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第44話 進学を考えています

「晴ちゃん、大学受験の勉強してるの?」

「ええ、まあ」

「……なんで?」


 何と千鈴さんに説明したものか。少し入り組んだ事情があるし、まだはっきりとしない部分もある。全部話すとなると面倒ではある。適当に誤魔化すことも一瞬思い浮かぶが、これに関してはむしろしない方がいい気がする。


「とりあえず座りませんか? 少し長くなるので」


 彼女は小さく頷いてベッドへ戻ってきた。私と同じようにベッドの淵に座るが、いつもより少しだけ、距離を空けて座られた気がした。ただの自意識過剰かもしれないが。


「祖父母の話はしましたっけ。母が彼らとは長い期間絶縁していまして、その関係で私も長いこと会うこともなければ、話すこともありませんでした。まあ、その関係について母が亡くなるまで私は知らなかったのですが」

「……?」


 何の話だと言わんばかりに小首が傾げられる。でも最後まで黙って聞くつもりなのか、余計な口は挟んでこない。私もどう話すべきか悩みながら言葉にしているので、非常に助かる。


「で、母の葬式などで久しぶりに連絡を取ったわけですよ。彼らと母の間に何があったのかは知りませんが、ちゃんと葬儀には来てくれて、悲しんでくれました」


 なんだかんだ彼らの一人娘だったのだ。後悔と悲しみで酷く落ち込んだ様子は、見ているこちらも胸が痛んだ。


「つつがなく葬儀は終わったのですが、その後彼らに『自分達の元に来ないか』と打診されました。未成年の忘れ形見が、これからたった一人でいることが不安だったのでしょう。それに知らなかったとはいえ、母の苦境に何もしてあげられなかったことに、負い目を感じていたのかもしれません」


 客観的に見たら気持ちはわかる。私は母の面影を強く残しているようなので、殊更そう思うのだろう。


「……でも、それは断ったんだよね?」

「はい。別に彼らに思う所はありませんが、逆に思い入れもありませんでしたから。気持ちだけ頂いて一人でやっていくこととなりました」


 行く理由も、行かない理由も特段なかった。この選択は何となくだ。


「その場は一旦それで収まりはしました。ですが、この前スマホを買い替えたではないですか。その際に祖父母と再び連絡を取りまして、それからちょくちょく話すようになりました。それで、『やはりこちらに来ないか』との話題が多く出るんですよね」


 未練がましいと言えばそれまでだが、彼らの気持ちもわかるだけに無下にはできない。


「私としてはそれは考えていないので、毎度断ってはいたのですよ。もう仕事にも就いたからと説明はするのですが、それでも彼らの不安は拭えないんでしょうね。ある時から代替案を出されるようになりました」

「もしかして、それが大学へ行くこととか?」

「そうです。何でそれが代替案になるのか不思議ですよね。……まあでも言わんとしていることは、理解できなくもないです。手に職がない未成年の孫が一人でいることが不安なようで、せめて大学だけでも出ないかと考えているみたいです」


 別に大学を出ていなくても自立することは可能である。それに現に家政婦として職についているのだが、彼らは考えが古風な人間なので、それだけでは説得しきれなかった。


「……それは、断ってないの?」

「はい。正確には保留している状態ですが」


 もっとも、どの選択をしてもいいように準備だけは早目にしている。見つかった参考書もその類だ。

 大学受験ともなれば、準備は早いに越したことはない。仮に大学へ行かなかったとしても、勉強した時間が無駄になるだけである。なら、まだ決まっていなくとも、するだけはしておく。


「学費等のお金を出してくれるそうなので、私としても損がある訳ではありません。それに元々大学へ行かなかったのも、母のために就職するからでした。今はもう大学へ行かない強い理由がありません」

「じゃ、じゃあ、……大学に行っちゃうの?」

「まだ決めてません」


 今回の帰省も、そこら辺を祖父母と話し合う意味もあった。だが結局、結論は出ていない。


「も、もしだよ。もし大学へ行くことになったら……」

「はい」


「献属を、辞めちゃうの?」


 不安げな顔。声も震えている。思わず「そんなことない」と言って安心させてあげたくなるが、事実は告げなくてはならない。


「……そうなりますね」


 どこの大学を目指すなどは、まだ決まっていない。もしかしたら、ここから近い所へ通えるのかもしれないが、ずっと遠方になるかもしれない。それに大学生活だって暇なわけではない。献属としての活動と並行していくことは厳しいだろう。


 私の返答を聞いてから、千鈴さんは呆然とした表情のまま固まってしまった。


「ま、まあまあ。何度も言いますが、まだ決まった話ではありませんよ」

「は、晴ちゃんは、……晴ちゃんはどうなの? その話に乗り気なの?」


 彼女に対しては真摯に回答したい。一度呼吸を整えて、改めて胸の内を整理する。


「そうですね。……乗り気、とまでは行きませんが、どちらかと言えば行く方へ傾きつつあります」

「えっ……」

「悪く言えば祖父母の我儘でもありますが、それを叶えてあげたい気持ちが少なからずあります。疎遠ではありましたが、血のつながった親族ですから」


 帰省してまで話し合ったからこそ、強くそう感じてしまう。方法の良し悪しは別として、彼らが私を案じる気持ちは本物だ。それに応えてあげたいと思うのも無理はない。


「で、でも、まだ決めてないってことは、まだ迷ってるんだよね?」

「ええ、そうなりますね」


 天秤が傾き切っていないのは、反対側にも乗っているものがあるからだ。


「理由は色々です。ここまで良くしてくれているこの職場に不義理を働いてしまうなとか、今更大学へ行く意味などあるのかなとかですね。後は……」


 隣へ座っている千鈴さんの方へ体を向ける。彼女の膝の上には、ピアスの入った小箱を強く握りしめすぎて白くなっている手が置いてある。そこに私の手を重ねた。


「私が献属を辞めてしまったら、千鈴さんはちゃんと代わりを見つけられるのだろうか、とても心配しています」


 彼女の手は血の気が引いてしまったかのように冷たい。温めるために優しく擦ってあげる。


「……絶対に代わりなんて見つけられない。……って言ったら、ずっとここに居てくれる?」


 とても難しい問いかけだ。気持ち的には非常に後ろ髪を引かれる。でも、それだけでは天秤を傾けきるには至らない。

 私の表情から、凡その返答を察したのだろう。千鈴さんは残念そうな、哀しい表情になった。


「そっか……」

「すいません。でもきっと代わりの良い人が見つかりますよ」


 私の言葉に彼女の肩がピクリと動いた気がした。


「代わりの良い人?」

「はい。心配しなくても私程度の人間なんてごまんといます。千鈴さんほど素敵な人なら、献属になりたい候補者は沢山出てきますよ」

「……そうだね。そうかもね」

「ええ、前向きに考えて頂けると助かります」


 潮が引いていくように、彼女の顔から感情が抜け落ちていく。口元は微笑んでいるものの、目は笑っていないように見える。


「うん……、あんまり我儘ばっかり言っても、晴ちゃんに愛想を尽かされちゃうからね。もし大学へ行くことになったら、代わりの献属は頑張って見つけることにする」

「本当ですか?」

「うん、もうそれに関しては、気にしなくても大丈夫だよ」


 私が気に病まないようにとの配慮だろうか。吹っ切れたような声色で明るく振舞ってくれている。


「千鈴さん、ありがとうございます」

「ちょっと不安だけど勇気を出して頑張ってみるね。それに後半年は続けてくれるんでしょう? その間に代わりの献属を探すのなら、時間もあるし難しくなさそうだね」


 重ねていた手に、更に彼女の手が重ねられる。手に持っていた小箱は脇に置かれ、両手でギュッと強く握られた。

 彼女の上半身は前傾になり、顔の距離は一気に近くなる。


「うん、うん。本当に《《献属》》のことは気にしなくていいからね」


 ゆっくりと、だが確実に、いつもより少しだけ空いていた体の距離もジリジリと詰められる。


「それは本当にもうどうでもいいや」

「ち、千鈴さん?」

「でもさ――」


 気がつけば彼女はもう目の前だ。悲しげだった先ほどは打って変わって、今の目には迫力がある。どんどん顔が近づいてくる。背中を仰け反らして距離をとるのも、もう限界だ。


「――晴ちゃんの代わりは、いったい誰ならできるっていうの?」


 頬を両手でしっかりと掴まれた。目線を逸らすことは許さないとばかりに見据えられる。


「『献属』の代わりはいるかもしれないけど、『晴ちゃん』の代わりは絶対にいないの。だから――」



「――晴ちゃん、結婚しようっ!!」



「……何を言ってるんですか?」




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