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凍結回路

狭き道を通れ。

 天成はピカロの肉体、通称ピカ肉を知り合った店へ卸に来ていた。マニアックと名乗る性別不詳の人物は神人の肉体をお得意様へ振舞いたいらしい。

 ちなみにこの世界でも殺人は違法だが、転生者を取り締まる法律が実は途上なため、派手にやらかさない限りは即死することはない。


 九済区の繁華街、地下室でその隠れ家的名店があった。特注されたドアは“鍵”をもつ特定の人間のみをそのまま通すが、“鍵”を持たない人間は別の出口へ通されるらしい。

 天成は黒檀のように重厚なドアを開けた。中にはマニアックが仕込みを始めているところだった。

「やあ。お待たせ」天成は真空パックにした肉塊を見せびらかした。それを見たマニアックはすべての重力を背負ったようなまつ毛をバッサバッサさせた。

「あら、神経抜いちゃったの?骨があるなら旨味は出るケド……頭蓋の中身を啜らせるのはナシね」

 マニアックは体毛を処理しながら、つぶやく。

「悪いな、神経が肝だったんだ。模倣したものなら持ってこれるが?」

「いいわよ、これだけでも僥倖だわ」

 サクサクと肉を取り出していく。横隔膜が剥がれる。血に露

「お得意にふるまうなら、解体前を模したモデルがある。見せながら食べるのも乙だろう」

 ぬるりと取り出したのは情報を吸わせたスライムで成形したピカロの模型である。

「いえてるわ……!?なにこれ、精巧ねえ」

アイシャドウたっぷりの瞼が驚きでひろがる。

「こういうの好きなんだよね」

「まあ!悪趣味ね」にっこりと笑った。極端な造形だが、整形はしていなさそうだ。



 アファトは途方に暮れていた。多くの社員が離れ、同様の事業を立ち上げた。怒りのあまりに脳の血管が切れて神経財団病院に搬送された。そこでも転生者というだけでどこか他所他所しい扱いであった。ベッドの中で書物に耽っていた。創作や歴史、法律関係、薬理学、神経科学、数学、地理学と学際的に吸収することにしたが、頭の回転の調子が悪くなったようで、健康ばかり気にするようになっていった。やがて、手術からある程度過ぎたころ、安定知能を維持するためにEPAやDHAといったサプリを試したり、集中力を上げるために筋トレをするようになった。しかし、踏ん張ると再出血が怖いので、走るようになった。ランニングは脳を孤独指向へ変貌させた。それでも数少ない部下や友人との関わりは大切なものだった。

 病院の裏にある広大な公園を走るのがアファトの日課となっていた。冷えた夜に独りで走ると考えがクリアになるようで良かった。

(バナナはエネルギー補給にて最高峰……バナナチップス……)


「あれ?アファトくんじゃないか」デカい男が立っていた。

「トートイレさん」このヒトは神経財団にいて、よくこの公園を散歩するらしい。

「随分よくなったな!ワシはおまえがまたやってくれると信じているぞ!」

「はは……ありがとうございます」こういった言葉を受け慣れていないので、少し恥ずかしい。

「世間はなんでも簡単に消費できるから、まともに動かないやつばかりだからな。転生者を一色に捉えるのも良くない。おまえのようなやつもいる。リスクを取ってまで頑張って裏切られるのは辛かろう」

 アファトは事業を立て直したいと思う一方で、また崩れるのではないかという恐れを剥がせずにいた。隠居するには体力が有り余るが、水面下で活動すべき時期かもしれないと考えていた。


「おまえは毎晩ここを走っているそうだが、素晴らしいな。世の中、継続が正義だ。急に消えてしまうやつもいる。不幸にもな……話が長くなったな。おや。腹が減ったのか!どこかいくか!!」

「いいんですか」


 この世界では下級財に指定される食品は殆ど無償で手に入る。それは神経財団が保有する農場のものに限る。個人生産や上級財のものは多少の代償が必要になる。可値という生き物が含有する形而上学的な燃料である。とされているが謎は多い。ただ、贅沢や極端に創造的であるときに何らかを消耗している感覚だけがある。ここで、消費者たちは契約を取ることで肩代わり、つまり奢ることができる。


「こっちだ」トートイレはアファトを地下鉄へ連れて行った。

細い通路を抜け、彼は非常用と書かれたエレベーターの前に立った。

「地下鉄いくんじゃないの?」アファトは尋ねる。

 トートイレは手のひらをかざすと紋章が光る。

「財団パスポート、通称財パス。ワシらは裏ルートの公共交通機関を通して、範囲内でいつでも任意の場所へ音速で行ける。もっとも今回はそれほど離れていないから、速度は普通くらいじゃ」

 二人乗りの小型電車に乗り込む。勝手に走っていった。

「行きたい店があってな。おまえも付き合え」

 中央保護区から九済まで移動し、ビルの階段を降りると『XX』と書かれた看板がある。

「やたら高そうな扉。ここはバーなのですか?」

「いや珍味系。店主も癖強いし、高いが美味いぞ」

 トートイレはドアノブを握ったまま、静止した。

「?」

「そういや、初見か。ワシの手を握れ、入るぞ」分厚く力強い握手をされる。

 

「あら、トイレさん。久しぶりね……そこの暗黒の青年は?」

 絵具をすべてぶちまけたような髪をした女なのか男なのかよくわからない店主が出てくる。恰幅のよさはトートイレに引けを取らない。エプロンをしてはいるが、似合わない。色付きのサングラスの奥には開かれた瞳孔が隠されている。


「おお。アファトじゃないか!」

 声のした方へ顔を向けるとなぜか天成がいた。やけに薄着だが、寒くないのだろうか。

「え?アファトってバナナの?」店主が喰いついた。これは面倒かもしれない。

「いや、あはは。ちょっとお騒がせしました」なぜか悪い気がしている。ふざけた話だ。気まずくなったぼくは横を向くと、トートイレが死人でも見たような顔をして、入り口で立ったままだ。

「伊勢階か?」トートイレはぼそりと呟いた。

「久しぶりです、上官。いや、もうやめたからトートイレさんかな?」天成は気楽そうだ。

「なにも連絡が付かないもので、ワシはてっきり死んだのかと」眉間を抑えるトートイレ。

「いろいろあったんですよ、それよりなぜアファトがトートイレさんと?」

 ぼくは経緯を天成へ説明した。


「あら!世間って意外と狭いのねえ」店主がお通しを持ってきた。

「蒸留酒。街にあるだけ頼む」

「病み上がりなんで、スピリタスいいですか」


「調子いいな。あんたら」

「天成は行きつけなの?ここ」

「何度かあるが、たまたま用事があってきたからついで」天成は空いた皿を高机に乗せた。

「マニアックは料理だけはできるからな!ワシは料理せんが」トートイレは適当に積まれた酒瓶を片っ端から口を付けている。なんて奴だ。意外とまともじゃないのかもしれない。

「ちょっと?完璧とはワタシのためにある言葉よ」口も手も動かす店主。


 仕事の愚痴や下世話な会話が続くなかで、転生者の話題に移った。

「天ちゃんやファー君は前世の記憶ってあるの?」ファー君って。

天成はオリーブの実をつまみながら答えた。

「いやあ、正直あまりないんだなあ!ここでも普通に暮らしていた。急に、あれ?ここ別世界じゃね?ってなって。あなたは転生者ですって困惑しかない」

「ガハハ!なんじゃそりゃ。ワシはこんな世界腐っちまえとしか思わんわい!」

「へえ、なんだか、大変ね」浅い感想だな!


「実はかなり覚えていて」

「劣悪な環境でいつ死ぬかわからないような状況だったんだ。ガキだから、何の力もない。教養もなかった。盗みを働いて、それがバレて叩きのめされて、おそらく死んだ。だから、力が欲しいと思ったんだ」悲しさが甦る。目の前の燭台が滲んで見えた。

「重いな!おまえ。少しは痩せろ」

「天ちゃん?ワタシみて痩せろって言ったでしょ!?」立ち上がるマニアック。

「んん?まってくれ。このジョッキ何個だあ?」

 出来上がったトートイレは頼むから、自力で帰ってくれ。


 トートイレはなんとか独りで帰っていった。

 アファトは天成と帰路を歩く。

「アファト少年はどんなやつだったんだろうなあ」

「ヒトはどこも変わんねえよ。極端なやつではなかっただろう」

 楽観主義者であるはずの天成の笑顔はどこか空虚に見えた。

「難しいよな。元の人格殺して、乗っ取り人生やってねというのは。しかも野良って、流出した技術が使われたってことだろうけどさ。なぜ、おまえが選ばれたのかなんとなくわかる」

「救われたってか?しかし、まあ、今の状況も大変だぜ。意志を保ってやっているが、このままじゃ、生命力が枯渇するかもしれない。」

「そのときは可値を用意しないとな」天成は石を蹴る。音がやけに響く。

「前世にもあったよ。隣人を愛せだの徳を積めだの。くだらないとしか思っていなかったが、貢献するというのは大事だな」

「可値なんて、なにで稼げるかもよくわかっていないがな」石ころは穴に落ちて消えた。

「転生のやり直し。できねえかなあ」希死観念ほどではないが、近い鬱症状を自覚する。

「はは、そんなのがあればいいかもな!」

「とりあえず、転生者としての信頼を勝ち得なければならないよな」

「シュリンプを引っ張り出そう。いつまでも遊ばせても仕方ない」天成は一息をついた。

「あいつ、帰っているのかな?支配人も心配しているというのに」

「もうこんな時間かよ」

 空が明けてきた。

 朝焼けが闇を切り裂く。

 白けた空に残る星々は永遠のように輝いていた。

行動あるのみ。

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