茹で上がり国家 官僚主義
外貨を稼ぐ。椅子取りゲームか、共生か。
高い吹き抜けの天井には星の数ほどの照明が輝いている。壁の色は時々刻々と変化し、緑だったのが橙へと変わりかけていた。数種類の幾何学模様があしらわれた床を、洗練されたビジネスマンや見るからに資産の匂いがする婆が行きかう。奥の部屋のラウンジに2人の男がいた。片方はサングラスに革の帽子と暑苦しく、逆にもう片方は涼し気な白シャツとステテコというアンバランスさである。
「おおい、こっちだ。放浪者」白鳥のような男は両手を広げ、脚を広げていた。
「いつまで待たせるつもりなんだい」グラス越しでもわかる印象的な黒い瞳が来訪者を捉えた。
「やかましいな……元気してた?」シュリンプは頭を掻いた。久しぶりに宿に戻ったと思えばこれだ。アファトは例の件で疲れていて、天成もどこか神経質だ。
「なんとかやっている」大きな口からため息が出た。片手にはバナナを持っている。
「根無し草は今日も踏まれてなんぼの雑草根性……なあ?アファト。そういえば、シュリンプはなにしているの今」天成は手元の旧情報を捲っている。
「いや、赤ちゃんの世話で大変なんだよね」
「「!?」」
すこしの間をおいて、姿勢を向き直す両名。
「おめでとう。そういうの早くいいなよ」
「バラバラだよなおれたち」
赤ちゃんのデータが共有される。世界一美人なサルがいた。
「可愛すぎるだろ、美人の子は美人だな」
「ぼくも家族作りてえぇ……でも会社がああ」
天成はあることに気が付いた。
「というか子供ガチャはどうなったの?」
この世界は出産人口に上限と下限が設けられている。そのため、生殖は自由だが、新生児の申請時に培養可能か表向き無作為に決められている。野良で出産することは可能ではあるが、母胎の可値を代償に産むため、受精した場合は可及的速やかにワークフローを上げることが安全な出産の要となる。許容出産量を超える場合は、神経財団の下部組織である管理委員会によって、可値の高い個体が選定される。これを俗に“子供ガチャ”という。逆に、最低出産量に満たない期間が継続したときは、人工生命としてヒトが作られる。人工生命の材料情報は保護されている。
「運よく通った。だけど子育てさえできないのありえなくないか?エーカンジはよくこの家庭観で惑星の全領土を統括できているよな」シュリンプは妻帯者の記憶があるらしい。女癖の悪さは転生で捨ててしまえば良かったものを。
「管理として行き切っている。財団でも、自由意志をもっているようで持っていねえやつが多すぎる。反面、濃いやつもいるが」天成は神人や上官を思い出していた。
「可値に乏しいものは思考や動きが鈍ずるらしいね。因果は逆かもしれないけど」
アファトはバナナの皮を丸めて飲みこんだ。かつての世界での貧困で暗雲そのものが続いた人生を思い出した。
「たとえ会社が倒産寸前でも豊かでなければならないのは確かだね?」アファトは珈琲に口を付けた。
「違いねえな!食うにも寝るにも困らねえ。ただ、経済も社会保障も爛熟していて、会社を興すヒトが希少になっている。ゆえに転生者の侵略と捉えた恐怖心理を煽られてしまった」天成はアファトから注いでもらったワインを飲み干した。
「おいおい、急に社会派だな?社長や官僚は違うねえ」シュリンプは天の照明を眺めている。
「戦争といった対外リスクも抑えて、転生者を使って甘い汁を啜れてハッピーな奴らがいる。だが、下層へ重要機密や物資が流出している噂もある」天成は小声でいった。オフレコだがなと前置きして説明した。
「神経財団はこの星の文明の象徴にまで成長したが、宇宙進出が未熟だ。同系列の惑星の多くは同盟先の星に売却済みで、より安定した文明にするための移住先の星も衛星のみ。宇宙法も実はスキだらけだ。技術革新を進めるための研究も、教育の弊害で新規性に欠ける。だから、前世を保持した異なる文化や背景をもつ転生者を誘致して、多様性のあるチームを作りに来ているが、転生者は他所の星が人権や管理の関係で忌避するため、転生候補がプールされにくくなっている。安全を期するために、身元がわかるようなやつであれば、転生が許された。かつての貧困層であろうとな」
アファトはサングラスを整えた。
「可値の高さは転生期待値の高さでもある。これは善行を促し、ヒトを支配するための方便と思われがちだが、実態はその通りだと推測している。正確には転生を安全に済ませる容量装置だと思う。もちろん、他の役割も考えられるが、今は省く。公認転生ってのは、神経財団が計画して手掛けた転生だな。前世も明確で、品行方正であったり、能力を発揮することを高く期待されている」
これを聞いたシュリンプは笑いつつ、困惑していた。
「前世はただの電気エンジニアだったのだが、へえ!まあ、おれは強くて優しくて善良で品行方正な有能くんだからねえ!あっはっは」
「向いている環境がみつかれば、紹介するぜ……そういえば、子供が転生者であるケースもあるそうだ。当然だな。おまえたちにも親はいただろう?会ったことは少ないだろうが」天成はこう言っておきながら、親の記憶がないことを自覚していた。前世といい、思い出せないことが多すぎる。シュリンプは子供について、あーでもないとブツブツ言っていた。
そういえばと天成は続けた。
「アファト、脳出血を起こしたそうだな。転生者は価値がないと判断されたなら、簡単に破棄されるからな。大事にしろ」
「嘘だろ、病院でも丁寧だったぞ」バナナを食べる手が止まった。
「経営者としての一応の実績を加味して残されたのだろう。仮に不要なら、神経財団は妖怪じみた権力者がいる。そいつらの道具になるか、死して材料になるかの二択だ。」
アファトは蒼白になりながら漏らした。
「ぼくは恋人がいるんだが、残すわけにはいかない」
「え!ええ!?」
「おまえ、そういうことは早く」
問答が始まる。
握りこぶしからバナナがにゅっと出ていた。
あなたがいくら悩んだところで、一日や人生が長くなるわけではない。




