第4話 勧誘されてます
「秘密にしていたことが問題なんですか?」
「ええ、そうですね。吸血したことは問題ありません。適切な対処さえしていただけていればですが……」
秘密にしたことで適切に対処されていない、となると報告が必要だったのだろか。
「ちなみにいつ頃のことでしょうか?」
「詳しい日付はすぐには思い出せませんが、大体一年ほど前ですね」
「かなり……前ですね」
「すいませんが、そこら辺の知識に疎くて……。開き直る訳ではないですが、ちょっと隠れて吸血したことが怒られるほどのことなんですか?」
お酒や煙草ではあるまいし、年齢制限があるわけではないだろう。だが気分は裏で飲酒・喫煙した不良少女の心境である。
「そうですね、八城さんは知らなくても仕方がないです。まだ未成年ですし、吸血人に関わることがなければ不要な知識ですので」
ですがと厳しい顔で千鈴さんの方を見据えた。
「お嬢様は十分にご理解しておりますね? 基本的に決められた人以外からの吸血行為は法律で禁止されているのを」
「……はい」
声は先ほどからしぼみ続けている。
「八城さんへ説明させて頂きますと、吸血行為には契約が必要となってきます。これは吸血人が誰彼構わず人間を襲うことのないようにする処置です」
ああ、なるほど。聞けばごく自然な話ではある。しかし、
「それは必ず契約までしなくてはいけないのですか? 言い訳になりますが私達の場合は、千鈴さんは空腹で辛そうでしたし、私も襲われたのではなく自主的に協力したのですが」
「ええ、基本的にはです。勿論こう雁字搦めでは吸血人側が厳しくなります。吸血自体も生理現象と変わらないものですし、緊急的に求められることも勿論あります」
まさに私達と同様の状況だ。
「だから緊急吸血認可制度があります。これは契約外の吸血をした場合に同意があったことの証明、人間側の署名捺印のある証書を然る所へ提出さえしていれば罪には問われません。提出期限にも余裕があり、こう言っては何ですがかなり緩い制度です」
「後出しでもいいのですか?」
「ええ、そうです。難しいことをあれこれお話ししましたが、要するに管理の目が届いていない吸血は罰せられるということです。お嬢様も私や家族へ報告していただければどうとでも対処できたのですが……」
チラリと流し見られた彼女は、ショボショボと縮むかの如く肩を落とす。
「……だって、そのころお母様から献属を持ちなさいって言われてて。でもまだ欲求とか無かったから要らないって断って。それなのに衝動が抑えきれなくなって吸っちゃったって言うと、怒られる思ったんだもん」
グスグスと鼻を鳴らし、今にも泣きそうな表情だ。私も関わっているだけに罪悪感が湧く。彼女の思惑はともかく、秘密にしようと言い出し、そそのかしたのは私だ。
「状況は把握できました。とりあえず八城さんの同意があり被害者はいないことですし、今更の同意書提出も認められません。このまま無かったことにいたしましょう」
口を滑らせなければ埋もれていた話だ。異存などあるはずもなく頷く。もう司さんの怒りも消えたようだ。ただ何か考え込む素振りを見せる。
「それにしてもお嬢様が吸血なされた……いえ、お出来になれられたのですか」
「どういう意味ですか?」
吸血人なのだから血は吸うだろう、そういった意味ではないのかもしれないが。横を向き意味を探るも、気まずそうに目をそらされる。
「ご承知かもしれませんが、お嬢様は非常に人見知りで、献属を持つことに長いこと抵抗を示されているのです。献属はご存じですか?」
「ええ、献属の意味は分かります。……そうだったんですか。人となりまで知る機会がなかったので初耳です」
偏見かもしれないが、社交的なタイプにも見えないので、驚きまではない。
「千鈴お嬢様の母親、ご当代様ですがそれはもうずっと気を揉まれています」
「それは大変そうですね」
「……そこで一つ提案があるのですが、八城さん献属にご興味はありませんか?」
「うぇえっ!」
私が反応するよりも早く、隣から奇声が上がる。驚いて振り向くと、頬を赤くし忙しなく瞬きする顔が目に入る。
「そ、それって……私のけ、献属に八城さんが……ってこと?」
「そうです。不慮の事故とはいえ一度は出来たことですし、彼女ならば如何でしょうか。それに彼女はこれからここで働くことになりますので、献属になっていただければ仲を深めやすく一石二鳥かと存じますが」
「そ……うかもしれない、けど。急に言われると……その」
「まずお嬢様の意思を確認しておきたいのですが、お嫌ですか?」
「嫌じゃないよ! む、むしろ……なってくれたら嬉しい……な」
恥ずかしいのか、最後の方は尻すぼみに小さくなっていく。紅潮した顔は伏せられており、表情は見えない。しかし言葉尻からでも期待している気持ちが伺えた。拒む気は無かったが、このいじらしい態度を見ると余計にそう思える。
「八城さん、如何でしょう。話だけでも聞いていただけませんか?」
「悪い勧誘みたいなセリフですね」
「そうかもしれません」
ふふっと司さんから笑いが漏れた。
「ええ、私も構いません。お話、聞かせて下さい」
「ありがとうございます。それでは手続きなどの細かい話は後にして、献属としての契約をした場合のメリットとデメリットを簡単に説明させて頂きます。私も長く献属をしておりますので、実際の状況に即した話が出来ると思います」
「献属をされていたんですね」
デメリットまで話してくれるのはありがたい。千鈴さんとの付き合いの長さから考えて、話を推し進めるために、メリットのみ提示することも可能だろうに。
「ここのお屋敷の家政婦は全員が献属です。私以外の方はご当代様と契約を。私も以前はそうでしたが、最近吸血人の方と所帯を持つことになりまして。それを機にその方と契約しなおしています。」
「あっ、おめでとうございます」
「ありがとうございます。しかし家庭を持ったことで、勝手ながらこのお屋敷に注力することが難しくなりました。八城さんを新たに雇用することになった経緯も、それが少なからず関係しています」
「お母様も喜んでいたし、全然勝手じゃないよ」
フォローに対して照れくさそうに笑い、仕切りなおすように咳ばらいをする。
「話がそれましたね、戻しましょう。まずメリットなのですが、お給金が出ます。管理団体からの補助金と永妻家からの分、合わせるとそれなりの金額が入ってきます」
家政婦として雇用してもらったのでお金に困ってはいないが、あるに越したことはない。貰えるならば嬉しい。
「……それでデメリットの方ですが……」
司さんは言葉を選んでいるのか言いにくそうにしている。
「私が言うのは何ですが、あえてデメリットまで詳しく話す必要もないのでは?」
「いえ、後々問題が発覚する方が揉め事になり易いので、先に説明させて頂きます。こじれるとお嬢様を傷つけることにもなりかねませんし……」
今日話していてずっと感じることだが、司さんは千鈴さん、ひいてはこの一家に対して仕事上の関係を超えている。アットホームな職場と聞くと若干胡散臭いが、ここでは文字通り家族的な存在なのかもしれない。
「それなら覚悟して聞かせてもらいますね」
「はい、是非覚悟してください」
あえて真剣な表情を作って身構えたふりをする。司さんも真似をして居住まいを正し、芝居がっかた真剣さを演出する。ただ口元は笑みが浮かんでいた。案外ノリも悪くないかもしれない。
それから残る説明も聞かせてもらった。デメリットについても、言葉を選びながらも詳しく説明してくれた。吸血人の行動に起因するものであり、個人差があるようなのであくまで可能性の話みたいだが、確かに聞いてみれば忌避する人がいてもおかしくないと思える内容であった。
私も全く気にならないと言えば嘘になるが、隣の可愛らしい女の子の期待に背くことに抵抗があるし、まさか彼女はそんなことはないだろうといった半ば楽観視する気持ちもある。
最終的にお試しの形で一ヶ月間の契約を結ぶこととなった。