を展開して)

「虚肉間の肉体と精神を入れ替えて、片方は消却する。そして、最適な人材構成で大局に臨まねばなるまい」テラは興奮したあまりに言語が切り替わったので、シュリンプもついていけなくなった。

「おい、そろそろ源泉へ降りようぜ」裸になったアファトが布切れをぶん回しながら告げた。


「人生力というのは善意弾性率、主観的期待値、固有可値によって…………」テラが言語を一周させたとき、野郎二名はすやすやしていた。




 文化的なクソ田舎の高額アパァトに棲むソラリネは、上層と下層を行き来していた。それは周囲の幻人のあいだでも知られたことであった。


ソラリネは家の扉をあける。その瞬間、前髪でなにかが弾む。

「きゃ」

するすると何かが奥へ入っていく。

「虫だわ。最悪」

数刻の悪戦苦闘、成果なく徒労に終わる。

女は諦めが癒しとなりうることを再確認した。

化粧水と白ワインを間違えて手に出してしまう。

(疲れているわ)

ふと、外から声が聞こえた。

「来客なんて珍しい」

隣の幻人が様子を見に来ていた。

 彼女はうっとおしいくらいに早口で無駄口が多く、冗長とはまさにこの人のためにあると思うくらいであった。

「あら、それ魔守じゃないですか。あんな色している」

女性は木の外皮を指さした。

「ええそうです。ではトカゲではなく魔守というやつなんですね」

「魔守は害虫を食べてくれるし、家に住まうものは縁起が良いとされるのですよ」

「へえー!追い返そうと必死でしたよ」

「そういえば~~、~~、~~→∞」

(うーん、冗長冗長冗長早口自重要求冗長冗長冗長海老)

その夜、冷め切ったシチューは無花果のように苦く感じた。



跳ねるアクアポリン。

弾け死ぬ神経。

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