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第35話 報復をもっとしてほしいな

「手伝ってくれるのですか? 助かります」


 私の申し出に快く応じてくれる晴ちゃん。ちょっとした下心も無くはないけど、結果として彼女のピアスを開けるのを手伝うので後ろめたさはない。


 それよりも今は期待でいっぱいだ。


 今回の計画は我ながら完璧だったと思う。一点を除けばだけど。


 この計画は友人と買い物に行った際に考え付いた。彼女へプレゼントしたピアスを見つけた際に、ふとこう思ったのだ。


 晴ちゃんにピアスを付けたくないだろうか。それも私の手で。


 それは素敵な閃きだった。綺麗なピアスを付けた彼女自体も見たいけれど、それ以上に重要な事がある。


 晴ちゃんに、私が選んだ物を私が直接付けると言うことが肝心なのだ。下卑た発想なのかもしれないけど、彼女にマーキングをするような感覚を覚える。考えただけで独占欲が満たされた。


 特にピアスであればなおさら良い。ピアスホールのような塞がらない傷を合意の下でつけられる。彼女を痛めつけたい訳ではない。彼女の体に印を残したいのだ。


 とにかく、このアイデアは私にとってメリットしかない。晴ちゃんにマーキングできるし、プレゼントもできる。プレゼントは前から上げたいと思っていた。感謝の印と言うのも嘘ではない。


 すごく完璧な計画だった。……考えているときは。


 うん。晴ちゃんがそもそもピアスを付ける気がない可能性を全く考えていなかった。私が付けて欲しいからきっと彼女は付けてくれると考えるのは、今考えると非常に傲慢である。


 ピアスやその他もろもろを買って帰ってから気づいたのだけど、あの時は血の気が引いたものだ。身に着ける物をプレゼントするにしても、もっと別の選択肢があったと思う。それこそネックレスとか髪留めとか。


 もっとも結果的に喜んで受け取ってもらえたので、終わりよければ全てよし。今は上手に晴ちゃんのピアスを開けることに集中するべきだ。


「ピアスの位置は、一つだけ付けるならこれくらいがお勧めなんだって」

「ん-、もう少し下の方が良くありませんか?」


 調べた位置にペンで印をつけて晴ちゃんに見せる。目を細めながら手鏡で確認した彼女はウンウンと唸っていた。簡単には変えられないからこそ悩むのはとてもよく理解できる。


「あんまり下だと怖くない? それに将来的に重めのピアスを付ける可能性があるなら、下過ぎるとよくないらしいよ」

「……なるほど?」


 暫く難しい顔をして考え込んでいた。その後も微調節を繰り返し、ようやく納得できる位置が見つかる。


「これでお願いします」

「うん、わかった。……それより反対側はいらないの?」

「初めてのピアスですし、取り合えず片耳だけにします。……変ではないですよね?」

「変じゃないと思うよ」


 今日は左耳だけになった。街中でも片耳だけつけている人は珍しくないから、問題は無いと思う。ただ左耳で良かったんだっけ? よく覚えていない。まあ将来的に両耳開けるなら、気にするほどではないだろう。


「ピアッサーは痛くないって評判やつを買ってきたんだけど、もし用心するなら氷とか用意する? 開けた後で冷やすといいらしいけど」

「いえ、大丈夫です。穴を開けられるのは誰かさんで慣れていますので」


 予想外のタイミングで刺されてしまった。顔を見なくてもわかる。きっと晴ちゃんはニマニマと笑ってるに違いない。


「へ、へー。酷いことをする人がいるもんだね」

「ええ、本当に。じゃれているようで、油断するとすぐ襲ってくる困ったちゃんなんですよ。小さいんですけど、しっかり獣みたいですね」

「……襲わせてるくせに」


 最後の言葉は晴ちゃんに聞こえないよう、あえて小さくつぶやいた。不服な点はあるけど、反論をして戦うにしてはあまりにも不利だ。捨て台詞を吐いて撤退が一番良い策かもしれない。


 しかしちょっとぐらいやり返せないだろうか。ピアッサーを箱から取り出しながら考える。


 ……いっそ言われた通り獣になるべきか。ここまで言われたのなら開き直るのも手である。


「晴ちゃん、おまじないしてあげる」


 彼女の返答は待たず、肩に手を回す。そして飛びつくようにして耳たぶへ食らいついた。


「えっ!」


 驚く彼女を置き去りにして、耳たぶを唇で食み舌を這わせる。先ほどアルコールの除菌ティッシュで拭いていたからだろうか、ちょっと変な味がした。


 歯は立てずに吸ったりしゃぶったりして少しの間楽しんむ。


「んっ、う、あ……」


 耳たぶなんてピアスを開けるくらい痛覚のない場所であるにも関わらず、晴ちゃんの反応はとてもよかった。吸血をしてる時と同じくらい体を震わせ、ギュッと身を縮こまらせて耐えている。こんなに敏感ならピアスを開けるのも痛いんじゃないかな、なんて的外れな考えが頭をよぎる。


 ひとしきり楽しんだ後、口を放す。彼女の顔はまっかっかだった。いや、よく見れば耳まで赤い。口に含んでいたから気づかなかった。


「……急に何をしてくれているのですか」

「だから、おまじない」


 恨めしそうな表情で睨みつけてくる。しかし逆襲を成功させた私には、その顔でさえ可愛く見えた。


「ほら、私が噛んだ跡って治りも早いし、膿んだりして傷口が悪化することもないでしょ。だからピアスホールを綺麗に開けられるようにおまじないをしたの」


 強引なこじつけだが、一応の大義名分を盾にする。決してやましい気持ちがあっての暴挙ではないとのアピール。


 彼女は何かを言いたげに口を開きかけるけど、結局は言葉にならず悔し気に睨むだけに留まった。


「……もういいです。早く開けましょう」

「ふふっ、急にしたのは謝るから拗ねないで」

「拗ねてません」


 念のためもう一度除菌ティッシュで耳を拭う。晴ちゃんは眉間に皺を寄せて、目と口をギュッと閉じた。手も膝の上に置いて、後の事は私に任せるようだ。


 ピアッサーを耳たぶの印をつけた場所に当てた。位置がずれていないかとか、穴の角度が直角になるよう注意を払って何度も確認する。


「うん、準備できたよ。開けてもいい?」

「……はい、いつでも結構です」

「じゃあ開けるね。3、2、1……」


 0のタイミングでピアッサーを押し込む。針が耳を貫くちょっとした衝撃が手に返ってきた。晴ちゃんは身じろぎもしていない。


 説明書に書いてあった通りにピアッサーを取り外すと、ファーストピアスが上手く付いている。角度も位置もずれていない。成功したようで良かった。


 まじまじと彼女の耳を見つめる。形の良いそれに杭のような銀の針が刺さっている。


 あれは私が付けた。私の手で体に穴を開けて、装飾を付けさせたのだ。


 得も知れぬ喜びが心の奥から湧き出てくる。沸々と煮えるように熱く、ドロッとした粘性の高い感情だ。心の器から零れ出さないように慌てて抑える。もし零れてしまえば、それが呼び水となって衝動的に何をするか自分でも分からなかった。


「……よく似合ってるよ」


 飾り気のない銀色のファーストピアス。ただ開けたばかりの穴を安定させるために付けておくだけの器具に過ぎない。普通であれば、この評価は不相応だろう。


 しかし今のそれには色んな意味が乗っかている。この瞬間だけはダイヤの付いた耳飾りよりも輝いているように感じた。


 私の言葉を受けて手鏡で確認する晴ちゃん。


「……そうですか? これ、刺さっているピアスはもう抜いてもいいんですか? 折角頂いたピアスがあるのでそちらを付けたいのですが」

「ううん、まだダメ。暫くそのまま。傷が塞がって穴が定着するまで最低一ヶ月以上かかるらしいよ」

「そんなにかかるんですか。てっきりすぐ付けれるものだと思ってました」


 残念そうにする晴ちゃん。私はその間に、ピアスの周りに滲んだ血を綿棒で拭き取る。勿体ないけど流石にこれを舐め取る訳にはいかない。下手にピアスに触れてしまえば傷が悪化するかもしれない。


「どうだった? やっぱり開ける瞬間は痛かった?」

「……どうでしょう。ジンジンしてますが痛くはなかった気がします」

「痛くないなら良かった。……私もちょっと勇気が湧いたかも」


 開けた時の想像をして、自分の左耳を触る。


「もしかして千鈴さんも開けるんですか?」

「ううん、今日はまだしないよ。……でも卒業したらしてみたいな。痛いのは怖いけど、晴ちゃんとおそろいのとか付けてみたいし」


 注射ぐらいの痛さであればギリギリ耐えられる。それに晴ちゃんが痛くないと言ったのを聞いて前向きになれた。


「そうですか……」


 そう言って彼女はこちらを窺っている。何かを考えているかのように、口に手を当てていた。


 そして何を思いついたのか、私に向かって小さく手招きをする。もっと傍によれと言うことだろうか。座りながらにじり寄ると、彼女は口を囲むように両掌を立てる。内緒話をする格好だ。


 促されるままに耳を寄せていく。部屋に二人きりなのに誰に秘密にしたいのだろう。


「……千鈴さん、もし開けるなら教えてくださいね。今度は私が開けてあげますから」


 小さく抑えた声でそう言い終わるや否や。寄せた方の耳が柔らかな感触で覆われた。


「ひゃっ!」


 柔らかいフワフワとした感触に挟まれた耳を、水気を纏った軟体な物が這う。チュルリと水音が耳のすぐ傍、いや耳そのものから聞こえた。それも一回ではない。軟体が這うたびに断続的に音が頭に響く。


 未知の感触に、脳まで達するような水音。背筋にゾワゾワとした痺れが駆け抜ける。


 つい反射的に、飛び跳ねるようにして晴ちゃんから離れた。


「は、晴ちゃん! い、今私の耳を、な、舐め……」

「おまじないのお返しです」


 彼女は満面の悪戯な微笑みで応える。除菌ティッシュも差し出してくれた。


 言葉が口から出てこない。心臓が口から飛び出るとはこの事だろう。飛び出すほどに私の心臓は暴れまわっていた。体が茹りそうなほどに熱い。


 しかし嫌ではなかった気がする。反射的に離れてしまったが、気持ち悪いとは全く思っていなかった。ただただあまりに強すぎる刺激に脳が耐え切れなかったのだ。もう少し遅れていたら爆発していた恐れさえあると確信できた。


 しかしだ、もっとして欲しかった気もする。


 何が良かったのかはまだ分からない。ただ心が引かれるのだ。だからこそもう一度してもらって確かめるべきではないだろうか。


「……ねえ、晴ちゃん。もっかい、してくれないかな?」

「ええ……。嫌です」


 もしかしたら勿体ない事をしてしまったかもしれない。




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