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エピローグ

「本当にもう公表するんですか? 時期を見計らった方がいいのでは……」

「大丈夫だって。そこまで心配する必要ないよ」


 次の日の夕方、晴ちゃんと私はリビングの外の扉の前にいた。リビングには既に舞里ちゃんと司さんがいることは確認済みである。


 目的は私と晴ちゃんがお付き合いを始めたと二人に告げることだ。しかし当の晴ちゃんが、ここにきて難色を示し始めた。気持ちはわからなくもない。私だって少し照れくさい気持ちはある。


 でも、付き合っていることを隠したままの方が、後々面倒になると思うんだけどな。それに周知しておいた方が、家の中で堂々と晴ちゃんとイチャイチャできる。


 隠れてするのも、それはそれで趣があるのかもしれない。だけど晴ちゃんの固い性格を考えた場合、自室以外では抱擁さえしませんとか言い出しそうだ。

 折角恋人になって、色んなスキンシップが解禁されたのだ。それなのに制限がかかってしまっては十分に楽しめない。


 そんなわけで私はすぐにでも公表するつもりである。


「何でそんなに気後れするの?」

「いや、だって、その、……女性同士ですし」

「そんなこと? 二人とも絶対気にしないよ」


 舞里ちゃんは晴ちゃんにとっても懐いているし、司さんはそこの偏見は絶対ないはずだ。だって彼女自身も……。


「いいから、入ろ? 二人とも待たせてるし」

「……はい」


 組んだ腕を少し強引に引っ張って入室を促す。まだ迷いがあるのか僅かな抵抗があったけど、ついには諦めて小さな返事と共に動き出した。


 入室して、ソファに座ってお喋りしていた二人の前に立つ。私達が来たことに気づいた司さんが、まだお喋りを続けたそうな舞里ちゃんを制して場を整えてくれた。


 お膳立てをしてくれたことに感謝しつつ、あえて見せつけるように隣に立つ晴ちゃんの腰へ手を回して引き寄せる。やはりどうせならラブラブな所をアピールしておきたいものだ。


「舞里ちゃん、司さん。今日は発表したいことがあります!」

「なんでしょう」


 横目で晴ちゃんが渋い顔になっているのが見えたが気にしない。


「この度、私と晴ちゃんはお付き合いを始めましたっ!」


 元気よく二人に発表する。……したのだが、その反応は私達にとってそれぞれ違う意味で予想外だった。


 一拍だけ静寂が部屋に満ち、遅れて司さんと舞里ちゃんがまばらな拍手を送ってくる。


「おめでとうございます」

「おめでとー」


 あまりにぬるい祝福に肩透かしを食らう。

 私はもっと盛大に祝ってもらえると思ってた。晴ちゃんは多分、否定的な反応が返ってくると思ってたんじゃないだろうか。

 結果はその中間、あまり驚きもせず関心もないような形式的な祝福。流石にちょっと不満が募る。


「……もっと驚いてくれてもいいんじゃない?」

「いえ、薄々いつかはそうなる予感がずっとしていましたし……」

「うん、むしろまだだったの? って感じかなー」


 身も蓋もない感想に言葉を失う。だが、それに関しては反論したい。


「そ、そんなことないでしょ。やっとの思いで口説き落としたんだから!」

「そうなんですか? でもキッチンで人目を憚らず吸血したりしてましたよね。所構わず、あんなことが出来るだけの仲だったのでは?」

「そーそー。それに前、一緒にくっついてお昼寝したって言ってたじゃん。それって献属との関係では収まらなくない?」


 彼女達の言い分を受け、呆然としてしまう。周りからはそう見えていたのか。隣の晴ちゃんを見ると、真っ赤になって羞恥に耐えるように小さく震えていた。


「まあ何にせよ、おめでとうございます。今晩はもう仕込みが終わっているので、明日にお祝いで豪勢な食事をしましょう」

「やったー! 私はお寿司がいいなー」

「お赤飯も用意した方がいいでしょうか」


 すっかり私たち二人の方が置いてきぼりになっている。世紀の大発表のつもりで挑んだのに、こんな雑に流されることを許していいのだろうか。

 そう考えていた時、ずっと固まっていた晴ちゃんが口を開いた。


「そ、その、待ってください。そんな簡単に受け入れていいんですか?」

「拒む理由はないと思いますが」

「……同性ですよ?」


 自身が一番気にしているであろう部分へ、あえて突っ込んでいく。晴ちゃんからしたら、その部分がどう思われているかを確認しないと不安なのだろう。


「ああ、なるほど。そう言えば八城さんは吸血人に関しては詳しくありませんでしたね」

「関係があるんですか?」

「ええ、吸血人は同性でのそういった関係は珍しくありません」


 あんぐりと口を開け、絶句している晴ちゃん。ちょっと可愛らしい。ほっぺとか突っついてみたい。


「初めての献属は基本的に同性が選ばれることが多いのですよ。素肌を晒し、あまつさえ噛みつくわけですから、両者共に恥ずかしがったり気まずかったりするので」

「……それは、ええ、わかります」

「それでなんですが、献属なので当然吸血しますよね。そこでも強いファーストインプレッションを受けるわけです。初めて飲む鮮血はとても美味しいそうで、献属に対する思い入れが強くなります」


 私の場合は初めから晴ちゃんに惹かれていたわけだけど、確かに初めての吸血体験はすごっかった。そこから更に好意が加速したのは間違いない。


「そんな思い入れのある献属と友人以上の関係を長く続けていたら……まあ、そうなる訳です」

「そうならないでしょう、普通」

「吸血人は献属に執着する気質が強いというのも関係しているみたいです。自分の獲物を横取りされないため本能かもしれません。千鈴お嬢様も独占欲が強いのではないですか?」


 晴ちゃんが私を見て、どこか納得したような雰囲気を出す。自分ではそんなことないと思っているのだけど。無いとは言わないけど、人並みだと思うなぁ。


「そんなこんなで、吸血人における同性での恋愛はよくあることです。比率が多すぎるので、吸血人と献属のペアに限りですが婚姻とほぼ等価の制度も存在するほどです」

「あっ、そうだよね。結婚できるよね! 晴ちゃんができないって言うから混乱しちゃったよ」

「えっ……?」


 私の勘違いかもしれないと思ったから、その場では深く突っ込まなかったけど、勘違いじゃなくてよかった。


「お嬢様、厳密には結婚ではありません。結果的にほとんど似たようなものですが」

「なんでもいいよ。でもこれで結婚を前提のお付き合いってことにしてもいいよね?」

「……待ってください。情報量が多すぎて……」

「ちなみに私もその制度を利用してますので、詳しく知りたければ仰ってください」


 晴ちゃんの顔は驚きっぱなしになっている。司さんはお母様の部下の女性と所帯を持った。その部下の方が我が家に来たことが切っ掛けで、恋仲へ発展したそうだ。


「い、いえ、まだ私には早いので暫く知りたくないです……。というかそんな生態でよく絶滅しませんね、吸血人」

「はあ、絶滅しないだけの理由がありますから。同性でも子供を――」

「いいです! まだ早いですから!」


 頭がパンクしたのだろうか。晴ちゃんは耳を塞いで出て行ってしまった。私としてはそこら辺の話に興味が尽きないが、今は彼女を追いかけることを優先する。


 廊下に出ると、すぐ近くの曲がり角に彼女の姿を見つける。


「晴ちゃん、大丈夫?」

「……ええ、なんとか。吸血人のあまりの生態に、つい取り乱してしまいました」


 そんなに驚くことだろうか。私は昔から知ってたし、司さんという実例もあったので当然ではあった。勿論、人間の間では同性同士での恋愛が一般的でないのも知ってはいた。


 急に駆け出したからか、彼女の息は少し荒い。背中を優しく擦ってあげる。

 深呼吸をして情緒を落ち着けようとしてる晴ちゃん。いつもの平然とした雰囲気はなく、乱れた表情と上気した頬が可愛らしい。

 口から息を吐くときに、ちょっとだけ唇が突き出されるのが色っぽい。


 何か体の奥底から湧きあがるものを感じた。


「……ねえ、晴ちゃぁん」


 しなだれかかって、身を寄せる。首へ手を回して彼女の顔をじっと見つめてみた。


「何ですか、急に猫なで声なんか出してきて……」

「したくなっちゃった。ダメ、かな?」


 おねだりを試みた。やはり二人きりだと、どうしても昨日の記憶が蘇る。昨晩の記憶は鮮明に残っている。夜遅くまで晴ちゃんを可愛がってあげた部分とか特に。


 そんな私の気持ちを汲んでくれたのだろう、苦笑しながら笑いかけてくれた。


「勿論、ダメです」

「ええっ! なんでよっ。『仕方ないな』みたいに微笑んだのはなんだったの!?」

「完全な思い込みです。こんな誰か来るかもしれない場所ではしませんよ」


 ピシャリと私のおねだりが退けられる。こんな場所でもできるように関係を公表したっていうのに。


「晴ちゃんの意地悪」

「はいはい。私も別に一切合切禁止と言ってるわけではないんですから。TPOを守って下さいね」


 やっぱり彼女の貞操観念は変な所で固いようだ。これからも苦労しそうである。


「……それより、今晩千鈴さんの部屋に行ってもいいですか?」


 そう思っていた矢先、まさかの彼女からのお誘いである。


「わ、私の部屋に?」

「はい、昨日は千鈴さんの覚悟を見せて頂きましたから、それに応えたいなと思いまして」


 もしかしなくて、そういうことだろうか。

 恋人に部屋に行きたいと言われたら、やっぱりその方面を期待してしまう。昨日頑張って本当に良かった。


「私は全然いいよ! むしろこっちから誘いたかったぐらい! ……そ、それで何時ぐらいに来るの?」

「できるだけ早い方がいいですよね。私も頑張って仕事を終わらせますので、お風呂を上がった後、待っていてくれますか?」


 早い方がいいなんて、晴ちゃんも意外と乗り気じゃないか。そっか、そうだよね。昨日結ばれたばかりの二人だもの。想いが募り合って、こうなるのは必然と言って差し支えない。

 今すぐでも構わないくらい気持ちが昂ってくる。


「うん、待ってるから早く来てね!」

「千鈴さんもやる気なようで嬉しいです。実は頑張ってくれるのか少しだけ疑っている部分もありましたから」

「そんな。晴ちゃんのためなら頑張るに決まってるよ」

「ありがとうございます。私も頑張りますので、今年から着実に進めていきましょうね」


 待って。何かがおかしい。意味のわからないことを言われた気がする。


「進めるってなにを?」

「……? 勿論、受験勉強をですが」

「勉強っ!?」


 酷い、騙された。

 晴ちゃんが乗り気な時点でおかしいと気づくべきだった。彼女が恥じらいもせず、イチャイチャしたいなどと言うわけがなかった。


「いやはや、こんなに乗り気なのは本当に嬉しいです。あまり言いたくはないのですが、今の千鈴さんの成績では大学の選択肢が少なくて。無論、有名大学に入る事だけが全てではないですが、大きい大学ほど教育や設備の質が高いですからね。来年までに頑張って勉強して、目指せる大学の選択肢は増やしておきたいものです」


 晴ちゃんが何かを言っていたが、後半はもう右から左へ聞き流していた。何故こんなことになってしまったのか。私が一体何をしたというのか。そればかりを考えてしまう。


 私はただ可愛い恋人と、あんなことやこんなことをしたかっただけなのに。


 先ほど最高潮に盛り上がっていた気持ちは、完全にしぼんでしまった。きっとこれから晴ちゃんとチュッチュする暇もなく、勉強漬けにされるんだ。


 落ち込んだ気分のまま、未だに私が勉強に乗り気だと勘違いしている彼女を盗み見る。やけに嬉しそうにしている。そんなに私が勉強をすることが嬉しいのか。


 いや、私が彼女のために頑張ること自体が嬉しいのかもしれない。


 そう考えると、私としても悪くはないと思えた。勉強にはげんなりしているが、無理に誤解を解く必要はない気がしてきた。彼女が喜んでくれることも、私にとっては幸せなのだから。


 でも、ちょっとぐらい交渉してもバチは当たるまい。


「……うん、勉強、頑張るからさ。その分のご褒美も用意しておいてほしいな」

「ご褒美ですか?」

「そう、私が欲しい物、晴ちゃんならわかるよね?」


 思い当たる物があるのか、彼女は頬を朱に染めて目を逸らす。そしてしばし迷った後、周囲を見回した。誰もいないことを確認したのか、おもむろに私の頭を自分の方へ引き寄せる。


 ほんの一瞬だけだが、おでこに柔らかい感触を感じた。


「……前払いです」


 照れたように、それだけを言って逃げ去ってしまう。


 今のが、今の彼女の精一杯なのだろう。


 正直それだけでは、ご褒美として不満はある。

 だけど、彼女からしてくれたということで許してしまいそうだ。いつか必ず、おでこではない場所へ彼女の方からさせてみせると決意を固める。


 そのためには勉強とかも頑張らないとな。


 もっともっと彼女に喜んでもらって、私を堪らないほどに好きになってほしい。彼女の方から私を求めるようになって、最終的に私に依存してほしい。


 だって私は晴ちゃんに依存して、こんなにも幸せなのだから。


「いっぱい求めるから、たくさん求めてね晴ちゃん」


 愛する人を求めて、愛する人に求められる。これ以上の喜びを私は知らない。




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