第37話 童話を語ります
「……と言うわけでケセランパサランは大空へ旅立っていきました。おしまい」
「ねえ、晴ちゃん。今の話はなんだったの?」
深夜、私達は千鈴さんの部屋のベッドで三人仲良く並んで寝ていた。
よく三人並んで寝ることを川の字で寝るというが、私達の場合は「小」の字が正しいだろう。中心に私がいて、左右に千鈴さんと舞里さんがいる。この配置に至ったわけは極々単純で、お二人が私の横を希望したからである。寝る際に両脇を二人に抱えられ連行されるようにベッドに連れ込まれた。
寝る位置に拘りはないので好きにしてもらって構わないのだが、今の状況には少々困っている。先ほど「小」の字と例えた通り両側のから抱きつかれ、腕を完全に抱え込まれているからだ。
抱きしめられて寝るのはなんやかんや慣れてきているのだが、このパターンは初めてかもしれない。一対一の時よりもホールド力が高く、両側へ引っ張られることで磔にされているようである。寝返りさえもできそうにない。
流石に手を緩めてもらおうかとも思ったのだが、彼女達の縋り付くような仕草を見て諦める方を選ぶこととなった。
そこからは二人にせがまれるままお喋りをしている。ちなみに先ほどの話は、舞里さんの「何か面白い物語を聞かせて欲しい」とのリクエストに応えて、お馴染みの童話を語っていたのだ。
「どこのご家庭でもお馴染みの『ケセランパサラン、空を飛ぶ』ですよ。千鈴さんは聞いたことありませんか?」
「……うん、初めて聞いた。お話しもそうだけど、そんな題名も初耳かも……」
「地域差ですかね?」
私は母から嫌となるくらい聞かされたものだ。定番のお話しだと思っていたのだが、意外とマイナーなのだろうか。
「第一部は終わりましたが、第二部はどうしましょう」
「続きまであるんだ。……でも舞里ちゃんも寝ちゃったし、もういいかも」
言われて気づいたが、いつの間にか舞里さんはすっかり夢の中へ旅立っていた。小さな寝息まで聞こえる。
「……つまらなかったでしょうか」
「単純に睡魔に負けちゃっただけじゃないかな。むしろこの時間まで我慢した方だと思うよ」
「ならいいのですが。千鈴さんは面白かったですか?」
「……う、うん?」
微妙な反応ではあったが頷いてはくれた。そこはかとない気遣いを感じ、嬉しいやら悲しいやら。深堀しても私が傷つくだけになりそうである。
「千鈴さんの気を紛らわせることは出来たようなので良しとしておきます。……もう平気ですか?」
「……うん、かなりショックが和らいだ気がするかな」
「そうですか。ちなみに歯の方はいかがでしょう」
「うーん、触るとグラグラして気持ち悪いかも。でもまだ抜ける気がしないかないから余計にヤキモキする」
モゴモゴと口の中を舌で弄る様子を見せる。
抜けそうで抜けない歯に関しては覚えがある。私の歯の生え変わりの時もそんなことがあった気がした。当時は「知らないうちに飲み込んだらどうしよう」等と考えて不安になったものだ。そう考えると気持ち悪さには共感できた。
暫く歯の様子を確かめていた千鈴さんだったが、少しすると大きくため息を吐き私の腕へ顔を押し付け深呼吸をし始める。
「やはりまだ引きずってしまいますか?」
「……そう、だね。晴ちゃんが言ってくれた通り、別に大したことじゃないって頭では分かってるんだけど……どうしても気持ちが戻らないかな」
再度溜息をつき、先ほどまで抱えていた私の腕を開放する。そしてそのまま腕を持ち上げ脇の間へ体を潜り込ませてくる。自然と今度は私が千鈴さんを抱え込む形となった。むしろそうして欲しいからこそ、この体勢になったのかもしれない。
ご注文に応えるように肩に手を置いて引き寄せるようにしてあげると、進んで腕の中へ収まりに来る。横目でチラリと窺うと満足そうにしている顔が見えた。
「本当にまだ引きずってますか?」
なんかそれをダシにして甘えに来ているだけにも感じる。私の問いかけに彼女はビクリと一度体を震わせたきり無言を貫く。非常に怪しく思えるが、むきになって追及するようなことでもない。
気にしてないことを伝えるために、少々荒い手つきで髪を撫でつけた。
「……ショックだったのは本当だもん。犬歯が抜けるって分かった時、大袈裟かもしれないけど体の一部を失う気分が襲ってきたの。心に風穴を開けられるような、喪失を実感する感覚だったよ」
余程不快な感覚だったのだろうか。思い出しているだけなのに、声は徐々に尻すぼみに弱くなっていく。
「勿論また生えてくるのは理解できるんだけど、失ったことの衝撃が大きくて呑み込めてないみたい。……変な例えかもしれないけど、指が急にポロっと落ちちゃったら晴ちゃんだって怖くなるでしょ? 痛みがなくて、後から元通りになるよって言われてたとしても安心できなくない?」
「……そうかもしれませんね」
想像してみると随分と怖く感じる。確かにそれなら理性よりも感情が勝るかもしれない。
「しかし指に例えるほどということは、やはり吸血人にとっては牙は大切な物なんですね」
歯は大切であるが、私にしてみれば指と同等かと言われると疑問が残る。歯が一本無くなっても不便ではあるものの支障はないし、最悪差し歯やインプラントなど代用が効く。だが指はそうもいかないだろう。
「うーん? 吸血人だからかは知らないかな。私の感覚での話。やっぱり牙が一番存在感があるし、昔からお母様に大事にするように耳にタコができるくらい聞かされてたからかな。それに……」
千鈴さんは言葉を区切る。そして彼女を撫でていた手を掴まえて口元まで手繰り寄せた。そのまま指へ噛みついてくる。
いや、噛みついてはいない。唇で食んだだけであった。ヤワヤワとゆっくりと揉むように食み続ける。少々くすぐったい。
もう数度食まれると指と戯れることに満足したのか放してくれた。
「牙がぐらついたままだと、晴ちゃんとの吸血も上手くできないだろうし……」
「ああ、そう言えばそうですね。そこまでは考えてませんでした」
「……どうしよっか?」
「そうですね……無理をすればできなくもないとは思いますが、流石に司さんかご当代様に伺った方がいい気がします」
牙で肌を傷つけなくても血を出す方法はある。それこそ最初の吸血の時みたいにナイフとかで傷を作ってもいい。無断で行えば司さんに大目玉を食らうだろうが。
「……うん、そうする。でもさ、もし生え変わるまで禁止されたらどうしよう」
「それは素直に従うしかないのでは?」
そう言いうと千鈴さんは頭の固い部分を肋骨の脇のあたりにグリグリと押し付けてきた。割と痛い。
「吸血ができないなら、また保存血液を飲むことになっちゃう。そんなのやだぁ……もう晴ちゃんの血以外は飲みたくないよぉ……」
これはあれだろうか。以前テレビで聞いた「一度生活水準を上げると、元には戻れない」と言うやつだろうか。そう考えると同情できる余地があるかもしれない。私だって今の居心地の良い職場を辞めて、昔みたいにアルバイト漬けになるのは耐えられないだろう。
しかし、私に出来ることは何もないだろう。また頭を撫でて慰めてあげるくらいだ。
「よーしよし、生え変わるまで我慢しましょうね」
「やぁ……」
ワシャワシャと髪を撫でつける。やはり彼女の髪は触感がとてもいい。撫でるのは私としても吝かではない。
「……んぅ」
揺れが反対まで伝わってしまったのか、舞里さんが小さく呻いた。慌てて手を止めて様子を窺うが、起こしてしまってはいないようだった。
「……大丈夫? 起こしてない?」
「……なんとか」
一層声を抑えてやり取りを行う。気づけばもうだいぶいい時間となっていた。
「そろそろ、寝ましょうか」
「えー、もうちょっとだけお喋りしてたいんだけど……」
「だいぶ話したではありませんか」
「それは晴ちゃんが変なお話をしてただけだよ」
案の定ケセランパサランの物語は変認定されていた。薄々そうではないかと睨んでいたので悲しみはない。しかし親しみがあった分、残念には感じた。
「何か話したい事はあるのですか?」
「……えっとね、……えーっと」
「特に考えてはいなかったのですね」
「い、いやあるよ。ほら、……恋バナとか?」
無理やり捻り出してきたものがそれなのか。
どうやらお泊り会的なイメージを持っているらしい。私も感じてただけに否定はしずらいが、お泊り会だから恋バナと繋がるのはもう古いのではないだろうか。
「晴ちゃんは、その、そういったの、無いの?」
「しかも私から話させるのですか?」
「だって私は話せることないから、晴ちゃんのを聞きたいなって……」
これでは結局私が話すだけになるのだが、それでいいのだろうか。まあ、いいのだろう。
「私も大してありませんよ。高校に上がってからはバイトと勉強で忙しかったですから」
私からアプローチしたことは勿論無いし、ほとんど友達付き合いもしていなかった人間にアプローチする変わり者もいなかった。
「そ、そうなんだ。ふーん、へぇ……」
「ええ、だから中学の時だけですね。3年時に半年ほどのお付き合いしかありません」
「ふへっ! え、えぇ、だ、誰かと付き合ってたの!?」
千鈴さんは俄かに色めき立ち、上半身を起こして私の顔を覗き込んでくる。声量も抑えが効かなくなっており、また舞里さんの呻く声が聞こえた。
「しー、抑えて下さい。舞里さんが起きてしまいます」
「だ、だって晴ちゃんが……」
「なにをそんなに驚いているのですか……失礼ですよ。こんな枯れた私でも浮いた話の一つくらいありますよ」
千鈴さんが聞きたいと言ったから話したのに、そんな反応をされるといささか傷つきもする。そんなにイメージがないだろうか。いやイメージがないなら何故あえて恋バナなど聞いたのか。
……大して考えての話でもなかったし、そんなものか。
「な、何で付き合ってたの?」
「それは無論好きだったからです……と言いたいところですが、付き合って欲しいと頼まれたからですね。部活の後輩だったので、無下に断りづらいのもありましたし」
「……好きじゃなかったの?」
「いえ、好きではありましたよ。もっとも仲が良いとの意味でですが」
思い返すと半年間付き合いはしたが、ついぞ恋愛的な好きは生まれなかった。まあそれは私だけではなかったと思う。お相手も恋愛的に好きだったというよりは、憧れの先輩と仲良くしたいだけだった気もする。
「ど、どんな人か、聞いてもいい?」
「そんですね、千鈴さんと似てる部分がある子でした。髪が長くて、背の小さいところとか。背が思ったよりも伸びなかったみたいで、常にぶかぶかのセーラー服を着ていました」
「……え?」
「遠慮がちな所も似ているかもしれません。私が悪いのですが、そのせいで結局進学と同時に自然消滅してしまいましたし」
受験勉強もあったし、母が寝込みがちになったのもその頃だ。忙しさにかまけて徐々に連絡を取らなくなっていった。向こうもそれを察して負担にならないようにしてくれたのだろう。今更ではあるが申し訳なさを感じる。
「ま、待って、晴ちゃん。待って!」
「何でしょう?」
もう遅いかもしれないが、あまり元恋人のことは吹聴するものでもないので、深くは突っ込まないで欲しいのだが。
「付き合ってた人って……女の子だったの?」
ああそう言えば、そういう反応にもなるのか。眠くなってきていたので、頭が回っていないのかもしれない。
「はい、お恥ずかしながら」
話すべきではなかったかもしれない。




