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第5話 宿泊するの?

「千鈴さん、これを見てください、無事登録が終わりました」


 学校から帰宅してリビングでお茶を飲みながら一息ついた頃、八城さんがやってきて、カード状の紙片を見せてきた。どこか得意気な声がする。


「それって何?」

「血液提供許可証明書です。これがあれば血液の提供行為を始められます。献属にもなれますよ」

「そ、そうなの?」

「はい、許可証明書なんて名前なので取得にもっと時間がかかるかと思っていたんですが、一週間もかかりませんでした」


 以前の司さんを交えた話合いからもう既に一週間が経っている。先日の話合いでは八城さんが献属となることを快く承諾してくれたから、私の想像では書類にサインをして即契約と思ってた。


 だがどうやらそうはいかないらしい。


 司さんからは「公的機関への申請などもありますので、長ければ半月ほどかかります」と言われてたため、何やら大事になっているんじゃと心配していた。


 私だけのために二人に手間をかけさせるのは申し訳ない。

 

「でも時間はかからなかったけど色々と大変だったんじゃ……」

「いえ、私は身元の確認と健康診断。後は……簡単な面談くらいでしたよ。書類の作成などは司さんが大部分を担ってくれていましたし。どちらかと言えば彼女の方が大変だったと思います」


 司さんにも苦労をかけ……ていないかもしれない。よくよく考えると彼女は前のめりなほど今回の件に積極的だ。私のことを思ってのことみたいなので嬉しく思うが、反面恥ずかしくもある。


「お金とかは……」

「何をそんなに気にしているんですか。そんなに私が許可証を取るのが嫌だったんですか?」

「そ、そんなことないよ!」


 勢いよく否定すると、反応を楽しむようにクスクスと笑われてしまう。


「すみません。あまりに考え過ぎているので、つい意地悪をしてしまいました。」

「ううん、私こそごめんね。……ところで、その、さっき献属にって言ってたけど……」

「どうしましょうか?」


 何故か八城さんは、わざとらしく顎に手を当て考え込むふりを見せてくる。また意地悪の続きなのか。


「……なって、くれないの?」


 冗談だとは分かっているからこそ、つい目を細め不満げにねめつけてしまう。


「ごめんなさい、冗談ですよ」

「……いじわる」


 やり過ぎたと感じたようで、慌てながら宥められる。


「実は、もう既になるならないの段階ではないんですよ」

「そうなの?」

「ええ、献属の件に関しては誰よりも司さんが乗り気でして。許可証の件と同時期から進めていて、取得と共に契約も完了したみたいです。千鈴さんも書類に署名しませんでしたか?」

「……したかも」


 そういえば数日前に司さんに促されて書いた気はする。そんなに早く手が回っているとは知らなくて、まだ先のことだけど用意だけしているものだと思ってた。


「じゃあ、もう八城さんは私の献属なの?」

「そうですよ。……折角のタイミングですし、仲を縮めるためにも呼び方を変えませんか? もっと気軽に呼びましょう」

「もっと気軽!? き、急に言われても……」

「晴乃と呼んで下さい」


 胸の前に手を掲げ、両掌が左右にヒラヒラと振られる。彼女は時々こういったオーバーな動作をしてくる。普段の落ち着いた雰囲気とは対照的な子供っぽい動きが可愛いと思ってしまう。


「……じゃあ、さん付けで。晴乃さん?」

「はい、千鈴さんのメイドで献属の晴乃です。これから精一杯ご奉仕させて頂きますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますお嬢様」


 芝居がかった言い回しをしながら、両手でスカートの裾を持ち上げカーテシーを行う。練習したかのように様になってた。


「わ、私の?」


 目の前の女性をまじまじと見つめる。


 ホワイトブリムの乗ったサラサラとした髪、目が伏せられた小さな顔、肩幅は小さくスラリとした上半身、服の上からでも女性らしいシルエットを醸し出す胸部、細い腰とのギャップが大きい安産型のお尻、持ち上げられたスカートの裾から除く、白いストッキングに包まれた細い足首。


 まさに頭からつま先まで、意識はしていないけどゆっくりと眺めまわしてしまった。


「どうなされました?」


 まとわりつく視線を訝しんだのか、小首を傾げ尋ねられる。


 止めるべきだ。異性相手ならセクハラになりそうな程にあちこちを凝視してる。


 しかし彼女のその仕草のせいで、視線がある一点に吸い寄せられてしまった。昔の記憶より伸びた肩に届く髪、そこの隙間から見える首筋にだ。


 そこから目が離せない。露出の少ないクラシックなメイド服を着ている分、白い素肌が著しく目立ってる。


 別になんてことないはずだ。見慣れているとまではいかないけど、今までも見たことはあったはず。それが今は何故か魅力的に思える。


 あれが、あの首筋も、それ以外の全ても私だけのもの。私専用の献属。


 先ほどまでお茶を飲んでいたのに、喉が渇いた気がしてゴクリと唾液を飲み込んだ。


「大丈夫ですか? メイド服だったのでつい演じてしまいましたが、似合わなかったでしょうか」

「そ、そんなことなかったよ!……その、むしろ良かった」

「それならよかったです。実はポーズしてる最中、少し恥ずかしさが込み上げてきまして、後悔しかけていました」


 自分でやったことに恥ずかしがったりするんだ。


 彼女の表情は大きく崩れず、今はまだ感情が掴めない。

 茶目っ気のある笑顔は普段から見かけるけど、怒ったり焦ったり、ましてや恥ずかしがってる姿は見かけたことがない。しかし表に現れ難いだけで、心の中は表情豊かなのかな。


「それで、どうします?」

「ど、どうとは? 献属にはなってくれたんだよね」

「次の段階のことです」


 身体を寄せてきて、普段よりも近しい距離で囁かれる。


「もう今日からでも吸血していいんですよ?」


 吸血できる、できはするけど、もうするの?


 あまりに急であった。八城さんが献属になるかもしれないと考えてから、いずれすることになる、むしろしたいと思ってはいた。


 だけど今日するなんて微塵も考えてなかった。まだまだ先の話だったはずなのに。


「嬉しくないんですか? てっきり首を長くして待ってくれているものだと思っていたんですが……」


 私が呆然とし、まるで反応しないことに不満を覚えたんだろう。わざとらしく寂しそうな雰囲気を見せる。


「そんな、ことは、ない……よ……」


 駄目だ、感情に思考が追い付いてない。この前までは確かに望んでいたはずなんだけど。どうして喜べないのか自分自身でも理解できない。


「まあ、吸血はお腹と気分の問題でもありますし、私の方から吸って欲しいとお願いする意味もありません。私はそろそろ仕事へ戻りますので、気分が向いたらいつでもご用命下さいお嬢様」


 そう言い残し、再度一礼をして千鈴さんは去っていった。




□□□□□




 その日の夕食の献立は覚えてない。衝撃で思考の抜け落ちた頭はまるで働いてなくて、いつの間にか時間だけが過ぎていった。


 不意に目の前に人影が立つ。司さんだ。メイド服は着ておらず私服だ。


「お嬢様、食事の片付けも終わりましたので、私はこの辺で失礼いたします。お風呂の準備等の後の事は八城さんへ任せております」

「あっ、今日もありがとうございました。帰り気をつけてね」


 家庭を持ちながらも殆ど毎日この時間までいてくれるのは、ありがたくもあり申し訳なくも思う。以前はローテーションを組めてたのに、人手が減った今は余計にそう思う。


「……晴乃さんはまだ残るの? お風呂ぐらいなら私と舞里でするけど」

「いえ、彼女は今晩泊まるのでしょう?」

「うぇっ! と、泊まるの?」

「彼女から正式に献属になった事はお聞きと存じますが、勿論今晩吸血なされますよね?すでに宿泊する部屋や吸血に当ってのレクチャー等、準備は万端です。ご健闘をお祈りしています」


 余程私が吸血することが嬉しいんだろう。

 彼女は、長年家族みたいに接していた私が吸血しないことを心配してくれてたのだ。無事問題が解決したことを喜んでくれてる。


「う、うん、ありがとう」

「それでは改めて失礼いたします」


 まだ迷ってることを打ち明けられないまま、司さんが帰るのを見送ってしまった。


 だけどよく考えるとそもそも迷っていること自体が変だ。この迷いだって、急な事で驚いているだけかもしれない。


 司さんやお母様だって私が吸血することを望んでくれてるのだ。司さんの勢いに流されてる気はするけど、今日はこのまま勢いに乗ったほうがいい。


 晴乃さんへお願いしたいことができたので廊下へ出ると、都合よくばったりと出くわした。


「あっ、千鈴さんお風呂が沸きましたよ。舞里さんはテレビに夢中なのでお先に入って頂けませんか?」

「うん、わかった。それより今晩泊まるって聞いたけど……」

「ええ、そうなりました」

「その、改めてだけどお願いしてもいいかな……?」


 晴乃さんが珍しく驚いた顔になる。


「お願いとは? もしかして吸血ですか?」


 小さく首を振って肯定を伝える。


「急に頼んだらダメ? ……でも泊まるってことは司さんから、何か言われたりしてない?」

「どうかよろしく頼むと、真剣な表情で司さんからもお願いされてます。ただ、お嬢様が実行に移せるかは半々だとも仰ってましたね。私も同じ気持ちでしたし、無理に今日でなくともいいとも考えていたので、正直ただのお泊りになると思ってました。」


 「だからこそ驚いてます」と歯に衣着せぬ物言いの晴乃さんや、最後まで信じ切れていない司さんにも不満を感じる。


 私だってやるときはやるのだと言い返したいけど、信じられていないのも身から出た錆。この場はあえて耐える。無事に終わったら少しくらい文句を言ってやろうと心に誓う。


「頑張るから、お願い」

「……畏まりました、千鈴さん。それでは寝る前に部屋へお邪魔させて頂きます。就寝が遅くなるのもよくありませんし、急ぎましょうか。ささ、早くお風呂へ入って来て下さい」


 急かされながら自室へ逆戻りする。着替えなどを準備してると改めて実感が湧いてきた。


 私は今晩、晴乃さんの血を、吸う。




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