第37.5話 決心できたよ
深夜の私の部屋。つい一時間ほど前までは3人の話し声が飛び交っていたが、今はもう時計の音と小さな二人分の規則的な寝息しか聞こえない。
晴ちゃんもすかっり眠ってしまっていて、起きているのは私だけ。
本当であれば私も眠るべきなのだろう。いつもであれば晴ちゃんの匂いと温もりを感じながら目をつぶると、心地よく夢の世界へ行けたものだ。しかし妙に目が覚めてしまって、まるで睡魔がやってこない。明日も学校があるので、このままでは朝は辛いことになる。
もう何度試したか分からないが、もう一度深呼吸をして目を閉じる。カチコチと部屋に大きく響く時計の音を頭の中から締め出し、意識を沈めようと努めた。
だが無駄だった。時計の音は幾度だって頭へ侵入してくるし、沈むはずだった意識は再び浮上する。そのうち目を閉じているのも苦痛になって、つい開けてしまう。
目の前には晴ちゃんの体が見える。常夜灯の明かりで薄っすらと確認できるそれは、最近買ったと言っていた長袖のパジャマに包まれている。この暗さでは判別は難しいが、白に赤と黒の線が入ったチェック柄だったはずだ。
晴ちゃんと一緒に寝るときは大抵吸血後であるので、パジャマ姿の彼女は割と新鮮だった。無難なデザインではあるものの、その姿はとても可愛らしかった。
しかしちょっと不満は残る。どうせ新しいの買うなら私に軽くでも相談してくれてもよかったのに。勿論彼女が選ぶものに駄目出しする気は無いけど、折角のパジャマなら私が選んであげたかった気持ちがある。
晴ちゃんなら大人っぽいシックな柄も似合うかもしれないけど、どうせならフリフリのピンクな可愛らしい物も着せてみたい。いっそのこと着ぐるみパジャマなんかも良いかもしれない。
彼女であれば、そうだな……猫が似合うかもしれない。にゃんこ晴ちゃんだ。きっと目にしてしまったら、そのまま押し倒してしまいそうになるほど可愛らしいだろう。もし着てくれるなら、また私のなけなしのお小遣いをはたいてもいい。
そんなとりとめもないことを考える。それも、もう何度目だろうか。眠れないからか、思考は様々な方向へ飛んでいく。
しかし、その思考の中心にあるのは常に晴ちゃんの事だった。
いや、むしろ逆なのかも。晴ちゃんの事をばかりを考えているから眠れないのだろう。
普段から彼女の事はたくさん考えてるし、その度に温かいものを覚えていた。だが特に今晩は晴ちゃんに関して奇妙な昂ぶりを覚えてる気がする。無意識下での感情なのか、こうやって改めて自問自答しなければ気づけなかった。
その昂ぶりの原因を自身へ問いかけてみる。やはりパジャマだろうか。いや、何となく違う気がする。ケセランなんとかの話は論外だ。
あの恋バナかもしれない。
心当たりはもうそれしかない。頭の中で再度あの時の話を思い返す。晴ちゃんは中学生の頃にお付き合いをしていた相手がいる。それも女の子。
やっぱりだ。思い返すだけで頭に血が上るような、のぼせた気分を味わう。気持ち悪いかと言われたらそうではないけど、良い気分かと言われると違う。自分でもよくわからない情緒だ。
制御できない混乱を収めるために、晴ちゃんに回した腕に力を入れギュッと抱きしめる。無意識的な反射で彼女の体が一瞬強張るけど、すぐに弛緩してまた規則正しい寝息が聞こえてきた。私がこんなにヤキモキしているのに、その元凶とも言える本人がすっかり眠りこけているのには八つ当たりにも近い怒りが芽生える。
だいたい晴ちゃんは頼まれれば、誰にでも何でもしてしまうところは良くないと思う。頼まれただけで昔は後輩と付き合い、今は私の献属をしている。彼女のその性格は生来のものだろう
誰にでもというのが特に良くない。いつか悪い人に騙されて痛い目にあいそうだ。
私ならそんなことは絶対にしない。彼女が甘えさせてくれるだけ、私も彼女を大事にする。とってもとっても大切にするから、私だけに優しくしてほしい。
私だけの晴ちゃんになって欲しい。
彼女の体の柔らかさを確かめるように、抱きしめたまま体へゆっくりと頬ずりをした。フワフワとしたパジャマの触感とその奥の肉体の弾力。肋骨の脇あたりなので比較的肉付きは悪いけど、それでも女性特有の柔らかさを感じる。体からは呼吸による僅かな胸の上下の動きが伝わってきた。
この魅力的な彼女と長く触れ合ってきたのは、今日までは私だけだと思っていた。しかし、突然の告白によってその前提は崩れかけている。
昔の恋人はどこまで晴ちゃんに触れてきたのだろうか。私と同じくらい、いやそれ以上に彼女と触れあってきたのではないだろうか。そんな暗鬱とした考えが頭をよぎる。
顔も名前も知らない、それどころかイメージすら湧かない元恋人に嫉妬していた。昔に晴ちゃんを独占していたかもしれない存在が面白くない。もうその子の話すら晴ちゃんの口から聞きたくない。
でも、ほんの僅かながら感謝もしている。彼女はとっても重大な情報をもたらしてくれた。
晴ちゃんって女の子でも恋人になってくれるんだ。
あくまで頼まれたからだと言っていたけど、裏を返せばその程度の軽い気持ちで付き合ってくれるくらい抵抗がないと言うことである。
女の子同士でも、いいんだ。
今まで考えたことは欠片もなかった。献属っていう立場にいてくれるだけで、満足はしていた。しかしそれ以上を求められるなら、限界までを望みたい。なぜなら私は欲深いのだ。
彼女の口ぶりからして、お付き合いすること自体には乗り気ではなさそうだ。でも晴ちゃんを、例え無理やりだったとしても手元に置いておきたい。他の人に取られるところなど見たくない。取られる前に私だけのものにする。
絶対にする。
「恋人になってください」と、たった一文を言う勇気が私にはまだないけど、絶対に、今度こそ、手遅れになる前に告白をする。するったらする。
晴ちゃんが誰かと付き合ってたという話。それによる事実が期待となり、嫉妬が勇気へと変わる。
妙な高揚感に突き動かされるように、この夜に密かに決心を固めた。




