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第8話 起床しました

 目が覚めると既に日は高く昇っていた。ちょうど真上に位置しているのか、窓から差し込む日光は優しい。

 体を起こし慣れない部屋を見渡すと置時計が見つかる。時刻はもうすぐ正午になろうとしていた。


 両隣も確認するが千鈴さんは見当たらない。彼女は定刻通り起きて学校に行ったのだろうか。


 結局夜更かしをさせてしまったので多少の申し訳なさを感じる。私だけのうのうとこの時刻まで寝ていたのだからなおさらだ。


 枕もとの端にメイド服の着替えが一式置かれていた。これはおそらく司さんが持ってきてくれたのだろう。つまりは司さんもこの時刻まで寝ていることを黙認していてくれたことになる。


 しかし新入り家政婦としては肩身が狭い。元より私の出勤時間は、司さんとの業務時間をずらす意味合いで遅めになってはいるが、それでも遅刻には違いない。


 いそいそと着替える。とりあえずは起きたことを報告しなければなるまい。この時間帯であれば離れ屋にいるだろう。


 長い廊下を歩きながら屋敷の端にあるドアを抜け、離れ屋との渡り廊下に差し掛かった頃、向かい側から司さんがやってきた。


「おはようございます」

「おはようございます。お目覚めになられたのですね。丁度よかった、お昼ご飯が出来たのでそろそろ起こそうかと思っていたところです」

「何から何まですいません」

「いえいえ、昨晩はお疲れまでした。助け合うのもこの家の家政婦の慣例ですから」


 そういえばここの家政婦全員が献属だった。夜更かしして、遅くに起きてくるのは珍しいことではないのか。


「それにお嬢様からも、ゆっくりと寝かせることをお願いされています」

「そうでしたか。色々お話したいことがありますが、ひとまず後にした方が良さそうですね」


 折角食事を用意してくれたのだ、冷めては余計に申し訳ない。


「私からもお聞きしたいことがあります。洗濯物を置いてキッチンへ来て下さい。賄いですが、一緒に食事しながらお話ししましょう」

「わかりました」


 待たせるのも悪いので手早く離れ屋の洗面所へ向かう。


 現在この離れ屋は家政婦達の宿舎兼、準備室となっている。今は出張に付き添い不在の家政婦達は、普段ここで暮らしているため、生活できるだけの設備が整っている。


 私も出勤した際には荷物を置いたり、更衣室として利用させてもらっていた。


 洗濯籠に脱いだメイド服を放り込み、洗面台の前で簡単にではあるが身嗜みを整える。鏡に映る顔には薄く隈が浮かび、疲労の色が見て取れた。


 ふと気になって首筋の傷を確認する。昨夜さんざん虐められたのだ、状態が悪そうであれば手当しておかなければなるまい。


 襟を広げよく確認する。首筋に二つ、更にその下に二つ、計4つの赤い点が見えた。傷の具合は非常に良好で、既に塞がり始めている。放っておいても、いずれ跡も残さず消えるだろう。


 今更ながらに昨晩の事が想起される。後悔は一切無く、自分なりに頑張ったと思うが、何だか凄く恥ずかしいこともした気がした。


 僅かに熱をもった頬を両手で小さく数度叩いて気持ちを切り替える。


 配慮してもらってはいるが特段今日は休みではないのだ。ご飯を食べたら、お昼からは後れを取り戻せるよう気合を入れねばなるまい。

 

 キッチンへと入るといい匂いが漂ってくる。


「どうぞこちらへ、まずは頂きましょう」


 キッチンに併設される4人掛けのテーブルには湯気の立つ出来たての昼食が並んでいた。司さんは既に座り、私を待ってくれいている。


 対面へ座り、ありがたくいただくことにした。


「いただきます」

「どうぞ召し上がってください」


 パンにベーコンエッグ、緑黄色野菜と海藻のサラダ、ほうれん草入りのスープと賄いとは思えない量がある。普段も質素ではないが、ここまでではない。


「今日はえらく豪勢ですね」

「ふふっ、デザートも用意していますよ」


 いくら鈍くても流石に察することができた。


「吸血されるとこんなに良い物が食べられるんですね」

「そうですよ、特別手当です。ご当代様からの許可も頂いています」


 一口スープを頂く。温かく気持ちの落ち着く味だ。司さんは自身の料理の腕前は大したことないと謙遜するが、基本に忠実で家庭的な味付けは私の好みに合っている。


「もっともただのご褒美というわけではありません」

「……?」

「血を失っていますから滋養をつける意味合いもあります。デザートも造血効果のある栄養が含まれたお菓子です」


 ああ、なるほど。ならば遠慮なく頂くことにしよう。寝起きではあるが、未だ抜けぬ疲労のせいかお腹はすいている。食べ応えのあるこの量でも問題なさそうだ。


 ふと気づいたが、疲労しているのは私だけではないのではなかろうか。


「……千鈴さんは大丈夫そうでしたか? 彼女もあまり寝ていないはずですが」

「むしろ憑き物が落ちたかのようにお元気でしたよ。いつもであれば起床の際ぐずられるのですが、今朝は私が部屋へ行ったときには既に起床されていました」


 吸血すると力が湧くのだろうか? 元気であれば何よりではあるのだが。


「逆にあなたは疲労が蓄積しているようですね。今更ですが体調は大丈夫ですか?」

「体が少し重い以外の症状は無いので、そのうち治るかと思います。これってやっぱり吸血のせいですか?」

「だと思います。私も吸血後は異様に疲労した経験があります。ただそれもそのうちに慣れますよ」


 慣れるのは非常に助かる。家政婦としても雇用してもらっている以上、毎度疲れ果てていては支障をきたす。早くそうなって欲しいものだ。


「これも吸血行為のありがちな話ですが、吸血痕も既に塞がっていはいませんでしたか?」

「あっ、そうです。異様に治りが早いなとは思ってました。」

「噛まれた時の傷は何故かすぐに消えますので、肩を出す服も気兼ねなく着れますよ。八城さんもお年頃ですから、お洒落したいこともあるでしょう?」

「ふふっ、非常に気になっていたので知れてよかったです。胸を撫でおろしました」

「それは何よりです」


 司さんはそう言った後、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。いつの間にか彼女の分は平らげられている。食べるのが非常に速い。


 食後のお茶を自身でカップへ注ぎつつ、彼女の聞きたいことが切り出される。


「話は変わりますが、お嬢様の部屋へ行った際にナイフを発見しました。メイド服の上へ置かれていましたが何に使用したか説明頂けますか?」


 咽そうになる。部屋を出るとき見つからなかったので。もしやと考えてはいたが案の定見つかっていた。


 血もついていただろうし恐らく全て察した上で聞いているのだろう。言い訳するだけ信用を無くす。素直に謝ろう。


「すいません。自分の指先を切るために拝借しました。勝手な真似をし申し訳ございませんでした」

「やはり、ですか」


 家政婦業は真面目にこなしているが、それ以外の部分で彼女に怒られることが多い気がする。


「当たり前ですが、刃物を想定とは違う用途で使用することは大変危険です。ましてや自傷のためであれば、断じて褒められた行為ではないことはお分かりかと」

「……はい」

「あえて言葉にしますが、二度と行わないようにお願いします」

「はい、申し訳ございません」


 あの時はいいアイデアだと思っていたが、こうして冷静に考えるとやり過ぎだったと感じる。私も雰囲気にのまれていたのかもしれない。


 反省せねばと考えていると、険しかった司さんの顔がふっと緩む。


「……ですが、ちょっぴりだけ評価している部分はあります」

「……?」

「方法は不適切でしたが、お嬢様のことを考えてくれたのでしょう。誠意は感じ取れました」


 不意に褒められる。だが自分でもそんな気持ちがあったかは不明だ。


「誠意と言えるほどの物では無いですよ。ただ浅はかだっただけです」

「そうでしょうか?例え小さな傷だとしても、普通は刃物で自傷することには恐怖が伴います。そして恐怖を乗り越えるには何かしらの思いは必須です」

「そんなものですか」

「ええ」


 先ほどまで怒られていた相手に、急に持ち上げられる。気恥ずかしくなり曖昧な返事を返す。そんな私を司さんは微笑ましそうに見ていた。


 居心地が悪いので、食事に再び手を付け誤魔化す。


 食べ終わりそうになるタイミングを見計らい冷蔵庫からデザートが出された。小さなカップに入ったチーズケーキ。上品な甘さが心地いい。


「もう一つお聞きしたいことがあります」

「まだ他にもやらかしてます?」

「いえ、そうではなく。これは提案でもあるのですが」

「はい」

「いっそ住み込みになりませんか?」




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