永劫とともに去りぬ男 転じて経世済民
生命が各々題する象徴とは、固有の挫折と行動、情動、因果が描く紋章である。それはだれにも紐解けぬ脳神経図であり、グロテスクなテクスチャが積み重なった芸術ともいえる。
小さな都市に花火が降り注いでいる。空中都市にある研究所、工業地帯が倒壊し、煙が延々と立っている。ところどころ火花が消える様は、まるで灰まみれの部屋で燻る残燭のように哀しい。あの地に“人”はもう残ってはいないだろう。闇に覆う粉塵は光も熱も閉ざし、その地域で生命の終了を告げているようである。
[緊急速報です。反改造生物推進団体、通称反改団の多段テロにより空島県・星河郷含む空中工業地域が半壊しました。壱世代相当の住民が死亡あるいは死凝体となりました。ここで生存者の安久さんにお話しを伺いたいと思います。では安久さん、お願いします]
音脳デバイスから速報が伝わる。
[ーーーはい。よろしくお願いします。わたしは空島県の鋼谷に地下住宅をもっていて、たまたま殺戮を逃れられました。現在は中央特別保護区で治療を受けています。地元はほとんど更地になってしまいました。これからどうすればいいのか………………]
声が加工されているが、怒りと悲しさがにじみ出ている。
流れてくる感情量を下げるため、音波を遮断する。これで集中力は保たれる。情報は指を曲げるだけで再送される。思考するには遮断と材料の整理が欠かせない。
(爆発の出どころは古屋敷地下だ。連鎖的に地盤が崩れ、破損したガス管から死の風が流れた。仕掛け人を見つけるまでは安心して夜しか眠れない日が続くだろう。)
河川の水鏡から裏世界へ。世界が逆転する。
表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表 表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表
・
裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏 裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏
この場所は過去と未来が激しく流転している。帰還後の存在精度を上げ下げすることは望ましくないため、事象の瞳で見に行くしかない。
古屋敷だ。乱流世界を疑似再現するには細かいモデルを複合搭載しているのだが、世界構成を分割しすぎて風景が粗くなっていて見れたものではない。“鏡面世界とその潜航”に消費する源泉が多すぎてこのままでは自身が滅んでしまう。
地面からコードを抜きとり、時間と座標、採取対象を入れ込む。抜き取ったコードを押し込むとサンプルが顕現した!これさえあれば、元の世界に戻ってよいだろう。
ーーー
採取した白髪は鳥人の体毛で、ヒトのものではなかった。わずかに黒が残る白髪はニンゲンのアゴひげらしい。皮膚が付いていたが、核がなかったため結局代償を払うこととなった。眼球のなかの宇宙を起動する。さきほどの裏世界旅行で残してきた視神経を増殖させて、屋敷まで拡げる。みえた。ここから過去を掴み取る。
ーーーテロ当初、屋敷の中ーーー
男はごく小さな部屋で暮らしていた。そこには大量の化石書と物品で溢れていた。画面には数字や図表、動画が絶え間なく切り替わっている。借用書類が滞留している。また、床にはタバコの屑が大量に積もっていた。馬券らしきものがくしゃくしゃになっている。
ーーー同刻、別視点ーーー
屋敷に近づく不審人物がいた。彼の肉体へ神経を送る。名は五兵衛。殺しの下請け組織、短兵急である。五兵衛は屋敷の男を殺すことと、星河を焦土にすることを命じられていた。五兵衛は男に接近すると背後から優しい窒息でひとつの人生を摘み取った。その後、屋敷を中心とする爆破工作を組んだときカモフラージュとして、町場の花火事務所から大量の花火を用いた。彼は現地の肉体を売らずに死凝体として残すために現地人を少しでも騙す必要があった。そして、死凝体することで外部への情報伝達を極力抑えた。しかし、老いた鳥人が主たる男を護るため、五兵衛に呪いをかけているのがわかった。結局、星河は焼かれ屋敷内の勢力も全滅したが、五兵衛もとうの昔に死んでいることが分かった。
ーーー現在ーーー
星河に緊急の復興都市計画が立てられた。テロ防止策としてパスを持つもの以外を時流拘束するモードが導入された。そのため、いまから証拠をつかみに行くことはできない。殺す相手は消えたが、依頼元を絞らなければいけない。土地の利権を狙う投資家か国土交通省、屋敷の敵対者。ひとつの県を焼き払うそれなりの物資と資金をもつ相手はそう多くはない。直観では花火制作やインフラ整備を手掛ける星川工業代表取締役社長の星野雅一の実弟、二朗が恨みからやったのではないかと思う。
翌朝、反改団幹部と二朗が逮捕された。しかし、星河の一部に敷かれた時流拘束は解かれなかった。このままでは開発に着手できないだろう。
[おい天成よ。時流拘束を解いてこい]転生者へメッセージを伝える。転生者はいくら使役しても良いのだ。それが自分が立ち会った公認転生者なら尚更のことである。果たしてあのひょろい優男に務まるものなのかを見てみたい。
ーーーisktnsーーー
伊勢階天成。本名は違うが、召喚者にそう名付けられた。おれはあいつの名を知らない。y9と呼べといわれたがよくわからない。ただ、彼に仕事と生活を与えられている。そして、『世界を維持するのを手伝ってほしい』と依頼されている。ここの暮らしも縛られているようで自由があり、いまとなっては元の世界への未練も希薄である。
「解いてこいとはいうけど、なにをどうすればいいのか」天成は書庫でひとり考えるが、仕方がないので仕込んだ役人へ会いに中央保護区へ向かう。
中央保護区は世界革命直後に設けられた特区である。中枢の公的機関と教育機関、高級住宅街が集まっている。とくに防災や防衛面の力の入れ具合はとてつもない。y9から伝達があったようで、特殊作戦科のひとりが応接室で待っていた。来るまでに個人認証だの謎のスキャンがあり、慣れないものである。
「伊勢階天成様。今回のミッションをサポートする特殊作戦科の小松です。よろしくお願いします」
細く角ばったフレームの眼鏡からは思慮深そうな瞳が憂いを滲ませている。
「よろしくお願いいたします」
「さて、時間拘束は使用者の余命を消費して展開するもので、構築された遺産を使うことで解除ができます。ただ、遺産の量が足りないため、拘束を剥がすほどの存在強度を維持できないのです」
「はあ」結局なにをするのだろう。死ぬのかな?
「存在強度を高めるには遺産を成長させるか、別次元のものへ励起する必要があります。それ自体はあなたでなければいけない理由はありません。ただ、時間拘束を解いたときに、空間にひずみが生じます。アンカーがある転生者ならばワープによる帰還が可能ですが、さもなくばどうなるか不明な点があります」
「なるほど、いろいろ扱いやすい存在が自分なのですね。しかし、転生者はほかにもいますが……」
「理由は2つあります。はじめに両世界の常識を重ね合わせたときにあなたの勤勉勤労な気質が成功確率を上げていること。もうひとつはあなたが“自由”であることです」眼鏡の位置を整え小松は述べた。
お茶を飲む。効果効用を有するあまりに味わいがつまらないが、仕方ない。
「“自由”ですか?管理されている存在の転生者が?」すこしトゲのある言葉を吐いてしまった。しかし、実際なかなかに理不尽なのだ。
「あなたの在り方もそうです。もっといえば彼がバックにいることが大きい。時流拘束は並大抵の事象ではなく、だれにでも対処できるものではない。あなたはこの世界に慣れてはいないが、すでに能力は順応しているはずです」
ありがたくはないが、長い夢を見ているような感覚で生きてはいるに違いない。多くの可能性を拡張してきたなかで知識が足りないだけで、通用する本質は備わった実感がある。それはy9の仕業なのかは知らない。
「具体的になにをどうするかを教えてください」皮のソファーに座りなおす。小松はわずかに笑ったようにみえた。
ーーー停止点ーーー
小松に渡された遺産はサファイア原石に黒が混じったようなものだ。これを素質のある者が握る(パンツの中で温めてもいいらしい)ことで開花するという。この状態で時間拘束された面におくことで点と周囲の拘束を剥がすというのだ。譲渡したり、離したりすると元に戻るらしい。励起さえすれば、長期で開花するが、消費する生命力に対して、コスパが良くないらしい。
(意外と簡単だな)
天成は遺産を右手で握りしめる。ふと遺産に白い体毛が付いていることに気が付いた。なぜか鶏の生産工場を想起した。いつの記憶だ。文明が繁栄する以上はどこかで暴力が許される気がして、少し空の色が落ちてきたみたい。
気が付けばポップコーンが弾けるように遺産が開花した。こんなよくわからん代物をよくも扱うものだとこの文明を少し畏怖した。麻酔を使うようなノリなのだろうか。開花した遺産が崩壊した。手の中から粉が漏れながれていく。
なるほど、麻酔を連想したのは妙であった。麻痺していた世界の変化率が急速に戻り始めている。
天成の肉体はボロボロであった。遺伝子はなにかがあったことがわかるくらいまで破壊され、脳みそは極限まで延ばされた思考が消灯するまえにクラッシュした。沸騰した脊髄液は熱とともに漏れて、骨格は骨せんべいよりも易く砕けてしまう。走馬灯のゆめのなかで天成は見知らぬ過去を眺めていた。
ーーーーーー
この敷居を跨げば、瞬く間に老いてしまうという。屋敷をみて怖気づいた五兵衛はついに踏み入る覚悟を定める。
(5分だけならば無事に帰れるはずだ。4分でみつけ、1分で還る)
正門をくぐる五兵衛。白檀の扉を開けると石切が敷かれていて、まるで神社に入ったようである。
(これは広いぞ)
正面の大屋敷へ向かう。扉にはインターホンや監視カメラが設けてある。
五兵衛はすべてを無視して扉を飛び越えた。老けた野郎と毛だらけの男がいたので、どちらが対象か判らなかったため、両方殺した。ただ羽まみれの奴に肉体が崩壊する呪いをかけられてしまう。
解除には街一体の人口を供物にするか、国を分かつほどの大金が必要であることがすぐに知ったが、依頼を達成することに彼の人格が宿っていたため、爆破を優先した。結局、花火の火薬もつかうつもりが、道半ばで息を引き取った。周囲は爆薬と花火に囲われていた。各地に仕込まれた爆発物は別のだれかに着火されたころ、五兵衛は蒸発していた。風はひどく乾いていた。
ーーーーーー
町一帯を呑み込めそうなほど広い居抜きに敷き詰められた光景は細胞が集まっているようである。中央保護区にある転生者培養室に、伊勢階天成の素が転送されていた。死後通じるアンカーはy9が死なない限りは機能するらしい。
肉の塊に簡易な神経が生え、原始的な目が生まれた。そして、宇宙が産声を上げたように再誕した肉体は膨張した。
ぼやけた目蓋には液体と光、うぐいす色の壁が映った。
ホテルほどの大きさの硝子瓶に星が浮かんでいる。宇宙では夜こそが主役であり、恒星は飾りである。ピコ・ヒューマンは巨人の生活の幽霊として舞台を演出する。
(最近嗅覚も視力も強くなりすぎて色々キツいんだよな………)
天成は目を瞑り空っぽの時間というものを噛みしめた。
殻を破ったひな鳥は、施設を脱走した。死ぬ間際が再放送されるまえに、腕を爪で切りつけた。
走る。逃げられるわけもないのに。
草露が足の甲を濡らす。息は荒く、切れている。散らされた泥で衣服が汚れている。掻き分けられた低木。残る足跡を大雨が均す。背後には大勢の物音。死の予感が色濃く写し出され、少年の血は沸き立っていた。
(これは幻想だ。そうに違いない)少年は嘆く暇もなかった。ただ逃げている。大人という化け物が己を脅かしているのだ、と彼は確信していた。
広い山間の敷地を尾根線に沿って進む。植林地帯で手入れが行き届いているため、もっと目を阻むような濃い森に入りたい。川があれば、そこから流されてでも逃げなければならない。あの地に閉ざされたままでいるか、死ぬリスクをとってでも生き延びるのか。彼は後者を選んだ。弱者なりの抵抗だ。
いかに体力に優れた彼でも大人の脚には敵わない。徐々に縮まる距離は背後からでも分かった。
「停まれ。諦めろ。いずれにせよ、おまえはお終いだ」突き放すような声には悪意もなく、ただ事実を述べる。気が付けば、追っ手は少なくなっているようだ。
走り続けてパンプしたふくらはぎと脇腹がねじれるような痛みを堪えつつ、活路を探す。
だれかがわたしをみている。
前方にいる藍色の服の大人。おそらく男だろう。敵意はない。なんとかなる。
そのまま走り抜ける。お互い見向きもしない。本当に誰なんだ。
(このままもう一度、転生できればいいのに……さもなくば死にます)
「だめだ。おまえはわたしを救うのだ」
気づけば真後ろにいる。
「ここに救うべきものはない!あなたもわたしも、すべてが利己的で愚かしい」
「天成。おまえの名だ。伊勢階とは諧謔でしかない苗字だが、名はそれなりの意味をもつものだ」
「そんな他者から与えられたものに囚われるおれじゃない!」
「ばかをいうな。己の意志で召されたわけじゃあるまい。わたしが相応しい器を呼んだのだ」
y9は美しい人であることに気が付いた。超然とした構えと素朴な動きがあり、迸る知性が花吹雪のようである。
「我らが救世主よ、この世界を一緒に壊しつくそう」
目の前のこいつこそが、この世のものではないのかもしれない。
死の先で再誕した天成は己の肉体感覚も忘れ去っていたが、なんらかを掴めた気がしていた。
それは長い旅路の一歩を踏み出した瞬間であった。
閉ざされた星が開かれるとき、大抵の文明は膨張に耐えきれない。
ほとんどの超新星は偉大なる成功への誘惑に折れてしまうだろう。
だれかにとっての赤は、そのまただれかにとっての茶色であり。
いつかの未来は、やがて過去となり。
あのころの座標は、いまはとうに過ぎ去っている。
視座を定めることは強欲そのものである。
意志を失うは衰退と同義である。




