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第33話 懇願されちゃった

「ねえねえ! どうだったかな?」

「ええと、そうですね。……痛くはなかったですよ。上手にできていました」

「でしょっ、頑張ったよ!」


 夜、いつものように私の部屋で吸血をしていた。既に時間をかけて血を貰い、欲求も治まっている。


 今晩は先日にお姉様から教わった「痛みを少なくする方法」を晴ちゃんに試してみた。晴ちゃんのためでもあるし、お姉様だけが彼女にそれをしている事実が面白くなかったからだ。私だって晴ちゃんに同じことをしてあげられると証明したい。


 だから晴ちゃんが私の部屋に来る前に、頭の中で何度もあの日の教えを思い出し、シミュレーションをして準備を整えた。


 その甲斐あってか、無事上手くできたようで褒めて貰える。これでもっと晴ちゃんに気に入ってもらえるだろうか。


「えへへ、気に入って貰えた?」


 自信満々で彼女に問いかける。前みたいに抱きしめて撫で回してくれてもいいんだけどな。


「ええ、まあ……」


 そんな私の期待とは裏腹に、晴ちゃんの表情は優れない。気まずそうな、困ったような顔をして目線を逸らしてる。返答も歯切れが悪く、言葉を選んでいるような感じがした。


 何かよくない部分があったのだろうか。


「よくない部分でもあった? もしそうなら遠慮なく言って欲しいな。晴ちゃんのためにお姉様に習ったテクニックだからね。ちょっとでも不快に思う所があれば頑張って直すよ?」

「いえ、その、不快感というか……」


 ここまで言葉を濁すことは珍しい。普段であれば率直に伝えてくることが多い。無論言わないこともあるだろうが、言うか迷う様な態度は見せない。


 ここ最近、彼女の珍しい振る舞いを見せてくれるようになった。疲弊し私を求めてくれた事もそうだ。これは仲が深まったからだろうか、それとも心境の変化でもあったのだろうか。


 仲が深まったからなら良いのだけど。迷いや疲弊を見せてくれるということは、それだけ私に心を許してくれたからだと思う。


 逆に心境の変化だと嫌である。ここ直近であった変化が起こりそうなことと言えば、勿論お姉様の誘拐である。


 もしそうならば、彼女を変えたのがお姉様だとということになる。どうせ変えるのなら、お姉様でなく私がいい。影響を与えるのは私だけでありたい。


 そんな本筋から脱線したことを考えてると、ようやく晴ちゃんが重そうな口を開いた。


「……その非常に言い辛いのですが、もしよければ止めませんか?」

「何を? ……吸血をじゃないよね?」

「違います。いえ、違うくもないのかな……半分そうです」

「ち、違わないの……?」


 急な衝撃発言に体が硬直する。そこまで彼女の不興を買ってしまったのだろうか。心当たりは無いけど、今からでも平謝りするべきだろうか。


「そ、その、悪いところは直すから……」

「そ、そうではありません。すいません、誤解を招く言い方をしました。千鈴さんは悪くないですよ」

「……じゃあ何を止めるの?」


 私の問いかけに、晴ちゃんは意を決したように居住まいを正した。


「結花さんから教わった『痛くない吸血の方法』を用いるの止めませんか?」

「……晴ちゃんが嫌だって言うなら止める。だけど、やっぱり不快だったの?」


 彼女のためにしていたので、嫌なら続ける意味は薄い。だけど嫌がる理由がわからない。彼女の体を触ることが多かったので、それが嫌だったりするのだろうか。


「不快、ではない、です。痛くないのは助かります」

「……私に触られるのが気持ち悪かったりする?」

「いえ、そうではないです。それは気にしてません」


 自分でも色々理由を考えてみるけど、皆目見当がつかない。止めたいと言うことは、嫌な所があるからじゃないのか。


「千鈴さんは恐らく私のためにしてくれているんですよね。吸血中も頑張っていることが伝わってきて嬉しくはありました。……その上で言い出すのは気が引けるのですが……」

「いいよ、言って? 私に遠慮なんていらないから」


 結果が評価されなかったとしても、頑張りが伝わっていただけで十分だ。


「……正直、前の方が私は好みでした」


 それは理解できる。しかし、先ほどの発言との整合性が取れていない気がした。


「それって今の方法が好みじゃなないってことだよね? 嫌ってことじゃないの?」

「今の方法がダメなのではないです。痛みは少ないので良いとは思います。でも前の方が私はより好きだという話です」


 晴ちゃんの顔が徐々に赤くなってくる。両手は固く握られ、目線は下を向いたまま合わせようとしない。まるで自らの恥を暴露しているような、そんな雰囲気を纏っている。


「前のは痛いよ?」

「はい」

「痛くないより、痛い方がいいの?」

「……はい」


 声量も徐々に小さくなってくる。不謹慎かもしれないが、今の縮こまってる彼女は可愛い。可愛いからこそなのか、つい余計に弱いところを突きたくなる。


「痛いのが好きなの?」

「ち、違います……」

「でも今聞いただけだと、そうとしか思えないな。ね、よければ理由も教えて?」


 四つん這いの体勢になって、彼女を下から覗き込む。それでも目線を合わせたくないのか、顔を背けられた。


「……意地悪ですね」

「ふふっ、さっきまで吸血してたからかも」


 それに納得したのかは知らないけど、大きなため息を吐きこちらに向き直ってくれる。


「痛いのは好きではありません。それは確かです。……でも痛い方が好みです」

「禅問答? みたい」

「自分でも訳の分からないこと言っているとは思ってます」


 困ったように苦笑する晴ちゃん。この顔が見れるのなら、少しは調子を取り戻したみたいだ。


「しかし事実です。千鈴さんが頑張ってしてくれたのに、私の好みで否定するのは申し訳ないので言うか迷っていました。それに痛いのが好きだと誤解されることも分かっていたので、恥ずかしかったんです」

「そうなんだ。でもどうしてそっちの方がいいの?」


 まだ肝心の部分を聞いていない。じっと彼女を見つめ続きを待つ。


「えー、あー、ほら私のために気を遣って貰うのが、落ち着かないのかもしれません。結花さんにも言われたのですが、私は他人に奉仕するのが好きなタイプらしいですよ。だから奉仕されるのは違う気がするのだと思います」

「お姉様がそんなこと言ってたんだ……」


 言われてみれば私のイメージもそんな感じだ。納得は出来る気がする。


 でもそれは痛くない方法が嫌だということになるんじゃないかな。そこだけはちぐはぐな、妙な違和感が残った。


「ええ。だから今度からは止めて頂けませんか? 今まで通りでいいではないですか。その方が千鈴さんも思うがままににやれますよね」

「まあ、そうかも。でもなぁ……」

「お願いです。ねぇ、千鈴さん」


 晴ちゃんはズイッと上半身を近づけてくる。逆に私は後ろ手を突き、ベッドの上を後ずさる。


「でも、何度も続けてたら、意外と気にならなくなるかもしれないよ?」

「そんな事を言わないで下さい」


 困ったように眉を下げ、懇願するように見つめてくる晴ちゃん。徐々に近づき続ける彼女は、もう目の前まで迫っていた。


「千鈴さん、前みたいにして欲しいです」


 ねだるような口調もまた彼女にしては珍しい。いや前にどこかで聞いた気もする。あれはどこだったのか思い出せないけど。


「どうしよっかなぁ」


 言葉ではそう言うけど、私はもう晴ちゃんのお願いを聞く気でいる。でももうちょっと彼女におねだりされている状況を続けていたかった。


 晴ちゃんの体勢はもう、私に覆い被さらんばかりである。押し倒されているかのような新鮮な光景にドキドキしっぱなしだ。


「もしかしてまだ意地悪を続けてますか?」

「ち、違うよ。そんなつもりじゃないよ」

「では何故頷いてくれないんですか」


 ねだり、拗ねる。


 これは甘えられてると言って過言ではないだろう。もう晴ちゃんも薄々私がわざと引き延ばしてることには気づいてるはずだ。


 分かってて今は甘えてくれている。


「晴ちゃんのためを思ってかなぁ。眠るまでには考えておくね」

「もうっ……」


 下らないことを言い合い、甘えたり甘やかしたりする。この感覚は少ないながらも覚えがあった。


 家族や親友たちと接してる感覚だ。


 ようやくながら晴ちゃんと親密になれたのかもしれない。





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