第34話 耳飾をつけてみましょう
休日の昼過ぎ、食事の片づけをしている際に千鈴さんに声をかけられた。
「晴ちゃん、ピアスって興味あったりしない?」
「ピアスですか?」
「そう! 晴ちゃんは開けたことないでしょ多分。だけど開けてみてもいいかなって思ったりしてない?」
「そうですね。考えたことありませんでしたが……」
ピアスに興味があるだろうか。
高校時代はそもそも校則で禁止されていた。無論全員が順守していたわけではない。隠れてこっそり付けている人は何人も知っていた。しかし教師に見つかれば注意されるし、最悪没収もあり得た。だから私は在学中、わざわざ付けようと思ったことはない。
それに金銭的余裕も少なかったし、バイトの面接等も不利になる可能性もあったから余計だろう。
では、それらの状況から解放された今ならどうだろうか。
私とて女性である。
お洒落は人並みに嗜んでいる。前に千鈴さんから私服のダメ出しをされて以来、ファッション雑誌などを時々読んだりはしている。もっとも自分で買ったものではなく、舞里さんに貸してもらったものばかりではあるが。
雑誌ではアクセサリーの記事も多く、ピアスもよく見かけていた。その時は「綺麗だなぁ」程度の感想しかなかったが、付けてみたいかと言われるとどうだろう……。
うん。興味はあるかもしれない。
「まあ機会があれば、ですかね。興味はあります」
「ほんとっ、よかったぁ……」
心底ほっとした顔で溜息をつく千鈴さん。しかしすぐに笑顔に切り替わる。
「じゃあさ、後で私の部屋に遊びにきてくれない? 司さんに聞いたんだけど、今日は昼から晩まではお休みなんだよね」
「ええ、そうです。行くのは勿論構いませんよ。どうせ暇をしているだけなので」
私の休みはここ最近変則的になってきている。
本来は週に一日平日のどこかで休むはずであった。しかし人手が少ないので、丸一日休むのは難しい。それに住み込みなので早朝や夜勤などを請け負うことも多い。
だからこそ休みを半日単位で分散させる事態になっていた。
これに関して司さんは申し訳なさそうにしていたが、私としてはむしろ休まなくても良いと思っている。性分だろうか、住み込みなのに離れ屋で暇をしているのに居心地の悪さを感じるのだ。それを口にすると逆に怒られるので言わないが。
そんなわけで、午後からの居心地の悪い時間を千鈴さんに誘ってもらえるのはありがたかった。
「洗い物を終えたらお邪魔させていただきます」
「うん、急がなくていいからね」
暇になる時間が思いがけず埋まった。それにピアスに関して聞いてきたのは何だったのか。この後を少し楽しみにしている自分がいた。
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「はい、プレゼント!」
洗い物を終え千鈴さんの部屋に来たのだが、私の想像とは少し異なった対応を受けていた。
「あの、これは?」
目の前に差し出された小袋を見る。丁寧に包装された掌サイズの袋だ。
「だからプレゼントだよ」
「……突然どうしたんですか?」
「もう、そんなに勘ぐらなくてもいいのに。普段から色々助けてくれてる晴ちゃんへ感謝の印にプレゼントしたいなって思ったの」
「献属ですし、家政婦でもありますから当然ですよ。贈り物を貰うほどではないです」
対価は十分に貰っている。その上でプレゼントまで貰うのは申し訳なく思う。
「そんなことないよ。確かに働いて貰ってるけど、それを越えて良くしてくれてるでしょ。だから、そのお礼」
正面から言われると少々面映ゆい。
「しかし……」
「もう買っちゃたんだし、受け取ってくれると嬉しいな」
「……わかりました。ありがたく頂きます。少しごねてしまいましたが、決して嬉しくないわけではないんですよ」
「うん。わかってるよ。……ねっ、開けてみて欲しいな」
促されるまま包装を剥す。中から出てきたのはパステルブルーの小箱。さらにそれも開けると、中身は予想通りピアスだった。
幾重にも重なった花弁を持つ、オレンジ色の花を模している。小ぶりなスタッドピアスで僅かに光を反射する様が綺麗だ。
箱の表を改めて確認する。英語でラナンキュラスと書かれていた。詳しくないが、これがこの花の名前だろうか。
「どう、かな。気に入らなかったら無理してつける必要はないよ?」
「いえ、好みのデザインです。素敵だと思います」
「よかった!」
うん、とてもセンスが良いと思う。少なくとも私は喜んでいる。しかしプレゼント自体はとても嬉しく思うが、一つ腑に落ちないことがある。
「あの、大変ありがたいのですが、これは購入されたものですよね?」
「そうだよ。私のお小遣いで買える範囲のものだから高くはないんだけど……」
「いえ、そうではなくて。……もしかして私が付けるかもわからない状況で購入されたのですか?」
ピアスを付けてみたいかなど、今日初めて聞かれたことだ。元から付けてる人になら理解できるが、付けたことのない人にこのプレゼントはかなり攻めている気がする。
少し呆れて千鈴さんを見つめてしまう。彼女もそれを察したのか、気まずそうに目を逸らした。
「……うん」
「結果的に問題なかったとは言え、なんでそんなことを……」
「じ、実はね、感謝の印のプレゼントって言うのも半分は違うくてぇ……。あっ。いや、感謝はしてるよ!」
「それは疑ってないので大丈夫です。それで?」
そんなつもりは無いのだが、どこか問い詰めるみたいになってしまっている。これは自分の悪い癖なのかもしれない。
「この前、友達と遊びに行った時にそのピアスを見つけたの。でね、晴ちゃんに似合うなって思って……付けて欲しくて買っちゃった」
「流石に行き当たりばったり過ぎはしませんか?」
自分の欲しい物を衝動買いしてしまうのなら分からなくもないが、他人へのプレゼントを衝動買いは中々聞かない。
それだけ私の事を考えていてくれてたのか。
「……うん、反論は出来ないかも。でも何故かその時は付けてくれることが前提だったの。付けてくれないかもしれないことに気づいてから今日まで不安だったよ」
シュンとした顔の千鈴さんが可笑しくて、つい笑ってしまった。それにつられて彼女も苦笑気味だが笑う。
ほんの少しの間、部屋の中は笑い声で満たされた。
「では遠慮なく頂くことにします。千鈴さん、プレゼントありがとうございます。とても嬉しいです」
「どういたしまして。これからもよろしくね」
「はい、お任せください」
ようやく一息ついたところで、一つ疑問に思うことがある。
「……ところでピアスってどう開けるんですか?」
折角頂いたプレゼントであるが、当然穴が開いていなければ付けれない。付ける予定の無かった私は開け方を知らなかった。なんか開けるための器具があることとだけボンヤリと知っている。
「あっ、それも用意してるよ。晴ちゃんにピアスホールがないことは知ってたからね」
「そこまで用意してたのに、付けない可能性には気づかなかったのですね」
「……それは意地悪だよ、晴ちゃん」
しまった、ジットリとした目で睨まれてしまった。からかうのはともかく、しつこいのは良くないと自省する。
「すいません。それでどうするんですか?」
「うん、ちょっと待ってね」
そう言って千鈴さんは机の引き出しから色々な物を持ってくる。手鏡やペン、除菌ティッシュ等だ。パッケージされた箱型の器具も見えるが、あれが噂のやつだろうか。
「このピアッサーっていうので開けるんだって。沢山調べて必要な物は用意したし、手順も覚えたよ」
「ありがとうございます。これらも貸して頂けるのですか?」
「うん! ……それでね、その、一つ提案があるんだ。も、もしよければなんだけど……」
ピアッサーを用意していた時のイキイキとした表情とは一変、急にもじもじとし始める。言い難そうにはしているが迷っているわけではなく、言うことに照れがあるみたいだ。
私としてはピアスの開け方は知らないので、余程変な提案でもない限り千鈴さんの指示に従おうかと思っている。
ただ様子が変なのだけ気がかりではあるが。
「……私が晴ちゃんの穴を開けたいんだけど、ダメかな?」




