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第43話 油断していたようです

「……私なんて……どうせ……どうしようもない……ダメ人間なんだ……」


 ベッドの隅の方から、暗く湿った呪詛のような声が聞こえる。ブツブツと自身へのネガティブな言葉を吐き出しつつ、時々しゃくり上げる音も聞こえるので、もしかしたら泣いてもいるかもしれない。


 どうしようかな。


 音のする方に視線を向けると、布団で作られた繭が転がっている。正体は言わずもがな、千鈴さんだ。幸い鼻血はすぐに止まったのだが、その後はひどく落ち込みだし、ついには今に至る。


 上手く言語化できないが、彼女が落ち込む理由は何となくわかるし、同情しなくもない。だからこそ、かける言葉が見つからなかった。一応、「気にしてないですよ」や「そんなこともありますよ」と上辺だけの励ましはしたのだが、効果は無いようである。

 ベッドの淵に腰かけ、腕を組みながら思考を巡らせ言葉を探す。


 まあ、でも、あれは格好がつかないよなぁ。


 別に彼女は格好をつけようとしたわけではない。でも、否が応でも頑張らなければいけない場面は、確実に存在する。あれはまさにその瞬間だった。私情が入っているかもしれないけど、できれば格好をつけ切って欲しかった。


 同じ立場なら私でもへこむかもしれない。相手の期待に応えられないと言うのは、存外傷つくものだから。仮にそうなっていた場合、何と声をかけられると立ち直れるか。


 いや、いっそ無かったことにするか。


 それもいい気がしてきた。私もあの時は少々流され過ぎた。思い返すと少々……いや、結構恥ずかしい。雰囲気と勢いに流されたとは言え、私の方から、その、あんな、千鈴さんを誘う様なふしだらな真似をしてしまうとは。


 うん、やはりこれは互いのために、無かったことにするべきだと思う。


「千鈴さん、あの少し聞いてくれませんか?」

「晴ちゃん、もうダメダメな私のことは放っておいて……」


 放ってはおけないだろう。ここは私の寝床でもあるのだし、シクシクと啜り泣くミノムシがいる部屋では寝たくない。


「あのですね――」

「私なんて……私なんて……。晴ちゃんのおねだりも聞いてあげられないなんて……」

「お、おねだり……」


 口に出して言われると余計に恥ずかしさが込み上げる。千鈴さんの中では、そういう風に受け止められているのか。あながち間違っていないと思ってしまうのが、たちが悪い


「い、いや、千鈴さん、あれはですね……」

「私は晴ちゃんを気持ちよくしてあげることも出来ない、ヘタレ吸血人なんだぁ!」

「誤解を生む表現は止めてください!?」


 わざとやってるのではないだろうな。俄かに腹が立って、千鈴さんの布団を力づくで剥いだ。


 彼女は布団から膝を抱えた状態で転がり出てきた。明るいところへ放り出されたミノムシは、今度は芋虫になって私の膝元まで這ってくる。そして、そのまま顔を太ももへ乗せて、膝枕を要求してきた。

 実はそんなに塞ぎ込んではいないのではないだろうか。


「千鈴さん、もうその時の話は忘れませんか?」

「……その時の話って? 晴ちゃんが『気持ちよくしてください』って、おねだりした時の話?」

「そこまで行くと完全に誤解です!」


 頬を両手でつねって引っ張る。嘘をつく悪い口にはお仕置が必要だろう。それにしても相変わらず、柔らくモチモチとした頬っぺただ。ついムニムニと感触を楽しんでしまう。


はるひゃん(晴ちゃん)いちゃい(いたい)……」

「何か勘違いしているようですが、別に吸血が気持ちいいわけではないですよ」

ひょうにゃの(そうなの)?」

「ええ、気持ちいのではなく、満たされるだけです」


 そこは勘違いされたくない。それではまるで私がマゾヒズムみたいではないか。痛いだけの行為は好きではない。


しょれって(それって)ひがうにょ(違うの)?」

「はっきりと違います。そうですね……食事に例えるなら、美味しいと満腹になるの違いみたいなものだと思います。美味しいからといって満腹になるのとはまた別の話ですよね。逆も然り、まずくても満腹にはなりますし」

「うーん?」


 あんまり理解してそうにない。まあ、こちらも完璧な理解は求めていない。痛いのが気持ちいと勘違いされて、余計な部分で嗜虐的になられても困るだけだ。

 頬を引き延ばしていた両手を離し、彼女の顔を覗き込む。


「それで、もう落ち込むふりは終わりましたか?」

「ふりじゃないよぉ」


 ちょっとだけ赤くなった頬を擦りながら、不満そうに反論する。正直もう元気であるならどっちでもいい。


「本当に落ち込んでたもん。折角期待してくれたの、吸血してあげられなかったから……」

「いや、冷静になって考えると、しなくてよかった思いますよ。生え変わりの件で、そもそも禁止されてますし」


 私も千鈴さんも頭がのぼせ上がっていたようだ。これは反省しなければならない。


「でも、久しぶりなんだし……ちょっとくらいダメ?」

「ダメですよ。3日程度は久しぶりの範疇に含まれません」

「むぅ、久しぶりだよぉ」


 全然納得してくれてないみたいである。頬を膨らませ、物欲しそうな目でチラチラと首に視線を送っているのが丸わかりだ。

 案の定、私の体を支えにして上半身まで這いあがってきた。


「一口っ、一口だけでいいから!」

「絶対にダメです。今の千鈴さんは間違いなく、一口ではすみませんから」

「晴ちゃんだって最近ご無沙汰なんだし、したいなとか思うでしょ? 思わなかったら、あんなことしないよね?」

「否定はしませんが、私は我慢の利く方なので困りはしませんよ」


 取り付く島もない反応に、彼女は小さな唸り声を上げる。

 無理やりはしないだろうが、首や肩をサワサワと未練がましく触ってくるのは頂けない。指でなぞったり、息を吹きかけたり、やりたい放題だ。いい加減鬱陶しくなってきたので振り払ってもいいのだが、吸血を強く拒んでいるのでこれくらいは許すべきだろうか。悩ましい。


 まあ、これで少しでも発散できるならと、好きにさせることにした。彼女はやむを得ないこととは言え、吸血を我慢しているのは事実なのだ。フラストレーションが溜まっていても、なんらおかしくない。


 うん、そう考えると僅かながら先ほどの対応は、可哀そうだったかなとも思わなくもない。お詫びの意味も込めて背中を擦ってあげる。


 しかし、そのせいで触ることに許可が出たと勘違いをしたのか、ボディタッチが激しくなってきた。もはや肩や首と関係ないところにまで手を這わしている。しまいには首筋を唇でなぞるようにして耳まで上がっていき、耳を食んできた。牙こそ立ててないにしろ、流石にやり過ぎだろう。


 そろそろ抗議するかと口を開きかけた瞬間――


「あれ、そういばまだファーストピアスのままなんだね?」

「え、ああ、そう、ですね」


 急な話題に面食らってしまった。気色ばんでいた勢いは削がれ、霧散してしまう。


「言われて気づきましたが、もう変えてもいい頃合いですね」

「えぇ、もしかして私があげたプレゼントのこと忘れてたの?」


 一転して私が責められる立場になる。ピアスを変えることは忘れていたので気まずい。ちょっと呆れた目で睨んでくる千鈴さん。視線を合わせずらく、明後日の方向に目を泳がせた。


「プレゼントしたピアスも、どこかに仕舞い込んだきり忘れてたりして」

「いえいえ! 流石にそれはないですよ! ほら、あそこに飾ってますから」


 勉強机の一角を指さす。そこにはガラス蓋の小箱が置かれている。中身は勿論、プレゼントして頂いたピアスだ。底には緩衝材が敷かれ、その上に一組のピアスが綺麗に揃って鎮座している。

 折角のプレゼントなのだからと容器を入れ替えまでした。このピアスにするまでの間、観賞できるようにしたかったからだ。


「……あれってそうだったんだ。大事にしてくれてたんだね」

「まあ千鈴さんからの頂き物ですから」

「そっか、嬉しいな……ありがとね」


 咄嗟にばらしてしまったが、そんなに嬉しそうにされると照れくさい。付け替えること自体は忘れていたので、罪悪感もある。


「……ちょうど良いタイミングですし、付けてみますか」

「えっ、ほんと!」

「ええ、千鈴さんには一番に見せたいなと思っていたので」

「わ、わたしに? ……そっかぁ、うん、そうだよね!」


 千鈴さんは照れたように頬を両手で抑えて、体をもじもじと揺らす。非常に嬉しそうで良かった。どうやら失態の挽回はできたみたいだ。


「あっ、じゃあさ、私が付けてあげたいな。いい?」

「構いませんよ。では、お手数ですが取ってきてくれますか?」

「うん!」


 勢いよくベッドから飛び降り、狭い部屋なのに机まで小走りで駆け寄る。両手で壊れ物を扱うかのように小箱を拾い上げ、少しの間ピアスの輝きを楽しんでいた。


 そんな光景を私も微笑ましく見ていた。


 しかし、いつの間にか彼女の目線は小箱から外れていた。楽しそうな雰囲気も抜けて、無表情に机の上を眺めている。


 唐突な情緒の転換に私の方が困惑してしまう。机上の何を見ているんだろうか。


「どうしました?」

「ね、ねえ、晴ちゃん。一つ聞いていい?」

「……? どうぞ」


 彼女は掌の小箱をギュッと握りしめる。数瞬迷っていたが、意を決したように口を開いた。


「何で机の上に、大学受験の参考書があるの?」


 滅多に人を招かない部屋だから油断をしていた。まだそれは、彼女に見せるべきではないものであったのに。



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